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顧問剣士からの依頼

×××



 リッカ・タチバナという名前の女がいる。



 魔王討伐パーティーの剣士であり、年齢に見合わないずば抜けた剣の腕を持つ天才少女と言われているが――その実態は俺と同じく元・日本人の転世者だ。



 本名は漢字で橘六花。年は俺と同じく十八。



 この世界に来たいきさつも俺とまったく変わらない。日本でうっかり死んでしまい、女神に魔王討伐を頼まれてここに来たという流れ。転世の際に女神から受け取ったのは、『誰にも負けない剣の才能』。絵に描いたようなチート能力である。



 まあ元がただの女子中学生だったので、いくら剣の才能があったところで剣を振り回すだけの筋力や体力がなかったなんてオチがあるんだがな。俺と出会った当初はその辺で拾った枝で戦っていた。金属製の剣は重くて持てなかったそうだ。



 ともあれ、そんなリッカも今では『百剣の王』と呼ばれる有名人だ。隠居した俺や行方知れずの残り二人と違い、唯一表立って活動しているのがこいつである。魔王討伐後は王国軍お抱えの顧問剣士として日夜兵士を鍛えているとかなんとか。



 で、そんな超VIP様が。



「あのあの、タチバナ様は紅茶でよろしいですか?」



「ええ。お気遣いありがとう。リッカと呼んでくれるともっと嬉しいんだけど」



「はい、リッカ様」



 どうして当然のように俺の家でくつろいでいるのだろう。



 ここは研究室の隣にある居間兼客間。中央には来客用のソファが置かれ、リッカは俺と向かい合うようにして堂々とソファに腰かけている。



 ちなみに外に面した研究室の壁にはこいつの侵入経路である大穴が空いたままだ。



 強盗かこの女。



 そんなことを考える俺の向かいの席で、リッカは台所に消えていったミアの後ろ姿を感慨深げに眺めつつ、こんなことを言い出した。




「……気配りのできるいい子ねえ。おまけにとんでもなく可愛いし、あれは将来とびっきりの美人になるわ」



 まあ、あの弟子はドジだが顔はいいからな。こいつがこういうのもわからなくはない。



「どこで誘拐してきたの?」



 だからといってこの質問はどうかと思う。



「誘拐なんかするわけねーだろ。あいつはアレだ。成り行きで拾っただけだ」



「拾ったって、そんな簡単に言われても。犬じゃないんだし」



「俺にとっちゃ似たようなもんだ」



 リッカの表現は案外的を射ている。



 俺が肩をすくめつつ本心から肯定すると、横合いから不満げな声が聞こえてきた。



「……お師様、私のことをペットだと思ってたんですか」



 見れば、ミアがちょうどティーセットを持って台所から戻ってきたところだった。



 リッカがやや慌てた様子で、



「えっと……ミアちゃん? さっきのは言葉のアヤっていうか、シグレにも悪気があって言ってたわけじゃ――」



「納得いきませんお師様! ペット扱いするならちゃんと可愛がってください! 遊んでください! お散歩に連れて行ってください!」



「別に嫌がってるわけじゃないのね」



「そうかそうか。だったらちゃんと犬っぽく鳴いてみろ」



「わんわんっ! わふー」



「……シグレ、この子少し変わってるわね」



「だろ?」



 ペット扱いを進んで受けたがるあたり、こいつは常人離れした感性の持ち主だと言えるだろう。



「まあ冗談はともかくとして、そこの銀髪ロリは俺の弟子だ。なんか魔法陣に興味があるらしくてな。色々俺のとこで勉強したいんだと」



 話を戻す。これはまあ本当のことだ。



「魔法陣に興味があるの?」



「はい。お師様のお役に立ちたいのです」



「あら、随分懐かれてるのね」



「まあ色々あったからな。ヒントは『奴隷商人』と『人身売買』」



「奴隷商人? 人身売買? ……って、まさか」



「ご名答。この間お前が依頼してきた一件の副産物だよ」



「?」



 リッカが複雑そうな顔でミアを見つめる。ミアはそんなリッカを不思議そうに見返していたが。



 この世界では人さらいが本当に多い。特に幼女は手軽に誘拐できるし需要もあるので、人身売買の闇市に行けば必ず何人かはいるもんだ。



 そんな非合法組織の一つである盗賊団『デリンジャー』をリッカからの依頼で討伐したのは記憶に新しい。盗賊団どもを軒並み倒し、そのまま帰ろうとしていた俺を、人身売買のために誘拐されていたらしい銀髪の少女、もといミアが呼び止めてこう言ったのだ。



『わたしを弟子にしてください』と。



 その後紆余曲折あってその中の一人だったミアを引き取ることになったというのが現状のきっかけだ。別に強制した覚えもないのだが、ミアはうちに居候するなり家事を買って出て、その日以来毎日のように皿を割っている。たまに花瓶とかマンドラゴラの鉢植えも割る。



 しかしどういうわけか紅茶を淹れるのだけはうまく、たった今ティーカップに口をつけたリッカがぱちぱちと瞬きした。



「……美味しい。あなた、いい腕前ね」



「ありがとうございますー」



 ミアはへにゃっと笑って嬉しそうにしている。その表情筋の緩い顔にリッカが胸を射止められたような仕草をした。



 それから、ミアの隣に座る俺に羨ましそうな視線を向けてくる。



「……私も弟子を取ろうかしら」



「いいんじゃないか? 何ならこいつを持って帰ってもいいぞ」



「お師様!?」



 ミアが裏切られたような顔をするが、リッカは残念そうに首を横に振る。



「そうしたいのは山々だけど、私あんまり構ってあげられないのよね。仕事あるし」



「勤め人は大変だなー。お前もさっさと隠居すりゃあいいのに」



「そうも言っていられないわ。まだ魔王討伐の後処理は終わっていないもの」



 リッカは嘆息し、それから再度俺の方に向き直る。



 あ、やべ。面倒くさいことを話そうとしてるときの顔をしている。



 俺はにっこりと笑って言った。



「そうか、忙しいのか。じゃあはやく仕事に戻らないとな。出口はあっちだぞ」



「あらあら、何を言っているのかしら。私はここに仕事をしにきたのよ。――『法陣士』シグレ・ジウに依頼をするっていうね」



 もう、すでに嫌な予感しかしない。こいつが俺のことを改まって呼ぶのは決まって厄介ごとを押し付けようとしているときなのだ。



 リッカはさらりとこう言った。



「シグレ。あんた、ちょっと王国の北に湧いたモンスターの群れを討伐してきてくれない?」



「断る」



「お師様……」



 即答する俺に対し、ミアが隣から呆れたような声を漏らしている。



 いや、だってなあ。



「そんなもん、わざわざ俺に頼むまでもなくお前が行けばいいだろ。お前なら敵が何百いようと楽勝だろうが」



 リッカは冗談抜きで強い。



 女神に剣の才能をもらっただけのインスタント剣士とはいえ、魔王討伐までの一年で何度も修羅場をくぐってきた経験もある。



 何千年も生きた伝説クラスのモンスターならともかく、ぽっと湧いた雑魚モンスターごときなんぞこいつを突っ込ませればすぐにカタが付くだろうに。



「……そうしたいところなんだけどね。ちょっと、他の仕事が入っちゃって」



「他のお仕事、ですか?」



「ええ。王女様が城を脱走したの。その捜索をしないといけないのよ」



「……は? 王女が脱走? マジで?」



「大マジ」



 思わずおうむ返しする俺に、リッカはため息をつきつつ肯定した。



「第二王女……アリシア様はよく城を抜け出しては城下町に遊びに行っていたらしいんだけど、今回はもう二週間近く帰ってきてないのよ。彼女はまだ十四歳だし、最近は色々と物騒でしょ? だから捜索隊が組まれたんだけど、私もそこに入れられちゃったのよね。別にそれはよかったんだけど、ちょうどそのタイミングで――」



「国の北側でモンスターがいきなり活発化したと」



「そういうこと」



 なるほど、そういうことならわからなくもない。



 リッカはモンスター討伐に行きたくても、家出したバカ王女の捜索のため行けない。だから急きょ、リッカの代役が務まりそうな中で一番手近にいた俺に白羽の矢が立ったと。



「急な頼みだということは自覚してるわ。けど、あんたしか任せられる人がいないの。お願い、手を貸して」



 リッカが、真摯な目で俺を見ている。その中には確かな信頼があった。



 それはかつて一緒に旅をして苦難をともにした同胞への信頼だ。



……やれやれ、そんな目をされたらこう言うしかないじゃないか。



「断る」



「……(プツン)」



 何となくリッカの堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。



「お、お師様っ!?」



「……理由を聞かせてもらえるかしら?」



 ミアの慌てた声とリッカの取り繕った冷静な声が対照的だ。



「俺が行かなくても王都の兵士でも派遣すりゃいいだろ? だいたい俺には研究があるんだよ。そんな俗世のしがらみに構ってるヒマはない!」



「どうせまたくだらないもの作ってるんでしょ? そんな時間があるなら少しは人のために働きなさいよ」



「ふっ……これを見て、まだくだらないと言えるかな?」



 俺はさっきミアにも見せた『十分の一リッカ』を出現させる魔法陣を懐から取り出し、机の上に置いてから起動させる。



「それ、さっきあっちの部屋にもあったやつよね? っていうかこれ、どう見ても私じゃないの。勝手に何してくれてんのよ」



「俺の記憶をベースにした立体映像だ。なかなかいい出来だろう? さらにこれには追加機能があってだな」



 俺はそう言って、懐から新たな感応紙を取り出して張り付ける。



 そこにもう一度魔力を流すと、立体映像のリッカの服装が次々と変わっていく。



 味気ない旅装束が、ひらひらとしたドレスに、色気のあるネグリジェに。――開放感のある下着姿に。



「ふはははは! これぞこの魔法陣の真価だ! 持ち主の好みに合わせてあらゆる服装に変えることができる、名付けて『着せ替えリッカ人形』! メイド服にチャイナドレス、新旧スクール水着にいたっては新旧どちらも兼ね備えた――」



「【龍刃砲】!」



「ああああああああああああああああ!」



 俺の研究成果が、リッカの剣から発射された熱線によって焼き尽くされた。



「な……何つーことしてくれてんだこのアマ! ふざけんな! この十分の一リッカがどれだけ学術的価値、そして大人のお友達への需要があると思ってんだ!」



「そっちこそふざけんな! 私を使って変な商売始めようとしてるんじゃないわよ! 人の尊厳をなんだと思ってんの!?」



 顔を真っ赤にして怒鳴ってくるリッカの声からは申し訳なさや罪悪感といったものはまったく感じられない。おのれ! モノの価値がわからないやつはこれだから!



「っていうか何で下着姿まで再現できてるのよ!」



「バカめ、言っただろう俺の記憶をベースにしていると。旅の途中にあったラッキースケベの数々を俺が無駄にすると思ったのか!」



「オーケー解決策が見えたわ。記憶を消し飛ばしてあげるから表に出なさい」



「お、やるのか? いいのか? お前の無敗伝説も今日までだな! 女だからって手加減してもらえると思うなよ!」



「お二人とも仲いいですねえ」



「「うるさい! 誰がこんなヤツと!」」



「息もぴったりです」



 ミアは頭のネジが数本飛んでいるので、一触即発の俺たちが楽しくお話しているように見えたらしい。



「ああ、もういい。どうでもいいわ。とりあえず四の五の言わずにモンスターたちを討伐してきなさい。それで今回は不問にしてあげるわ」



「あん? おいおい何で俺が謝る立場みたいになってんだよ。頼み事してんのはそっちだろ?」



 俺はリッカの発言を笑い飛ばした。



 まったく、この女は何を考えているんだか。現状俺とこいつのどちらの立場が上か理解していないらしい。



「行かないなら、私が今まで融通してた魔法素材の援助は今日で打ち切りね」



「喜んで行かせていただきます」



 現状俺とリッカのどちらの立場が上なのか理解して即座に意見をひるがえした俺に、ミアが何とも言えない眼差しを向けていた。


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