蜂蜜<酒
×××
で、平和的におっさんから話を聞いてみたらあっさり事情を教えてくれた。
「ここのところ、山の方に住んでるはずのモンスターがこのあたりまで下りてくるようになってな。最初こそグリーンワームとかフォレストボアとかの低級モンスターだったんだが……最近になってちっと厄介なやつがうろつくようになった」
「厄介なやつ?」
「ああ。火熊ってモンスターだ」
「あー……あいつか。なるほどな」
俺は一人で納得した。あのモンスターならやりかねない。
「お師様お師様。その火熊ってどんなモンスターなんですか?」
「熊だ」
「熊なんですか」
「ちゃんと説明してやれよ兄ちゃん……あのな嬢ちゃん。火熊ってのは熊には違いねえが、火を噴くことのできるモンスターだ。普段は山奥の洞窟なんかでのんびり暮らしてるんだが、こいつが厄介な性質を持っててなあ」
「厄介な性質? 火を噴くことですか?」
「酒好きなんだよ、その熊」
俺はおっさんの説明を横から補足した。
火熊はアルコールが大好きで、中に酒が詰まった『ウィスの実』に目がない。滅多にお目にかかれないようなレアアイテムだが、この森には生えていたはずだ。
そして、このウィスの実を食べた火熊は、なぜかとんでもない威力の火を噴くようになる。
普段はせいぜいチャッカマン程度の火しか出せないくせに、これを食って酔っぱらうと火炎放射器のような火をまき散らすのだ。
「何が原因か知らないが山から出てきちまってな。領主様の私兵もここまでは来てくれねえし、仕方なく村の男たちで集まって討伐に向かったら返り討ちにされて、みんなバラバラに逃げたんだ。で、俺はここで力尽きたわけよ」
「ドラゴン関係ないじゃねえか!」
「俺は最初っからそう言ってるだろうが!」
何だ。こいつはただの村人……いや、弱い女子供を守るために凶暴なモンスターに立ち向かった勇敢な村人だったのか。これは申し訳ない態度を取ってしまった。
よし、ここは一つ手を貸そうじゃないか。
「安心しな、おっさん。火は俺が何とかしてやるよ」
「……はは、気持ちだけもらっとくぜ。こんなにめちゃくちゃに燃えちまったら、もうあとは木が全部炭になっちまうまで火は消えねえよ。あんたみたいな若造がどうこうできるほど――」
「【レインフォース】」
俺はおっさんの言葉を適当に聞き流して、一つの魔法陣を起動させた。
世界を構成する【地】【水】【火】【風】四種の魔力のうち、【水】と【風】を基盤にした天候操作魔術、【レインフォース】。効果は局所的に大雨を降らせること。
目の前でみるみる大火事が消火されていく光景を、おっさんは唖然とした目で見ていた。
「な……な、何者だあんた」
問いただす声も震えている。
その質問に答えるのは簡単だが、しかし簡単に答えてしまうのも面白くない。
ここははぐらかしておこうか。男は背中で語るものだ。
「フッ……名乗るほどの者では――」
「さすがお師様! 魔王を討伐したパーティーの一人だけあります! 魔法陣を使いこなすことからつけられた、『法陣士』の二つ名は伊達じゃありませんね!」
おい弟子。
「ええっ!? あんたがあの『法陣士』かよ! こんなもやしみてえなのが!?」
「誰がもやしだ、オークみたいな顔しやがって。討伐してやろうか」
まったく失礼にもほどがある。人の外見をバカにするとは許しがたい。
「お、お師様お師様! 何か出てきました!」
と、ミアが叫び声を上げる。
見れば、鎮火された木々の間から大型のモンスターがのっそりと出てきた。
真っ赤な体に三メートル超えのサイズ。
丸太のような手足。
普段でさえ凶暴そうな面構えは、突然の豪雨によって酔いを醒まされたせいか怒り心頭とばかりに歪んでいる。
『ゴアアアアアアッ!』
俺たちの前に現れた火熊は、目を血走らせて咆哮を上げた。
「こ、こいつは……」
おっさんがその咆哮に気圧されている。
「どうした、知り合いか?」
「知り合いも何も、さっき俺たちをボコボコにしてくれたやつだよ!」
つまり山を下りてきたとかいう噂の個体か。近くにいたのはラッキーだったな。
「お、おい兄ちゃん。あんた凄腕の魔法使いなんだよな? あいつ倒せるか?」
「俺は魔法『陣』使いであって魔法使いじゃない。そうだな、倒せるかどうかと聞かれたら塵にできるが……ん?」
俺がぶつぶつ言っていると、いつの間にか火熊の数が増えていた。
どうやらあいつらは燃え盛る森の中で最高に楽しく酒を飲んでいたのに、文字通り水を差されたせいでめちゃくちゃ怒っているようだ。
最初は一体だった火熊は気が付けば七体まで増えていた。……なんか面倒くさくなってきたな。
「おい弟子、訓練の時間だ。あの熊どもを討伐してこい」
「む、無理ですよ! あんなにいるのに!」
「心配するな。お前が危なくなっても気が向いたら助けてやるから」
「お師様の気分次第で私死んじゃうんですが! っていうか訓練じゃないですよね? 面倒くさいだけですよね!?」
ミアが半泣きで言ってくる。いい勘してるじゃないか。
仕方ない。
「……あとでシャレアの魔法具市に行って、好きなもの買ってやるから」
「よろこんで行ってきます!」
ちょろいなーこいつ。人さらいに誘拐されたのも納得。
シャレアといえば王国随一のマジックアイテム生産都市。ミアは何やかんや魔法の勉強が大好きなので、こいつを釣るならそこの魔法具市を引き合いに出すのが一番楽だ。
「お、おい兄ちゃんいいのか。あんなちっさい子けしかけて」
「心配いらねーよ。あいつあれで結構強いから」
俺たちがそんなことを言いあうなか、ミアがノリノリで火熊たちに指を突き付ける。
「正直超怖いけど負けませんよ! お師様の前なのです! 見ていてくださいお師様、ここは弟子として見守ってくれるお師様の期待に見事応えて――」
「あ、おっさん。さっきは悪かったないきなり脅して。マンドラゴラの種でも食うか?」
「いらねえよこんな禍々しい植物の種は。それよか森の火を消してくれた礼にこれを貰ってくれ。火熊をおびき寄せるために持ってきたとっておきの酒だ」
「おおっ! いいのかよおっさん! そんならありがたくこの収納用の魔法陣に――おい、どうした弟子。なんで涙目なんだ?」
「何でもないです!」
鼻声でキレられた。何なんだ一体。
「もうさっさと終わらせます。そしてお師様に買い物に連れてってもらうのです!」
「愛されてるな、兄ちゃん」
「飼い主だからな」
「いやそんな犬みたいな」
今にして思えば、ミアを拾ったのは一人暮らししてるときにペットを飼いたくなるあの心理に近かった気がする。
なんて言いあう俺たちの前で、ミアが懐から感応紙を取り出した。もちろん魔法陣が刻まれたものだ。
ミアが感応紙に魔力を流すと、魔法陣が発光し始める。魔力が伝導している証拠だ。
魔力が感応紙の上に描かれた魔法陣をなぞることで、魔力がそこに刻まれたプログラムを認識し、超常現象を起こす――
つまり、魔法の原理だ。
「【ライトニング】!」
ミアが唱えた瞬間、掲げた感応紙から稲妻が三条飛び出した。それはあっさりと火熊を射抜き、黒こげにしていく。
火熊は反撃として火炎ブレスを放ってくるが、ミアはそれを【アクアウォール】――水の防壁でガード。ふむ、なかなか冷静に対処できているな。
「しっかし、魔法陣ってのは何でもありだな。自分の適性属性以外の魔法も使えんのか」
「ほう、魔法陣の良さがわかるかおっさん。まあ魔法陣は多様性が唯一の取り柄だからな。そのぶん出力は詠唱に劣るが、しっかり研究すればこんなこともできる」
「おおっ! こ、こりゃすげえ……伝説の剣士、リッカ・タチバナ様をここまで再現するとは」
「あんたならこいつの価値をわかってくれると信じていたぞ。さらにこいつには隠された機能があってだな」
「か、隠された機能……?」
そんなことを話している俺たちの背景では、ミアが奮闘している。
相手をマヒさせる【パラライズ】の呪文で火熊の動きを止め、大技【ブレイズキャノン】の熱線でとどめ。
見事に七体倒してのけたミアがやり遂げた顔でこっちを振り向き――
「見るがいい、この新旧スク水の力を!」
「お、おおおおおお! 露出がそこまで多いわけでもないのに何なんだ、この内から湧き上がるような興奮は……! こんな衣装見たことねえぞ! もっと、もっと俺に新しい世界を見せてくれ!」
「――何やってるんですかお二人は!?」
『十分の一リッカ』で遊んでいる俺たち二人に突っ込みを入れた。
見づらい気がしたので書き方を変えてみました。