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5.大物狙撃手の経歴書


棚の上に全員分の吸い殻と新品のタバコが並ぶのを見渡して、

「ちっきしょー。また、ちーの一人勝ちか」

次点の宮地が肩を落とす。

それから、隣に立つ鉾良の眉間のしわに気づいて、慰めるように新品の数本を渡す。

「つまんなかったか? 棒付き飴(ロリポップ)バージョンもあるぜ。ああ分かってるよ、ちー、やーんないって」

「むー」

睨みをきかせる千風におどけた笑みを向け、両手を挙げて降参のポーズをつくってみせる宮地。

「むずかしいのか? 揺れにくそうだが」

不機嫌顔の千風に、鉾良が聞く。

千風は、んー、と困ったように呟いて。

「たべたい」

「……ああ」

「わざと外すと、みんな怒るの」

「ああ」

格子がぼやいて、肩の力を抜く。

吸い殻をまとめて灰皿に放った宮地が振り返る。

「さてと。ちーさんや、この後のご予定は?」

「おうちかえる?」

千風が見上げて聞くのに、そうだな、と義維がうなずく。

宮地は余ったタバコを一本くわえて火をつけ、千風に手を振る。

「裏行く時間はあんだろ。四人で先行って待ってろ」

うなずいた千風は、「行こ」と言って義維の手を引いて駆け出す。

眠そうな顔をしている受付の男の横を通って、簡素な門を開け、少しぬかるんだ土の道を進む。

「ちー、どこ行く」

義維が聞くのに、

「あいさつ行くの」

白い手が指さす先には、傾きかけた簡素な掘っ立て小屋が建っている。

「射撃場の経営者か?」

義維の後ろから鉾良が聞くのに、

「う? おじじ」

よく分かっていなさそうな千風が、なんの遠慮もなしに引き戸を開ける。上框(あがりがまち)に乗っていた一羽のニワトリが驚いて羽をバタつかせる。

「よう来たな、ちー」

廊下の先から、白髪頭の老人が顔を出した。

千風は元気よく挨拶をすると、両方の靴をほっぽりだして玄関に上がり、だだだだと廊下を駆け抜けて部屋の中に消えていった。

「こ、こら、ちー」

玄関先に立ち尽くす三人の男どもに、シワだらけの手が手招きする。

「まぁ上がりな、あんたらも」

「いえ……」

「あとねー、あとでねー、みゃじがくるよ!」

部屋の奥から元気な千風の声。

「そうかい」

老人がうなずいた直後、立ち尽くす格子の後ろで、また玄関が開いた。ニワトリがバタついて羽毛が舞う。

「あ? なにこんなとこで突っ立ってんだ、早く入れって」

宮地に尻を蹴り飛ばされて、顔を見合わせた三人は流されるまま靴を脱いで上がった。

老人は宮地の名を呼ぶと嫌そうに周囲の空気を手で払う。

「お前らが来ると煙いからな、すぐ分かる」

「なに言ってんの。てめぇが一番くせぇよ、硝煙じじい」

「においが違うんだよ、ヤニ臭え」

「今日まだ一本しか吸ってねぇよ」

「あの馬鹿げたゲームをやめろって言ってんだ、うちを燃やす気か」

「は。そんな失態、俺がするとでも?」

堂々たる態度でそう笑い飛ばし、廊下を進んだ宮地がぱしんとふすまを開けた。居間らしき部屋に入るなり、そこにいた千風が老人の手を引いて奥の部屋に消える。

宮地は部屋の隅に積んであったせんべい状の座布団を引っ張ってきて適当に座る。足を投げ出して自宅のようにくつろぎ始めた宮地の向かいに、鉾良がゆっくりと腰を下ろした。

「聞きたいことがあるって顔だ」

開け放たれていた窓から庭を眺めていた宮地が、鉾良を見もせずに、ぽつりと言う。

「いいぜ、ちーに免じて、なんなりと」

くっと口角を上げる宮地の顔をじっと見ながら、鉾良は言葉を選び。

「では――彼女は……彼女の父親は、何者ですか」

意外そうに眉を上げた宮地は、すぐに視線を天井に向けて考え込み。

「そうか、そうだな、あんたらは知らねぇよな。なんて言ったらいいかな……お前らが分かりそうな話で言うと、去年の狼の抗争で西の港が半壊した例の攻撃とか。夏に新参者叩き出した一件とか。あいつら、いつの間にかいなくなったろ、あれ、鹿が天祭(あまつり)にどうにかしろと依頼した結果。それから、台風の時期にあったビル襲撃事件、あれで社長の脳天貫いた遠距離狙撃とか。(ミズチ)のババアが薬品の権益争いでウチと揉めたときに、放射弾放り投げてっただけで大人しく帰ってったのだって、現場で天祭(あまつり)と鉢合わせたからだし。それから、名前なんつったっけ、ほら、区域の改革とか言い出してた議員団体、あいつらが一夜にしてもれなく謎の凶弾に倒れた話。あれもだ。この界隈で起きる主要な騒動には、大抵すべて天祭(あまつり)が関わってる」

べらべらと語られたその内容に、いきなり出てきた有名すぎる派手な事件の数々の舞台裏を明かされて、固まる三人。

「……そ、それは、狙撃手として?」

動揺しながら鉾良が聞くのに、呆れ顔の宮地の返答。

「それ以外に何があるんだ。海向こうからの関税圧力を断れたのも、区域から乖離派がいなくなったのもあいつら親子のせいだぜ。そんから、――なぁじじい、古い話でなんかない?」

のれんをくぐって出てきた老人が、ちゃぶ台に沸騰したヤカンを置く。茶を淹れようとする老人に格子が「やります」と寄っていき、その隣で義維が茶筒をぽんと引き抜く。

老人はどっこいしょ、と言いながら座布団の上にあぐらをかき。

「そもそも、鳩が分化したのも十堂のしわざだ。離反を渋るおやじさんに、せがれ二人がそんなら全面抗争だ、全滅させてやるがそれでもいいのかって突きつけたのは、そんでおやじさんがそんな無茶を呑まざるをえなかったのは、奴らの背後に十堂がいたからだ」

どんどん広がっていく大風呂敷に、呼吸を止めて唖然とする三人。宮地はちゃぶ台に肘をついて白けた目を向ける。

「お宅ら、本っ当ーになんも知らないのな。ま、それもそうか」

ただのエンライの鉾とロウシン傘下の砂では格が違う。鉾など、ただのいきがった若造の寄せ集めでしかない。本来なら天祭の存在すら知れる位置にないのだ。

不満そうに息を吐いた宮地が体をぐっとそらして、

「なー! ちー、俺んとこ来ない?」

台所に向けて声を投げる。

ちょうどよく台所から現れた千風が、抱えていた湯気の立つどんぶりを慎重にちゃぶ台に乗っけて、それから顔を上げ、宮地を見て、くりくりと目玉を回して。

「ぎぃちゃんも行く?」

「……いやそれは、ねぇ?」

苦笑する宮地。鉾良が苦渋に満ちた顔をしている。

「まぁ今後そういう提案もどっかからあるかも知んねーけど」

へらっと笑う宮地に、

「……それは」

鉾良が顔を上げたところで、きゅー、と千風の腹の虫が鳴く。

「わーったよ、ちー。先に食おうな」

宮地が笑って言って、ぱきんと手元の割り箸を割った。

いつの間にか台所に消えていた老人がどんぶりを持って現れ、皆の前に並べていく。

できたてほかほかの親子丼を前に、困惑する鉾良。

「いえ、朝からいきなりお邪魔した上に食事までいただくわけには」

老人が眠たげな目でこともなげに答え、

「いんだよ、どーせ材料はさっきまでそこ歩いてた奴らだ。食っても食っても勝手に増えやがる」

あごで示す先には、コケコケ鳴く鳥が庭をうろついている。

遠慮する三人の前に、千風がずいとどんぶりを押し出す。

「ちーが卵割った!」

既に頭をどんぶりに突っ込まんとする勢いで、がつがつ食べていた宮地が顔を上げる。

「おお。すげーじゃん、首絞めたのは?」

「おじじ!」

「だよなぁ」

庭をうろつくニワトリがのんきに鳴く。

「では、お言葉に甘えて……いただきます」

箸をとる三人を嬉しそうな目で見た千風も両手を合わせて。

「いただき、ます! ……あ」

急に立ち上がり、台所からフォークを持ってきた千風を見て、

「ちー、箸使えないのか」

鉾良の言葉に、老人と宮地が苦笑する。

「十堂は中指なかったからなぁ。ほれ、練習してみろ」

宮地から使いさしの割り箸を渡された千風は、それを受け取って、握りしめてきょとんとする。

それ以降教える気のないらしい宮地を見て、義維が千風に手を伸ばす。

「こうだ、まず鉛筆を持って」

「はい! えんぴつ!」

「で、ここにもう一本」

「ぎぃちゃん、これ、ちくちくするー」

「待ってろ」

箸を受け取り膝立ちでゴミ箱に寄っていく義維の背中に、千風がきゃいきゃい言いながらひっつく。よじ登って肩口から顔を出し、箸をこすってとげを取る義維の手元を覗き込んで、「ちーがやる!」とわめく。

そのやりとりを眺めて、宮地が不満そうにぼやく。

「分かんねぇな、なついてるのは分かったが。――言っちゃ悪いが、お宅らごときがどうやって、この天祭を手に入れた?」

言い淀む鉾良に、宮地の無言の威圧が迫る。

「手に入れたというか……ウチのシマに一人でいたので保護しただけです。――なにか、あるんですか?」

宮地が空になったどんぶりを置いて、上に箸を渡す。

「十堂っつーのはな、神出鬼没の日雇い労働者だ、フリーランスの子連れ狼。誰の元にもつかない。依頼は電話一本。所在すら明らかにしない。そういう奴だったんだよ。……ん? おい、なら確認するが、ちーはあんたらの構成員じゃないってことか?」

「ええ、まぁ。あの、ですが」

「あー分かってるよ、ちーが嫌がってんのに連れ出すつもりはねぇ。ただ、てことは、今までどおり、俺がちー個人に直接仕事依頼すんのは構わないってことな?」

「ええ、それは、まぁ……」

「よっしゃ。ちー、お前ケータイ持ってる?」

「ううん」

「なら、ほれ」

ぽい、と宮地が端末を放る。

「やる。使い方は分かるな」

「ん!」

「いえ、こちらで用意しますので」

恐縮する鉾良に、

「いーからいーから。そんかわし優遇させてよ、俺の電話は一番に出るんだぞ、ちー」

「ん!」

良い返事に機嫌を良くした宮地が、わしわしと小さい頭を掻き回す。

「みゃじはでんわ、いっぱい持ってるんだよ!」

「あ、それあんまし言うなよな。全部の番号教えてねぇだろってよく言われんだから」

ひょいと千風を抱えあげて膝の上に乗せる。端末を熱心に操作し始めた千風の腹部に頭をぐりぐりしつつ、

「なーなんで俺んとこ来ねーの」

ふてくされたように言う宮地。くすぐったそうに笑い声をあげた千風は、宮地の頭をなでてやって。

「あのね、いまのおうちは最初こわかったけど、ぎぃちゃんいるし、もうこわくないんだよ。でもね、みゃじのおうちはずっとこわい」

「俺がいるじゃん」

「みゃじとお話ししてると、みんな怒るー」

「あーそうなー、俺忙しいからなぁ」

ふと顔を上げた千風が宮地の膝の上からじたばたともがいて下りるなり、どこかへ走っていく。

「ちー?」

玄関先から物音がして、

「失礼します、宮地さん、」

(メートル)近い巨体が窮屈そうに背を曲げて鴨居をくぐり、スーツ姿のごつい男たちが数人、部屋に上がり込んでくる。手持ち無沙汰になった両手を揺らして、不満そうに彼らを睨みつける宮地。

「そうだよお前らだよ。おい、いつかちーに脳天ぶち抜かれてもしらねーからなー?」

低い脅しにぎょっとなる。

「で?」

「会長がお呼びです」

「ほっとけ。どうせいつものだろ。いい年こいて内臓引きずり出すの好きすぎるんだよ、あのドS野郎が」

食後の茶に手を伸ばしつつ、いつものことのように物騒な話をする男と、体格もひげの濃さもそう変わらないように見える部下たちとを見比べ、義維は内心で首をひねる。千風に聞こうとして、

「……ちー?」

「あれ、そういやいねぇな。おーい、ちー、ちーすけ、ちーちゃーん?」

皆で周囲を見回して、最終的に、ちゃぶ台の下をのぞきこんだ宮地がげらげら笑いながら、一枚の座布団を引っ張り出す。座布団に乗っかって出てきた千風は、猫のように丸まって眠っていた。

「撃って騒いで食って暗いとこ隠れりゃ、眠くもなるよなぁ」

のんびり呟く宮地の言葉に、義維は昨晩の騒動を思い出し、そっと抱き上げる。

宮地が目を細めてそれを眺め。

「お前らは今が花だな、上手く使えよソイツ。あんまし不甲斐ねぇようなら他に奪われる前に俺が出向くからな。そイツをどっかに囲われるわけにはいかない――例えお前らを排除してでも」

突然向けられた殺気に、三人は背筋を凍らせ息を呑んだ。

数秒もたたないうちに険しい視線をぱっと消し、また宮地が笑みを浮かべて肩をすくめる。

「ま、それを天祭(ちー)が快く思わない内は安全だけどな。誰だって、コイツの機嫌を損ねたくはない」

それほどまでか――と、鉾良は血の気の引く思いがした。

この人にして、そこまで言わせる存在。何気なく手に入れたちっぽけなものの、とんでもない重みをようやく思い知る。

「何かあったら早めに言えよ、相手にもよるが、ちーのためなら手ぇ貸してやる」

通常相手にされるはずもない存在からの、まず起こり得ないはずのとんでもない優遇条件。圧倒されて黙り込む鉾良を、へらりと宮地が笑う。

「びびっちまったか? 有意義に使える気がしないなら、早めに手放すことをおすすめするな」

宮地の言葉を反芻しつつ、義維が千風を背負って、それから宮地を見る。

「……仮に、千風が区域外で「普通の生活」をしたいと言い出したら?」

「寝ぼけたこと言ってるとまじでぶっとばすぜ、ぎぃちゃん。望むと望まずとに関わらずだ、当たり前だろ。こんな上物、区域が逃がすはずがない。欲しがる奴は絶えず必ずいる。コイツもそれは分かってるよ、ここでなら価値がある、ここでなきゃ生きていけない、とな」

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