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4.着火、消火、切断


それから数十分後。塔の最上階。

「これは……」

千風の言うとおりにダイアル式の錠を開け、両開きの鉄扉を引き開けた義維は、しばらく言葉を失った。

最新鋭のものから生産中止のものまで、ずらりと並んだ武器の数々。どこの武器屋だってこんな量は扱っていない。

新品同然の汎用品は、まるでガラクタのようにぞんさいに足元のダンボールに箱詰めされている。

固まる義維の後ろで、千風は部屋の隅の衣類ダンスから、黒い布を懸命に引っ張り出している。

「ぎぃちゃん! あのね、これ、これ着て撃つんだよ」

「エクスライオット製のフルカーボンか」

歩み寄った義維が布を受け取り、目の前に広げて見る。大手軍需メーカー製のカーボン素材の射撃ベストに、ご丁寧にこんなお子さまサイズなどあるわけもない。おそらくは千風用の特注品だろう。

「ちー、高価(たか)いやつだぞ、これ」

「ふーん?」

よく分かっていなさそうな返事をする千風は、再びタンスに頭を突っ込んでごそごそやっている。義維は、手元の黒いベストに視線を戻して胸当て部分を触る。肩関節を保護する分厚いサポーターを引き伸ばす。

「これなら、セレンタリくらい撃てるかもな」

「うん。あとね、てぶくろ!」

同じロゴの刻まれた、肘まである長い手袋を取り出して、ぽいと義維に手渡す。

ふむ、と義維がゆっくりうなずく。

「ちー、これ着て、持ってく銃、何丁か選べ。セレンタリはでかいから今度な。一人で着れるか?」

「うん」

ベストと手袋を千風に渡して、窓辺に寄った義維は、携帯を取り出して耳に当てる。

「――もしもし、義維です。はい、ありました。少なく見ても400丁以上あります。何人か塔に寄越してもらえますか。希少品や特注品もあります、見張りを置いたほうがいいかと。はい、では」

速やかに通話を終えると、着替え終わった千風が武器庫内でごそごそやっているのに近寄り、頭の上から声をかける。

「できるだけ小さいのにしろよ」

「うーん、何個?」

「3つまで」

「それとそれ、どっちがいい?」

千風が指さす二丁を見比べた義維は、見たことのないほうを適当に選んでラックから下ろす。千風が部屋の奥からひきずってきた黒いハードケースにそれを入れて、ばちんとバックルを閉める。

「あとねー、これとこれ!」

二丁の小銃を受け取りながら少女に聞く。

「撃ったことは」

「いっぱいある」

「よし」

義維が二丁の銃をケースに入れている間に、千風は脇の棚の引き出しを順に開け、弾丸の詰まったパックを取り出す。

すべての荷物を抱えて義維が武器庫を出て、千風がその扉を閉めたところでノックの音が鳴る。

「失礼します。義維さん、」

義維は武器庫の扉がしまっていることを確認してから口を開いた。

「入ってこい。これを車へ。ちー、あと着替えだ」

「ぎぃちゃん、くまは?」

千風の指さす先には、ベッドサイドに寝転がっている茶色のテディベア。

「ああ、持っていきたいならな」

壁際に置かれていた年代物のスーツケースを見つけた義維は、衣装ダンスの前で開く。中に入っていた男物の衣類を全てベッドの上に放り出し、千風がタンスから出した衣類を次々に詰める。最後にテディベアを押し込んでケースを閉め、

「行くぞ」

千風をひょいと肩車してから、スーツケースを持ち上げる。


***


義維の手がサイドブレーキを引く。車を降りて後部座席のドアを外側から開けると、ドアを懸命に押し開けようとしていた千風が真っ赤な顔で転がり出てくる。抱きとめた義維の肩の上で、千風が「あ」とつぶやいたあと、元気よく叫ぶ。

「りーだー、こーし!」

路肩に留めた車に寄りかかって煙草をふかしていた二人が振り返る。

「おう、来たか」

義維の腕からすとんと地面に降り立つなり、

「あ、ここ、しってる!」

千風が飛び跳ねる。

「本当か」

塔からも鉾良の屋敷からも最寄の射撃場だ。可能性はなくはない。

受付の男に硬貨を渡してゲートをくぐる。三人の男たちを追い抜いて、ほかの客の間を縫って、千風がたかたかと駆け出していく。

「おい、ちょっと待て、ちー」と鉾良が声をかけるも遅く、

「みゃじ!」

――ぽふん、と。

謎の言葉を発した千風は、一番奥の的にライフルを構えていた長身の男の右足に、元気良くぶちあたった。

「…………ん?」

男は銃を置き、ゴーグルを外してじっと足元を見下ろす。その男の顔を見て、鉾良たち三人の顔からざっと血の気が失せる。

「砂の宮地(みやじ)……」

鉾良たちの格上も格上、砂の幹部だ。

「し、失礼……」

義維が慌てて一歩踏み出した足音を掻き消すように、

「おおっ、ちー!」

宮地が嬉しそうに言って満面の笑みを浮かべ、足にしがみつく千風をひょいと抱き上げた。

「しばらくぶりだな! んー、ちっと大きくなったか?」

磨き上げられた革靴のかかとがカツンと鳴り、少女に頬を寄せて鼻歌交じりに半周ターンした男は、千風を射台(カウンター)にすとんと座らせた。

「みゃじ!」

「おう。元気そうでよかった。十堂(じゅうどう)が音信不通になってからずっと心配してたんだ。――あんたらは?」

急に威嚇するような視線を向けられ、肩をこわばらせた鉾良は緊張に満ちた顔で一礼する。

「し、失礼しました。鉾良(ほこら)と申します」

「あぁなるほど、あんたが。よろしくどーぞ、俺は宮地だ」

「はい、存じ上げております」

握手する二人の間でぶらぶらと足を揺らした千風が、元気良く片手を挙げて宮地に言う。

「みゃじ、あのね、ちーね、いまね、りーだーのおうちにいる!」

「そうか。へぇ、天祭(あまつり)が鉾にねぇ……」

宮地は含むところのある笑みを浮かべ、鉾良の顔を見ながらしきりにうなずく。

「まぁいいや。ここに来たんなら撃たねぇとな。保護者さんよ、ちー嬢、ちっと借りてもいいか?」

「え、あぁ……」

疑問符を浮かべる鉾良を差し置いて、

「おし。いつものやろーぜ、ちー」

「ん!」

千風を床に下ろしてから、いそいそと腕まくりを始める宮地。鼻歌交じりに射台(カウンター)に配置していたライフルを下ろし、近くにいた部下らしき男に「あれ持ってこい」と指示を出す。部下は千風を目にするなりきっちりとした一礼をして、それから射撃場の出口に向かって慌てて駆け出していく。

一方の千風は、義維の元にぱたぱたと戻ってくると、

「これ!」

と義維が持っていたガンケースの一つを引っぱる。義維がうなずいて、それを宮地の隣の射台(カウンター)に置く。

千風がどこかに走っていったかと思うと、店の奥から木製の踏み台を引っぱってきて、射座の前に置く。踏み台にのぼった千風に、鉾良が聞く。

「ちー、いつものって?」

「みゃじと勝負するの」

ハードケースを開きつつ、むふん、と鼻息荒く答える千風。その頭をぽんぽん叩きながら、宮地がにやにや笑って言う。

「なんならあんたらもやるか? 5人で勝負だ」

一瞬言いよどむ格子と義維の間で、

「ええ、ぜひ」

鉾良の凛とした声が響く。宮地が笑む。

「威勢の良い若造は好きだぜ、打ちのめしがいがあって」

そこで戻ってきた宮地の部下が一丁のライフルを手渡し、射台(カウンター)にカートンの煙草を置いた。

「あ、みゃじ、あたらしいの!」

千風が宮地の手元を見て、とても嬉しそうにはしゃぐ。

「おう。ついに買ったった」

白い歯を剥き出しにして、宮地が少年のようにくったくなく笑う。革手袋をはめた手がほこらしげに銃身を叩く。ジャケットの内側から使い古したサバイバルナイフを取り出した宮地がびりびりとカートン包装を開け、

「やる」

タバコを一箱ずつ皆に放る。もちろん千風にも。

宮地が手元の黒ずんだ縄を引くと、頭上で錆びた滑車が軋んだ音を立て、目の前の標的がゆっくりと近づいてくる。

「ルール一つめ。タバコ一本あたり、弾は3発まで」

そう説明した宮地の手が、9重の円が描かれた標的紙をぺらりと外して、そこにタバコを一本ぶら下げ、50(メートル)先に放る。からからと滑車が鳴り、先ほどの円よりもぐっと小さくなった標的が、元の距離で静止する。

「一発目で火ぃつけて、二発目でそれ消して、三発目で巻紙(まきし)の線に当てる。これでようやく『一本撃った』。一箱中何本『撃てた』かで勝負だ。ただし、消し損ねが下に落ちたらその時点で失格だ。自分で消しに行けよ。ああ、一発も当たんなかった奴は好きに吸っていいぜ」

説明を終えるなり、宮地がゴーグルをかけてライフルを構え、スコープをのぞきこんだ。

数秒の静寂ののち――銃声がひとつ鳴る。

「ちくしょ、もうちょい右か」

標的のタバコが無傷で揺れているのを見た宮地が悔しそうに言って、タバコを箱から一本取り出し灰皿に立てた。再び照準を合わせ、銃声。

おお、と格子が小さく感嘆の声を上げた。赤く灯ったタバコから、白い煙が立ち上るのが見える。

「点くものなんだな」

呆然と言う義維の言葉に、宮地は機嫌よさそうに笑い、

「で、次はこれを消すと」

そう言って、今度はジャケットの内側から銀色の拳銃を取り出し、半身に構える。甲高い発砲音とともに煙草葉が吹っ飛び、煙が消える。

千風が踏み台の上でぴょんぴょん飛び跳ねながら拍手を送る。それに向かってふざけた一礼をしたあと、宮地の手がライフルに戻り、3発目がきっちりと紙に印字された境界線を撃ち抜いた。

「これで一本だ。実演終わり。さ、散った散った!」

追い払うような宮地の仕草に流されるままに、各自が射座につく。

標的紙をタバコに取り替え、装弾作業を始めた千風にふと目を向けた宮地が、レストの上に鎮座するごついライフルを見て無邪気に歓声を上げた。

「ほー。今日はまた、いかついの持ってきたなー」

「昨日ね、ぎぃちゃんのライフル見てね!」

ぴかぴかの銃身を小さな手がなぞる。

「……ぎぃちゃん?」

「ん!」

千風の隣の射座に、異様なサイズのライフルを置いた青年を、細い指がさす。宮地の視線がつられるように動いて、

「珍しいな、サイドライド遣いか」

義維がセットアップしている銃に目を留めて感心したように言う。

「はい。なぜか、一番当たるのがこれだったので」

「重心が独特なんだよなー。な、あとでちっと撃たして」

「ちーも、ちーも!」

はしゃぐ二人に、義維はいつもの落ち着きで了承を告げる。どっちが先かとわめく二人を差し置いて自身の銃に向き直り、スコープをのぞきこむ。

揺れる小さな標的に時間をかけてじっくり照準を合わせたあと、息を止めて引き金を引く。

弾痕は――のんきにぶら下がる無傷の煙草のはるか右。想像以下の出来に、むっと眉を寄せる。

すぐに次を撃とうとして、

――パンパンパン!

軽快な三連撃が聞こえて、思わず隣に顔を向ける。

フィルターが剥き出しになった吸い殻を留め具から外している千風と目が合う。周囲にただよう煙草のにおいに、それがかつて燃えていたことを知る。

固まる義維に、宮地がへらへら笑いながら助け舟を出す。

「あー、あのね、銃替えずに着火と消火できんのそいつら親子だけだから、そのへんはあんま卑下しねぇでいいよ」

「ん! おとーさんも、できる!」

誇らしげに胸を張る千風が灰皿に放り込んだ吸い殻を見て、宮地が眉を寄せる。

「しかし、なんべんみてもわかんねぇなー。どうやって撃ち分けてんの、それ」

宮地と千風が同時に同方向に、くいっと首を傾げる。

「こすると火ぃついてね、消すのは、こう! ばって、ふっとばすの!」

ぶんぶん両腕を振りながらとても抽象的な説明をする千風に、

「ん"ー……」

腕組みをした宮地が、これをどうにか翻訳できないものかと苦悩していると、

「ちー。もうちょっとヒント」

そこへ、疲れた顔の鉾良が寄ってくる。

「お、何本撃った?」

宮地の問いに表情を曇らせ、

「……5本ぶら下げて、まだ一本も」

「うわははは! どんだけ吸いたいんだよ!」

宮地にげらげら笑われ、赤面してうめく鉾良。

「どれ、お兄さんが見てやろう」

がっしりと鉾良の肩を抱いた宮地が、有無を言わせず銃の前に立たせ、膝裏を蹴り飛ばして強引に姿勢をとらせる。

「おら。お手並み拝見」

背後の壁に寄りかかって腕を組んだ宮地にそう言われて、踏ん切りをつけた鉾良が真剣な顔つきになって銃を構える。風が止むのを待って、引き金を引く。

「左」

命中前に呟く宮地。銃を下ろし弾痕を見てから、

「はい、さっきから左右に当たってばかりで、こんなに難しいとは――」

鉾良が言いながら振り返ると、

「え」

宮地の周囲にものすごい数の人垣ができていることにぎょっとする。

「あん?」

鉾良の表情に怪訝な顔をした宮地も、周囲の男たちに気づいて。

「あんだよてめぇら」

「いやー、あの宮地が人にモノ教えてるって若ぇ奴が騒ぐんでな、こりゃ見に来るしかねぇだろ」

「おい、お前名前は?」

「見ない顔だが」

「宮地、そいつそんなに撃つのか?」

どうやら宮地の射撃仲間らしい、そのそうそうたる顔ぶれに詰め寄られ、余計がちがちになった鉾良の元に、

「りーだー、こーし!」

全弾撃ち終えたらしい千風が、人ごみを強引に掻き分けてトコトコとやってくる。その後ろから義維もついてくる。

「おわったー?」

鉾良の隣で、照準の狙いすぎで痛くなった眉間を指でもみつつ格子が首を振る。

「みゃじー、ぎぃちゃん一本『撃った』!」

「なに? すげぇなぎぃちゃん」

宮地は千風をひょいと抱え上げてから、つかつかと鉾良に歩み寄り、

「まず、スタンス広すぎ」

鉾良の右足をがつんと革靴で蹴り飛ばす。

「それから、的、見すぎ。首ばっか前に出しても当たんねぇよ」

頭部を上からむんずと掴み、後方に引き戻す。

「あとは? ちーせんせ」

「んー?」

抱きかかえられたままの千風が名前を呼ばれて、くいっと頭上の宮地を見上げる。

「鉾良リーダーに、なんか、コツとか教えてやれよ」

「んとね、風つよい日はねー、揺れるからむずかしいよ」

「燃えるのはええしな」

わはは、と笑う宮地の声をBGMに、ああもういいや、と二人の会話を聞くことをやめた鉾良が引き金を引く。

「お、おしい」と宮地。

「かすった!」

宮地の首根っこにしがみついて、千風が嬉しそうに叫ぶ。

「ちっと擦るくらいでいいんだよ、もう一発やってみ」

「はい」

――ぱぁん。

空気を揺らす振動の直後、硝煙のにおいに混じり、漂ってくるタールのにおい。

「「点いた!」」

宮地と千風の声がハモった。おお、と周囲のどこからともなく歓声が沸く。後方の野次馬おっさん連中から拍手をもらい、気恥ずかしそうに赤面する鉾良。その背をばしんと宮地が叩き、

「ほら、浮かれてんなー。次」

表情を引き締めた鉾良が、即座に射撃姿勢に戻る。

「……これ、煙が」

つぶやく鉾良の言わんとしていることを読み取った宮地が意地悪く笑う。

「そうそう、ちょっくら見にくくなるよなー」

点火してゆらゆらと立ち上る煙が照準をかく乱する。懸命に銃を動かす鉾良に、

「そろそろ撃たないと……」

たまりかねた格子がそう声をかけた直後、

「あーあ」

宮地のため息。フィルター部分まで燃え尽きた煙草を見て、鉾良が眉を下げて情けない声を出す。

「で、そっちは?」

矛先を向けられて、無念そうに首を振った格子が手元に並べた煙草を見せる。宮地がぶっと吹きだす。

「なんだ? お前ら全員武闘派か? 鉾は銃より拳ってか、若ぇなー!」

げらげら笑い続ける宮地と凹む三人を見比べて、千風があわあわして、フォローの言葉を必死で考えて。

「ち、ちーが撃つから、へーき!」

持っていた煙草の箱を開けて、全本、どこかしら命中させてある中身を見せて。

的確すぎる言葉に、全員が「あぁ」と納得せざるを得なかった。


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