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49.摩天の狙撃手、奔走

騒々しい、機関銃の乱射音。

そこらじゅうの壁面がぼろぼろと崩れる。


鹿の一拠点、正面入口前。

「おらもういいのかこっちから行くぞ、でなきゃとっとと出てこい!」

超早口で瓦礫の向こうに叫ぶ宮地。

ちらと何かが動いて見えたところにすかさず撃ち込む。そうして数十秒で全弾撃ち終えた真新しい銃を足元に落とした。

「はい、どうぞ」

後方から差し出された次の銃を、見もせずに引っ掴んで構える。

「湯水のように使うねぇ」と菱架。

「いつもこーやってるわけじゃねぇよ?」

宮地が機嫌良く答えてまた銃を放り出し、背後に山と積まれていた未使用の銃から何丁か見繕って服の下に入れる。周囲の男たちがそれに続く。

そこで、着信音。

「おっと」

端末を取り出した宮地は画面を見るなり、でれっと相好を崩し。

「はぁ~い?」

「女か?」

「女だ」

分かりやすすぎる態度の急変に、そこらじゅうの皆がうなずきあう。よく訓練された宮地の部下たちは無言。

電話口から聞こえてきた声は硬い、女のもの。

『砂田から連絡が来たんだが?』

「さっき着拒に設定しちゃりましたからねぇ」

自分の所属エンライのトップ相手に無礼を働いたことをためらいなく白状する宮地に、周囲が黙って顔をしかめる。

『説明しろ。今、お前、どういう状況だ?』

「そうっすね、幼女一匹と少女一匹が困ってる状況っす」

『……幼女って言うな』

宮地の腕の中で「匹……」としょんぼりする菱架。

「あ、闇市窟(アキバ)からの荷は届きました?」

『そんなことどうでもいい』

「わー……姐さんが荷物より俺の心配してくれてるー」

ぽっと頬を赤らめてニヤける宮地の耳元で、ぶつっと通話の切れる音。そして静寂。

「わっ待った! 待って!」

情けない悲鳴を上げた宮地が慌ててかけなおすも。

「……うっわ、まじかよ着拒とか……姐さんツンデレすぎぃ」

はぁ、と菱架の頭上でうなだれる宮地。

諦めて端末をしまおうとしたところで、再びの着信音。

『着いた!』

千風の声に、宮地は満足そうに笑って、

「うし、始めんぞ」

今しがた瓦礫まみれにしたばかりのエントランスの向こう――ひっそりと静まり返った、鹿の一拠点を見上げた。


***


廊下を進む宮地たちの姿が窓から見え隠れするのを、千風の目がスコープ越しに追う。応戦しようと飛び出してくる鹿の構成員たちに照準を合わせ、順に引き金を引く。

『ちったぁ残せよ、ちー』

行く先々で敵陣が壊滅しているのを見て、宮地がぼやく。

狙撃手の少女は端末に向かって拒否の言葉を述べてから、次の標的を探すべく視線を滑らせ――

カーテンの隙間に、見間違えようのない一人を見つけて、

「……う」

ぽつりと、戸惑うような声をもらした。


***


前方から聞こえていた銃声が、いつのまにか消えている。

「どーした? 便所か?」

それに気づいた宮地がわざととぼけて聞くのに、千風はもごもごと何か呟いた。

「……いいよ、交代。お前ちょっと休憩。後悔するぐらいなら撃つな」

大体の事情を察した宮地が、窓の外に向かってひらひらと右手を振ってみせた。胸ポケットに入っている通話状態の端末から、『ちー、ご飯食べる?』と能天気な心井の声。

宮地は黙って階段を上り、角を曲がって、そこに崩れ落ちていた二人の遺体をまたぎこして――

その部屋に全発撃ち込んだ。

『みゃ……!』

「そんなにバカじゃねぇだろよ」

千風の不満の声を一蹴して、宮地はずかずかと部屋に入る。

硝煙くさいその部屋の中央で、キャビネットの向こうから顔を出したのは。

「来たね。待ってたよ」

『ご、ごいんきょ……』

千風の戸惑う声が、宮地の電話越しに聞こえた。

黒いカッターシャツを羽織った男――両手を構えた、木咲。

「にしてもそのエンライ、一体なに? 千風さんだけじゃなく、まさか砂まで動かすなんて予想外すぎるんだけど」

「何わけわかんねーことごちゃごちゃ言ってる?」

宮地が銃口を向ける。

「ああ、まあいいや。――ねぇ、ものは交渉なんだけど。部下思いの宮地くん」

「なんだよ」

「タイマンにしない?」

「あん?」

「キサキさん……」

戸惑ったように言う部下たちを片手で黙らせて。

「そっちが勝ったら、この拠点まるごとあげるよ。土地も。で、おれが勝ったら、この場は退いてくれないかな」

「怖じ気づいたのか?」

「いや? いっぺんキミとサシでやってみたかったんだよね」

「……よく分からん奴だなぁ」

半目になった宮地が胸元の端末に言う。

「おーい、参謀殿よ。聞こえてるか?」

『ああ』と間髪入れずに鳥巣が応じる。

『指示した通り、その拠点を制圧して首謀者聞き出してくれさえすれば、あとは好きにしていい。まぁ、そうだね……足の一本でも落としたときは、私とお揃いの義足をプレゼントしてやろう』

「わー何よりの激励」と棒読みの宮地。「こりゃあ張り切るしかねぇな」

胸ポケットから通話中の端末を取り出して、かたわらの菱架に放り投げる。

「宮地さ」

後方からの声に、

「黙って見てろ」

ぴしゃりと言って。

「こんな一戦、なかなか観れねぇぜ?」

宮地が口角を吊り上げる。

長めの袖から、かしゃんと軽い音。小ぶりのシステマチックなナイフを構えた木咲が、しなやかに地を蹴る。

軽やかに、まるでダンスでも踊るみたいな足取りで肉薄し――銃声。

宮地の右手から飛んだ銃が、後方の地面に落ちる。

ふー、と息を吐いた木咲が、頬にできた擦過傷を撫でた。

「あんだよそりゃあ」と宮地。

「キミこそ、噂にたがわぬ無茶っぷりだね」と木咲。

二人が再び地を蹴ろうとしたところで、

そこに、声。

『――ぐあああああ……っ!!』

耳をつんざく女性の悲鳴に、聞き覚えのある声に、目を見開いた木咲が動きを止める。

そこに、鳥巣の落ち着いた声が届く。

『チェックメイトだよ、ご隠居』

「……………………まさか」

目を見開いたままの木咲の頬を、つうと汗の粒が伝う。

『残念ながらそのまさか、さ』

「おいちょっと早すぎるぞ鳥の旦那ぁ」と宮地。

『お前がちんたらしてるからだろう、せっかくそっちに千風さんもつけてやったってのに』

「あんだと?」

長い沈黙の後、ふぅと息を吐いた木咲が前足を引き、

「――分かった、降参だ」

がしゃり、と複数の武器がその足元に落ちる。

『OK。こちらも解放するよ』

「参考までに聞かせてくれないか。武装した姉さん相手に、どんな手を使ったのか」

『それは企業秘密だね』

木咲はあきらめたように眉を下げ。

「全員そっちに置いてきたんだけどねぇ」

『船頭多くしてなんとやら、だよ』

「……彼女は生きているよね」

『もちろん』

「話をしても?」

『ええ、どうぞ』

ごそごそと物音がして、直後。

『な、何やってるキサキ! 早く天祭の身柄を』

「それはこっちの台詞です。――ご無事ですか、すぐ向かいます。場所を」

木咲の珍しく取り乱した様子を眺めつつ、まじかよ、と肩透かしを食らったような顔で、宮地が呟く。

「……俺も相当節操なしな自覚あんだけど、お前も……なんつーか、見かけによらず、相当な物好きだなァ」

そう言って木咲の顔をまじまじと見る。木咲は前髪を掻き上げつつ苦笑して。

「おれとしてはそんなつもり、これっぽっちもないんだけど。キミにそういうことで親近感を持たれるとは不愉快だなぁ」

「あんだと?」

木咲のさわやかな嫌味に、眉を吊り上げる宮地。

「ああそうだ、千風さん、」

木咲の呼びかけに、食事中だったらしい千風がもごもごと応答する。

「どこかと思ったけど、まさかエンライに居るとはね。ねぇ、貴女が望みさえすれば、そのエンライにどんな脅迫をされてても、それなりに助けてあげれると思うけど」

間髪入れず、

『ちー、きょーはく、されてないっ』

千風が噛み付くように言い返す。

木咲は驚いたように眉を上げる。

「ふぅん? 対等な契約ってこと? それにしては今回のこれ、随分な働きだと思うけど」

『ううん。ちー、ホコの子になるって、ホコ守るって、きめたの』

「……もしかして、望んで鉾に居るって、そういうこと?」

『ん』

「本当に、そこがいいの?」

『ん』

「……そう、そうか……なるほどね」

青年は目線を落とし、ふっと微笑んで。

「今まで色んなロウシンや傭兵組合(アルティ)と組んで仕事してきた千風さんが言うんだから、間違いないんだろうね。そこは居心地の良いエンライなんだろう」

ふんわりと表情を緩める。

鹿おれたちのものには、ならないわけか」

『んー。しかさんの、おしごとするよ?』

「そうだね。それで我慢しないとな」

へらへらとしたいつもの笑みが、木咲の顔からするりと抜け落ちる。


***


「なるほど、狼だったのか」

心井が言う。

うん、とうなずく木咲。

「トリスくんとロイくん怒らせた件は、おれ知らなかったんだよ。狼さんの独断専行」

宮地が不可解そうな顔をして、隣の心井を見る。

「……鹿にさらわれたんだろ?」

「うん。正確には、鹿に雇われた傭兵組合(アルティ)だったけど」

うん、と平然とした顔でうなずく木咲。

「おれはただ『写真の少年が天祭さん囲ってるとこの関係者だから人質にとれ』っていう大上さんの情報に従っただけ。まさかこれがロイくんなんてねぇ」

ぼさぼさ頭をぐりぐりやる。あはは、と笑いながらされるがままになっている心井を、黒服たちが心配そうな目で見ている。

「雇いの傭兵組合(アルティ)が予想外に手こずって、キミらのこと手に負えないってんで鹿(ここ)まで連れてきたのは誤算だったけど」

ずりおちた眼鏡を両手で押し戻し、心井が言う。

「ねぇ、これって鹿の総意じゃないよね?」

「ああ、鹿場さんはなんも知らないよ。おれとカイエ姉さんで決めたこと。天祭さんのこと、欲しくってさ」

「それだけであれほど大掛かりな」と顔をしかめる一人に、

「それが許されるのが鹿だよ」と木咲が穏やかに言う。

「オールト式はどこから持ち出したの?」

心井の質問に、木咲は眉間にしわを寄せる。

「あーもう、それもおれ知らないんですよねえ。大上さんが勝手に用意して勝手にぶっぱなしたの。はー。信用されなさすぎっていうかなんていうか」

「ん、ちー?」

急に立ち上がった少女が、木咲の前に立つ。

じゃこ、と黒い銃口が、至近距離から木咲の額に向けられた。

木咲は、それを穏やかな目で見返す。

「こーし、撃ったの……ごいんきょ?」

ひどく揺れる千風の声に、木咲は両目を細める。

「こーし?」

「ん、ホコの……」

「いや、本拠地への襲撃は御大が受け持って」

千風の目が、確認するように心井に向けられる。

心井が「そうだと思うよ」と答える。

「オールト式の入手ルートなんて鹿にないし。キサキのとこにもカイエのとこにも、あんなの扱える狙撃手なんていないし。もちろん雇いの傭兵組合(アルティ)にもね。狼の狙撃部隊なら可能だけど」

ぺらぺらと機密事項を暴露する心井に、

「わー本物だー」

と遠い目をした木咲が、もう一度千風に向き直って、なだめるように言う。

「天祭さん、あのね、首謀者はおれじゃないよ。おれじゃあ、ないけど……」

にっこりと微笑んで。

「おれも、天祭さんのこと、独占したかったし」

「モテモテですなぁ、ちーさんよ」

ぴゅう、と宮地の甲高い口笛が茶化す。が、その目はちっとも笑っていない。

「いやぁ、相思相愛だよ。めっちゃ電話くれてありがとーね、出れなくてごめんね」

「……あ」

千風からの着信履歴がびっしりと並ぶ画面を、木咲の手が揺らしてみせる。

「性悪」

けっと宮地が吐き捨てる。木咲は笑いながら端末を耳に当て。

「ねぇ御大。聞いてないんですけど、色々と」

その言葉に、心井と黒服たちの目の色がさっと変わる。

『ふん、丸め込まれたか。もういい』

低い声が短く言うなり、通話は切れた。

「逆探知、失敗です」

黒服から報告を受けた心井が悔しそうな顔をする。

うーん、と思案顔で呟いて、足を組みかえる木咲。

「居場所が知りたいの? おれごときにビビる人じゃないからねぇ、たぶん逃げも隠れもせずにいつものトコにいる気がするけど」

そっか、と心井が腕組みをして天井を見上げる。

「すぐに向かってもいいけど、だいぶ情報が錯綜してるからなぁ」

「いつものことだろう」

と入り口側から声がした。

「あ、先輩」

振り返った心井に、片手を挙げて応じる鳥巣。

おや、と木咲が眉を上げる。

「トリスくんもそっち側なの?」

「ああ。……治安部隊の件は、そういえば伏せたんだったか」

「先輩のとこにも襲撃があったんだけど、あれも狼ってことだね」

心井が言うのに、木咲が顔をしかめる。

「なるほどね。そんなことまで。……なんだかなぁ」

首の後ろをさすりながら、あらかたの事情を理解できてきた木咲が、ぼんやりと呟いて。

「よし、やーめた」

木咲が呟く。持っていたナイフを地面に置いた。

「…………は?」

鳥巣の後ろから部屋に入ってきた海江が、固まる。

木咲が言う。

「ねぇ天祭さん。おれ、こっち側やめるから、狼さんやっつけたいから、知ってること全部話すから……仲間にいーれて?」

千風がぴょっと片手を挙げた。

「いいよー!」

「……気安いな」

あっさりと寝返った鹿筆頭の実力者に顔をしかめる宮地。

「そんな身勝手な」と海江。

「身勝手なのはおれじゃなくて狼さんでしょう?」

と木咲が返す。

「そもそもね、千風さんをどっかのロウシンに独占されちゃたまんないって、おれの目的はそれだけだから」

笑顔で言って、千風の頭にポンと手を置く木咲。

「千風さん、強くてかっけーからさ、おれ的には自由にいて欲しいんだよね。十堂さんと離れて困って仕方なく、どっかのロウシンの言いなりになってるなら救出しようと思ってたけど、千風さんが自分で居場所を決めたなら――おれに反対する理由はないよ」

「き、キサキ……違うだろう、これはもう、鹿と狼との問題だ。ロウシン同士の契約を、そんな簡単に反故にしては」

「頭かたいなぁ姉さん。そんなことの前に、おれはおれだよ」

千風の目がくりっと木咲を見上げて。

「うみちゃ、おいてきて、いーの?」

「いいのいいの!」

木咲は不自然なくらい陽気に言って、壁際に座る者たちに「よろしく」と言って近寄っていく。

千風の近くに立っていた鳥巣が、その木咲の横顔を見ながら千風に答える。

「男と女だからね、まぁ色々あるんだろうよ」

「う?」

「おい、なぁ、」目の前まで歩いてきた木咲を、宮地が疑わしげに見て。「と、見せかけて――とか言わねぇ?」

「そーだね、あそこの鳥頭(とりあたま)鳥男(とりおとこ)が姉さん傷つけない限りは、ね」

笑顔の木咲の物言いに、顔をしかめて肩をすくめる鳥巣。

「やれやれ、随分と嫌われたもんだね」

「そりゃーね」

木咲は大きく伸びをした。

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