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7.車椅子の情報屋


「お疲れさまですッ」

「ああ、今戻った」

出先から戻った鉾良が玄関先の見張りに労いの言葉をもらってから、昼下がりの廊下を進む。

息を吐いてネクタイを緩め、部屋に入ろうとして、

「やぁ、待ちくたびれたよ」

聞き覚えのない声に、慌てて顔を上げる。

無人のはずの部屋の中央にたたずんでいたのは、見知らぬ車椅子の男。癖の強い茶髪が四方に跳ねている。

「……どちらさまですか」

鉾良は素早く周囲に目を走らせ、硬い声で言う。ジャケットの下に手を入れる鉾良を目の端で捉えても尚、男は酷くのんびりとした口調で、

「おすすめしないなぁ」

と、ぼやくように言う。赤い手術痕の残る手をひらひらと振り、

「お宅に用はないよ。千風さんはご在宅かな」

「千風の……」

玄関が再び開く音がして、すぐに、散歩から帰ってきた義維と千風がその部屋に顔をのぞかせた。

きゃあ、と千風がひときわ大きな歓声をあげたあと、甲高く叫ぶ。

「ちっぴー!」

義維が止める間もなく男のもとに駆けていった千風がきゃーきゃー言いながら、車椅子の左のひじかけにがっしりと引っつく。

「やぁ、千風さん。ご無沙汰だね」

男は首を傾けてくすぐったそうに目を細め、目の前で左右に揺れる小さい頭を丁寧になでる。

「ごぶさただねぇ!」

千風が元気良く、鸚鵡返しに言う。

義維が問う。

「ちー、知り合いか」

「う!」

怯える様子もなく答える千風の様子を見てようやく息を吐いた鉾良は、ジャケットから手を引き抜いて、義維とともに男の対面の椅子を引いた。千風が義維に駆け寄ってきて、よじ登るように膝の上に座る。

格子が人数分の茶を持って厨房から現れた。

出された茶を一口飲んでから、男はテーブルに付きそうなほど頭を下げた。

「ごきげんよう、鉾の皆様方。(わたくし)、情報屋の鳥巣(とりす)と申します」

有名な情報屋の名にぎょっとなる鉾良と義維に、千風がうれしそうに甲高い声で言う。

「りーだー、ぎぃちゃん、ちっぴーはね! あのね、ちっぴーとぴっちーがいてね、それでね! えっと、ぴっ、ち、ちっぴーがね!」

きゃいきゃい騒ぐ千風の頭に、ぽんと義維の手が乗る。

「まずは用件、聞いてやれ」

「ん!」

素直に口をつぐんだ千風は、両手を揃えてちょこんと膝の上に置き、鳥巣に向き直る。

一連の流れを楽しげに眺めていた鳥巣は、視線が集まるとゆったりと微笑み、テーブルの上で指を組み合わせた。

「いやいや、突然訪ねてきてすまないね、千風さん。ご覧のとおり、しばらく身動きがとれなくて」

そう言われて首をかしげ、脈絡なくテーブルの下に頭を突っ込んだ千風の、くぐもった声が天板越しに届く。

「ほんとだ! 足、なーい!」

「こ、こら、ちー!」

ぎょっとなった鉾良が千風の遠慮なさすぎる物言いを諌めるが、鳥巣は気を害した様子もなく鷹揚にうなずくだけ。

「うむ、全くもってその通り。下腿アダプターに全方位銃組み込んだ途端にパクられるとはね。良く見てる奴もいるもんだ」

「うー、全方位銃、くっつけたのー?」

テーブルのへりにひっついて、鼻から上だけを突き出した千風が目をまん丸にして聞く。

「いやいや、同じ徹は踏まないよ。悔しいから次は生体認証(バイオメトリクス)付けた上で、全周旋回から全天周旋回にしてやった。このあと工房に取りに行くんだ」

嬉々として語る鳥巣の言葉に目を輝かせ、

「ふーう!」と千風。

「フーウ!」と鳥巣。

二人は顔を見合わせて、けたけた笑う。

ひとしきり笑ったあと、鳥巣が鉾良に向けて、ひらひらと手を振る。

「と、いうわけで心配御無用。足がないのは生まれつきなんだ、幻肢もないからよくうらやましがられるよ」

季節の花を模した茶菓子を指先でつまみ上げ、しばらく嬉しそうに眺めてから口に放り込む。

「さて、本題だけれど」

おしぼりで指を丁寧に拭いたあと、車椅子の後ろに積んでいた小さめのアタッシュケースを、どかんとテーブルに置く。

「お持ちしました。確認してくれます?」

ピピ、と電子ロックの開錠音がして、銀色のバックルが自動で開く。

「あい!」

元気良く返事をした千風がテーブルに飛び乗って、アタッシュケースの前に座る。小さい手を最大限に広げ、帯封のついた真新しい札束をむんずと掴んで、手慣れたようすで数えていく。

鉾良と義維と格子は、千風がせっせと数え始めたケースの中身――びっしりと隙間なく敷き詰められた帯封つきの札束のその量に、ただ固まるしかない。

乾ききった鉾良の喉から、掠れた声が出た。

「……十堂殿の報酬を、千風が代理で受領する、と」

「違いますよ。この案件は、千風さん一人で請けてもらいました」

「これ、大金だぞ。ちゃんと分かってるのか、ちー」

義維の問いに千風は首をかしげつつ、数枚を抜き出して、鳥巣に手渡す。

「ありゃ、すまんね」

鳥巣の手の中の紙幣を数え、マージンにしては少ない額に義維が眉をひそめると、

「いやいや、これはね」

鳥巣が笑って、受け取った紙幣を照明にかざしてみせる。

「ほら、希ホロ。つまり偽札だね。俺の方でも確認したんだけどね。こんだけ用意すると、どうしても混ざりやがる。千風さんは判別がお上手だから、つい甘えちゃって」

「えっへん! ちー、名探偵!」

「端数分は、手形でいいかい」

「ん!」

鳥巣が服の下から取り出した複写式の台帳にさらさらとなにやら書きつけて、その表面の一枚を手渡す。千風の手が最後の札束を数え終わり、鳥巣から手形を受け取ってきちんと額面を確認し、

「せんはっぴゃくにじゅーまん、たしかに、うけとりました!」

「はい、どーも」

鳥巣がペンをくるりと回してから胸ポケットに戻す。

大金の山に手を置いた千風がくるりと振り返って、義維を見上げ。

「あのね、ぎぃちゃん、金庫ある?」

「……ああ。すぐに用意する」

「ひとまず、ケースか何か、持ってきます」

小さく言った格子が、俊敏に席を立って部屋を出て行く。

湯飲みに残った茶を全て飲み干した鳥巣が、さて、と呟いて上着の前を合わせた。

「今日はひとまず、これだけです。仕事の依頼はまた後日、改めて」

「あ」

と思い出しように呟いた千風が、ポケットから端末を取り出して、意気揚々と空高く掲げる。

「ちっぴー、番号交換しよ!」

「嬉しいね」

鳥巣は言葉どおりに顔をほころばせ、いそいそと端末を取り出す。

テーブルの上を鳥巣の前まで這っていった千風が、二台の端末を付き合わせて睨みつけて固まり、数秒後。

「うう、ぎぃちゃん、できないー」

「ああ」

義維が席を立って、二人のもとに歩み寄る。その後ろで、鉾良が首を傾げる。

「電話の掛け方は知ってたよな?」

「ちー、おとうさんの電話のお留守番はできるよ。でも、番号交換は、見てただけ!」

「なるほど、そうか」

「ああ、来ました、ありがとう」

交換を終えた端末を、鳥巣が両手で拝むように捧げ持つ。それを千風が不思議そうにじっと見つめている。

「ああ、そういえば」

鳥巣が端末を仕舞おうとして動きを止め、思い出したように言う。

「あとな、シガレから天祭さんの連絡先を知らないかと聞かれたんだが、これ、教えてもいいかい」

「ん!」

聞き覚えのあるビッグネームに鉾良が驚いて、思わず割り込む。

「まさか、志枯(しがれ)農園の?」

「そうそう、あの、煙草農園の大地主のシガレさん。長いこと、天祭さんちのお得意さんでね。あそこは、人間もそれ以外も、厄介な客が多いから」

「うふふ、ちー、かりゅーどになるよ!」

「狩人?」

「ん!」

千風が誇らしげに胸を張る。

意味を聞こうとする義維の前に鳥巣が言う。

「あと、ロイにも?」

「ん!」

「ロイとも知り合いなのか、ちー」

鳥巣と並んで区域に名だたる情報屋の名だ。恐る恐る尋ねる鉾良に、

「んーん。ろいはね、ひとしみりーなの」

「……ひとし……人見知り?」

「ああ、あれは滅多に顔を出さないから」と鳥巣。

「ちっぴーあったことある?」と千風。

「あるよ」

「うー!」

うらやましそうに身もだえる千風。

「――ほいじゃ、私はこれで」

車椅子の両輪がくるりと回って、颯爽と廊下を走り出す鳥巣。テーブルから椅子を伝って床に下りた千風が両手を挙げてきゃいきゃい言いながらそれを追いかけ、そのあとに義維と鉾良が続いた。

玄関で別れの挨拶をした鳥巣が、帽子を目深にかぶりつつ千風に言う。

「鉾についても、何か耳寄りの情報があればぜひ」

「えーとね、うーとね、」

「おい、ちー」

追いついてきた鉾良が焦った声を出し、

「りーだーの、昨日のぱんつ、赤!!」

がく、と崩れ落ちる。

鳥巣だけが真剣な顔であごに手を置き。

「ほう」

千風は誇らしげに胸を張る。

「ちゃんとね、ぐるぐるしてるの、止めて見たもん!」

「……どおりで最近よく洗濯機が止まると……おまえのイタズラか」

こつん、と軽いげんこつが落ちる。

「それと、鉾良さんも、ぜひ」

名を呼ばれた鉾良が鳥巣に目を向けると、鳥巣は曖昧な笑みを浮かべていた。

「お宅らには値が張る買い物だろうけどね、ご入用でしたらなんなりと」

「ええ。助かります。お心遣い、感謝します」

本来ロウシンレベルしか相手にしない名高い情報屋の気安い言葉に、鉾良は心底感服して頭を下げた。

2016/9/25:加筆修正(鳥巣を有名な情報屋に。ロイの記述を追加。)

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