僕の一生
僕は一人だった。
生まれて、物心ついたときにはすでに僕を生んだ父さんと母さんはおらず、孤独だった。
僕は、父さんの顔も母さんの顔も全く知らない。
僕は何をすればいいかわからなかった。
何をすればいいかを誰にも教わることができないからだ。
だから、僕はただただ時間が過ぎていくのを、草原に揺れる草木のように待っていた。
そんな僕にあるとき転機が訪れた、新しい母さんが見つかったんだ。
母さんは大きくて、小さな僕を包み込んでくれた。
僕は生まれて初めて母のぬくもりってものを感じた。
それは、ただただ大きくて僕の体も心もすべてを受け入れてくれた。
やっと僕は一人じゃなくなった。
僕は、こうなるために生まれたんだと感じることができた。生まれて初めて自分の生に意味ができた気がした。
そんな風に安堵してしまって、僕は眠ってしまった。
それは深い深い眠りだった。でもそれは今までの孤独な独りぼっちの眠りとは違って、胎内にいる赤ん坊のような誰かいつもとつながっていると感じられるあたたかいものだった。
僕が目を覚ました時、母さんはいなかった。
代わりに父さんが僕のことを抱きしめてくれていた。
母さんがいなくてびっくりしたけど、寂しさは感じなかった。
だって、父さんは大きくてなんだか自然と安心できたから。
父さんは、強くてかっこよかった。
研ぎ澄ました自分の刃で、仕事を果たし僕を育ててくれた。
僕は、すくすくと心も体も元気に育った。身長だって父さんを超える位に大きくなったんだ。
僕はそんな時、僕も自分自身の力で生きていきたい。いつまでも父さんに頼ってばかりじゃなくて自由になりたいと思った。
だから僕は父さんに、
「僕もそろそろ自立したいんだ、自由になりたいんだ。」
って言った。
そしたら、父さんは僕を川に連れてって
「この川の流れのように、大きく太く、長く生きるんだぞ。」
そう言って、僕と一緒に川に飛び込んだ。
僕はするすると父さんの手から離れていくのを感じた。
僕は、雄大なその流れに流された、父さんと離れてとても寂しいと思った。
それと同時に、これからは一人で自由なんだとも思った。
そのあと父さんは、死んでしまった。
僕は助かった。父さんからもらったあの言葉を忘れないで生きていこうと思った。
初めて、外の世界を見た僕は、世界はこんなにも広くて美しいんだって思った。
見るものすべてが初めてで輝いていてきれいだった。
そんな時僕は、一人の女性に出会った。
初恋で一目ぼれだった。
生まれて初めての経験だった。朝起きて、夜寝るまでの間ずっと彼女のことが頭から離れない。彼女のことを考えると、体中に熱い気持ちがのぼってきてなんだかうれしくなるんだ。
ある日、僕は勇気をふりしぼってその女性に話しかけた。
僕は君のことが好きだってこと、一目見てから君のことが頭から離れないって素直な気持ちを君に話したんだ。
君は最初、驚いていたけれど、笑いながら話を聞いてくれたね。
その後、僕は彼女と付き合い結婚した。
幸せな毎日だった、毎日がいつも人生で一番楽しい日になった。
子供も生まれた。
僕はこの幸せを得るために生きてきたんだ、僕が生きてきた意味ってこれなんだっておもった。
でも、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。僕は気付いた。
日に日に体が重くなって、死が近づいてることに。
僕はどうやら、生きる目的ってもんを達成したらしい。
確かにこんなに幸せなことがあったら、これ以上の幸せはないのかもしれない。死んでも思い残すことなんてないって思った。
そんなことを考えていたら、急に眠くなった。
ああ、なんだか母さんや父さんに包まれているみたいだ。
眠い、ああ眠い。
でも、最後に言っておかなくちゃならない。
カンの良い読者の皆さんなら気付いたかもしれない。
僕は人間じゃないってこと。
僕はハリガネムシだってことを…。
満ち足りたまま、僕は永い永い眠りに落ちた。
あとがき
ハリガネムシはカマキリのお尻から出てくる針金みたいな生物です。
テレビなんかでもたまに紹介される結構有名な生物です。
この文章を書こうと思ったきっかけは、道端でカマキリを捕まえたときに、手に乗せたりして遊んでいたら、突然カマキリのお腹から黒くて長いうねうねしたミミズみたいなのが出てて、びっくりしてとっさにカマキリを振りほどき、でもこれがうわさに聞くカマキリに寄生してるやつかと思い、ハリガネムシの出てくる始終を観察していました。その時にふとハリガネムシの一生を擬人化して書いてみようという妙な考えが浮かび、書いてみました。
ハリガネムシである僕が、新しい宿主(母さん=カゲロウ、父さん=カマキリ)をへて自由になる物語です。
ハリガネムシはたぶん多くのみなさんが気持ち悪いと思われる見た目をしていると思われますので検索するのであれば、覚悟をもってお願いします。
それと、もしよろしければ今後の参考にしたいので感想や評価などをお願い致します。