48.摩天の狙撃手、潜入(後編)
足元から、ピピ、と電子音。
瓦礫まみれの道を一人、歩いていた鳥巣が立ち止まる。
膝上までまくり上げられたズボンの下、銀色に磨き抜かれた金属製の両足に、無数の小さい穴が出現し――
きゅいん、と内部で駆動音。
前方および左右の壁の向こうで、見えない敵がどさどさと倒れる音。焦げたような匂いが周囲に漂う。
「ぐ、なんだ? どこからだ?!」
どこか遠くで、敵の混乱しきった声。
「――ぐあ!」
追い討ちのように追加射撃。見渡す限りの瓦礫に一気に空いた、無数の細かい穴。
コンクリートも金属も関係なく貫通する特殊な小弾だ。
鳥巣から少し離れたところで先ほどまでわいわいと騒いでいた数人の男たちは、その戦闘を目の当たりにして口を開けたまま固まった。急に訪れた周囲の静寂に、千風は不思議そうな顔をして頭上の男たちを見る。それからゆっくりと視線を鳥巣に戻すと、壁の上から複数人が、決死の覚悟で鳥巣に向かって飛び込んでいくところで。
――パァン!
甲高い発砲音。くぐもった声を出して、武装した男が赤い飛沫を散らす。いくつかの流れ弾が外壁に当たる、硬質な音。
その間、鳥巣はまったく別の方角を見ていた。
「……な」
誰かの吐息が千風の耳に届く。
つまり――鳥巣は当てずっぽうに広範に乱射しているのではなく、どうやら壁の向こうの見えない敵の所在を、何らかの方法で探知した上で的確に狙い撃っている、と気づいて――
「おいおい……」
味方側からビビったような声があがる。
「と、トリスってあんな強かったのか……俺てっきり」
「おい、聞こえんぞ」
そうして一気に周囲の敵を片付け、皆の元に戻ってきた鳥巣は、周囲の様子に黙って肩をすくめた。ただ一人苦笑している心井が労いの言葉を告げる。
「おーい、あったぞ武器庫!」
別働隊が駆け寄ってくる。
「よし、運び出そうか」
鳥巣がそちらに足を向ける。
***
金属音を鳴らし、乱暴にコンテナに積み込まれる無数の銃器。
「よぉし、この階層も突破!」
「階層?」
近くの一人が聞き返すのに、おう、と迷彩服の若い少年が拳を振り上げ、息を吸って、叫ぶ。
「アイテムありがとう、ダンジョンマスター!」
ふざけたセリフに数人が「なんだそれは」と顔をしかめ、別の数人の若手が納得し、
「あっちにその気はないだろうけどね」
また別の数人がげらげら笑って、空っぽになった武器庫から出る。
と。
持っていた銃をコンテナに積み込んた一人が、何もないところで立ち止まって天井をぼんやり見上げている少年に気づいて、
「おい、ロイさん?」
近づいていって声をかける。
「ちょっと待って。ここいけそう」
「うん?」
「みんな、暗くなるからライト点けてね」
疑問符を浮かべる男たちを遠ざけさせると、心井はポケットから取り出した金属片をえいっと天井の配電盤めがけて放り投げ――めり込んだ特殊弾丸が、着弾と同時に激しく放電する。
そして――ばつん、と。
例えるなら、ブレーカーの落ちた音、とでも言うべきか。
一気に周囲が暗くなった。
訪れる、静寂。
見える限り奥まで暗闇が続いているのを見て、心井が満足そうにうなずく。
「なるほど効果はありそうだ」
「なにそれ! 売って!」
傭兵組合の少年が目を輝かせて背中に飛びついてくるのに、「あとでね」と営業用スマイルで答える心井。
「こんなときに商売すんなよ……」
一人がぼやいて、ぷすぷすと焦げた電線が異臭と煙を放つのを見上げる。
「こんなんすぐ復旧するんじゃねぇの」
「予備電源は別働隊で破壊済み。手動でモーター回して起動する必要があるから、30分はかかるね」と心井。
「この三区画――周囲150戸は片付いたと」と鳥巣。
「うへ。あっけねーな」
***
「――増援ではなく、新手だと?」
報告を終えた部下を前に、壮年の男は顔をしかめる。
「は、はい。砂でも星でもない複数の部隊から攻撃を受けています。規模は中程度」
また別の部下が息せき切って飛び込んでくる。
「数名の詳細が判明しました」
「数名?」
慌てて告げられた名はどれも聞き覚えのある名。だが、その所属には一貫性がなく。
「どういうことだ、なぜ数名しか分からん」
「只今、同行者の確認を急いでおります」
「エンライからの情報では、B5区画の倉庫が襲撃を受けているとの情報が」
「別件だな。あそこの武器狙いか」
「そのようです」
「――失礼します、情報屋のトリスが侵入したとの情報が入ってきました!」
「本人がか?」
めったなことでは戦場に姿を現すことなどない、用心深い、基本的には非戦闘要員のあの男が。
「あるいは、このタイミング……砂の陽動、か」
小さく呟いて、男は目を細める。
***
白鑞製のスキットルからたぱたぱと、透明な液体を注ぐ。菱架が用意したティーカップが、走行の振動でカチャカチャとかすかな音を鳴らす。
むわりと周囲に広がる、蒸留酒のきつい香り。
「あのぅ……それ、ティーセットなんすけど」
対面のカウチに座ってそれを見ていた生真面目な性格の青年が、堪えきれずに小さく言い、
「別にいーじゃねーか」
スキットルの蓋を閉めた男は意に介した風もなく答えると、ぐいっとカップの中身をあおる。
壁に備え付けのラックの前、最新鋭の武器類を眺めていた一人が、そんな二人に「おおい」と声をかける。
「内輪もめはご法度だぞ」
「分かってますよ」
青年が息を吐いてカウチに沈み込む。
車両が停まった。牽引車との間にある小窓が開いて、恐縮しきった顔の菱架が顔を出す。
「すみません、もうちょっと何人か乗りますので、詰めていただいても良いですか……?」
「ああ構わないよ、広すぎるくらいだ」
壁に寄りかかっていた一人が鷹揚に応じる。ほっと息をつく少女。
「それじゃ、開けますー」
リアドアがゆっくりと開く。瓦礫の向こうから現れた数人が、周囲を警戒しながら乗り込んでくる。
「げ」と、菱架のすぐ横から大声。乗り込んできた見知った顔に、宮地が呆れたように言う。
「おいおいおいおい、いーのー? お前までこんなことに首突っ込んで。あいつら泣くぞ?」
「お久しぶりです宮地さん。ええまぁ、追い出されたらそれまでかなって」
相変わらず謙虚に笑う青年の返答に毒気を抜かれたように「ああそ」と返して、がりがりと頭を掻く宮地。
「お前はどこへでも行けるだろうが……お前の部下どもはどーすんだよ?」
「部下に縛られて上が思うように動けないなど、組織として本末転倒ですよ」
「……ああそ」
黙って肩をすくめる宮地を、隣の菱架がじいっと見ている。
閉まったドアのすぐ横に座り込んだ青年が、「あぁそうだ、」とすぐに顔を上げて。
「鋳造工場の登記簿の写し、もし入手できたら買い取ってくれます?」
宮地の目が見開かれる。
「まじで?! 盗れんの?!」
「もしかしたら、の話ですけど」
二人の会話を聞きつけた別の一人が嫌そうな顔をする。
「ええやめてくれよ、ウチあそこと付き合いあるんだよー」
「なら、それ以上のネタ持ってきたら勘弁してやるぜ?」
にやにやと宮地が笑う。
「あ、あと三人乗りますー」
菱架の声がコンテナ内に響いたと同時、もう一度ドアが開く。
マシンガンを抱えた金髪の男が、靴の泥を落としてから乗り込んできて、
「ヒシカさん、ご無沙汰しております」
きっちりとした礼をするのに、運転席の少女はひらひらと白い手を振った。
「その銃、調子はどう?」
「万全かと思います。が、あとで軽く見ていただいても?」
「うん、あとでね。あ、救急箱は一番奥の棚にありますっ」
礼を言った男は、すぐ後ろで腕を押さえている部下を座らせ、菱架が指さした救急箱のほうへ足早に向かう。
埃っぽいコンテナ内に集まった味方の数をざっと数えて、菱架が無線の向こうに状況を話す。
それから、暇そうにしている真隣の宮地に気づいて、
「あ、ラジオとかも適当に……そうだ、ハヤブサさんの新曲ありますよ?」
当たり前のように言ってオーディオのツマミに手を伸ばす菱架に、宮地は唖然として。
「なんでよ?」
「ココロがファンなの」
にっこりと微笑む少女。
「……ココロ?」
『僕のことだよ』
無線越しにロイの声がして、宮地が「ああ」と気の抜けた顔をする。
「あいつ、音源作るの嫌がるだろ?」
『そこを無理言ってね』
「……ったく、妬けるねぇ」
一度断られたことのある宮地がふてくされたように唇を突き出すのに、「ふふ」と菱架が笑う。
『おっと。ヒシカ、そっちに戦車部隊が行くかも』
「はーい」
メーターパネルに設えられた計器類のスイッチをぽちぽちと操作し始める菱架の横で、宮地が顔をしかめる。
「おいロイ、戦車部隊ってドバトのか?」
『うんそう』
瞬間的にシートベルトのバックルを掴んだ宮地が、後方の小窓に向かって叫ぶ。
「おい出るぞ!」
「……え?」
きょとんとする菱架の横で立ち上がり、かたわらの銃を掴む宮地。コンテナの中でいくつもの慌しい足音が響く。
「あの宮地さんっ」
「俺らが時間稼ぐ。引火だけ気ぃつけろよ」
前方から砲弾の音。
「ったく、はえぇよ」
舌打ちを鳴らした宮地がドアに手をかけたところで、脇の道から飛び出してくる平べったい軽戦車。
宮地が叫ぶ。
「おい、曲がれ! ガラス撃たれ――」
「平気だよっ」
笑顔の菱架がハンドルを握る。そのまま、まっすぐに――急加速。
「は?!」
バランスを崩し、荷重で座席に押し付けられつつ、宮地がわめく。
ゆっくりと旋回した主砲が、ドン、と砲弾を放ち、
ぶち当たったフロントガラスが、たやすく、それを弾いた。
「……」
すぐ目の前で起きた現象に、目を見開いたまま硬直する宮地。
突き進む大型車両はそのまま、戦車のキャタピラに乗り上げて、
「うおお」
不安定な車体を左右に揺らしながら、戦車を轢いた。下の方から、メリメリと戦車の装甲が壊れる音がする。
がたん、とひときわ大きい音がして、すべての車輪が再び地面を掴む。
しばらく何事もなかったかのように進んでから、
「ねっ」
菱架が宮地に笑顔を向けた。
「……これに乗ってりゃ、大抵の弾は無視できるな」と宮地。
「うん、区域に流通してる対戦車ミサイルまでなら保証範囲内」
ほーう、と関心したように宮地が呟く。
運転席の少女は誇らしげに胸を張る。
「ちっぴーの設計で、私製の複合装甲!」
***
一方。
町外れの町工場。
半開きの扉をのぞきこみ、冬瓜が室内に声をかけた。
「ようおやじ、頼んでたもん用意できてる?」
「あぁ、待ってたぞ、ほら」
作業の手を止めた冬瓜の父親は、奥のほうに山積みにされている箱を指さして振り返って――息子の後ろにぞろぞろと続くガタイのよい男たちを見てぎょっとなる。
「ずいぶん大所帯で来たなぁ」
「あるだけ持ってく気だかんね。これ?」
「ああ、着てみな」
手渡した防刃服に袖を通す息子に、父親は周囲を見回して。
「ウリ、今日はあのちっこい子はいねーのか? ああ、学童疎開か」
「いや、その逆? 先に行ってるんだ」
早口に答えて、冬瓜はジッパーを引き上げてバックルを留める。
「テレビ観てない? ああ、顔までは映ってなかったかな」
「あん?」
「いや、観てないならいいんだ」
不可解そうな顔をした父親は、真新しい防刃服を着終えた息子をまじまじと見て。
「お前、それ着てるとホンモノのエンライみてぇだなぁ」
「いやエンライだから」
冬瓜は苦笑しつつ、後ろの仲間に次々と服を配る。
「フューリさん、これどう留めるんですか」
余った布の端をつまんで寄ってきた森洲に「ああこれはこうやってな」と説明し始める息子をつまらなそうな顔で見ていた父親は、着終えた森洲を手招きで呼び寄せて。
「アイツなぁ、今はこんなんだけどな、昔は工務員さんたちから「ウリ坊」っつってかわいがってもらっててな」
「い、言うなよ!」
赤い顔で怒鳴る冬瓜。ほう、と一人があごに手を当て。
「ウリ坊、良いな。呼ぼう」
「刺すぞ」
仏頂面の冬瓜が残りの服が入った箱を担ぎ上げるのに、工場の作業員が心配そうな顔をする。
「そんなにたくさん一度に持ち込むのは無理だ、押収されちまうぞ」
「大丈夫、優秀な偽装屋がいるから」
一人が札束を置いて、一行はぞろぞろと工場を出る。
背後から呼び止める声に振り返り、
「これも持ってけ」
父親から放り投げられた小銃を、片腕で箱を持った冬瓜がもう片方の手でキャッチする。
「なぁウリ、勝ってこいよ」
事情を知りもしない父親がそう言うのに、
「もちろん」
冬瓜は笑って、勇ましく右手を振り上げる。
***
ごうん、と地響きのような音を立てて、進路を変えた大型車両がまっすぐ向かってくる。往来に立っていた者たちは即座に脇道に飛び込み、車両のタイヤに銃口を向ける。
その車両は手の代わりにワイパーを振ってみせた。
「ヒシカだ」
鳥巣が言う。
大型車両と後続の装甲車が数台、土煙を上げて次々に停車した。
先頭車両のドアが開いて、運転席から少女が転がり降りてくる。すぐさま後方に駆け出していくと、おーらいっ、と、コンテナを引く牽引車を誘導して。
がこん、とコンテナのリアドアが開く。
「言われたとおり、工房にあったの、片っ端から持ってきたよ!」
菱架が笑顔で言うのに、「ありがとう」と鳥巣が歩み寄る。
「……てことは、やっぱこれ……本物?」
目の前に山と積まれている無数の銃火器を、男たちは呆然と見上げた。
「すげぇ量」
「うわ、あれRS-15?」
「ううん、それはRSX-1。市場流通前の最新モデル」
「……へ?」
「私の工房でも作ってるから」
えへへ、と照れたように笑う菱架に、男たちは目を白黒させる。
真っ先に荷台に上がって銃器を確認していた鳥巣が、ふと後退し、荷台から顔を出して言う。
「おかえり。遅かったね。何か?」
通りの先から現れた心井が笑顔で答える。
「いえ、いけそうだったので、ちょっと様子見と、数を減らしてました」
心井の横で千風が飛び跳ねる。
「あのねー、せんしゃが4台とねー!」
「それは残りの数かい、それとも減らした数かい?」と鳥巣。
「へらしたかず!」と千風。
「さて、残りはいくつでしょう?」
と心井が言って、千風と目線を合わせて指を立てる。
「うーとね、ひきざん!」
「うん、引き算で計算すると?」
「んー、ちっぴーやって!」
「ええーそれ禁じ手……」
がっくりと肩を落とす心井。
「そうか、弟がいたんだったか」
すっかり仲良くなった二人を眺めて、鳥巣が納得いったような顔をする。
「あ」千風が顔を上げ、「ぴっちー!」
きゃい、と甲高く叫んだ千風が駆け出して、装甲車の前にたたずんでいた少女にしがみつく。
「ちーちゃん!」菱架も顔をほころばせ、嬉しそうに千風の手を取る。「ケガはない?」
「ない、よ!」
「そっか。良かったぁ。あ、お持ちの装備は?」
「ん!」
ずい、と差し出される小銃を受け取ってから、菱架は背負っていたリュックを下ろして。
「代わりにこれ」
どうぞ、と出された最新式の自動小銃に、きゃい、と千風が歓声をあげる。
「そーなの。ちーちゃんに喜んでもらえると思って」
「んんん」そわそわと身体を揺らした千風が言う。「ありがと、ぴっちー!」
「どいたしましてっ」
「おいあそこだけ空間違うぞ」と宮地。
「じろじろ見るな、減る」と鳥巣。
「さて、それではそろそろ向かうとするか」
小隊に分けて指示を出していた鳥巣が鷹揚にうなずき、
「私たちは先に上がる。あとから来てくれ」
従順に答える面々の中、
「あ、何言ってんだ、まだ」
宮地とその部下たちだけが不可解そうな顔をするのに、千風がふるふると首を振る。
「ちがうよー! あのね、はとさんじゃなくて、しかさん! しかさんとこいくの!」
「は? ここまで来て、鹿だと?」
宮地の額にビシリと青筋が浮かぶ。
「おいよぉ鳥の旦那。俺は、ドバトを、ぶっ潰すために、はるばる闇市窟まで来たんだが?」
「さっきの状況を見た限り、お目当ての金型奪取する前に全滅するような気がしたがね」
しれっと答える鳥巣。いつの間にか知られている目算に宮地が不愉快そうな顔をする。そこに、さらに鳥巣が言う。
「せっかくこうやって各方面に顔つないでやったんだから、今度は、それ上手く利用してもっとスマートにやったらどうだい」
「てめぇ……」
しばらく睨み合ったあとで盛大な舌打ちを鳴らした宮地が、オイと乱暴に部下を呼びつけ。
「それ、先に姐さんとに運んどけ。俺はもうちっと、こいつらに付き合うからよ」
「は、はい」
もの言いたげな部下の視線を黙殺して、宮地は彼らに背を向けて菱架の手をとる。
***
一方。
「もっとこっち」
ぐいと引き寄せられた鉾良が微妙な顔をすると、
「随分余裕だね」
と少女が笑った。壁の向こうからは絶えず銃撃の音が聞こえる。
「あ、そうだ。彼女さんには貴方から謝っといてね。あとからどっかから聞いてこじれると面倒だよ?」
え、と鉾良がぎこちない表情で、すぐ隣の少女を振り向き。
「知り合いか何かで?」
「まさか。トリちゃんに知らないことなんてないのよ」
「……トリ?」
「トリスだから、トリちゃん」
「ああ」
「ちなみに鳥唐ともいうよ。ほら、頭、それっぽいでしょ」
「……ノーコメントで」
「べっつにチクったりしないってばぁ。ザンギ!って呼ぶ人もいるし」
けらけらと笑って、少女は鉾良の背を叩く。
「あー、私もあっちに行きたかったなー。私もGDに怒られちゃうなぁー」
「……その、ジー、というのは」
「アウグディート。私のカレシ。知ってる?」
「ええ、そりゃあ、まぁ……」
頬を引きつらせつつうなずく鉾良。万が一その区域有数の戦力と言われる特殊工作員にこの現場を見られたら、俺は一体どうなるんだ、とか考えながら。
「あっそーだ。ねね、ホコラっ」
そんな鉾良の思案をよそに、少女は鉾良の右腕をぐいと更に引き寄せ、顔を近づけ、
「私の番号、特別に教えたげるからさ。天祭 千風、落ち着いたら紹介して! ねっ」
「……面識、ないんですか?」
「あるわけないない! 何言ってんの!」
ばしん、と少女の手が鉾良の背を叩く。
「あ、でも、この前GDが仕事で会ったって言ってたな。でもアイツ、リトロ語しゃべれないから。もーったない」
「……イリエさんさえ良ければ、今度一緒に遊んでやってください。ちーも喜ぶと」
「イリエさんって! かっゆ! いーよイリエで!」
ひゃひゃ、と変な声を出して笑う少女を、鉾良はじっと見つめる。
鳥巣の指示で派遣されてきた複数人の戦力のうち、この少女だけは、鉾良の護衛に徹する役目らしい。入江 依衣。有名なフリーランスの工作員だ。とてもそうは見えないが。
「さて、そんじゃまぁ、そろそろ片付けに行きますか」
少女がよっと、と立ち上がったところで、壁の向こうからひときわ大きな声が上がった。声を上げて駆けてくるいくつかの足音に、少女が腰に下げた黒革製のホルスターから銃を引き抜く。
壁の向こうから聞こえた声に、鉾良があわてて少女を呼び止め、
「待ってくれ、そいつらは味方だ――」
「……え?」
見慣れた仲間たちが、鮮血を散らして地に沈んだ。
***
『トリちゃん!』
いくつかの状況報告の合間、聞こえてきた明るい少女の声。
「ああ、待ってたよ。それで? 生きてるかい?」
『んん、なんかね。ホコの仲間割れ?』
鳥巣はゆっくりと顔をしかめて。
「こんなときに?」
『うん、あ、』
無線の向こうでガサガサという物音がして、
『もしもし、鳥巣さん? 鉾良です』
「ああ、」
『――千風には、まだ、言わないでください』
「……うん?」
機械越しに鉾良が息を吸う音が、やけに大きく聞こえた。
作業BGM:
・それでも尚、未来に媚びる
・米津玄師「LOSER」




