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52.摩天の狙撃手、台頭(後編)

狼側が騒然とする中、鳥巣が叫んだ。


「一時撤退!」


事前に打ち合わせたとおりの動きで、一斉に駆け出す男たち。

その中で、振り返った鉾良が義維の名を呼ぶ。


「こっちだ!」


額から流れ出る血の間、義維の目が鉾良を見た。

義維のすぐ横まで飛び出してきた数人が、


「下がってろ!」


そう叫んで、狼側に手榴弾を投げこむ。


数瞬後、爆音が響いた。

地面を揺るがす振動。


もうもうと立ち込める黒煙の中、


「逃がすか!」


「回り込め!」


飛び交う銃弾。数人が崩れ落ちる。

近くの仲間が負傷者の足を掴み、ずるずると引きずりながら後方に下がる。


さらにいくつかの発砲音がして、狼側の前線部隊が、次々に血を吹き出して倒れた。


「狙撃だ!」


土埃の中、どこかから、千風の嬉しそうな声。


「じーちゃ!」


「分かんのかよ」と宮地のツッコミ。


千風側の大多数が部屋を飛び出したところで、別の爆発が起きた。

天井材が大きく剥がれ、瓦礫が降った。


隊列を組んだ者たちが元来た廊下を駆け抜ける。飛び降りるようにして階段を下ってゆき、退路を阻むように飛び出してきた狼の部下たちを一目散に蹴散らす。


手近な部屋の扉を蹴り飛ばした宮地が、その部屋に踏み込み。


「……うし」


無人であることを確認すると、出入り口を部下に固めさせ、適当な椅子を引いて座った。


息を整えつつ、次々に部屋へと飛び込んでくる顔ぶれをつまらなそうに見つめる。


「意外と減ってねぇな」


「不謹慎だよ」


すぐそばにいた心井が、汗を拭いながら呟く。


最後に部屋に入ってきた義維が、ぼたぼたと鮮血を垂らしながら、勢いよく皆に深く一礼した。


「ぎいちゃん!」


真っ赤な顔で飛び込んでくる千風を、無事な方の手で抱き止めて――そのまま、その場に崩れ落ちる。


「ぎ、ぎぃ、ちゃ」


胸の上でがたがた震える小さなかたまりを見て、義維は息を吸って。


「ただいま」


その、いつも通りの、穏やかな一言に。


「……ううー!」


千風が鼻声で叫んで、義維の胸板にぐりぐりと顔を押し付ける。


「おい、まず止血」


同年代の鉾の一人が、そう言って布を放り投げる。

短く礼を言って腕に巻こうとする義維に、若手たちが「やります」と言って駆け寄る。


「ちー、ちょっと待っててな」


仰向けの義維の背中からべったりと赤い液体が流れ出ていることに気づいた陣区が、千風をひょいっと抱き上げる。


若手たちの手を借りて義維が上体を起こしたところで、部下の点呼を終えた鉾良が血相を変えて駆け寄ってきて、


「無茶がすぎるぞ!!!」


そう叫んで、義維の胸ぐらをつかんだ。


慌てて制止しようとする周囲に、義維は手を振り、


「そうでなければ、何も進まないと」


至近距離からまっすぐに鉾良を見返し、落ち着いた声で答えた。


「そんなことは」


鉾良が震え声で言いかけたところで、


「ああ、内輪もめは終わりにしなさい」


戸口側から、よく通る声が聞こえた。

一斉に銃が上がる。


部屋の入り口には、義維に同行して区域外に出ていたはずの鉾の数人。


そして、その隣に立っていたのは――紫紺の制服をまとう壮年の男。

白い革手袋の右手が、黒檀の杖の先を地面にカツンと打ちつけた。


男の顔を見て、鉾の年長者たちが息を呑む。


「な、なんで……」


鉾良が震える声で言った。


「……サイクス、だったかな」


鳥巣が目を細めて、その男の名を呼んだ。


「おや、光栄ですね」


胡散臭い笑みを浮かべて、目元を緩める壮年の男。


心井が呆然と呟く。


「……てことは、さっきの召集令を出したのは」


「さすがだね。もう届いてるのか」


おどけて身震いするふりをする才楠(サイクス)


「……いや、なんで区域に? どうして、」


混乱しきった顔の鉾良をじっと見つめ、男が答える。


「先ほど大上が言ったとおりだ。治安部隊にはロウシンとエンライの喧嘩に首を突っ込む権限も時間もない。つまりこれはまぁ、ただの通報ミスと、そういうことだろう」


「……え?」


ぽかんと口を開ける鉾良を目を細めて眺めつつ、才楠は「やれやれ」と肩をすくめる。


「あまつさえ、私の部隊まで遠路はるばる呼び出して。育ての親をダシに使うとは……少々甘やかしすぎたかな」


「いや貴方が」


義維一人でこんな大芝居が打てるはずもないと知っている鉾良が言いかけるのを遮って、男は穏やかな笑みで言ってのける。


「私は治安部隊の人間だよ」


「……相変わらずうさんくさい」


「おや、失礼な子だなぁ」


くつくつと楽しげに笑う才楠に、義維が黙って白い目を向ける。


無線が鳴って、戸口近くの数人が援護に飛び出していく。

止血を終えた義維に飛びつく千風。


「……しかし、あの鉾が、な」


顎をなでながら呟く才楠が、治安部隊の一支部を壊滅させた鉾に対してとがめるふうもなく、それどころか口許には面白がるような笑みを称えているのを見て、鉾良はそっと眉を下げる。


「なるほど。治安部隊になったとはいえ、相変わらずなんですね」


黙って肩をすくめる才楠。


「忙しい時期に人手を奪ってすまなかったね」


「いえ、あの時点ではこうなるとは予測できませんでしたし」


「というか恐らくね、それも含めてのあのタイミングだったようだよ」と鳥巣。


「え……あ、なるほど、鉾の戦力が減っている隙に」


納得する鉾良の後ろで、義維が大きくうなずき、千風がほっぺたを膨らませる。


コツ、と硬質な音がタイルを鳴らす。


外套の裾をはためかせて、才楠が少女の前に立つ。義維の腕の中で銃を持ったままの少女は、つい、と顔を上げて――そこにある男の精悍な顔つきをじっと見上げた。


男の瞳の中に、一人の少女の姿が映りこむ。


「はじめまして、『摩天の旋風』」


「……っめましてっ」


人見知りを発揮するただの少女に微笑んで、才楠は外套のすそを払って、その場にしゃがみこんだ。


「東基地の件は政府にまで報告が上がってきている。これでもう気軽に、区域の外には出れないぞ」


「ん」


コクリとうなずく千風。


「なぁに、元々そうだよ。あんたたちが知らなかったってだけで」と鳥巣。


「なんだい、辛辣だなぁ」


顔を向けた才楠に、鳥巣が飄々と言う。


「あいにくと、強弱と善悪を混同して語る偽善者は、好きになれないんでね」


才楠は楽しげに笑ってタバコをふかし始める。


「よく言うぜ、元から善悪で動く気もないくせに」


ぷはぁ、と紫煙を吐いてから。


「なぁ、お嬢ちゃん。君はどこまで理解して動いている?」


「んん?」


「人命を奪うことは悪だと思うか?」


「……じんめ?」


こてんと首をかしげる少女に、ああ、と才楠が話を打ち切ろうとするのに、


「人の命。殺すことは悪いことだと思うか、って聞いてるのさ」


腕を組んで突っ立っていた鳥巣が、才楠の後ろから補足した。


千風は、あ、と呟いたあと、


「うんとねー、いくない! でもねぇ、仕方ない!」


「うん、そうか」


「ん」


「ならば、君が襲った東基地についてはどう思う?」


「あのねー、怒ったときは、怒ったってちゃんと言うの! そーしないと、もっと困るんだよ」


「そうだな。君の判断は正しい」


「あ、あとね、治安のひとね、こーしのとき、いじわるした!」


才楠の眉間に、びし、と小さい指を突きつける。


「ああ、それは謝罪する。ご察しの通り、鉾を拘留しろと治安部隊に圧力をかけたのは、鹿と狼の一部の幹部だと報告が上がっている。明らかに契約外の要求だったにも関わらず、現場の人間が従ったのは……」


言いかけて、鳥巣に目線を向けて。


「まさに、おっしゃるとおりだよ。治安部隊が、強弱と善悪を混同したからだ」


鳥巣は、鼻から息を逃しながら両目を閉じた。


「まぁこんな環境下だしね、私は今さらきみら治安部隊に期待する気は微塵もないし、区域に生きる小市民を一人残さずすべて守れなどと言う気はないが……せめて、つまらない感じに引っ掻き回すのだけはやめてくれよ」


「はは、肝に命じておく。噂に違わず手厳しいな、情報屋トリス」


「すみません、いま先輩ちょっと機嫌悪くって」


心井がフォローする。


「いや、もっともだ。それで、詫びついでに、ちょっとこちらに荷担してみた訳だが」


「ありがと!」と千風。


「ばれると懲戒になりかねない。内密に頼むよ」


心井が腕を組んで言う。


「うーん、少なくとも狼と鹿はたれこみそうですけど」


「全力でしらばっくれる所存だ。なぁ?」


立ち上がった才楠がそう言って後方を振り向けば、紫紺の制服をまとう男たちが一斉にうなずく。


「というわけで名残惜しいが、区域担当の治安部隊と鉢合わせる前に、おいとまするよ」


一同を見渡してから、ひらりと手を振って歩き去る。


「ほどほどにしておけよ、戦争にしない程度に」


そんなことを言い残して。


***


満足げにふんぞり返る千風を足の上に載せた義維のところに、鉾の数人が寄っていって尋ねる。


「ギイさん、キスイたちは……」


「大怪我させたが、殺してはいない」


真顔でしれっと答える義維に、「……おおう」と困惑する数人。


「あとで土下座でも何でもするさ」


部屋の隅の方にいた若手が、「俺ぜったい義維さんとケンカしねぇ」と小声で誓っていた。


「しっかし、こいつら騙すなんて侮れねぇなぁぎぃちゃん」


義維の背にのしかかる宮地が楽しげに言って、鳥巣を指さす。


「いやはや、情けない」


肩をすくめる鳥巣。

そこに義維が目を向けて、


「鳥巣さん、ありがとうございました」


「いえいえ、先方が乗り気だったからね」


「う?」


義維のひざの上で疑問符を浮かべる千風に、義維が答える。


「鳥巣さんから連絡を受けた『列強』が、俺がここまで来るのを助けてくれてな」


「おねぇちゃん!」


ぱあっと顔を輝かせた千風が飛び跳ねる。


「直接的な加勢には応じてくれないようだけどね。彼女がこちら側についたとなれば、ためらう者も少なくないのだが」


鳥巣が不満そうに言う。

ふぅん? とよく分かってない千風が相槌を打った。


黒服の一人から受け取った端末を耳に当てて、心井が言う。


「見つけました。大上、命に別状はないみたいです。指示出しは部下の二人に代行させてるみたいだけど」


血気盛んな数人が舌打ちを鳴らす。

千風が抱えた銃を持ち直し、


「よーうし、ぶっころーす」


物騒な言葉をやけに流暢に言うものだから、周囲がぎょっとなる。


「みゃじのまねー」


けらけら笑いながら千風が言う。


「ああ」と一同が納得する中、宮地が首を傾げる。


「俺そんなこと言ったっけ」


「しょっちゅう言ってるよ」と鳥巣。


***


血みどろの肩を押さえた一人が、階下の状況を報告する。うなずいた鳥巣が強気な指示を出す。

二人の後ろに突っ立っていた心井が、ぽつりと言う。


「あのう、先輩、そろそろ下がったほうがいいかも」


「ん?」


直後。

いくつかの窓が、外側から吹っ飛んだ。


『大人しく投降しろ!』


拡声器越しの警告の常套句。


一斉に目線を向けた屋外には――整然と並んだおびただしい数の、紫紺の征服と迷彩柄の軍服。


「げ」


「治安部隊と軍の、連合部隊かよ……」


「なんだってんだよ、この数!!」


おおよそロウシンを相手にする数ではないそれに激昂する数人。


「おそらくはどこかのロウシンが一枚噛んでるね」


そう言った鳥巣のアゴから、一滴の汗が落ちる。


銃身の長い銃が屋外に向けられ、その前に千風がちょこんと座り込んだ。

心井が駆け寄って何事か助言する。


びっしりと並んだ群衆に、千風の銃弾が吸い込まれるように消えていく。


「部隊長二人を」


心井が言いかけるのを、


「焼け石に水」


と近くの一人が疲れ切った顔で遮る。


「いえでも――」


「いやこれ無理だろ死ぬだろ」


眉間を押さえた一人が不満そうに呟く。


「恐ろしくずるいタイミング……」


はぁ、とめんどくさそうに息を吐く鳥巣。


「狼の御仁がムキになるからこんなことに……」


駆け上がってきた部隊との銃撃戦が激化する中、


「やー!」


千風の甲高い声。


鬼藤の遣いと名乗っていた男が、千風を小脇に抱えて戦線を離脱しようとしているところだった。


――と。


ばしゃあ、と硝子窓が破られる。


硝子片とともに飛び込んできたのは紫紺の制服。胸元に光る、特殊部隊を示すエンブレム。


窓側の担当がとっさに銃口を向けるも――

素早く立てられた一列の防弾盾(シールド)が、すべての弾丸を弾く。


盾の隙間から突き出された銃を見て、「貫通弾かよ」と物陰から盗み見た一人が天を仰いでぼやく。


「いたか? 加周(カシュー)」 


盾の裏側から、そんな声がした。


呼びかけられた一人は、盾の隙間から屋内の様子を覗き見る。

そして、男の小脇に抱えられてじたじたしている千風を、不思議そうな顔をしながらも指さした。


「あれです、あれ」


「ちー、アイツ知り合いか? 撃っていいよな」


仲間の一人が聞くのに、


「んん?」


加周をじいっと見たあと、首を傾げる千風。

加周が短く答える。


「東基地で会っただけだよ」


「……あ! おなまえ、きいた人」


「そう。……この騒動も、キミが首謀者?」


「ん」


治安部隊側の無線が鳴る。


『――地上階、投降しました』


「ご苦労」


近くの一人が弾切れの銃を放り投げて、諦めきった顔をするのを見て、鉾良は唇を噛みしめた。


ここまで足掻いておいて、このまま鎮圧されるのを待つしかないのか――


狼側はどう出る、と目線を滑らせる前に、加周が口を開く。


「逃げ場はない。仲間を犬死に、いや、全滅させたくなかったら、ここで大人しく投降して――」


言い終える前に――どかん、と。


「……え?」


大爆発が起きた。

目の前で地面がバカンと割れて、


「うわあああ!」


窓側一帯が一気に崩れ落ちた。

悲鳴を上げて落下していく、治安維持組織の構成員たち。

もうもうと立つ土埃の中、むき出しになった鉄骨だけが取り残される。


「……千風さん、何か仕掛けたかい?」


目を泳がせながら鳥巣が聞くのに、


「う? ううん」


ぷるぷると首を振る千風も、何が起きたか分かってないようで。


「もしや、サイクスが何か……」


思案しながら言いかけて、鳥巣は息を止める。


はるか遠く、爆炎と白煙の間、崩れかけた建物に腰かけて、ぶんぶんと手を振っている誰かの姿が見える。


「……おねぇちゃん?」


千風のつぶやきに、鳥巣が目を見開いた。


「……やっとか」


「う?」


軍の隊列の側方から、謎の小隊が一気に突っ込む。

戦術論(セオリー)ガン無視のそのムチャな奴らはだが、なぜか軍の陣形を大きく崩すことに成功した。


いくつもの爆発が起き、風に火薬のにおいが乗る。


突然、その謎の小隊から一人が飛び出した。

黒い大きな銃器をかついだその一人――金髪の少女が、服の下から取り出した何かを放り投げる。

爆音。

強化カーボン製の軍用装甲が、大きくへしゃげて火柱を上げた。


銃弾の雨を身軽にかいくぐった少女は、治安部隊から奪ったらしい大型銃器をその火柱に向けてぶっぱなし――


高温に熱された金属片が粉々になって周囲に飛び散った。


外壁を補強していた鉄板が崩れ落ち、その下敷きになった緊急車両が数台、ぐしゃりと潰れる。


「オイオイなんだあれ……」


唖然とする周囲を差し置いて――マシンガンらしきものをかついだ少女は、戦場を身軽に駆けゆく。


「お、オイあれ『列強』だぞ!!!」


誰かが怒鳴るように叫んだ。

一気に騒然となる場で、ざっと青ざめたのは軍と治安部隊の司令塔だった。


『ま、待て『列強』! 本国政府は貴女に楯突く気など……!』


拡声器越しの説得を一瞥したティシリーが、急に進路を変えて駆け出す。


後方から追いついてきた小隊と合流して、ほどなく、色んなものを蹴散らしながら鳥巣たちのもとに現れた。


「連絡入れても通じないし、なかなかいらしていただけないと思ったら」


満身創痍の鳥巣がくたびれた顔で、金髪碧眼の少女に歩み寄った。

周囲が遠巻きに見つめる中、


「こういうことは、チーががんばること。でしょ?」


荒れ果てた戦場に似つかわしくない、どう見たって軽装の美少女は、そう答えてにっこりと微笑む。


おおよそ他の誰にも真似できない、余裕のある教育方針に、鳥巣はやれやれと苦笑してから首肯する。

それから、かたわらの心井をジト目で見て。


「なんで言わなかった?」


「さっき言おうとしたんですけど……あと、寄り道ばっかで到着時間が掴めなくて。ほら、彼女、気まぐれに帰っちゃったりしますし。みんなをヌカ喜びさせるのはまずいと思って」


「……ああ」


過去何度も任務の途中でふらっと帰ってしまった少女の素行を思い出して、鳥巣は頭を掻いた。


それから、ふぅ、と息を吐いて――

急に彼女の母国(ロマ)語に切り替えて言う。


?XXXXXX(それくらいは、)XXXXXX?(してくれるんだね?)


!XXXX!(もちろん!)


拡声器を持つ一人の軍人の襟首を引っつかんで、ティシリーが千風のすぐ近くまでやってきた。


「トリス、通訳!」


「あいよ」


呼ばれた鳥巣が近寄って、隣に並び立つ。


今や、ここにいる全員が――『列強』の動きに注視せざるを得なくなっていた。


少女は自信あふれる表情のまま、周囲を見回して、息を吸う。


『いい? 死ぬまでよっく覚えてといてね。――『摩天』(チー)『列強』(あたし)のお気に入り!』


その宣言に、みなが息を呑んだ。


「……『列強』が認めた……だと?」


世界に名だたるあの『列強』が、わざわざ駆けつけ、そうと明言するほどの。

全員の視線が、ティシリーのかたわらで狙撃銃を構える小さな少女に集まる。


『あたしはただ代弁しただけ。これ以上野暮な横槍入れてくるようなら、動いてくるのは私だけじゃない』


治安部隊の中枢人員に向かって、指を突きつけて。


『いーい? 望むのが平和なら、どうすべきか分かるよね?』


にっこり微笑む金髪碧眼の美少女が、続いて、脅迫じみたスラングを毒づき始める。

引き気味の一人が鳥巣に小さく聞いた。


「なぁ、ほんとうに、あの顔で……そんな言い方を?」


「いやぁ、もっとゲスい、スラングまみれ。リトロ語にないくらい」


閉口する鳥巣が肩をすくめてみせたところで、ティシリーがくりっと顔の向きを変えて、


『そこのワンちゃんも! いいね!』


部下に伴われ姿を現した大上に、そう元気よく言い放った。


「わ、ワンちゃん……」


あんまりな呼称に全員が青ざめてどよめく。

大上に面と向かってそんなふうに呼べるのは、おそらく区域で一人だけだろう。


「……」


黙って見返す大上の視線に、金髪碧眼の少女はただ、不敵に笑うだけ。


彼らのやりとりを呆然と見上げて、治安部隊の男がつぶやく。


「……まさか『列強』まで出てくるとは……」


彼の腰に装備された無線機からは、混乱しきった指示系統を立て直すべく奔走する者たちの声と、それから『列強』の情報を求める声、対応を協議する興奮しきった声がひっきりなしに流れ続けている。


そこに、


「ティ、ティシリー!」


顔面蒼白のエイリが叫んで駆け寄ってきた。

ティシリーの白い手を、がっちりと両手で掴む。


「だめだって! ヒルエにも止められたじゃん!」


「ん! もう終わったよ、帰ろ!」


「な、なにして……」


「チーの手伝い!」


「え? ちー?」


そこでようやくエイリは、周囲一帯のとんでもない惨状を見回して、すぐ近くにちょこんと座っていた千風の姿を見つける。

それから、ティシリーを遠巻きにしている多くの畏怖の視線を見つけて。


「ああまた怒られる……」


何が起きたのかだいたい把握したエイリが、うめいて頭をかかえるのに、胸を張るティシリー。


「いーの! トモダチのためなら、いーの!」


「軍も治安部隊も、撤退命令、出ました」


心井が言うなり。

千風がぴょんと立ち上がって、少女の右足にしがみついた。


「ありがと、おねぇちゃん!」


「ん!」


笑顔のティシリーが、びしりと親指を立てる。


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