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40.もう一人の狙撃手(後編)

遅くなってすみませんー。


数分後。

すっかり泣き止んだ千風が幹部たちとの最終確認を終えて、黒服の男に地面に下ろしてもらうなり元気良く窓辺に駆け出そうとする。

それを、幹部の一人が焦ったように呼び止めた。

「あ、おい千風さん、まだ残りのメンツを聞いてねぇぞ」

「う?」

「だから、残り」

両手を広げて男を見上げて、目を丸くした千風が、大声で答える。

「ちーが必要な人、みんな、ゆったよ!」

男はぐっと眉をひそめて千風を呼んだ。

(ミズチ)の自走砲8台だぞ? そんなんで足りるのか?」

「ん。いっぱいいるとね、煙くなってね、分かんなくなる」

「そりゃそうだが……」

肩に二丁のライフルをかついだ狙撃部隊の隊長が二人のところに寄ってきて、戸惑う男を見て愉快そうに口角を上げる。

「さっきのお手並み見ただろ。やれるっつってんだ、やってもらおーぜ」

「いや、そうだが……」

「じゃあ何だ、この区域最高峰の名狙撃手殿のご指示を無視してまで増員して、ミスったときの責任はお前がとるわけ? 言っとくが、俺はゴメンだぜ」豪快に笑って、よっと、と言いながら片膝をつき、千風と目線を合わせてニッと笑う部隊長。「ま、ひとまず宣言どおりに自走砲蹴散らしてもらって、そのあとの猛攻、第一陣はウチで受け持つ。B班も残してもらったからな、八割まで減らしてやるよ。残りの撃ち漏らしをそっちで頼めるか、千風さん」

「ん!」

その場でぴょんと飛び跳ねて、コクンとうなずく少女に、よし、と男は満足そうにうなずき。

「おおい、ちー。悪いが、フレイムのセッテング教えてもらえるかー」

「ん!」

部屋の隅から呼ばれて、千風は両手を広げたまま、元気良くたかたかと駆けていく。

その背を見送ってから、狙撃部隊の隊長は両肩からライフルを下ろし、くるくると回しながら幹部の男に小声で言う。

「もし千風さんが危ないときは、俺のB班をあっちの援軍に回す。お前も見てて何か気づいたら教えてくれ。ま、たぶん必要ねぇと思うがな。賭けるか?」

幹部の男は眉を下げ、ふぅと息を吐いて首を振った。

「やめておく」

小さく呟き首を振りながら、幹部の男が持ち場に戻る。

無理もない、と苦笑してから、隊長も持ち場につこうとして、

「――し、失礼します!」

西側の戸口から、若い男の声。突然呼び出しを食らって緊張しきった顔の、若い少年が部屋に顔を出して一礼した。

千風が嬉しそうに駆け寄って、見覚えのある青い帽子を持ったままのその手を掴んで、ぐいぐいと引っぱる。

「あっち、あっち!」

「え、え?」

いきなり寄ってきた女児に手を引かれて動揺する少年に、

「いーから。その子に付いてけ」

近くに居た男が軽く言う。

「は、はいっ」

疑問を浮かべたまま、先導されるままに部屋の端に足を進める。そこに鎮座しているのは、いつでも撃てるようにセッティングの完了した、亡き狙撃手の名銃フレイム。

「でね、銃弾はここでねー、あっ、予備のはそっちの箱!」

千風ははしゃいだ様子で銃器の周囲をくるりと回りながら説明したあと、また少年の手を掴む。

「な、なんで俺に、これを……」

呼遠(ヨエン)が青い帽子を握りしめたまま呆然と呟く。

「使えるんだな?」

背後からの問いかけに、

「あ、はい――」

少年は何も考えないまま返答して――

振り返った先にあった至近距離の銃口に、言葉は途中で切れた。引き金のすぐ横に指を伸ばす男が、偏光サングラスの下でゆっくりと目を細める。

「理由を、教えてもらおうか。答えによっちゃあ……」

幹部からの全力の脅迫に、年若い少年は一気に竦みあがって固まった。少年の腕にひっついたままの千風が頬を膨らませて、銃を持つ男を見上げる。

「ヨエン、フレイムつかえるよ!」

「ちょっと黙ってろ、ちー」

押し殺したような声で言う男に、呼遠(ヨエン)は青ざめ慌てて首を振り、

「ご、誤解です、違います! 育ての親が軍の特殊火器部隊だったってだけで!」

「所属班と使用銃器は?」

「最終経歴は暗所偵察狙撃班、銃はこれ……フレイムと、あと特殊改造アサルトライフルっす! おわ、」

千風が呼遠(ヨエン)の手首をつかんで、ぐいと持ち上げて男に見せる。

「ほら!!!」

「…………すまん、ちー。分からん」

突き付けられた手のひらを見て眉を下げる男に、千風は不思議そうに首をかしげる。

「はぁ、まあいい」

拳銃をジャケットの下に仕舞い、呼遠(ヨエン)を呼んだ男は、千風の頭にぽんと手を乗せる。

「ま、基本的にはこの子が指示出すから、それに従え。いいな」

「え、え…………?」

頓狂な指示を受けた少年は、驚いたように女児を見下ろす。女児は任せとけ、と言わんばかりの笑顔でうなずく。

「返事は」

「は、はいッ」

よし、と呟いた男は、「じゃ、これ、無線な」とヘッドセットを放り投げるなり、さっさと歩き去る。あわあわとそれを受け取り、あわあわとそれを装着した少年は、次にかたわらの少女に目を向け。

「え、ええと……」

千風(ちかぜ)! ちーって呼んでいいよ」

「あ、はい。ちー、さん……」

フレイムの横にぺたんと座って、ぺしぺしと隣のコンクリートを叩く少女に、少年は素早くそこに正座する。

「あのね、ヨエン。みずちのじそーほー、しってる?」

(ミズチ)の自走砲ですか? はい」

「8台来るから、ぜんぶ撃つよ」

しれっと言う千風に、

「あ、はい」

しれっと答える呼遠(ヨエン)

「……ものすんげぇ会話だな……」

若者二人のすぐ横にライフルを置き、スコープを覗き込んでいた男が小さくぼやくのに、千風が首を傾げる。

部屋の奥に立つ男が敵陣の接近距離を告げるのを聞いて、

「せつめい、おしまい!」

千風はぴょんと両足で立ち上がって、服の汚れを払う。

「え」

「あ、見えたら撃って! ちーも撃つよ!」

「は、はい」

それだけ言って、手を振りながら去っていく少女。

しばし呆然としていた少年は、隣の男に言われて、慌てて銃器のチェックを始める。


***


一方の千風は、たかたかと軽い足音を立てて反対の端へ走り。

「ちー、端っこがいい!」

隅で愛銃の最終調整をしていた青髪の男に向かって、両手を広げて元気良く言った。

「……それは、単にお前の好みか? それともなにか戦術的な理由があって?」

「どっちでもいいだろ、どいたれや」隣の男が笑いながら言う。

「いいけどな」

横にずれる男に、少女は満面の笑みを浮かべ、きちんとお礼を言って。

こっちこっち、と馬鹿でかい狙撃用ライフルを運んでくる青年二人に両手で合図してから、壁を背にしてちょこんとしゃがみこむ。

「んふふ、すみっこ好きー!」

「……うん、前者だな」と青髪の男。

隣の男がけらけら笑う。

「まぁわかるぜ、トイレとか狭いとこって落ち着くよな。あと、ベッドと壁の間とか」

「ん! 武器庫の中! トランクの中! あとね、押入れの中!」

はしゃぐ千風の言葉に、

「虐待じみてくるなぁ」

カチャカチャと銃弾を装填しつつ、青髪の男がぼやく。

千風が狙撃用ライフルのスコープをのぞき込む。

直後、監視員が大声で報告する。

「捕捉しました。自走砲数台ッ」

千風から事前の指示を受けていた狙撃部隊の男たちが、迷いない動作で発砲。

スコープを覗き込んだままの千風の、甲高い声が追加の指示を飛ばす。

徐々に増える銃声。監視員の告げる台数が秒刻みで増減する。

「ヨエンも!」

千風がヘッドセットごしに呼びかければ、

『は、はい』

と緊張しきった声が返ってくる。

「警告!」西側の監視員が身を乗り出し、「前列の軽装甲車両の後方! 何か飛び出し――」


爆煙の中で、チカリと何かが発光した。


「――伏せろ!」

部隊長が大声で叫んだ。


階下で爆音。突き上げるような振動。

一瞬にして立ち上る爆風と砂塵に、遮られる視界。

積まれていた資材が崩れる。灰皿代わりの空き缶が、壁に向かって飛んでいく。

「んんん」

ずざざ、と勢いを殺しきれなかった千風のスニーカーが、音を立てて地面を滑る。

「おお、大丈夫か?」

身を屈めて駆け寄ってきた男に抱き止められて、千風は防弾製の胸板に顔を埋め、一緒になって地面に伏せる。

「飛んでくかと思ったぜ」

「んん、ちょっと浮いた」

「まじかよ」

煙幕の向こうで、幾人が監視員に状況説明を求める声。

負傷したらしき数人の呻き声と、なにかが崩れ落ちる音。

「くそっ、どうなってる?!」

一人が叫び、

「リク、リク」

数秒じっとしていた千風が、目の前にある胸板をてしてしとノックする。

「あんだよ、飛んでっちまうから伏せてろって」

すぐ頭上からのくぐもった声に首を振り、

「ちーの足! 持ってて!」

「あん? 足?」

「飛ばないように、つかむの!」

「はいよ、こうか?」

男の手が千風の右足首をガッチリとつかむと、千風が伏せていた顔をひょいとあげる。そのまま匍匐前進のような動きで元の狙撃位置に戻る。

「あーこりゃ」

リクと呼ばれた男が、横転していた千風のライフルを片手でスタンドの上に戻し、その間に千風は服の下からゴーグルのようなものを取り出して顔の前に装着する。

「ヨエン!」

『あ、はい』

千風はライフルに外傷のないことを確認したあと、足元の瓦礫を払い除けて元のようにスコープを覗き。

「撃てる?」

『えっと、三秒ください』

「ん。さっきのほーがくに、一番おっきいやつ、撃って!」

『え、でもこの視界じゃ……』

「ちーが見るから、へいき!」

『わ、わかりました、それじゃ……』

と、そこに少年の声が割り込む。

『おーい、あんた指揮官なんだから先に全体に指示出せよ。加勢いんの、いらねーの』

「こら、今、ちーとヨエンが話してんだろーが」

リクが顔をしかめてたしなめる横で、千風がぱっと嬉しそうな顔になり。

「いま撃てる?」

『当たり前』

「じゃあねぇ、ヨエンとちーが撃ったあとでねぇ、見えたら撃って! みんなも!」

『は? なに、そんなすぐに見えるわけ』

少年の言葉を掻き消すように、

「ヨエンはやく!」

千風が急かし、

『は、はい、いま撃ちます。――3、2、』

呼遠(ヨエン)のカウント。

混乱しきった喧騒と戦闘音の中、ひとつの大きな発砲音、風切り音と着弾音。

風圧が煙をわずかに押し退け、一瞬だけひらけた視界に千風がありったけの銃弾を撃ち込み、


――地面がとどろくほどの爆音。


「うわっとお!」

前方からの更なる爆風に浮き上がりそうになる千風の体を、リクが慌てて抱え込む。千風のゴーグルにばちばちと砂粒が当たる。

『……ああ、見えた見えた』

ものすごくつまらなそうな少年の声。

呼遠(ヨエン)の、ぼんやりとした感嘆の声が無線を通して流れる。

狭い視界に一瞬だけ映った敵車両を見える限り全て破壊して炎上させ、その爆風を使って視界を広げた千風が、

「さくせんへんこう! 『こくちょう』、やる!」

抱きかかえられたまま屋内を振り向いて、甲高い声で叫んだ。

その指示に、伏せていた男達は迅速に身を起こす。

「B・C班は天祭さんの作戦を援護。パターン18で一階を増員! 残りは元の指示通りに」と参謀役。

視界を取り戻した監視員が状況を報告し始める声。

「あとねぇ、ねつげんデータ、くださいっ」と千風。

『はい、直ちに』

データ出力紙を持った男が千風に駆け寄ってくる。

千風に覆い被さったままのリクが腕を伸ばして、斜め後方に転がっていた自分の銃を引き寄せる。

「俺こっから撃つぞ」

「ん」

「揺れたらまずいタイミングとかあったら言」

「ない!」

「ああそ」

しばらく熱源情報とにらめっこしていた千風が、ぱっと顔をあげてライフルに戻る。

ドン、と音。家屋が揺れ、瓦礫が降る。

「西側で被弾!」と監視員。

「おい誰か消火!」という声が聞こえてくるのに、

「持ちこたえてくれよー」と近くの一人が呟く。

『天祭さん、もし余裕があればだが』と参謀役。

「ん」

銃撃中の千風が短く返す。

『撃ったもの、見えたもの、分かる範囲で報告してもらえるか?』

「じそーほー、あと半分。あ、いまヨエンが一台とめた」

『ちーさん、H1機の奥に一台います』と呼遠(ヨエン)

「ん」

間髪入れず、自走砲2台の横転を告げる報告の声があがる。

「あとねぇ、SAOの大型7台と、複合装甲(ふくごーそーこー)8台、うったよ」

『なるほど。で、目標地点は?』

「うしろのー、うんと、みずちの青いのがいるとこ。みえる?」

『ええ』

「そのうしろに、なみの複合装甲(ふくごーそーこー)がいるよ。いま前に出てくる」

「よし、ぶち込め!!!」

部隊長が叫ぶと同時、狙撃部隊の一斉砲火。

着弾するなり、連鎖的に爆発して火柱が上がる。熱風を含む黒い煙が一気に周囲に広がった。

「やっべ」

短く呟いたリクが、銃を放り出して千風の頭を伏せさせる。がしゃ、と落下音がした直後、ごう、と砂だらけの生ぬるい突風が通り抜け、視界が一気にグレーに染まる。

数秒数えて、リクがゆっくりと身を起こす。後頭部と背中に乗っていた瓦礫がばらぱらと降った。

「……やったか?」

静まった階下を見下ろし、もうもうとたちこめる煙が鎮まるのを待つ。

「損傷機以外、撤退していきます」

「屋外、熱源反応消滅確認」

無線が鳴り、部屋の中央に近くにいた男が報告する。

「屋内、一階で全員捕縛しました」

「……よし」

数人が銃を下ろして部屋の奥に戻ってくる。その一人が、

「しっかし、『黒鳥(こくちょう)』ときたか」

昔、壊滅状態にまで追い詰められた軍が用いたとされる、定石無視の有名な作戦の名を改めて呟いて、口笛を吹いた。

「まさか自分たちがやることになるたぁな」

すぐ隣にいた男が、無言で肘打ちをして黙らせる。怪訝な顔を向ける男に指し示した先で――仁王立ちの大上が、リクの銃を抱えたまま立っている千風をギロリと見下ろした。

「俺の指示を復唱してみろ」

「……一歩も、入れるな」

小さく答えた声は震えていた。両目に涙をいっぱい溜めてぷるぷるしている少女。それ以上何も言うことなく、ただひたすらに威圧し続けている首長に、

「よろしいですか」

片手を挙げた細身の男が割り込む。

「天祭さん、なにか理由があったんだろう?」

「い……言い訳、しないもん!」

頑なに首を振る千風の前に、眉を下げた男がひょいとしゃがみこみ。

「言い訳じゃないよ、情報をくれないかと言ってるんだ。あなたがミスるような、不測の事態だったんだろ? それは、俺らにとっても危険ってことだ。違うか?」

「う」

千風は途端に、落ち着きなく目を泳がせる。

「まさか、本当になんかあったのか?」

驚いたように言うリク。大上は少女をじっと見つめたまま。

「頼むよ。必要なら別途支払う。教えてくれ、この通りだ」

両手を合わせて頭を下げる参謀役の男に、少女は周囲を見回しつつ、おずおずと口を開く。

「あ、あうぐが……」

「んん?」

「あうぐでぃーとと、いりえがね、」

ぽつりと呟かれた突然の特殊工作員の名に、皆が一様に目を瞠った。

「なんだと……!?」

窓辺に駆け寄り身を乗り出す数人。

「いたのか?!」

「見えたのか?」

「う。もういない」落ち着きなくそわそわしたまま、千風が答える。

「いない? 本当か?」とリク。

「ん。今日は三時に空港って、ゆってた」

「なるほど、スポットか。それなら奴らにも払えるかもな」と参謀役。

大上は千風の顔をじっと見つめ、低い声で言った。

「……よもや、その介入、事前に知っていた訳ではないだろうな」

「しらない!!」

千風は精一杯の怒った顔を作って、強面の男に向かってきゃんと吠える。

「そしたら、ちー、自動追跡走置(おーとれーさー)、持ってくるもん!」

真っ赤な目のまま、特殊銃器を担ぐ仕草をする。

「ま、道理だな」

うなずいた細身の青年が腕を組み、確認するように大上を見上げる。

大上は興味を失ったように踵を返して部屋を出ていく。周囲に控えていた直近の部下がそれを追う。

一人の男が千風の横に膝をつく。

「千風さま、今回の報酬です」

千風は差し出された封筒のフラップを指先でちょいと開けて、のぞきこんで、表情を曇らせる。

「……ちー、今日、しっぱいだよ?」

「当初の依頼は達成していただきましたので。大上の例の指示は契約には入っておりません。これは大上の指示です」

「んんん」

千風は口をもごもごさせながら封筒を受け取って、ぺこんと一礼してから紙幣を確認し始める。

「そこらのフリーランスどもにも、ぜひ見習っていただきたい誠実さとプライドだよなぁ」

ぼやくリク。周囲の数人がうなずき、

「う?」

意味が分からずきょとんと見上げる千風の頭に、ぽんと部隊長が手をのせる。

「お疲れさん。またよろしくな」

頭をわしわしと撫でられて、少女は嬉しそうにうなずいた。


***


男たちに元気よく両手を振って別れ、雇ったらしい走り屋(ノマド)の車両に乗り込む少女の姿を見下ろし。

「やはり……エンライにくれてやるのは、惜しい腕だな」

そう呟いた大上の背後で、影が黙したまま一礼して、その場を俊敏に立ち去る。

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