9.コアラと初仕事
「今日はひとまず、遠くから様子見るだけでいい。でも、なにかあったら助けてくれな」
屋敷の前で鉾良はそう言って、千風の頭にぽんと手を置いた。
「ん!」
頼もしく元気な返事をした千風の頭に、義維の手が小さなヘルメットをかぶせる。昨晩、最奥のプレハブから探し出してきた一番小さいものだ。あご紐の先に付けられたバックルは千風の腹の辺り。ぐらぐら揺れて落ちそうになるヘルメットを、千風が両手を伸ばして慌てて支える。
「どうだ」と義維。
「重いー」と千風。
真新しいスニーカーと縞模様の靴下をはいた千風の足が、ふらふらと周囲をうろつくのを眺め。
「だろうな」
と呟いた義維は一度ヘルメットを取り、洗面所から持って来たタオルを千風の頭にぐるぐる巻きにしてから、再びヘルメットを載せる。揺れにくくなったことを確認してから抱き上げ、
「バイク!」
「ああ」
玄関先に停めておいた愛用のバイクのシートに座らせる。千風の前にまたがった義維が、自身もヘルメットをかぶって振り向き、
「しがみつけ……ないな」
義維の体側にすら届かない長さの千風の腕を見て、前に向かい合わせに座らせ、片腕で抱える。
もう片手で、ぶぉん、とエンジンをふかす。
「乗るの、はじめて!」
ヘルメットの下から、千風のきらきらした目が義維を見上げる。
「行くぞ」
轟音を上げたバイクは、甲高い歓声を掻き消して瞬く間に走り去る。
……ことのいきさつは、数日前にさかのぼる。
「ん!」
何の説明も脈絡もなく千風に端末を突き出されて、義維が宮地と会話したのは、つい先日のことだ。タオルでがしがしと風呂上りの頭を拭きながら、もう一方の手で端末を受け取り、肩に挟む。すぐさま聞こえてくる陽気な声。
『あーんだよぎぃちゃん、ちーに家賃入れさせてねぇの? だめだぜ、見た目ちっこいからってそんな甘やかしちゃあ。お互い良いことないぜ。自分の食い扶持は自分で稼がせなきゃあー』
「……そう、ですか?」
『そうそう、そんなんでもソイツ一流の……ああ分かった、じゃあさ、家賃代わりにちっとくらい働いてもらえよ。その感じだと、マトモに撃たせてないんだろ。過保護も良いが、実戦から離してっと鈍っちまうぜ、そっちのが危険だ』
続けて、
『まぁ、わからなくもないけどなー! しょーがないけどなー! ちーかわいいからなー!』
というものすごい大音声が聞こえてきて、義維は思わず腕を伸ばして端末を最大限に遠ざけた。それでも一字一句漏れなく聞こえてくる、浮かれっぱなしの宮地の声。
以降数時間続いた中身のない長電話の内容は割愛するが、とにかく。
(ちなみに千風は、ひたすら相槌を打ち続ける義維を放置して早々に布団にもぐりこみ、騒ぐ宮地の声などものともせず数分で寝息を立てていた)
翌日、そういったやりとりがあったことを義維が鉾良に報告し、
「そういうことなら、カタつけてくるか。ちょうどよくそろそろ潮時だしな」
鉾良はそう答え、目の前のローテーブルに放り出されている端末を横目に、疲れたような顔をした。
義維もうなずく。
慎重派の格子だけは顔をしかめたまま。
「……カタをつけることに関しては賛成ですが。下手に動いて、目立たせて、宮地さん以外の、天祭の存在を知る者に千風の所在を知られるのは、まずいのでは」
ふん、と鉾良がつまらなそうに答える。
「ここいらのエンライの誰が、ちーのこと知ってるっていうんだ。自分で言ってて空しいが、鉾が相手にするような奴らを相手にさせたところで、どこかが「天祭」だと気づかれる恐れもないだろう」
数秒思案したのち、格子はひとつうなずいて席を立つ。
「一応、宮地さんと鳥巣さんに相談してみます」
「ああ、頼む」
――そしてその質問に、誰だか知らないけどソイツ相手ならまぁ問題ないんじゃないの、という二人からの回答を得たのが一日前。
繁華街で車を下りた鉾良が、ズボンのポケットに両手をつっこんだまま雑踏にまぎれて通りを歩く。数ブロック先の角に立つポストの上にライターを置いて煙草を吸っていた男がその姿を見つけ、ひょいと片手を上げた。
「待ってたぜ、鉾の小僧」
鉾良は軽い一礼。
「どうも」
二人は連れ立って、すぐ近くの薄暗い路地裏に入る。
「しかし、今日はなんでこんなとこなんだ?」
男の問いに、鉾良は薄く笑って答える。
「見通しが良いから」
「んだそりゃ、酔ってんのか?」冗談だと思ったらしい男が、煙草の端を噛んで、くぐもった声で笑い飛ばす。「心配しなくてもお前は五体満足で帰してやんよ。うちの御大は、前途ある若者には優しいからな」
男の顔を無表情に見返した鉾良は、つくづく悠長だよなぁ、とすっかり平和ボケした界隈を憂いて、内心でため息をつく。
***
後方車両がいなくなった直線ルートで、義維はわずかに減速し、視線を落として千風の様子をうかがう。それに気づいた千風が顔を上げて、楽しげに叫ぶ。
「風つよい! ちーの顔、横から、ぶーってなる!」
……子どもサイズのフルフェイスなんてあるんだろうか、と義維は週末の買い物の算段を立てる。
車酔いするか、あるいはバイクにびびるかと思ったが問題なさそうだ、と結論付けた義維は、前方を走る鉾良の車に視線を戻す。義維と千風の乗るバイクは、鉾良と格子が乗る車を少しあとから追う形で走っていた。
待ち合わせ場所に近づいて速度を落とす車から進路を別にしたバイクは、細い路地を抜け、坂を上り、コンクリート打ちっぱなしの廃ビルの前で停車した。
バイクを下り、ビル前でたむろしている三人の若者たちに歩み寄る。
「一時間、貸してくれ」
ポケットから取り出したくしゃくしゃの紙幣を一人に握らせる。鼻ピアスの男は、一枚きりの紙切れを振って、義維に向けて鼻白む。
「おいおい、これっぽっちか?」
「相場だろう」
義維は表情を変えないまま短く答えると、千風を連れてその脇をさっさと抜ける。
若者三人はニヤリと目配せしあい、かたわらに立てかけてあった金属バットに手を伸ばす。革手袋の両手がひしゃげた金属バットをぶんと振り上げた。
「待てよ、全部置いてけ……!」
俊敏に駆け寄る男の腰で、無骨なウォレットチェーンが騒々しい音を立てる。後頭部めがけて振り下ろされる鈍器を難なくかわした義維は、振り向きざま真ん中の一人を蹴り飛ばした。
「ぐ……!」
苦悶の声をあげた青年が玩具のように吹っ飛んで、後方のコンクリート壁にぶち当たる。おののいて間合いをとった残り二人の前で、義維は両手で持っていた三脚とガンケースをごとりと足元に置いた。カフスを外して袖をまくりつつ、
「ちー、撃たなくていいぞ」
すでに、三人に向けてきっちりと銃口を構えている、背後の少女に言う。
「ん」
千風は従順にうなずくが、その銃が下がることはない。
義維はまぁいいかと思い直し、ゆるく息を吐くと――重心を落として両手の拳を握り、中段に構えた。ゆっくりと呼吸を回し、目を細める。
それだけで本能的に何かを感じ取ったのか、右側の赤シャツの男がぎくりと肩をこわばらせて、隣の仲間に慌ててささやく。
「や、やべぇんじゃないの、なぁ、コイツ……」
がすん、と鈍い音。
次の瞬間、赤シャツが一撃で地面に伏しぴくりとも動かなくなったのを見て、一人取り残された男は義維を凝視したまま、ひぃ、と喉を鳴らした。闇雲な奇声を上げて振り上げられた金属バットをたやすく避けた義維は、男の手首に軽い蹴りを入れる。男が怯んでバットを取り落とした隙に、自身よりやや低いところにある頭部を鷲掴みにして、そのまま地面に叩きつけた。
「い………!」
くぐもった低い悲鳴と、不愉快極まりない衝撃音。
義維はすぐに男の頭から手を離して振り向き、びひらせたかと背後の千風の様子をうかがう。少女は銃を構えたまま、三脚の後ろに隠れるようにひっついて、崩れ落ちた男たちの様子をじっと見ていた。
「ぎぃちゃん、つよい!」
男たちが動けないのを確認すると、そう嬉しそうに言って、両手を上げて義維に駆け寄ってくる。千風の手が義維の上着の布をつかんだ直後、赤シャツの男がうめきながら顔をあげた。千風が慌てて義維に抱きつく。
「お、お前……どこの奴だ」
額から血を流しながら、かろうじてそれだけ言った血走った目の男に、
「鉾」
義維が短く答える。
男は、この近隣で名を馳せるエンライの名に怯んだような顔をして口をつぐんだ。
ケリがついたと判断した義維は、三脚とガンケースを再び持ち上げ、千風を促してビルに向かう。その背後から、
「ま、待て」
と呼び止める声。義維が振り向いてうんざりした表情をあらわにすると、
「違う、そこのビルだろ。上に行くなら、バイクで上がれるぞ」
男は慌てて、ビルの脇に設えられているスロープを指さした。
***
なだらかなコンクリートのスロープを上り終えてたどり着いたのは、元は駐車場らしい、だだっぴろい灰色の空間。ビルの最上階に広がるそ場所で、義維はバイクのエンジンを切った。すとんと床に下ろすなり、千風は一点目がけて一目散に駆け出していく。
「落ちるなよ」
「落ちないー!」
ライフルケースをかついだ義維もその後ろに続き、
「ここで良いのか」
「ん」
簡素なプレハブ小屋の横、室外機の上にストンと座り込んだ千風の前でケースを開けた。中に収められていたのは、望遠電子スコープ付きの長距離狙撃用ライフル。二人がかりで手早く組み立て、目をまん丸にした千風がひょいとスコープを覗き込む。その頭に義維がヘッドセットを乗せる。
しばらく黙って照準の調節をしていた千風がふと首をかしげて、頭のヘッドセットを外して義維に手渡した。
「どうした」
「耳、かゆいー」
「いいから、状況、聞いておけ」
義維の言葉に、不思議そうに首を傾げる千風。
「聞こえるよ?」
「……そうか」
千風のずば抜けた聴覚を思い出し、代わりに義維が装着する。がさがさというノイズの合間に、鉾良と男の雑談が聞こえてくる。
『お待たせしました』
そこに、格子の声が割り込んだ。双眼鏡を取り出して眼下を見れば、一礼する格子の後ろからスーツケースを転がした部下が進み出て、その荷を男の部下に手渡す様子が見えた。
いつも通りの取引を終えた直後、
『ああ、それと、船の手配の件だが』
なんてないふうの男の言葉だが、事前に情報屋から聞いていた本題に、やはり来たか、と義維は反射的に身構えた。
『ちっと事情が変わってな、必要な積荷が三倍になった。コンテナの手配をしておけ。出港は二週間以内』
一度目を閉じた鉾良が、目を開けて男を見据え、はっきりと言った。
『謹んでお断りする。対等な取引は歓迎だが、これ以上好き勝手言うようなら、今後一切の取引を拒否する』
『…………ん、だと……?』男の眉間に、くっと深いしわが刻まれる。『意味わかって言ってんだろうな? ウチを敵に回す覚悟が』
『なきゃ言わねーだろ』鉾良は男に冷めた目を向ける。『良い加減、へーこらしてるのも嫌気が差したんでな。均衡、崩すことにした』
あっけにとられる男に向け、鉾良は投げやりそうに、
『今日はその報告に来たわけだ』
と締めくくった。
『おい、正気で言ってるのか?』
『ああ。受けて立つぜ、そちらさんとの真っ向勝負。あいにくと負ける気がしないから、な』
『ついに気がふれたのか? まさかウチに勝てるとでも――』
男の低い怒号に、義維は横目に千風の様子をうかがう。銃の位置を微調整している少女は、義維の予想に反して平然としている。
「ちー、平気か」
「んん?」
丸い両目がくるりと動いて、不思議そうに義維を映す。
「怖くないか?」
「へーき。だって、あっちから届かない」
階下に見える米粒のような人影を指さして、きっぱりと断言。
「……ああ、そうだな」
少女の論理に、なるほど、と義維はうなずく。
目の前に立たれるとびびるのだろうが、狙撃位置にならば誰をも恐れない。スコープの先で鉾良や強面の男たちがいくら睨みを効かせていようとも、怒号を飛ばそうとも。
「あのね、りーだー、いつでもいいよ!」
出発前に襟元に付けておいたマイクに向けて、千風が笑顔で言った。
出会った日の、泣きはらした目の千風を思い出して、まるで別人だな、と義維は感心した。宮地が『一流の狙撃手』と評していた、その意味を理解する。
少女の目はただまっすぐに冷静に、依頼主――鉾良の様子だけを見つめていた。
***
一方、階下。
男はわざとらしく息を吐いて肩をすくめる。
「残念だ。お前はもう少し賢い奴だと思っていた」
「あんたらの腑抜けきった平和ボケと一緒にされたくないね。そろそろ潮時だぜ」
鉾良の不遜な言葉に、男の顔と声がぐっと凄みを増す。
「……言葉に気をつけろよ小僧。まさかそこまでつけ上がってるとはな。何でもかんでも許されると思うなよ」
「こっちの台詞だ」
「は、笑わせる。――良かったなぁ、見晴らしの良いところで死ねて!」
男の手が瞬時に動き、ジャケットの裏に伸びる。
にらみを利かせた鉾良が銃を構えるどころか、取り出す前に。
男のすぐ首元に、かすかな熱と着弾音。ちゅん、と小さな異音。やがて、たちこめる硝煙のにおい。遅れて、背筋をぞわりと這い上がる、本能的な悪寒。
目の前の鉾良は腕組みをしたまま、にやにや笑っている。
ジャケットに触れることも許されないまま固まった男は、ぎこちなく首を回して、すぐ横の壁にめりこむ真新しい弾丸を見た。細く白煙が立ち昇っている。
「…………狙撃手、か?」
「ああ、悪いな、血気盛んな新入りで」
軽く答えた鉾良の口角がクイと吊り上がる。そこここに隠れて鉾良の合図を待っている部下たちには悪いが、今日は千風の初陣だ、指示も待たずに一番乗りしてきたからには、できるところまでやってもらおうじゃないか。
『あのね、ちーだけでも大丈夫、だよ!』
耳元から聞こえてきた、相変わらずの明るい千風の声に次の算段を立てつつ、鉾良は目の前の男の呼吸がじわじわと浅くなるのを見てとった。ポーカーフェイスなど朝飯前のはずの男の、あからさまな動揺を見て内心で滑稽だと笑う。
男のあごをつたった冷や汗が首筋を下りる。目の前の小規模エンライのただの若造が、何の指示も出していないことは明らか。何が引き金かも分からない。じわりとにじむ不愉快な脂汗を感じながら、男は自分のジャケットから手をゆっくりと離す。
鉾良は余裕の表情を崩さない。ただのはったりか、ちゃちな仕掛けか――それとも、本物か。
男の後ろに控えていた数人の部下たちが、焦ったように上司の名を呼ぶ。
見渡す限り、周囲に、狙撃可能な遮蔽物はない。
つまり、本物ならば――推定射程距離、ゆうに1000米。
目の前には鉾良だけでなく格子を含めた数人の部下が立ちはだかっている。この立ち位置で、そんな距離から敵だけを正確に威嚇できる人間なんて、どこぞの大陸からの流れ者か、ロウシンの手駒くらいのものだ。こんな弱小のエンライが狙撃手など、そんなもの、雇えるはずもない。何らかの大口の取引でもあれば情報が回るはずだが、あいにく何の噂も聞こえてきていない。
だから、見えない銃口を突きつけられている可能性を自覚しながらも、男は正面から鉾良を見返して、あくまで優位の姿勢を崩さないまま言った。
「狙撃手一人、手に入れたくらいで浮かれてるのか? 忠告しておいてやる。ここで俺を殺しても、組員の規模の差を埋められるわけが」
「いや、これが意外と役に立ちそうでね。そうだな、もう少し見ていくか?」
鉾良が片手を上げて、どこへともなく、低い声で言う。
「――聞こえてるか? 予定変更だ、お前の好きにして良いぞ」
一歩踏み出した革靴が、ざり、と砂利を踏む。
「存分にぶっぱなせ」
そんな大雑把な指示と――同時。
たたたたたたたた! と雨だれのような音が周囲を包んだ。
それが連射音だと、その場にいた人間が気づいたのは、数瞬後、周囲の壁や地面から立ち昇る幾筋もの白煙を目にしてから。瞬く間に、あたりに火薬の匂いが充満する。
「……な……っ」
そのまっただ中にあって、無数の銃弾がすぐそばを掠める中、無傷の男が息を呑んで、
「ぐ……!」
ただ一発が――男の足首ぎりぎりを掠め、左のズボンの裾を壁に縫いとめる。
直後、訪れる元通りの静寂。
「……」
肩で荒い息をする男が、壁に刻まれた点描のような自身のシルエットを凝視して、ざあっと青ざめる。銃弾が当たらなかったのは――狙いが外れたからではなく、わざとなのだと悟って。
悠然とした足取りで男の前まで歩み寄ってきた鉾良が、その様子をせせら笑う。
「なんてな。今日は五体満足で帰してやるよ。帰って御大に伝えろ。覚悟ができたらいつでもどうぞ。鉾への攻撃を命じた瞬間、どこに居ようと必ず、誤差数ミリ程度でお前の脳天ぶち抜いてやる。そのつもりでいろよ、とな?」
腕組みをしたまま仁王立ちでそう言い放つ若者相手に、数分前までは確実に優位にいたはずの男はただ、絶句するほかなかった。
***
屋敷の前で鉾良が車を降りる。真っ先に出迎えたのは、わくわくした顔の千風。
鉾良はまず黙って、千風の頭を力強く撫でた。
「グッジョブ、ちー。完璧だったぜ」
千風は気持ちよさそうに目を閉じて、こちらも機嫌よく答える。
「んん、おやすいごよう、だぜ!」
「おお、頼もしいな」
それから鉾良は、ガンケースを抱えて傍らに立つ義維に目を向ける。
「何か問題は?」
義維は少し考えて。
「連れ出すなら車が良いですね。バイクは落っことしそうで」
「ん! 車だと走ってても撃てるよ! でもバイクはね、頭ぐらぐらするしね、ほっぺぶーってなるしね、コアラ!」
「……しがみつくから両手がふさがるって意味か」
義維の確認に、即座にうなずく。
鉾良が機嫌よく口角を上げた。
「よし、次回は車移動だな。車中の命中率も見せてもらおう」
「おーう!」
千風が任せろとばかりに、右手のこぶしを高く掲げる。
玄関を上がりネクタイをゆるめる鉾良の横に、格子が並んで言う。
「まさか、あそこまで発展するとは予想外でしたが」
「ついな。あいつもあんなに余裕がないとはな、ぼけてるのか、それともどこぞのロウシンに迫られてでもしてるのか」
しゅるりと衣擦れの音がしてネクタイを引き抜く。
「しかし、売られた喧嘩に手ぇ出さなかったのは久々だ」
持て余すようにこぶしを握る鉾良に、義維が聞く。
「多少待ったほうが良かったですか」
「いや?」
ぴょんと飛び跳ねた千風が、きちんと挙手してから言う。
「りーだー、だりぃ、って顔してた!」
「そこまで見てんのか。正解。上出来だ」
その後、一週間で。
鉾がとんでもなく有能な狙撃手を手に入れた、というニュースが、周囲のエンライに駆け巡った。