53.エピローグ
数年後。
制限区域、鉄柵街のとある路地。
「前金だ」
帽子を目深にかぶった男が言い、古びた札束を鉾良に突き出した。
鉾良はそれを手早く数えて、服の下にしまう。
「はい、たしかに」
「……それで、あのぅ……」
おずおずと待ちかねたように周囲を見回す依頼人に、鉾良は、ああ、と答え。
「すぐ来ます」
鉾良が呟いた直後、数発の発砲音が鳴る。
依頼人の周囲に立っていた数人の護衛が即座に身構える。
――すとん、と軽やかな音。
二人のすぐ目の前に、何かが着地した。
鉾良と依頼人の間にあるわずかな空間から、ゆっくりと立ち上がったのは――オレンジ色のダッフルコートを着た、高校生くらいの少女。
流行りの色柄のプリーツスカートからのぞく足元は、なぜか無骨なミリタリーブーツ。反射素材で打刻されたロマ・キュレイルの軍事企業のロゴが光る。
丸い瞳が依頼人を捉える。
「おじちゃん、尾行ついてたよ。ふたり」
周囲から突きつけられる銃口を不思議そうに見ながら、少女は依頼人にのんびりと告げた。はいこれ、とバンドの切られた高級腕時計を2つ手渡す。
「……『摩天』……」
依頼人の男が、少女の顔を見て呆然と呟く。
「うん、天祭 千風です。ヨロシク」
少女はくすぐったそうに笑って、気安い調子で男に握手を求めた。その名を聞くなり、周囲の護衛たちが慌てて銃を下ろす。
事態を静観していた鉾良が、顔をしかめて千風の名を呼んだ。
「お前、どっから来た?」
「近道ー」
少女は屋根を指さして答える。
鉾良は眉間を押さえて呟く。
「また三馬鹿だな」
「うん」
そう答えながら、アルミホイルに包まれた大きめのおにぎりをもぐもぐし始める少女。
鉾良が眉を下げる。
「まったく。また寝坊か」
「え、間に合ってるじゃん」
「朝飯食ってきてから言え、そういうことは」
不満そうな顔をしながらもおにぎりを完食した少女が、くしゃくしゃとアルミホイルを小さく丸めてコートのポケットに突っ込み、それから肩に背負っていた大きめのハードケースを地面に下ろす。
楽器かなにかかと思われたその中には、緑色のベルベットに包まれた組み立て式の狙撃銃が入っていた。銀色の真新しい金属部品が、日差しを反射して落ち着いた光を放つ。
「持ってきたよ、SAO社のセレンタリ。改造してあるから、けっこー遠くても大丈夫」
「……こ、心強い」
世界的に希少な長距離用狙撃銃をまじまじと眺め始める依頼人に、少女は場所を譲って柱の影に移動した。
そこでまた何やらもぐもぐと頬を動かしている少女の、その手の上に見慣れない、可愛らしい紙袋が乗っているのを見て。
「……おい、その包みは?」と鉾良の低い声。
「そこの角でナンパされて、お菓子もらったー」
「んなもん食うな!」
慌てて取り上げる鉾良。
「大丈夫だよー」
取り返さんとジタバタする少女を片腕で押しとどめて、
「ったく、この食い意地は誰に似たんだか……」
ため息をつく鉾良に、けらけら笑う少女。
そこへ。
古びた四輪駆動車が一台、きっとブレーキ音を立てて停まる。
「ぎぃちゃん!」
くりっと振り向いた少女が、運転席の人物にぴょんと飛びつく。
短いスカートがひらりと舞い、鉾良が保護者よろしく顔をしかめる。
「あのね、ぎぃちゃん、聞いてー、さっきね」
「ちー、客の前だ」
運転手の首に細い両腕を回したまま、少女が振り向く。
咳払いを一つした鉾良が依頼主に向き直って。
「本件、この人員で担当させていただく」
運転席の義維がサングラスを外しながら黙礼するのに、
「あ、ああ、よろしく頼む」
すっかり雰囲気に呑まれた依頼人――ロウシンの男が、少女に背を押されるがままに後部座席に乗り込む。
最後に乗った少女がドアを閉めて、律儀にシートベルトをしめたあと、あ、と顔を上げた。
「りーだー、私、これ終わったらそのままガッコ行くね」
「……いくらお前でもそれは無理じゃないか?」
腕時計を見て答える鉾良に、少女がジタジタと両足を揺らす。
「だって、今日の放課後、遊び行こって約束してて。ティシリーも入れて女子会すんだよ」
突然出てきた『列強』の名に、顧客がギョッとなるのを横目に見ながら。
「またにしなさい」
「やだー」
緊迫感など一切ないそのやりとりに、依頼主の男はただ目を白黒させている。
義維がギアを入れて、車がゆっくりと動き出す。
笑顔の少女が車窓越しに両手を振る。
「行ってきまーす」
その朗らかな声に。
鉾良は苦笑して、右手をひらひらと振り返しておいた。
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