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47.摩天の狙撃手、潜入(中編)

「この先、居ますね」

外壁に背をつけて先頭の一人が呟く。

数人が路地の先をうかがって、「だめだ、ここからだと何も見えねぇ」と首を振る。

「どうすんだ、トリス。正面突破か、それとも迂回か?」

一人が鳥巣にたずね、訊かれた鳥巣は黙したまますぐ横を見る。

そこにいた心井がつぶやく。

「この区画にいるのは、たぶん配下のエンライの一つ――」

ぱぁん、と壁の向こうから銃声が一発鳴った。それだけで、

「――アタリ。例の新入り君の愛銃だ」

確信めいた響きで断定する心井。

「了解しました」

心井のすぐ後ろに立っていた黒服の一人がそう言って、ぱっと路地に飛び出していく。慌てて追おうとした数人を心井が呼び止めた。

「敵さえ分かれば、だいたい仕留めるから」

「は?」

直後、数ブロック隔てた先で爆音が鳴る。何かがガラガラと崩れる音。

しばらくして、

「お待たせしました」

心井の言葉通り、無傷の黒服がケロリとした顔で戻ってきた。心井に数本の鍵を手渡す。

「ありがと。行こう、ちー」

軽く応じた心井が千風の手を引く。

「ん!」

千風はすれ違いざま、黒服のすそを引いて、

「おにーさん、つよい!」

「ありがとう」

きらきらした目で見上げてくる少女に、男は恭しく一礼した。

心井の指示を受けた男たちが、鍵を手に、路地の先に立ち並んでいた倉庫に向かう。数人の見張りを蹴散らして、両開きの扉を解錠した。

「おお、こりゃ年代ものの……」

次々と中をのぞきこみ、積み上げられていた大量の銃器に歓声を上げる。

「おーい、これでいいか?」

タイミングよく、空のコンテナを引いた牽引車が倉庫群の前に停車する。運転席から顔を出した男が鳥巣を呼んだ。

「そこの駐車場からかっぱらってきたぜ。あともう二台くる」

「ああ、上出来だ。積み込んでくれ」

鳥巣が指示を出すなり、

「ちーも!」

両手を挙げて手前の倉庫に飛び込んでいった千風が、うんうん言いながら束になったライフルをひきずって出てくる。周囲が慌てて駆け寄るも、

「やー、ちーが運ぶ!」

駄々をこねて、千風がライフルにしがみつく。

どうしたものかと困惑する男たちの中央で、千風の体がひょいっと持ち上がる。

「う?」

一人の大男が、少女をライフルから引き剥がし、

「トリス、頼んだ」

「あいよ」

ぺいっと放り投げられた千風が鳥巣の腕の中に収まる。

「千風さん、肉体労働はあのへんの筋肉バカに任せておこう」

「ううん。ちーも、お手伝いするの!」

ジタバタと手足を揺らす千風に、うーん、と鳥巣は困った顔をして。

「お手伝い、か。鉾での生活習慣かな」

「せか?」

「鉾では、掃除とか買い出しとか、当番制だろう?」

「ん」

「それと同じさ。あれは彼らの仕事で、千風さんの出番はまだ先なんだ」

千風はじいっと鳥巣の顔を見上げてから、コクンとうなずいた。


***


数十分後。

しばらく歩いたところで、鳥巣が千風のしかめっ面に気づく。

「どうかしたかい、千風さん」

「うーん。なんか今日、しずか!」

「まぁね」と鳥巣。「もうじき騒々しいのが来るよ」

「う?」

首をかしげる千風。

「いました、先輩」

二人の前方から心井が言った。

ああ、と鳥巣がうなずいて歩調を早める。

「こんなとこまで潜ってたか」

「だぁれ?」

首をかしげたままの千風に、おいで、と手招きする鳥巣。

「ほら、あっち、見てごらん。千風さんなら肉眼で見えるだろう?」

言われるがまま、瓦礫の隙間からひょっこりと顔を出した千風が、

「……あ!」

ぱあっと顔を輝かせる。

「そういうこと。まず、増援一人目だ」

鳥巣が大きくうなずいた。


***


かろうじて残っている崩れかけのコンクリート壁に隠れるようにして、武装した数人が息を殺して銃を構える。

その、黒い軽量合金製の側頭部に、青い点が小さく灯り、直後。


――ぱぱん!


その頭部が、あっけなく跳ね飛ぶ。

「ほ、北西上方!! 敵襲!」

近くに潜伏していた仲間が慌てて無線に叫び、

「ぐあ!!」

その声で居場所をバラした彼らも即座に撃ち抜かれ、瓦礫の上に崩れ落ちる。


そこから、ほんの少し離れた位置。

敵陣から突然聞こえてきた戦闘音に、

「あ? おい、俺、まだなんも指示だしてねぇぞ?」

宮地はギロリと後方の部下たちをにらみつけた。射すくめられた全員が一斉に首を振る。

数十分続いていた膠着状態をどう打開するか、じりじりと我慢比べをしていたはずが、

「勝手に動きやがって」

ぶちぶちと悪態をついて、舌打ちを鳴らす宮地。しゃあねぇ、と動き出そうとして――即座に動きを止める。

複数方向から聞こえてくる、複数種類の銃声。遠方から駆け寄ってくる無数の足音は、統率のとれた部隊のそれではないが、着実に、敵陣の勢力を削いでいく。

断続的な振動が地面を揺るがす。そこここが破壊され、瓦礫の隙間から黒煙が立ち上るのが見えた。ばらばらと無数の瓦礫やら流れ弾やらが降ってくるのに、

「おいおいおい、なんだこりゃ!! ウチの奴じゃねぇな?!」

宮地がわめいて慌てて身を伏せる。

無線越しに、動転しきった部下の声。

『ふ、不明です! 何者かが狙撃――』


「みゃーじー!!」


そしていきなり、少女の甲高い絶叫が空間をつんざいた。


声のしたほうを振り返った宮地が、はるか先の瓦礫の山に立っていた女児を見つけて、ぎょっとなる。

「……ちー?」

あっけにとられる宮地の顔をけらけら笑って、千風は飛び跳ねながらぶんぶんと手を振る。

「お、おい、あれ、なんだ?」

突然姿を現した見知らぬ部隊の存在に、敵陣からどよめきがあがる。

「いいから撃て!」

一斉に銃の向きを変えた彼らの背後から、別の部隊が、

「そこか」

隙をついて一斉射撃を浴びせた。

再びしゃがみこんで銃に手を伸ばす満足顔の千風の後方で、

「一掃ッ」

ひゅう、と見張り役の誰かが、景気のよい口笛を鳴らした。

「いた。ちー、十時の方向、青ヘルメット」

黒い双眼鏡を持って周囲を見回していた心井が言うのに、

「ん」

言われたほうに銃を向けた千風が、ためらいなく引き金を引く。

心井の双眼鏡の先で――数人が崩れ落ち、その周囲の数人がうろたえるのが見えた。頭部と胸部から血を流して倒れている一人の男の顔をじっと観察してから、耳に端末を当てて数秒黙ったあと、心井がよどみなく言う。

「仕留めました。指令系統に混乱。――あ、退避命令、出ました」

すたすたと千風に歩み寄ってきた鳥巣が、紳士よろしく揃えた手を差し出す。

「千風さん、あとは貴女のお気に召すまま、どうぞ?」

「ん」

その手をとって瓦礫をのぼった千風が、にぱっと笑って。

「もーいいよー!」

叫ぶなり、四方からの銃撃の音が減る。慌ただしく撤退していく者たちに、ばいばーい、と千風が両手を振る。

「あー……はいはい、降参ですよーっと」

白い目をした宮地がため息をついて、服の上に降り積もった瓦礫のくずを払いのけ、身を起こした。

「みゃじ、みっけ! ちーの勝ち!」

瓦礫の山のてっぺんから、数人の武装した男たちと一緒に駆け下りてくる上機嫌の千風に顔を向け、

「降参っつったろーが」

悔しそうに宮地が言うのに、きょとんとする千風。

「う? こーさん?」

「はは、降参ねぇのか! えげつねえ遊びしてんなぁ!」

ようやくいつもの笑みを見せた宮地に、にんまりと笑う千風。

「ったくよー、お前な! 助太刀に来たのか巻き込みに来たのかどっちだよ! って後者に決まってんな! かー、めんどくせぇ!」

大股歩きで近寄ってきた宮地が、千風の頭に手を置く。

「俺らが苦戦してたもん、あっけなく片付けちまいやがって……くっそ、このぅ」

宮地がヘルメット越しにグリグリと拳を押し付ければ、少女はきゃいきゃい言いながら周囲を逃げ回る。

「あ、つーかテレビの、なんなんだよあれ! ああいう楽しいことするときにゃ真っ先に俺呼べっつってんだろー?」

てしてしと頭をはたく宮地の手をにらんだ千風は、ぷぅと頬を膨らませて。

「ちー、ちゃんとゆった! お手伝いしないってゆった、みゃじがわるい!」

「あー? お前がそう出ると分かってりゃ、俺だって色々とできたっつうの!」

幼女相手に真っ向から言い争う大人げない大人をハイハイと鳥巣が押しのける。鳥巣をじろっと見た宮地が、っかー!と空に向かってわめいた。

「貧弱な頭でっかちに限って、本物が、丸腰で、戦場のど真ん中にイキナリ出しゃばってくんだよなあ!」

「おや、先日自分で言ったことも忘れたのかい。それなりに用意はしてるよ。たいした目算もなく、単身で、敵の本陣に突っ込んでく脳筋よりはマシだと思うね」

「あんだと?」

「誰もお前のことだとは言ってないじゃないか。それとも身に覚えが?」

飄々とした態度を崩さない鳥巣の前、宮地の額に青筋が浮かぶ。

「……殺してやろうか今ここで」

「本当に頭に血が上ると使えないな」

「うううう……なか、よくー!」

両目に涙をいっぱいためた千風が、ぷるぷるしながら二人に銃口を突き付ける。

「あいあい分かった、お兄さん方が大人げなかった、ちーさん泣かせてまじ悪かった」

降参するように両手を挙げ、宮地が力なく頭を下げた。

「当分対立する暇はなさそうだ」

その隣で、鳥巣が反省の色もなく飄々と言う。

「つかお前ら、何しにこんなとこまで……って、聞くまでもねぇか」

後続のトラックに山と積まれた銃火器類に、宮地は気の抜けた顔をして。

「どうせ行き着くところは同じってか。ったくー、しゃーねーからまとめて片してやんよ!!」

わぁい、と歓声を上げた千風が宮地の足に抱きつく。相好を崩した宮地がひょいっと少女を抱き上げて頬ずりする。

「やー、おひげー」

「おっ悪い、生えてたか?」

確認するように自分のあごをなでる宮地に、宮地の部下がサングラスをずらして「宮地さん」と諌めるように呼ぶ。

「あん? んだよ、俺の判断に逆らう気?」

「砂田組長のご指示は――」

「ちっげーよ、俺がちーを使うの、嫌われたら困んの、今後の仕事が滞るの」

ですが、となおも食い下がる部下たちに、苛立った宮地が靴の爪先を打ち鳴らす。ああ、とひとつうなずいた鳥巣が、ちょいと千風に指示を出す。

「あい!」

少女は、満面の笑みで元気よく――宮地の部下たちに、がっちりと拳銃を突きつけた。

「ちーの、いうこと、きけーい!」

ぶっ、と宮地が吹き出す。

「うわははそうな。そう報告しろよ、それでいいだろ。それとも誰か撃たれてちゃーんとした証拠作って帰るか? どうせ撃たれんならちーのはオススメだぜ、一撃で確実に、大して苦しまずに殺してくれる」

べらべらとまくしたてて一人げらげらと笑ってから、宮地は千風を下ろし、

「よし、そんじゃあ、同盟のシルシをやろう」

部下に右手を突き出してひらひらと振る。心得ている部下がその手に乗せたのは、数(カートン)の安タバコ。中指の指輪(クロムハーツ)の装飾の凸部を乱雑に引っかけてセロファンを剥がし、そこらへんに居た男たちに小箱を配る。

ひとつを受け取った鳥巣が、その箱をまじまじと見つめ。

「……自分がもらって嬉しいものが、他人全員がもらって嬉しいとは限らないんだよ?」

「あー、うっせぇなぁあ。何しようと俺の勝手だろうが、いちいち文句ばっか」

宮地が耳をふさいで鳥巣から顔を背け――そこにぽつんと立っていた小柄な少年に気づく。

「お。これまた弱っちそーなのとつるみやがって。こんなん連れてきたって死体が増えるだけだろうが」

面倒くさそうな視線を隠しもしない宮地に、心井はきょとんとして。

「あ、そうか、直接会うのは初めてだね。星利の容態はどう?」

さらっと言われた星の最高機密に――宮地をはじめ、砂の面々がにわかに殺気立つ。

「おいガキ……てめ、なんで、それを」

「おや。組長、どこかケガを?」

と鳥巣が横から心井に聞くのを、宮地が即座に睨みつける。

「とぼけてんじゃねぇよ情報屋。てめぇがバラした以外に何があるっていうんだ」

宮地の怒気をスルーして、心井が鳥巣に答える。

「ええ、ちょっと暗殺未遂がありまして。犯人の目星がついた、ってとこまでは聞いたんですけど」

いったん言葉を区切ってちらりと宮地を見た心井が、また鳥巣に顔を戻して、

「っていうか、ねぇ、バラしていいんでしたよね、先輩」

「うん。どうせ敵陣には既にバレたんだ、面倒なことはなしにしよう」と鳥巣。

「なにがよ」と宮地。

「あ、信じてもらえる方法でね」

鳥巣が補足するのに、

「はい、じゃあ」

心井が手元の端末を操作し始めるなり、宮地の電話が鳴る。

胸ポケットから取り出した端末の発信者欄を見た宮地が、

「順に説明すると――」

言いかけた心井に、待てというように片手の手のひらを見せ、端末を耳に当てる。

「さすがちょーどいいな。今ちっとやべーんだ、手ぇ貸してくれロイ」

『「うん、だから、」』

「……は……?」

がしゃこ、と心井の手元で金属音がした。

心井の端末の、集音部分にくっついていた配線剥き出しの小さな機械が取り外される。その途端、

『「だから、かけたんだよ」』

宮地に聞こえていた電話越しの声が、低めの男の声から、若い少年のそれに変わる。

「……はー?!」

「みゃじ声おっきい!」

俊敏に宮地によじ登ってその口を押さえる千風に、心井が眼鏡の向こうで嬉しそうに笑って。

「へぇ。僕もみゃじって呼んでいい?」

「…………ま、マジで?」と宮地。

「うん。お願い」と心井。

「いや、そーじゃなくて、そっちじゃなくてな」

目の前の貧弱そうな少年をまじまじと見て、口元を押さえる宮地。

「えー、マジで、こんなガキが?」

「それ、千風さんの前で言うのかい?」

失笑する鳥巣。

「情報の解析と営業と実働は私の役目。情報収集はこちら、ロイこと心井の役目」

宮地の目がうろうろと泳ぐ。

「なら、ほら……鳥巣には内密にしてくれってロイ宛の案件、結構あるだろ?」

二大情報屋、鳥巣とロイ。片方に憚る案件はもう片方に、と使い分けるのが区域の常識だ。宮地は鳥巣を毛嫌いしているからロイ一択だが、星利から渡された仕事なんかでは、そういう要求をすることもある。

「うん。そういうのは、ちゃんと分けてあるから大丈夫」

あっさりと心井が答える。

鳥巣が腕組みをして、宮地を見上げる。

「で、ここまで教えたんだから、きっちり護衛していただくよ?」

「ああ、聞いちまったからには全力で守らせていただきますっつうの。つーか守るしかねーじゃんかよなんなんだよお前らはもー……」

まんまと鳥巣の策略にはまった宮地が、ちょうどいい高さにある心井の頭をぐりぐりしつつ、不満そうに舌打ちを鳴らす。

「っつーかマジで敵さんは何考えてんだ、お前らに喧嘩ふっかけるとか大馬鹿だな」

「その敵に、ちーの居場所と、僕がロイってバレたのが発端だと思うんだ。ちーがエンライにいるうちに、僕とトリス先輩とちーを、まとめて独占しようって考えなんだと思う」

「んー? ぴっちーは?」

宮地の頭にしがみついたままの千風が聞くのに、心井が答える。

「ヒシカの存在はバレてないのか、それとも欲しがってないか……そのあたりはまだ分かんないけど」

「あんだよ、まだいんのか?」と宮地。

「お前に頼みたいのはそっちの保護だ」と鳥巣がうなずき、

「保護ぉ? いい加減にしろよ鳥の旦那、俺ぁ前線で戦うほうが性にあって」

「大丈夫、適役だよ」

「はぁ?」


***


『――そう、そこだ』

鳥巣の指示と同時、目の前でタイミング良く開いた扉に、宮地が転がり込む。

「わ……!」

室内から、驚いたような軽い声。勢い良く顔を上げた宮地は、その人を見るなり、ぴゅうと口笛を短く鳴らして――

「なぁるほど? 絶好の配役だな」

「わわっ」

その細い体を、ひょいと片手で造作もなく抱き上げる。

「ひゃ……っ!」

いきなり抱き上げられた少女――菱架が上ずった声をあげる。

『……おい、まさか変なとこ触ってないだろうね』

無線から、鳥巣の低い声。

「まっさかぁ」

からっと笑う宮地が、少女を落ち着かせるようにその背中をぽんぽんと叩き。

「しっかし、鳥の旦那よ。嬢ちゃん一人にしてこんなとこまで連れ出すとは、ちっと無用心すぎるんじゃねぇの?」

すぐそばにある宮地の険しい表情に、菱架がびくりと全身をすくませる。責めるような言葉にも、端末からは鳥巣の平然とした返答が届く。

『なにをとぼけたことを。それなりに防御の術は心得てるし――ヒシカなら、お前の手元ほど安全な場所もないだろう?』

「あらまぁ、よーく分かってるじゃねぇの」

『この場に限っては頼りにしてるよ、節操なしのフェミニスト。お前の実力、せいぜい遺憾なく発揮してくれ』

鳥巣の暴言と上から目線の指示にも気を害した風もなく、宮地は目の前の少女を眺め、機嫌よさそうに相好を崩し。

「役得だな、安心してお任せあれ依頼主(クライアント)、俺が来たからには傷ひとつつけさせやしねぇよ」

宮地は鼻唄混じりにずれたヘルメットを直してやり、それから。

「はー、やっぱおなごの尻はやらけぇなー」

「わうううう」

真っ赤な顔でうろたえる菱架。にわかに鳥巣の低い声。

『……性的暴行という言葉を知っているか若造』

「へーへー、わぁってるよ。――おい、」

宮地の一言で男たちが俊敏に動き、宮地と菱架を中心にぐるりと取り囲むような陣形を作る。全方位に向けられる銃口。

『これで……宮地以下、砂の主要戦力を確保、だ』

鳥巣の満足そうなつぶやきを聞きつけた宮地が、嫌そうな顔をしてから、それでも不満を飲み込んで。

「で? このあとは適当にずらかっていいのか?」

『いや、あとの道案内はヒシカが』

切るよ、と軽い声が聞こえて、ぶつ、と途切れる音。

「んとに切りやがった。こんなとこで何の案内もなく……」

鼻白む宮地の前、

「ちょ、ちょっと待ってね」少女は手元のコントローラーのようなものをかちゃかちゃといじっているところで。「あ、いたいた。あのね、一つ下の階まで降りたいです」

「あいよ。たしか、階段とスロープがあったな?」

宮地が背中側の男に聞くなり、すぐさま左右からの応答。

「階段50!」

「スロープに30!」

「スロープ行くぞ」

と宮地が歩き出す。

「うす」

簡潔なやりとりで機敏に動く男たちを、菱架の両目が興味深そうに見つめる。

「いたぞ!」

ばたばたと駆け寄ってくる者たちとの間で、瞬く間に始まる銃撃戦。

流れ弾に撃ち抜かれた天井の水銀燈が、騒々しい物音を立てて破片を散らす。

鉄扉を蹴り開けた部下に続いて、薄暗い空間に足を踏み入れた宮地が「こっちも駐車場か」と呟く。

手前に停まる乗用車の影にしゃがみこんでいた一人が、手振りでスロープの方向を指さす。駐車場を横切るルートを把握して、周囲の数人がうなずき、

「30秒ください、手近なの盗ってきます」

一人が短く言って、車の影から出る。

数台の車が向かってくる音がして、数発の発砲音。

直後、がちゃんと何かが壊れる大きな音。

車の影にしゃがみこんだままの菱架の肩が震える。

「大丈夫よ、あいつ元・当たり屋(プロ)

へらりと笑ってみせる宮地の後ろから、

「その前は区域外の教習所で教えてたらしいすよ」

一人が補足し、

「更にその前はカースタント志望だったとか」

別の一人が言う。

何回か衝撃音がして、数秒後、車の向こうから涼しげな声。

「宮地さん、数台確保しました」

「はいよ」

宮地が少女の手を引いて立ち上がるなり、そのすぐ目の前に、ボンネットの凹んだ車が停まる。宮地がドアを開けて菱架を乗せた。

「伏せてな」

「う、うん」

言われた通りに背を丸めた菱架の上に、宮地が上着をかぶせる。

先にスロープに向かった数台が、上ってこようとする敵車両に車体をぶつけて進路を切り開く。その間を抜けて、宮地と菱架の乗る車両がスロープを一気に降り――まばゆいばかりのヘッドライトが、サーチライトのように車両を照らした。


いきなり死角から飛び出してきたのは――真新しい大型牽引車。


「うっわ!」

運転手が焦った声を出してハンドルを切り、

「あ、ごめんね、大丈夫」

上着の下から少女が言うなり、衝突寸前の位置で、大型車はピタリと停まった。

「自動運転だから、ぶつからないよ」

僅かに上体を起こした少女が手元のコントローラーを操作するなり、目の前の大型車のドアが開く。

「おにーさんたちは、後ろに乗ってもらえますか?」

続いて、後ろに繋がれている大型コンテナの扉が、がぱ、と開く。

「よし、これに乗り替えりゃいんだな?」

ドアを開けながら宮地が聞き、

「うん」

下り立った菱架が笑顔でうなずく。

ちぃん、と弾丸の跳ねる金属音。

「うわわわ」

背後からの銃声にあわあわしながら、少女が座席によじ登る。その後ろから乗り込んだ宮地は、てっきり運転手がいるのだろうと思っていた位置に、先ほどの少女がちょこんと収まっているのを見て。

「ん? ……左ハンドル?」

「あ、うん、輸入車だよ。全員乗った? 後ろ閉めるよ、発車しまーす」

てきぱきと言いながら計器をチェックし、シートベルトを締め、ハンドルを握る菱架。片手はシフトレバーを掴む。

助手席の宮地が呆然と言う。

「……おじょーちゃん、まさかこれ運転すんの?」

「ん? うん!」

車体がひときわ大きなエンジン音を鳴らした。車が動き出す。

菱架の手が、運転席の大きさと不釣り合いな乗用車サイズのハンドルを滑らかに回す。

「危ないよー轢いちゃうよー」と菱架。

「轢いちまえ轢いちまえ」と宮地。

眼前に立ちはだかろうとした男たちが、大型牽引車にぎょっとなって蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

『うん、あとはそのトラックを死守』

唐突に、いつのまにか繋がっていた無線から、鳥巣の声。

「はいよ」

宮地は快適なシートの上で伸びをして。

「しっかし、せっかく協力してやるっつってる俺を後陣に据えるたぁ、鳥の旦那もイイ度胸してやがんな」

ダッシュボードに泥まみれの両足をのっけて、シガーソケットに親指でライターを押し込む。

運転席でなにやらやっていた少女が、いきなりハンドルから手を離して、助手席をくるりと振り向く。宮地がぎょっとなる。

「おい、運転……」

「自動運転なの」

「……そういやさっきも勝手に走ってきたな」

ふふ、と笑った少女が、深々と頭を下げる。

「改めまして、はじめまして、宮地さん。技師の菱架と申します。どうぞよろしく。助けてくれて、ありがとうございました」

「はいよヨロシク。ご丁寧にどーも。砂の宮地だ、鳥の旦那に嫌気が差したらいつでも俺んとこ来いな」

「あはは、ありがとうございます」

ころころと笑う少女に、「いや冗談で言ったんじゃねぇけど」とつぶやいた宮地が、眉間にシワを寄せて少女の顔を見つめ。

「しっかし……どうやって一人でここまで?」

「近くでお仕事あったから、その納品した帰り。――はい、どうぞ」

差し出された飲料のカップを反射的に受け取り、一気に飲み干す。

「近くでって……ここ闇市窟(アキバ)だぞ?」

菱架も、運転席側のドリンクホルダーから同じ模様の紙カップを取って、飲んで、ふうと息をついて、

「うん、マーケットに出すんだって」

飲みかけの拿鐵(ラテ)をホルダーにすとんと戻す。

「そいや、俺の部下(うしろ)はどーなってんの?」

「見ていいですよ、そこに窓」

振り向いた宮地の手が、コンテナに溶接された場違いなアルミサッシをからりと開けて。

「お前ら無事? ……って、なんじゃこりゃあ」

山と積まれた武器類の中央に鎮座するのは、ゆったりとした応接セット。すっかりくつろいでいた部下たちが宮地を見るなり背筋を伸ばす。

「あっ、そこにあるお茶とおやつ、どうぞー。今日のおやつは私特製、レモンタルトですっ」

バックミラー経由で微笑む菱架の言葉に、宮地の目がぎらりと光る。

「二切れ残しとけな。嬢ちゃんと俺の分」

「うす」

部下たちが神妙にうなずく。


***


「あれは、保護対象さえ与えとけば、むやみに特攻しなくなるからね」

訳知り顔の鳥巣が言うのに、

「なるほど」

心井がうなずく。

「よりによってヒシカを差し出す羽目になったのは、個人的には非常に不愉快だが」

「あはは、嫉妬だ」

話し込む二人から少し離れた位置にいた千風が、鳥巣を呼ぶ。

「ちっぴ、あれは?」

「ああ、あれは味方。その奥のは敵」

「ん」

短く答えた千風が、のぞきこんでいる狙撃銃の引き金を引く。

「先に手前の火器部隊を片付けて。それから東側の斥候を」

「あれは?」

「監視役が居るから後でいい」

「ん、あとじぶんでやる」

「そうかい。では三分後に移動しよう」

「ん」

千風とのやりとりを終えた鳥巣は、地べたにどっかりと座り込んで、端末を取り出してどこかへと指示を飛ばす。

入れ替わりに別の男が千風に近寄り、

「おい、追加の銃弾持ってきた……って、おい、あそこ撃ち漏らしてんぞ千風さん」

珍しいな、と男が驚いたように言うのに、

「んーん、あのひとはね、いいひと!」と千風。

「いいひと?」

「あ、ほんとだ、寝返った」

すぐ横で別の狙撃銃を構えていた青年が呟く。

三人の視線の先で、一人だけぼんやりと突っ立っていた男が、またたく間に周囲の人間をなぎ倒すと、こちらを見上げて親指を立てる。

「……千風さんの送りこんだスパイ?」

「んーん、ゆきちゃんの部下のひと。ちーのおともだち。さっき、ちっぴが交渉したの!」

「まじか」

通話を終えた鳥巣が顔をあげると、ちょうど、背広姿の男が大きめのスーツケースを転がしてきたところで。

「失礼しますトリス様。ヒシカ様から受け取ってまいりました」

「待ってたよ」

鳥巣は男の前に座り込んで両足を投げ出す。がちゃん、とスーツケースが開く音に、目を輝かせた千風が寄ってくる。

「ちっぴ、へんしーん!」

「今日限りの特別仕様だ」

ズボンをまくって義足を外す鳥巣の頭に、ぽすんと自分の頭を乗せる千風。嬉々として仕様を語る鳥巣の言葉を聞きつつ、義足交換の様子をわくわくと眺め、

「ふーう!」と千風。

「フーウ!」と鳥巣。

二人は顔を見合わせて、けたけた笑う。

そうしてひとしきり笑ったあと、

「よし、完成。みんな移動するよ」

腕時計を見て、鳥巣がゆっくりと立ち上がる。

荷物をまとめはじめる全員に向かって、それから、と参謀役のはずの男は片手を挙げて言った。

「しばし、先陣切らせてもらってもいいかい?」


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