6.精巧模造の光線銃
「うわわわ、泣いちった」
「ぎ、ギイさん! ギイさん!」
慌てた声に呼ばれて、義維は部屋をのぞき込んだ。その腕に小さなかたまりが飛び込んでくる。
「どうした」
身をかがめた義維のジャケットをめくり、その内側に勢いよく頭部を突っ込んだ千風がぷるぷる震える。これぞまさに頭隠して尻隠さず、と義維はのんびりと考えつつ、目の前でさわぐ若手たちのやりとりに目を向けた。
「ほーらー、フューリまた泣かせたー」
「お前だってこの前、話しかけようとしてすっげぇ逃げられてたじゃん」
わいわいと言い合う若者二人。
そこへ、通りすがりの男が、義維の後ろから呆れたように呟く。
「うるせぇと思ったら、お前らまたやってんのか。ほんっと子ども好きな」
肩をすくめて、さっさと廊下を去っていく。
ああくっそうチビっこに癒されてぇ、と天を仰いでわめいているのが冬瓜。
顔か、顔なのか、とつぶやいて自分の顔面をもみほぐし始めるのが久我。
千風をひょいと抱き上げた義維は、うめいてもがく二人の後ろを通り抜け、窓辺の机で読書中の同じく若手――森洲の隣に、千風をすとんと座らせる。それから、厨房から取ってきたばかりの紙パックのジュースを手渡した。
少女は、隣で読書にふける青年の横顔をじぃっと見上げたあと、何事もなかったかのように、ストローをくわえて紙パックのジュースをすする。
部屋の中央でわいわいと騒いでいた二人が振り向き、
「おお……?」
「おー!」
俊敏にテーブルに駆け寄ってきて、そっと天板越しに顔を出して少女の様子をうかがう。
「いいなぁいいなぁモリス」と久我。
「どうやんのモリス」と冬瓜。
森洲はわずかに顔をしかめて、
「……ご覧の通り、何もしてませんが」
そう答え、すぐに本に目線を戻してページをめくる。ぼろぼろの羊皮紙が目の前で動くのを、千風の目が興味深そうに追って細かく動く。
うーん、とうめいた久我が、読書中の森洲の澄ました顔と、すぐ横にある冬瓜の顔を、何度も何度も見比べて。
「うーん、もしや、ヒゲか?」
「いやその説はない。ギイさんもヒゲあるし」
きっぱりと言い切って首を振った冬瓜も、同じように読書中の森洲の澄ました顔と、すぐ横にある久我の顔を、何度も何度も見比べて。
「お前、目つき悪いからじゃね?」
「いやその説はない。グラサンで目ぇ見えてねぇのに泣かれてた奴がほら、あっちに」
きっぱりと言い切って首を振った久我が指さす先に、壁際で事態を静観していたもう一人――陣区。かけていたサングラスをおもむろに外すとテーブルに近寄ってきて、義維の前にうやうやしく捧げ持つ。
「ギイさん、どうぞ、かけてみてください」
神妙にうなずいた義維がそのサングラスをかけて、千風を振り向く。
「ちー、どうだ」
ジュースのパックを膝に置いて一息ついた千風は、義維が呼ぶのにぱっと顔を上げる。すぐに目をまん丸にして、義維の顔を指さし、驚いたように一言。
「ぎぃちゃ、目、くろい!」
ちっ、と悔しそうに舌打ちを鳴らす久我。義維が陣区にサングラスを返す。
「あの、」
本から顔を上げた森洲が、右手を上げて小さく言う。
「おっ、なんか分かった?」
嬉しそうに身を乗り出す冬瓜に向かって、森洲はきっぱりと言う。
「口数を減らす、というのは」
「……」と冬瓜。
「……」と久我。
「……いや、それは俺ら、無理だわ」
陣区が真顔できっぱりと首を振る。
森洲が呆れ顔になる。
「じゃあ懐くのは一生無理なんじゃないすかね」
「モリスくん、お前は俺らに死ねと言ってる?!」
ぎゃあ、とわめく冬瓜に、
「めんどくせーっす」
にべもなく言ってひらりと手を振り、さっさと読書に戻る森洲。
「あ、ひどい」
あざとい泣き真似を始めた久我を遮るように、
「いや」
と義維が短く言って、何事か考えるように、顎に手を当てる。
「ちー、宮地さん、賑やかだよな」
「う? うん」
「光明!」
突然の久我の大声に、千風の肩がびくっと震える。
「――おい、そこの三馬鹿」
戸口からかけられた硬質な声に、騒いでいた三人が振り返って俊敏に敬礼する。
「「「お疲れさまです!」」」
「そいつ、構うのは良いが、あんまし泣かすなよ」
そう言って部屋に入ってきたのは鉾良。
「リーダーにも懐いてんすよねー」
鉾良を羨ましそうな目で見る久我に、鉾良は苦笑して。
「まぁ泣かなくはなったが、義維には敵わないぞ。ん? どうした」
千風が手を伸ばして、鉾良のコートの端を引いていた。鉾良が身をかがめて顔を寄せると、千風の目玉がくりっと動いて寄り目になって。
「さんばか?」
「ああ。こいつらな」
千風のかたわらにしゃがみこんだ鉾良が、順に三人を指さして。
「そっちのグラサンが陣区、その隣の革ジャンが久我、それからそっちのが冬瓜だ」
「ひっでぇ、俺だけ目印なし?!」
げらげら笑う冬瓜に、そうだお前は無個性だ、と残り二人がやいやい追い討ちをかけ、
「ん? なんか言ったか、ちー」
鉾良が振り向く。
何事か小さく呟いて、そわそわと落ち着きなく体を揺らす千風に、
「どうした」
と義維が寄っていく。
「あのね、あのね、」
耳元に顔を近づけて内緒話をする千風と義維を、三馬鹿がうらやましそうに見る。
ひとつうなずいた義維の指が不意に持ち上がって、久我の鼻先を指し。
「くーが、だそうだ」
「おお……!」
にわかに顔を高揚させて震え始める久我を、森洲が気味悪そうに見る。
「俺は? 俺は?!」
冬瓜に暑苦しく詰め寄られてはわはわする千風。
陣区がぐいと冬瓜を押しのける。
「ちょっと待ったれよ。で、俺は?」
「おい、ずりぃぞ」
「んーと、んーとね……」
困ったような顔で義維を見上げる千風。義維の指が二人を順に指さし。
「陣区と、冬瓜」
「じんくん、と、ふ……、う、うりちゃん!」
うおおお、と奇声を発して床にうずくまる陣区。冬瓜が「君付けいいなぁ~」と言いながらそれでも嬉しそうに爪先立ちでくるくる回る。
浮かれた調子で互いに指さし合って延々と、付けられたばかりのあだ名を言い合う三馬鹿に、義維が肩をすくめ、それから鉾良に向き直る。
「で。リーダー、何か用件があったのでは」
「あぁそうだった。おい三馬鹿、これそこの壁に貼ったの、お前らだろ」
鉾良の手の中にある紙切れを見るなり、三人は揃って苦い顔をする。
「やべ」
「やっぱりか。なんでもかんでも貼り散らかすなといつも」
額に青筋を立てる鉾良に、あわあわと陣区が弁解する。
「ちげーっすよ、だってそれ、新しくできたレーザーサバゲーフィールドなんすよ? 銃は数十種類から選べるらしいし、着弾判定の精度も高くなったらしいし、いろんな状況下を想定した特殊障害フィールドがあるらしいし!」
べらべらとしゃべりまくる陣区に、一体どんだけ広告読み込んだんだ、と本の間から呆れた目を向ける森洲。
あわてて冬瓜も弁護する。
「そ、そうそう、腕試しに、いや特訓に良いかと思いまして!」
「……さばげ?」
ぽそりと呟いた千風が、鉾良の手元のポスターをじっと見つめている。その視線に鉾良が気づいて紙を渡してやる。
「ああ。知ってるか?」
「ん。たのしい」
「行くか?」
「……ぎぃちゃんも行く?」
不安そうに見上げる目に、しっかりとうなずく義維。ほっとしたように息を吐く千風。
よし、と鉾良が立ち上がり、
「ちょうどいい、おい、お前らも。暇なやつ引き連れて全員で行ってこい」
通りすがりの数人を手招きで呼び寄せて、小遣いを握らせる。わらわらと寄ってきた若者たちが、突きつけられたポスターを順に覗き込んで浮かれた声を上げる。
「いいんすか」
「ありがたいすけど……あの、そいつも?」
「ああ。よく見てこいよ」
鉾良の言葉に疑問符を浮かべなかったのは千風と義維だけだった。
***
「ちー、どれにする」
義維が聞くのに、千風は壁一面に陳列された大小さまざまな光線銃をひととおりじいっと見渡してから。
「あれ! ぎぃちゃん、取ってー!」
はしゃいだ声を上げて飛び跳ね、小さい指で左上の方向を指さした。
「これか?」
義維が手を伸ばす。
「んーん! 一番うえ!」
千風に言われたとおりの場所にあるものを見て、義維の表情が曇る。
「……これ、重いぞ」
小屋の奥で作業をしていた店員が手を拭いつつ二人に寄ってきて、義維が棚から下ろした一丁を見るなり口角を上げた。
「お、使う人だねお客さん。それは延筒機関っつって、蒸気時代、主に軍用で活躍した大型狙撃銃で――」
「穿孔式の銃!」
遮るように答えた千風の言葉に、機嫌よく目尻を下げる。
「おや。博識なお嬢ちゃんだ」
「……光線銃に、実在のモデルがあるんですか?」
義維が驚いて聞くのに、店員は誇らしげに胸を張る。
「ああ、そうだよ。うちのは全部、実在する銃の精巧な模造品だ。スペックも感触も、本物と比べたって遜色ない」
「あー、ぎぃちゃんの、あれ!」
「ああ、本当だ」
千風が指さした旧式のサイドライドライフルを自分用に手に取り、千風用の延筒機関をもう片方の手で担いで、義維は千風を連れて小屋を出た。
目の前に広がるのは、競技場のように白線で仕切られたグラウンド。
久我が金網状のベストを着用して、腰のベルトを留めている。
「はぁ、なるほどね。ここに光線が当たると、所持してる銃の電源が切れる仕組みか」
そのすぐ近くで、腕とひざにサポーターをつけた冬瓜が、ベストの胸当て部分のディスプレイをとんとんと叩く。
「で、自分が撃ち取った人数がここに表示されると」
二人の足元でブーツの紐を締めなおしていた陣区が目を細める。
「ていうかこれってどうなんだ、四肢はいくら吹っ飛んでもいいのか?」
「……ゲームのルールにケチをつけるな」
思わずツッコミを入れた義維を見て、
「あ、ギイさん、どうぞ!」
俊敏に寄ってきた冬瓜が、義維と千風、二人分のベストを義維に差し出す。義維はそれを受け取ると腕に引っかけて、千風の銃を担ぎ直して。
「ちー、どこに置く」
「んとねー、こっちー!」
周囲をくりっと見回した千風が義維の服を引いて、準備を進める男たちの間を駆け抜け、コートの枠線の端まで走っていく。
「ここ、ここ!」
千風の指示通り、義維はコートの一番隅に銃を置いて、角度を調整してやる。
「こうでいいのか」
「ん!」
「で、ベストだ」
「ん!」
ぱっと両手を挙げた千風に大きすぎるベストを着せてやり、
「じゃ、あとでな」
「ん!」
そう言って千風からあっさり遠ざかる義維。心配した久我が寄ってくる。
「義維さん、ちーひとりにさせていいんすか」
「ああ。撃たれたくないからな」
「まぁ、確かに、かっこわりーっすよね」
苦笑する久我に、義維はそういう意味じゃない、と言いかけたところで、競技開始を示すビープ音が鳴る。
「よし、やるかぁ」
コート内にいる青年たちが意気込んで銃を構えようとした途端、
ぱっと、大半のベストの有効灯が、一斉に消える。
「え」
何が起こったのか分からない大半があわてて周囲を見回し、向けられている銃口を探して――
「え、おい、まさか……」
一人が、コートの端にでんと置かれた馬鹿でかい銃を指さした。その後ろ、千風の着ているだぼだぼのベストの、胸当て部分の数字が目まぐるしく増加していく。
「うわ、やっぱあいつだ!」
「ガキ狙え!」
生き残っている数人が慌てて銃を向けると、千風はひょこっと銃の影にもぐりこむ。ゴツい銃は小さな体躯をほぼ完全に隠す。
なるほどな、と義維は近くの数人と応戦しつつ、横目で千風の動きに感心していた。
千風に近い位置にいた者から順に、次々と有効灯が消えていく。
義維以外の全員は、驚いてただ呆然と見つめるしかない。
「おいおい……」
「あれじゃあ迂闊に近づけねぇって」
強固なバリケードの隙間から見える千風に正確に当てるには対象に近づくしかないが、千風の銃は他の全員が持っている手持ち銃よりも有効射程距離の長い型だ、それでいて、あれだけの早撃ちができるとなると近寄ろうとする人間の射程範囲に入る前にはことごとく敗北を喫する。
結局、時間制限が経過する前に、生存者が千風一人だけになり、千風の一人勝ちとなった。
「う? おわった?」
銃の隙間からひょっこりと顔を出した千風に皆がうなずき、
「ああ、ずるい!」早々に千風に撃たれてリタイアとなった冬瓜が、頭をかきむしりながらわめいた。「ちー、次はそれ以外の銃、使ってよ!」
周囲がしらけた目でそれを見る。
「お前ね……ちびっ子相手にマジになんなよ」
「そのチビっ子にマジでやって撃たれたのは誰すか! 悔しくないんすか!」
あくまで真剣に言い返す冬瓜に、皆が反論の言葉に詰まった一瞬の間に、彼は千風に指を突きつけて言い放つ。
「あーもう、くっそ、もう一戦やろう!」
「やるー!」
目をきらきらさせた千風が、ただ無邪気に飛び跳ねる。
「ちー、つぎ、ちっちゃいの使う!」
義維のところまで駆けてきた千風が、義維の服を引っぱって小屋のほうを指さす。義維はちょっと眉を寄せて。
「アイツの言葉、真に受けて、無理に変えなくてもいいんだぞ」
「いや! あのね、はしっこのとぅーら使うの!」
「トゥーラ・ギャキか? 使えるのか?」
「借りたこと、あるよ!」
「そうか」
義維と千風が手をつないで小屋へと向かう後ろで、別の年長者が手を叩いて皆に言った。
「ほいじゃー装備変える奴変えてこーい、第二戦いくぞー」
うーい、といくつもの低い返事がして、義維たちの後ろに数人がぞろぞろと続いて小屋に向かう。
「これ、団体戦もできそうだな」
「あっちの市街地フィールドもやってみたいですよね」
その言葉を聞きつけた千風が、義維と手を繋いだまま、くるりと振り向く。
「しがいち、やる!」
「おお」
にぱっと笑って。
「かっくれんぼ!」
「わー、ナメきってるなー」
少女のあまりの言いように、苦々しい笑みを浮かべる青年たち。
義維がフムとうなずいて、
「市街地フィールドで、二つのチームに分かれて紅白戦。屋内に立てこもって守備に徹する側と、そこに攻め込む側で、時間内にどれだけ攻め落とせるか、でどうだ」
「おお、それ面白そう!」
若手が浮かれて騒ぐ横で、陣区が不安そうに千風のつむじを見下ろす。
「それ自体は賛成っすけど……人数、均等にします? ハンデでも付けます?」
ちょっと考えた義維が、少し後方を歩いていた黒髪の青年を手招いて。
「宇村、さっきの一戦で仕留めた人数を実力順として、二チーム、ざっくり均等に割り振れるか」
「いいっすよ。なら、おれはこの銃のままでいいや。一分ください」
鉾イチの頭脳派は気安くうなずいて、いつも持ち歩いている小型計算機をポケットから取り出すと、進路を変え、結果を表示している電光掲示板のほうに歩いていく。
義維たちが小屋で銃を取り替えて再び屋外に出てきたときには既に振り分けがなされた後だった。皆でぞろぞろとフィールドを移る。
「こりゃまた、雰囲気あるなぁ」
陣区がしみじみとつぶやく。
先ほどと同じように白線で仕切られた空間の中に、今度は四階建て屋上付きの廃ビルと、地下鉄の入口らしき地下への階段、それから横転して錆びきったトラックが一台、その他、壊れかけの電話ボックスなどが無造作に配置されている。
取り替えた銃を掲げて嬉しそうに小躍りしていた千風が、義維の手を離してスキップしながら廃ビルに飛び込んでいく。そのあとに同じ防衛チームの数人が続く。
「5秒後に開始しまーす!」
宇村が大声で言うのに、残りの男たちは銃を構えてぞろぞろと思い思いの場所に散らばる。義維は数人を従えてビルから少し離れ、傾いた看板の影にしゃがみこんだ。
競技開始を示すビープ音が鳴る。
勇ましい声を上げて一斉にビル入口から突入しようとした若手たちが、次々に悔しげな悲鳴をあげるのが義維の耳に届く。その騒ぎが収まる前にと義維がそっと看板から顔を出して様子をうかがおうとし、
「あ。ぎぃちゃん、みっけ!」
喧騒の中、ひときわ甲高い声が、はるか頭上から聞こえた。瞬時に首を引っ込めた義維は、横から飛び出そうとしていた久我を、引きずり倒すようにして千風の死角に戻す。
「え、もうほとんどいないじゃないすか!」
一瞬見えた光景に、久我が愕然とした顔で騒ぐ。
「つーか、ギイさん。まじなんなんすかあの子」
一人の質問で、一斉に義維に視線が集まる。
「……砂の宮地に、機嫌を損ねたくないと言わしめる狙撃手だ」
義維は少し考えてそう答えた。突然出てきた大御所の名に、全員が顔を引きつらせる。
「そ、そんなんが、いいんすか、ウチにいて」
「さぁな」
義維は短く答えて、銃を胸の前まで持ち上げた。
少し離れたところで、森洲がポツリと言う。
「あれだけの腕前があれば、どこにいても、さしたる問題ではないと思いますね。本人の居たいところに居れば良い」
義維がうなずく。
この区域においては、出自や老若男女に関わらず、力こそが全て。強者は強者であるからこそ、自由という特権を得られる。それは、ここで暮らす全員が理解している常識だ。
「――出るぞ」
唐突に義維が言った。
「今、お前らのするべきことは、あいつの処遇を考えることか?」
「あ、いえ、はいッ」
慌てて意識を切り替え、男たちは各々の持ち場に着く。
義維の隣にしゃがみこんだ一人が、
「俺はなんか、ちょっと懐かしいっす」
そう言って笑うのに、義維が目線で問う。
「ちーに初めて会った日も、あの塔の前で、こんな感じでした。誰も近寄れないで」
「……そうか」
義維がGOサインを出すと同時、バリケードの両側とその上から出たいくつもの銃口が一斉に光を放った。
ビルの階上から驚きの声が上がる。
「くそっ、三階のやつら、結構やられたな!」
義維を含めた全員が看板の陰から一斉に飛び出し、隊列を組み頭上と応戦しつつビルの入口を目指す。入口付近を固めていた見張りとの交戦の末、半分ほどに減った人数で階段を駆け上がる。
二階の守備が、突然襲来した想定以上の人数と速度にぎょっとなって上に増援を呼びかける。
「お前ら、上ってくんのはえぇよ!」
「どけどけー!」
わめきながらの応戦を経て二階と三階を突破し、
「義維さん、向こうあと5人です!」
後方から追ってくる若手の一人が、階段の踊り場から窓の外の電光掲示板を見てそう叫んだ。
「よし、いける!」
先頭の一人が強気に笑ってそう言い、最上階の扉を乱暴に蹴り開け、
――そこに、まっすぐ銃口を構えた、少女がいた。
義維と千風と他数人が階段を下りてくるのに、階下で掲示板の集計結果を待っていた男たちがわっと詰めかける。
「ど、どっちが勝ったんです?」
千風が自分を指さし、
「ちー!」
と主張するのに対し、義維が首を振りつつ、二人の有効灯がどちらも消えているのを示す。
「最後は一騎打ちになったが、相打ちだ。同時に消えた」
「ぎぃちゃんの消えるのが、ちょっと早かった!」
「結局当たったんだから、同じだろう」
千風が赤くなった頬をふくらませて、銃を空に掲げる。
「もっかいー!」
「もう夕飯だ。帰るぞ」
とても不満そうな顔をして、うー、と低くうなる千風に、
「また今度な」
そう答えた義維が、ぽんぽんと宥めるようにその頭をなでた。