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世界救済が終わったら

×××



 かつてこの世界には、『魔王』と呼ばれる一体のモンスターがいた。


 『いる』ではなく『いた』。過去形だ。


 なぜ過去形かといえば、すでにそいつはこの世にいないからだ。



 人類史上最悪の敵とまで言われた魔王が、剣士、魔法使い、モンスター使い、ヒーラーからなるたった四人のパーティーに討伐されたのは今からだいたい三年前のこと。



 特筆すべきなのはそのパーティーの四人中三人が当時十代半ばの少年少女たちで構成されていたことだろうか。



 ともあれ、そんな四人組による魔王の撃破が正式に発表されてから世界は目に見えて活気を取り戻した。ここ三年間の間でほとんどの土地が魔王に襲われる前の姿を取り戻していると聞けば、この世界に暮らす人間たちのたくましさを思い知らされる。



 そんなわけで、魔王討伐のために雇われていた傭兵くずれが稼ぎに困って野盗化したり、身寄りをなくした子供たちが人身売買の餌食になったりと問題もまだまだ残ってはいるが、おおむね世界は平和に向かって推移していると言っていいだろう



 言っていい、はずなんだが……



「お師様! お師様っ!」



 がっしゃあああん、なんて音が廊下の方から聞こえて来て数秒後、泣きそうな声とともに一人の少女が勢いよく俺の私室に入ってくる。



 俺は深々とため息を吐き、作業を中断して部屋の入り口の方を向いた。



「何だ、ミア。今日は何を破壊したんだ? 花瓶? それとも皿か? もう今更滅多なことで怒ったりしないから、大人しく白状しろ」



 俺はここ最近、毎日のように破壊音を聞いている。食器、雑貨、果ては部屋の壁に至るまで。あらゆるものを壊され続けた俺に今さら恐れるものなど何もない。



 俺の余裕たっぷりな言葉に、少女は安心したように後ろ手に隠していたソレを掲げ――



「その……お師匠様が育てていたマンドラゴラの鉢植えをひっくり返してしまって」



「ああああああああああああああ!」



「ひうっ!?」



 ――突如絶叫した俺にびびって後ずさった。



 俺は怯える少女の腕から陶器製の鉢植えの破片を奪い取り、急いで状態を確認する。



 マンドラゴラは高価な魔法道具を作るのに使用する植物だ。市販品を買うと高いので鉢植えを入手し、俺が大切に育てていた。しかし一抱えほどある鉢植えは盛大に破損していて、そこから土がこぼれている。



 いや、百歩譲って土はいい。問題は……



「……おい弟子」



「は、はいっ」



「ここに植えてあったはずのマンドラゴラ本体はどこに行った? なんで土しか入ってないんだよ」



「……素直に言ったら怒りませんか?」



「ああ。もちろんだ。可愛い弟子を怒ったりするはずないだろう?」



 びくびくしながら上目遣いで聞いてくる弟子に、俺は慈愛に満ちた表情で言った。



 実際のところ、この少女は見た目に限ればかなりの上玉だ。



 透き通るような白い肌に、やたらと目立つ銀色のロングヘア。



 瞳は輝く青色で、目鼻立ちも極めて整っていると言っていい。



 まあロリだけどな。十二歳のお子様だ。いかに将来性があろうとも、十八の俺からすれば恋愛対象にはなりえない。犬みたいなもんだ。



 さて、俺の慈愛に満ちた表情を見て目の前の弟子――ミアは胸をなでおろす。



「さすがお師匠様。懐が深いです。あ、マンドラゴラは私が鉢植えを蹴っ飛ばしちゃったときに地面に吹っ飛んで、しばらくよちよち歩いてたんですけど、見ているうちに倒れて動かなくなっちゃいました。まだ成熟してないうちに外に出たから、外気に耐えられなかったんでしょうね……」



 しみじみと語る弟子。



 俺は無言でミアのこめかみを掴んで締め上げた。



「あれ? お師様どうし――みぎゃああああああー! 痛い痛い! ごめんなさいごめんなさい! 許してください! っていうか素直に言ったら怒らないって言ったじゃないですかぁ!」



「怒るに決まってんだろこのバカ弟子があああ! つーかお前さっき何て言った? 市場じゃ十万メリルは下らない魔法植物が目の前で枯れていく様をただ見てたっつったか!? あれはお前の数倍価値がある代物なんだぞ! おら『マンドラゴラさんはすごい』って三回言ってみろ!」



「マンドラゴラさんはすごい! マンドラゴラさんはすごい! マンドラゴラさんはすごいっ!」



「うるせえ! 黙って反省しろ!」



「ええええ!?」



 目を丸くしている弟子をアイアンクローから解放してやると、ミアはふらふらとよろけて、転ぶ一歩手前で踏みとどまる。



 俺は涙目になっている弟子を放置してその場にしゃがみこむ。



「ったく、このバカ弟子が……」



「うう、すみませんすみません……」



 俺は床についた取っ手をつかみ、べりっと上に持ち上げる。



 するとそこには――おびただしい数の魔法植物の鉢植え。



「マンドラゴラの大半をここに避難させといて正解だったな」



 床下を改造して作った人間二人くらいなら簡単に入れるであろう収納スペースには、ところせましとマンドラゴラの鉢植えが並んでいた。



 それを確認しつつしみじみと呟く俺を見て、弟子が呆気にとられたような顔をしている。



「……お師様、それはなんですか?」



「見てわかるだろう。マンドラゴラだ」



「あのあの、どうしてそんなにたくさんあるんですか?」



「この間知り合いから種をもらったからな。今大量生産中なんだ」



 魔法植物マンドラゴラの育成は魔力を与えておけばどこでもできる。日の光が当たらない場所でももちろん可能だ。俺は幸い魔力量だけは人並み外れているから、十や二十なら余裕で同時に栽培することができたりする。



「な……な……」



 平然とそう言った俺を見てミアはしばらくぷるぷると震えていたかと思うと、



「なんでそういうことは早く言ってくれないんですかぁぁぁ! マンドラゴラさんが貴重っていうのは嘘だったんですか!? 私本当にお師様が怒ってるかと思ってたのに!」



「馬鹿言うな。あれはお前がびびりまくってるのが面白かっ――俺には師匠として弟子の失敗はきちんと叱る必要があるんだ」



「本音が全然隠しきれてないんですが! っていうか誤魔化す気もないですよね!?」



 威嚇する猫みたいに唸るミアを適当にあしらっておく。



 俺がこいつをからかうのはいつものことだ。いい加減慣れればいいのに。



 などと思う俺をよそに、ミアは顔を真っ赤にして、手をぶんぶんと振り回しながら――



「本当に今でも信じられません! こんないじわるで横暴でひねくれた人が――魔王を討伐した伝説のパーティーの一人だなんて!」



 何度目とも知れない絶叫を上げたのだった。

始めまして、ヒツキノドカといいます。

「なろう」は初めてなのでいまいち使い方がわかりませんが、そのうち慣れることを信じてせこせこ書いて行こうと思います。よろしくお願いします。


とりあえずストック切れるまでは毎日更新の方向で!

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