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44.摩天の狙撃手、急襲(後編)


少し戻って――千風が鉾良にたどり着く、数分前のこと。


「さてと。そろそろ救援要請が発令されるころかな?」

準備の手を休めることなく、鳥巣が歌うように呟く。

「しかし、まさか千風さん専用機が、ああも早く出てくるとは思わなかったなぁ」

苦笑する鳥巣に、無線越しの千風の笑い声。

『うふふ、しゃちょーのひと、ちーのおともだち!』

治安部隊へ強襲を仕掛ける前、武器入手のため、鳥巣はあらかじめマークしてあったとある企業に秘密裏に声をかけた。今のところ、どこのロウシンとも単なる売買契約以上の繋がりを持っておらず区域内ではまったく目立たないが、区域内で得た収入によって面白い着想の新兵器を次々に開発し、積極的にロマに売り出している、新進気鋭の大手武器会社だ。

先ほど千風が使った遠隔狙撃装置はすべて、そこから買い付けたものだ。世界最高峰の射程距離を誇るその装置の受け渡しと微調整の際、高額な売買契約の礼にとじきじきに社内の試射室に現れた武器会社社長が、千風を見るなり「おや」と驚いたように動きを止め、にんまり笑った千風が「こんにち、は!」と親しげに両手を挙げたのには、さすがの鳥巣も驚いた。

「どこのロウシンもノーマークだってことまでは把握していたんだけれど、まさか、千風さんに先を越されていたとはね」

『ちー、ちっぴーより、じょーほーやさん!』

無邪気に笑う千風の声に混じり、ばらららっという発砲音と破壊音と悲鳴が鳥巣の耳に届く。

最新鋭の、形状も構造も見慣れない巨大な狙撃銃を見るなり一言「ちー、これつかえる!」と言ってのけた少女が、試射室で実際に完全に使いこなせてみせたのに大人たちは大いに驚いた。社長と研究員たちがしきりに実践データを取りたがったが、鳥巣は攻撃相手が治安部隊であることを明かしてしぶしぶ下がらせた。それから、社長は前回来訪時に千風のデータを取っていた研究員を集めて、半日ほどかかると見込んでいた千風専用のセットアップをものの数時間で終わらせ、「またのご利用をお待ちしています」と胡散臭いぐらい丁寧な礼をして二人を送り出した。

そんなわけで、予定より時間をかけて入念に準備できた状態で臨めている。戦況は悪くない。

鳥巣は一度千風との通信を切って、端末を取り出して耳に当てる。

相手が出るなり、余計な口上は省いて用件を言う。

「もしもし、鳥巣だ。じき、そちらに治安部隊からの救援要請が届くだろうけど、千風さんの機嫌を損ねたくなければ、治安部隊側には加担しないことをオススメするよ」

『……………………何だと?』

相手は驚きのあまり数秒絶句した。

『まさか、治安部隊と天祭がぶつかっているのか? おい、どういう状況だトリス、詳しく――』

「詳しくは情報料をいただいてからだね。まぁ、そうでなくても明日にはそこらじゅうで大騒ぎだろうけど」

あくまでも冷静に答える情報屋に、ふぅと自らを制すように息を吐いた男が、努めて低い声で言う。

『天祭は何を考えている、区域中に存在をバラすつもりか?』

「ああ。千風さんが、ことを決めた」

『……お前の差し金かトリス。ふざけるなよ、アイツは――』

「千風さん本人の希望だ」

鳥巣は淀みなく答えた。

『だが、策謀はお前だろう?』

「私もねぇ、いい加減、あの子を守るのに疲れたというかね。あの子はもっと好きに生きたらいい。それができる実力者だ。だろう? 余計な騒動を避けるために彼女を世間から隠す、なんていうのは――庇護を名目として振りかざしただけの、ただの大人気(おとなげ)ない独占欲だ。だろう? まぁ、千風さんならそんなことはないだろうが、そういう魂胆が、いずれ大きくなった千風さんにバレたとき、彼女の怒りを買わないという保障はないしね」

べらべらと語る鳥巣の言葉に、通話の相手は思案するように押し黙る。

鳥巣は薄く笑んで、「まぁ存分に検討してくれたまえ」と最後に言って通話を切る。それから、似たような通話をいくつか繰り返して、千風を知らない者にはただ鳥巣からの忠告とだけ言って諌め、役目を終えた端末をぽいと放り出す。

手元の黒い箱が、ちかちかと緑色の光を発した。

「お、来たか」

数年前のちょっとした案件で仕込んでおいた旧式の盗聴器がようやく起動したのを見つけ、その箱から黒いコードを引き伸ばす。頭に装着してあるヘッドセットに接続するなり、ざーざーというノイズに混じり、混乱しきった治安部隊東基地内の状況を伝えてくる。

『隊長、……への要請ですが……こ、断われたそうです』

焦ったような声。

『どういうことだ』

『わ、分かりません』

『ちくしょう、何者だ』

『おい、確か脅迫文があったはずだ! 探して持ってこい!』

『は、はい!』

ばたばたと駆け出していく足音。すぐに戻ってきて、がさごそという紙のこすれるような音が聞こえてくる。

『何者だ、この、天祭……とやらは』

隊員の口からその名がこぼれたことに、鳥巣は人知れず口角を上げた。


***


「組長、治安部隊からお電話です。緊急要請とのことです」

間近から聞こえた秘書の声に、顔を上げずに答える鬼藤。

「繋げ」

「かしこまりました。どうぞ」

『鬼藤組長。今しがた、東基地にて緊急支援要請を発令しました。なにとぞ応答願います』

「ふむ。相手はどこだ」

『は、それが……』

お役所仕事の硬質かつ明快な受け答えが常の治安部隊にしては珍しく言いよどむ返答に、鬼藤は(厄介な案件か)と内心でため息をつき、最近衝突したロウシンをいくつか思い出して目星をつけつつ、威圧じみた口調で先を促す。

『し、失礼いたしました。その……拘留中の東のエンライ「鉾」の解放を要求する、謎の狙撃手部隊でして』

萎縮しきってあわてて答える電話口の言葉に、鬼藤はふと眉を寄せる。

「鉾の、狙撃手だと?」

『は、はい。大変申し訳ありません、本来ならばこの程度のエンライのいさかい、私どもで片付けるべきなのですが……』

隊員からの、言い訳を含んで混乱しきった状況報告を聞き流しつつ、防弾ガラスが三重にはめ込まれた目の前の窓をじっと眺めて思案顔を浮かべる鬼藤。そのすぐ傍らに、いかなる指示にも即座に対応できるよう、秘書の男が黙って控えている。

老人は、おもむろに口を開いた。

「……おい」

『は、はい』

「そいつは、名乗ったか?」

『ええはい、脅迫状が届いております。その……天祭、千風――と』


くっ、と電話越しに空気の音。


――それが、鬼藤が笑いを噛み殺した音であると、隊員と秘書が理解するのに、数秒を要した。

「そうか。名乗ったか。厄介な者を敵に回したな。あれ(・・)がお前らに名乗りをあげた――つまり、世間に台頭することを決めたのなら、私に否やをいう権利などない」

『え、あの……』

「警告しておいてやる。ロウシンでないからとためらっていないで、件の狙撃手部隊と、早急に契約締結の用意を。でなければ――被害は甚大だぞ、東基地の壊滅は免れん。下手をすれば他基地も周辺市街地も、だ」

鬼藤が物騒な警告を言い終わらないうちに、電話口で言い合う声が聞こえて、

『――失礼。部下が大変失礼を致しました。鬼藤殿、あの狙撃手をご存知で?』

別の声が息せき切って鬼藤に問う。現場の最高責任者の男だな、と鬼藤は顔見知りの男の顔を思い浮かべる。

「ああ。あれはな、お前らにだけは知られたくないと、いがみあう古参ロウシンどもが唯一結託してひた隠しにしてきた、べらぼうな戦力だ」

『……本当、ですか』

「にわかに信じられなくても無理はないがな」

軽くうなずいた鬼藤は、テーブルに放置していた燃えさしの葉巻を手に取り、くつくつと笑う。

「良かったな、交渉の余地を残してもらえて(・・・・・・・)。あいつが問答無用で砲撃してきたら、お前らの基地など何も分からぬまま数秒以内に確実に解体されているぞ。下手な古参のロウシンが激昂に任せて突撃してくるよりも確実に、な」

『……なんと……』

「あの『天祭』と和平的な契約を結べることを、むしろ誇ったほうがいい。あれはな、ロウシンやらエンライやら、お前ら治安部隊などと違って、何のしがらみもない、ただの個人であるがゆえに――最も自由で、凶悪だ」

わああ、と電話の向こうで喧騒が大きくなり、あわただしい足音と報告の声が飛び交う。

「どこのロウシンの企てかは知らんが、それだけの損壊を受けてまで、ただのエンライを拘留するなど――割りに合わないのではないか?」

図星を指されてぐっと押し黙る男。詰みだな、と白けた目をした鬼藤が次の用件のために席を立ち、秘書が開けている扉に向かいながら、最後に言う。

「強者同士の揉め事には、お前ら治安部隊は不干渉、のスタンスだろう? ――今回も、それを貫けよ」


***


治安部隊、東基地。

最奥にある白い部屋。


中央のカウチに座る黒服の男が、組んだ指の間から、鋭い目を報告担当の部下へと向ける。

「――本当に、主要勢力には全て、通達を出したんだな?」

目の前のローテーブルには、通常の要請時よりも明らかに少ない、援軍の数が書き連ねられている。

「は、はい。連絡はとれたのですが、相手が天祭 千風と聞くなり、示し合わせたかのように要請を拒否されまして」

「何なんだまったく。ああ、情報提供者(彼ら)は何と言ってる。通話は繋がったか?」

「は、はい。数分前に連絡がありました」

「増援の手筈は?」

「そ、それが……」だらだらと冷や汗を流しながら、それでも職務に忠実な伝令の男は、淀みなく返答を告げた。「予告を見逃したのはこちらの過失だと。事前に相談があったのならば、鉾の速やかな解放を指示しただろうと。こうなってしまったからには、『天祭』の存在が区域全域に台頭するのは確実、今から治安部隊に増援を送ったところで、わざわざ治安部隊と結託しこれを仕掛けた犯人ですと自らバラしに行くようなもの、したがって増援はしない――と」

カウチに座る男の表情がどんどん険しくなっていき、ついには激昂してドンと机を叩いた。

「――ふざけるな!!! 何のための契約だ!! 契約違反だぞ!」

どう聞いても詭弁だ、ただ戦力を渡せばいいだけの契約で、事前の状況相談など義務にない。

「そもそも、『天祭』の存在を俺らに対してひた隠していたのは、ほかでもないお前らだろう?! お前らがノーマークにさせた(・・・)相手を、どう見つけてどう報告しろというんだ!!」

ぜぇ、と荒い息を吐く男。

それともまさか、こうなることも情報提供者(彼ら)作戦のうちだったというのか。治安部隊との契約を反故にして、今後の区域内での生活を不自由にしたとしても、手に入れたい存在だとでも言うのか。

「意味がわからん。ロウシンでもない、エンライですらない。ただの人間、一人だろ……?」

呟く男の頬からあごに、ひやりと汗の粒が伝う。


***


話は戻って――治安部隊の東基地内、拘置所前。


自分が不在の間に、鉾の者たちが結託して治安部隊を襲撃した――

その事態の意味するところに気がついて、ただでさえ顔色の良くない鉾良の顔面が、ざあっと蒼白になる。

「だ、だめだ、お前ら何してる?! 治安部隊に楯突いて……いいか、今すぐに降伏するんだ、でないと――」

『黙ってただ鉾の壊滅を待つというのか。酔狂なリーダーだ』

千風がぽいと投げてよこした端末から、そんな落ち着き払った声がした。

「………………鳥巣、さん?」

『やぁ、遅くなって悪かったね。四肢と内臓は無事かい? 鉾に起きた状況はだいたい把握している。私が、この作戦の参謀だ』

鉄格子の前の千風が、ふと何かに気づいたように顔を上げ、

「いたぞ! 撃て!!」

階段から駆け込んでくる紫紺の軍団にすばやく銃口を向ける。

――ぱぱぱん!

「うぐっ」

「ぐあああ!」

折り重なるようにして崩れ落ち、階段を転がり落ちる男たち。

『と、いう訳で、千風さんはお忙しいことだし、この作戦に何か懸念があるのなら私に言うように』

鉾良はぎゅう、と力をこめて端末を握り締める。

「……何故、このような真似を」

『インパクトだ。お宅を生きたまま回収しつつ、最も簡便かつ効率的に、千風さんの強さと意志を区域中に周知させられる方法がこれだった』

「……ちーの意志?」

『そうとも。『天祭』は誰の下にもつかないと。それと、金輪際、鉾に手を出すなと。さもなくば『天祭』が黙っていないぞ、という――『天祭』を独占したがる、すべてのロウシンに向けた、宣戦布告だ』

「おーい、ちー!」

聞きなれた声と、どたどたと足音が響く。まるで屋敷にいるようだ、と疲弊しきった頭で、鉾良は一瞬の錯覚に陥る。

「ここだよー!」

「聞いて驚け、基地総帥殿のお出ましだ!」

紫紺の制服をかっちりと身にまとった壮年の男性は、目の前にたたずむ小さな姿に、とても驚いたような顔をして。

「貴女が……天祭 千風か」

「ん!」

間髪いれずにコクリとうなずく幼い少女に、基地総帥は面食らって、少々ためらってから。

「要求のとおり、鉾良の身柄は解放する」

はっと息を呑む鉾良。壁際で待機する男たちがにやりと笑う。

「ん」

拘置所の鍵を持った総帥の部下が鉄格子に近づくのをじっと見つつ、千風がインカムに告げる。

「こーげき、やめー」

その指示で、周囲から聞こえていた発砲音と轟音と爆音が、すっと途絶える。基地総帥は、本物なのか、と少女をまじまじと見てから。

「それから――我々との契約を、お願いしたいのだが」

「いいよー!」

左手で拳銃を持ったまま、待ってましたとばかりに右手でペンを取り出す。秘書らしき女性が進み出て、さっと黒革製の用箋挟(バインダー)を差し出すのに無邪気に飛びついて。

「あ、りーだー、ちっぴーのおでんわ貸して」

「フューリ、」

「あ、はい」

投げられた端末を危なげなくキャッチした冬瓜がそれを千風に渡し、

「はい、ちっぴ」

千風がテレビ電話モードに切り替えて、カメラ部分を書面に向ける。

『……うん、この内容で問題ない。署名してくれるかな、千風さん』

「ん! ここ?」

「ええ」

秘書の女性がうなずく。署名欄に近づいたペン先が接地直前でぴたりと止まり、うう、と数秒うめいたあと、ちょっと赤い顔をして。

「ひ、ひらがなでもいい、ですかっ」

「え、ええ」

うんうん言いながら千風が懸命に自分の名前を書くのを、大人たち皆で見守り、

『書けたかい、千風さん』

「ん! ばっちしだぜ」

電話の向こうに、鳥巣の、嬉しそうな笑い声。


『さて、行こうか』


鉾良の目の前で――ぎいぃ、と鉄格子の扉が開く。


***


――天祭、台頭。


二人(・・)の情報屋が意図的に拡散した、そのセンセーショナルな一報は、瞬く間に区域中を駆け巡った。


「――はは、面白い」

ある者はただ楽しげに笑い、

「ついに出てきたか。待ちくたびれたぜ、天祭」

ある者は斥候(せっこう)担当の部下に警戒の指示を出し、

「……なんだと? 無名の狙撃手が治安部隊に喧嘩を売り、個人で契約にまでこぎつけた? なんだ、それは」

天祭を知らないある者は、その嘘のような話をにわかには信じられず三回ほど部下に報告を繰り返させ、

「ソイツがもっと暴れて……そうだな、少なくとも世界軍が出てくるのに10万」

「はは、じゃあオレは反対に、そいつがどっかのロウシンに潰されるのに20万」

エンライやチンピラたちは、降って湧いた面白すぎる酒の肴にわいわいと盛り上がり、

「まさかの第14次区域大戦(ASWXIV)、勃発かー?」

「ま、そいつ次第だろ」

そして大半が、黙ってこの戦いを見届けることを決めた。


これが、天祭から区域に住む全員への、宣戦布告の合図。

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