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41.暗雲と凶弾

キャラ死にます。自傷描写あります。注意。

以降、重めのシリアス展開が続きますので、苦手な方はエピローグまで飛ばしてください。


青空の下、小さめのライフルケースをかついだ少女が、たかたかと坂を上ってくる。

見張り当番の二人に元気良く挨拶をしてから鉾の敷地に入り、一度立ち止まって両足を揃える。そのまま両足跳びで飛び石をぴょんぴょんと進み、玄関脇に立っていた見張りの二人に玄関扉を開けてもらい、

「ただい――」

満面の笑みで言いかけた声は、ひとつの銃声に途切れた。

千風は条件反射のように身をかがめ、すぐ横にあった傘立ての裏にしゃがみこむ。

そして、

「こ……」

目の前で――まるでスローモーションのように、格子の身体が倒れる。声もなく。

少女は息を呑む。

どさり、とひどく鈍い音が、千風のすぐ目の前で鳴った。

「こ……こーし!」

窓ガラスが一斉に割れる派手な音。さらにいくつかの銃声。屋外の見張りの苦悶の声。

「どうした?! 格子!」

近くの部屋の中から鉾良の大声。廊下の先から「なんだ」「どうした」という男たちの声とともに、ばたばたといくつもの足音が近づいてくる。

「だめ! 来ちゃだめ!! そげき! ふせ!」

床に張り付かんばかりに身を低くしたまま、手元のライフルケースを手早く開けた千風が、全力で叫んだ。

が。

「が……!」

「うわ!!」

さらに数回の発砲音が鳴り、不用意に飛び出した数人の悲鳴が上がった。次々と廊下に崩れ落ちる。

千風の言葉と状況とを真っ先に理解した鉾良が、玄関から数(メートル)離れた柱の影に反射的にしゃがみこみ、鋭い声で指示を飛ばす。

「狙撃だ! うかつに動くな、全員伏せてろ!!」

動ける者が負傷した仲間を引きずって、皆が物陰に隠れる。

鉾良はジャケットの下から拳銃を取り出しつつ、顔をゆがめて、すぐ目の前で倒れている数人の部下たちを見る。容態は分からない。

「おい、格子!」

鉾良の呼びかけにも、腹心の部下の、伏せた身体はピクリとも動かない。そしてその奥、傘立てに隠れるようにして、ライフルを抱えて真っ青な顔をしている千風が見えて――鉾良はぎりっと奥歯を噛みしめた。

「くっそ、どこから撃ってる?」

鉾良のすぐ後ろに控えていた陣区が急いたようにつぶやくのを聞いて、逆に冷静になった鉾良が、一呼吸おいてから答える。

「見えないところから、だ。無駄死にするなよ」

「っつったって、このまま居ろっつうことですか?」

「ジンク」

「すんません」

「ちー、」鉾良は努めて優しい声を作って、そっと言う。「状況、なにか分かるか?」

西側の割れた窓をじっと見ていた千風が振り向いて、鉾良を見たあと、格子をじっと見て、

「ん」

コクン、とひとつうなずくと。

「え、おい、」

驚く鉾良の前ですっくと立ち上がり、割れた窓に向かって一気に駆け出す。

「ち、千風!!」

鉾良とその後ろにいた何人かが焦って叫ぶ。小さなスニーカーがガラスの破片を踏み鳴らす。

千風の左手がしゃっとカーテンを引いた。薄暗くなった部屋と廊下に千風の声が飛ぶ。

「こーしたち、運んで! 窓のないとこ!」

立ち上がろうとした鉾良の肩を、陣区が押さえて言う。

「俺いきます。リーダーは先にあっちへ」

そう言いおいて、俊敏に格子に駆け寄った陣区がその身体を抱え上げた。即座に身を翻し、鉾良が開けた奥の部屋に飛び込む。同様に負傷者を抱えた数人が続く。

「おい、ちー」

「ん」

割れた窓のすぐ横にある柱に隠れるようにしてライフルを外に向けていた千風が、室内の様子をちらりと一瞬だけ見て、追加射撃のない窓からゆっくりと後じさるようにして、みなのいるところに近づいてくる。

部屋に入った千風の背後で、ぱたんと扉が閉まる。

「フューリとちー。扉側の警戒を頼む」

「ん」

鉾良の指示にうなずいた千風は、くるりと振り返って扉の前にすとんと座り込む。

「はい」

その横に、同じように冬瓜も座った。

鉾良は同様に残る三方にも数人ずつ見張りを配置したあとで、部屋の中央で格子を下ろした陣区に目を向けた。手近なクッションカバーを引き裂いて包帯代わりにと駆け寄った一人が、陣区の手のひらをべったりとぬらしている鮮血に気づいてぎょっとなる。

「お、おい、ジンク……」

血色の失せた格子の首筋と手首に手を当てた陣区が、苦渋の表情で首を振り、

「……だめだ、これ……即死だよ」

震える声で、ごく小さく呟いた。

背中越しに聞こえるそのやりとりに、冬瓜は思わず隣の少女を見た。

「ちー……」

たぶん、おそらく――千風がさっきから動揺しまくっているのは、これだ。たぶん、襲撃時、千風がしゃがみこんだ位置からは、はっきり見えていた。だから。

少女はうつむいて小さく呟いた。

「……おでかけしてて、ごめんなさい」

「いや、それは……違うだろ、こんなん誰も」

うろたえる冬瓜をさえぎるように、なにかを振り切るように、千風が少し大きめの声で言った。

「じんくん、こーしの弾、出せる?」

「え?」

「撃てる銃、少ないよ。ちーの知ってるのだったら、弾で分かるよ」

少し離れた位置に立っている森洲が首をかしげる。

「なんで希少な銃だって分かったの、ちー」

「だって、すごい遠い音、した」

きっぱりと答える千風に、「そうか」とうなずく鉾良。

うろたえる陣区のすぐ後ろに座っていた一人が、右腕を押さえながら言った。

「なぁ、それって俺のでもいいか、ちー」

「え」

陣区が振り返る前、かちん、と男の手元で音がして、赤い柄から飛び出した折りたたみナイフの刃先がぎらりと光る。男はそれを――先ほど迂闊にも飛び出して撃たれた自身の腕に、何の躊躇もなく突き立てた。

「……っ!」

くぐもった声をあげ、額に脂汗を浮かべる。

「お、おい、」

青ざめた仲間が寄ってくるのを、

「いー、から」

迷惑そうな顔で追い払い。

ころん、と転がった血まみれの金属片を、寄ってきた森洲が拾い上げて、そこらへんに落ちていた整備用のウエスでごしごしと磨き、

「はい」

歩いていって千風に手渡す。

「ん」

千風は礼もそこそこに、受け取るなり銃弾をじっと見つめる。

「おいおい、無茶するなぁ」

その様子を眺めながら、陣区がすぐ後ろの男につぶやく。

「さすがに格子さんの死体これ以上傷つけるのは、な」

肩をすくめて気の毒そうに呟いた男を、

「信心深いねぇ」

呆れたように言って、包帯代わりの布を持って「腕を出せ」と男に向き直る。

一方の千風は、銃弾を室内灯に掲げるようにして見つめ、線条痕(せんじょうこん)を指先でなぞり、すっと表情を曇らせる。

「これ……たぶん――持ってるの、ロウシンのひとだけ」

「え」

ざわめく周囲。千風が続ける。

「これ、区域で売ってない。ちょくゆにゅー、っていうの、するんだって、おとーさんが」

「……直輸入? まさか、ロマから?」

突然のでかい規模の話に驚く隣の冬瓜に、コクリとうなずく千風。

鉾良が息を吐いて腕を組む。

「なるほど。そりゃ、そこらのエンライには無理だな」

「だからって、ロウシン? 嘘だろ。まさか、なんで」

動揺する皆の声がざわめく中、ひゅっ、と息を吸う音が聞こえたかと思うと、

「ち……ちーの、せい!!!」

顔を真っ赤にして床をにらみつけ、癇癪を起こしたように少女は叫んだ。

「え、は?」

ざわめきが一層大きくなる。

泣きそうな顔の千風が、ぎゅうと腕の中の銃器を握り締める。

「ロウシンが狙うの、ちーがいるから。だから……」


――がつん、と。


鉾良が銃底で床を叩いた音が、響いた。


一瞬静まった空間に、鉾良が口を開く。

「まだそうと決まったわけじゃない。真っ先に格子が狙って撃たれたんだから、格子個人の怨恨という線もありうる。それに、仮にちーに関わる騒動だったとして、そもそも、ちーを鉾に勧誘したのは俺だ。いいか、こういうことに誰のせいもない。――ちー、お前だけのせいということは、絶対にない」

眉間に深いしわを刻んだ鉾良が、きっぱりと言った。

う、と千風が小さく、泣きそうな声でうめいた。

鉾良がゆっくりと歩み寄ってきて、千風の前にひざをつく。抱えているライフルごと少女を引き寄せ、しっかりと抱きしめる。

「それに、仲間だ。そうだろ」

「……うん」

千風は、さんざんためらったあとで、コクリと小さくうなずいた。

鶴の一声で落ち着きを取り戻した室内を見て、ふう、と冬瓜は息を吐く。これだけの切迫した状況で自分のせいだと言い切れる、幼い少女の横顔を見つめて、冬瓜の手が手元の銃のグリップを強く握り締める。

「ちー。どのロウシンかは、分からないんだな?」

部屋の中央に戻った鉾良が聞く。

「……ん」

落ち込んだ様子で答える千風にとりなすようにひらりと手を振り、

「いや、十分だ。――まずは状況確認だな」

鉾良は部下をうながす。数人からの報告の声を聞きつつ、千風は服の下からごそごそと端末を取り出した。

「……みゃじ? あのね、今ね!」

一連の説明を聞いた宮地が気のない返事をして、

『はぁ、やーだよ。何で俺が鉾の手助けなんてしなきゃならーんの。そうねぇ、あんましヤバかったら頃合見計らって逃げてこいよ?』

「あ、」

ぷつりと通話が切れる。千風は、むむう、と頬を膨らませ、再び端末を耳に当てる。

今度は数分じっとしたあと、落胆した様子で端末を下ろす。

「ちっぴ……」

気を取り直して次にかける。

「あ、あの、ゆきちゃんいますかっ」

『申し訳ありません、千風さま。鬼藤は只今所用にて席を外しております。ご用件がございましたら私がお伝えしておきますが』

「あ、う……」

八割ほど理解のできない言葉を並べ立てられて、千風はおろおろと視線をさまよわせ。

「ちー、俺代わろうか……あ」

気を遣った冬瓜が手を伸ばす寸前、

「ううう、またかけますっ」

「あ」

衝動的に通話を切る千風。あわてて次の番号を押し、

「……ううう」

数分じっとしたあと、落胆した様子で次にかけて、

「……ううう」

数分じっとしたあと、登録されている連絡先を一個ずつ指さしては確認して、青ざめた顔で端末を仕舞う。

鉾良の言葉がふと止んだ隙に、拳銃を構えた一人が隣の仲間に聞く。

「なぁ……外にいたやつらは全滅?」

「そう思っとけ」

一人も飛び込んで来ないしな、と悔しそうに歯噛みする。

「そんじゃ――」

鉾良が立ち上がって汗をぬぐい、数人の名を呼んだ。

「お前らは隠し扉と床下、二階、屋上、中庭の窓から外の様子を偵察してこい。いいな、決して見つかるなよ。何か気づいたらすぐに各班に伝達。重要なものは俺に直接言え」

「はいッ」

千風がぴょんと立ち上がって挙手。

「ちーは、えんぐん集める!」

「援軍?」

「ん! ちっぴーと、みゃじと、あと、みんなに手伝ってって、ゆってくる!」

「なるほど、ちーのツテの援軍か、強力だな」

にわかに歓声をあげる数人をよそに、先ほどの千風の通話を聞いていた周囲の数人が、不安げな目を千風に向ける。

どこの後ろ盾もない個人と弱小エンライのために、どこのロウシンが絡んでいるかも分からない事態に首を突っ込んで、協力してくれる者などいないだろうと――その懸念の言葉を、皆が浮かべ、あえて飲み込んだ。

「しかし」鉾良が表情を曇らせる。「ちー、迎えに行くと言ったな、お前は大丈夫か? 一人でかぶる必要はないと言っただろう?」

「あ、じゃあ、俺もちーのほうに行きます。足手まといになるかもしんねーけど」

手を上げた冬瓜に、

「うりちゃん!」

きゃいと歓声を上げた千風がひっつく。

「あとねー、」

冬瓜の腕にひっついたまま、部屋に集った男たちをきょろきょろと見回した千風が、紀水(キスイ)に駆け寄り、その手を引く。

「ちーと来て!」

「え、おれ? あの、リーダー」

戸惑う紀水に、鉾良が目を向けてうなずく。

「着いてけ。――よし、では周囲の状況を把握でき次第、一番手薄のルートを選んで千風たちを突破させる」


***


偵察に行ったはずの男たちが、それから数分もしないうちに慌しく部屋に駆け込んできた。

「どうした」と宇村。

「分かりませんっ、ち、治安部隊が……!」

「なに?」

言いかけた鉾良が立ち上がる前に――廊下からものすごい数の足音が近づいてきて、乱暴に扉を蹴り開けた。

ずらりと並ぶ紫紺の制服。向けられた無数の銃口。じゃきりと撃鉄が上がる。

「鉾良! 殺人および強盗の疑いにより、お前と幹部数名の身柄を拘留する」

先頭に立つ一人の、なじみの治安部隊員が声高に言う。その間にも、次々と駆け込んでくる男たち。

「は……ふざけるな!」

激昂する鉾良。

「今、俺たちは何者かの襲撃を受けている! 被害者はこっちだ!」

焦りを露わに、鉾良は唾を飛ばして叫ぶ。

今、ここを離れたら――

だが、治安部隊に公然と歯向かって逮捕されれば、鉾は事実上解体されることになる。

鉾良が、ぎり、と奥歯を噛みしめる。

「…………おい、タレこんだのは、どこの誰だ」

「有力な情報筋だ。保護法に基づき、通報者の個人情報を開示することはできかね」

ムカつくくらいの定型文に、鉾の男たちが叫ぶ。

「そ、そいつが黒幕だ! 鉾を壊滅されるための企みだ!」

治安部隊たちは一様に鋭い目つきを崩さない。

「……隠す気もないほどあからさまのタイミングだな」

森洲が不機嫌そうに呟くのに、

「どーせ、ちんけなエンライには種が分かったところでどうにもできないと分かってやがんだ、クソが」

近くの一人がが悔しげに吐き捨てる。

騒動から少し離れた位置に立っていた陣区の背中に、目立たない足取りでやってきた千風がさっと隠れた。

「ん、ああ」

治安部隊に千風の存在を知らせるな――鉾良からの指示を思い出した陣区は、何気ない仕草で着ていたシャツを脱ぐと、小さな頭にかぶせてぐるりと巻きつける。

「ちょっと辛抱な」

「ううう」

よたよた動く小さな身体をまっすぐ立たせてやって。

「おい、」

すぐ横にいた後輩をこっそりと呼びつけて指示を出す。

「はい」

部屋の中央から喧嘩寸前の喧騒が聞こえてくる中、有能な後輩は人知れず俊敏に退室する。

別の部屋から数人の治安部隊員が戻ってきて、上官らしき男に何事か報告する。そのすぐ横に立っている隊員が、手に持った書面を見てから部屋を見回し、

「幹部連中が何人か足りないな。……義維はどうした?」

「今は用事で出ているだけだ」

「逃げたわけじゃないな?」

「そんなわけないだろう」

鉾良と治安部隊員のやりとりを耳にした千風がうつむいて、小さく呟く。

「……ぎぃちゃん……」

そこへ。

「ちー、」

「……う?」

喧騒にまぎれてこっそり近寄ってきた森洲が、

「今のうちだよ、治安部隊が屋敷を包囲している間は、さすがの敵もあからさまな銃撃はしてこないだろうから、今のうちにここを抜け出せばいい」

そっと言って、裏口に面している扉のほうへ千風の背を押す。振り向いた千風が泣きそうな顔を出して周囲を見回し、紫紺の制服に取り囲まれている鉾良を指さす。

陣区がその背をぽんと叩く。別の部屋から戻ってきた部下から装備一式を受け取って、手早く千風に身に着けさせていく。

「大丈夫だ、リーダーのことは俺らがなんとかする。ちー、お前は援軍集め、頼んだぞ」

最後にかぶせていたシャツを取り、目深にフードをかぶせる。

千風が息を吸って何か言おうとしたところで、部屋の中央から、鉾良の落ち着き払った声がした。

「……疑いは、俺と幹部だけだな?」

「り、リーダー!」

若手の一人が慌てふためくのを片手で諌める鉾良を見て、

「ああ、……悪いな。数日も留め置けば釈放になると思うからよ」

顔見知りの隊員はあえて砕けた口調で言って、申し訳なさそうな顔をする。

やはりそういうことか、と、鉾良は小さくうなずく。

この騒動は治安部隊の意思ではなく、どこかからの、おそらくロウシンからの圧力があったということか。

おそらく、釈放になる数日後、それまでただ待っていては、遅いのだ。

だが。

今ここで治安部隊に歯向かっても――

「すぐに戻る、生きて待ってろ。代わりに指揮を頼む」

鉾良は、幹部候補の部下数人を呼びつけてそう言った。

「はい、……お気をつけて」

「お前らもな。それから、千風、」

男たちの影に隠れてこっそり部屋を出て行こうとしていた千風は、鉾良の声に振り向く。

鉾良は間逆の方向を見ていた。釣られて、治安部隊員の大半も、鉾良と同じ方向を見ている。

「――そっちはお前に任せるぞ」

ライフルを抱えた千風は、まっすぐにその後頭部を見つめて、一切声を出さないままうなずいた。


作業BGM:ONE OK ROCK

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