37.BD(前編)
一礼した部下が足音を抑えて退室する。扉が閉じるなり、黒コートの男が口を開く。
「天祭の、例のトチ狂った銃が――猟犬らしきものが、闇市窟に流れたあと『S3
』の希少武器オークションに出回った、という噂があったのは知っているか」
問われた二人は一瞬だけ顔を見合わせ、すぐに「ええ」とうなずく。
「え、何、今日ってその話なんですか?」と右側に座る青シャツの男が軽い口調で質問に質問を重ねる。無礼極まりない態度に、左側の女が顔をしかめてそのわき腹を肘でつつく。
黒コートの男は、相変わらず軽薄な対面の二人の態度をじっと見てから、一切の表情を変えずにうなずいた。
「お前らも、あいつに契約途中で逃げられて、迷惑被った仕事のひとつや二つ、あるだろう」
「いやまぁ、そりゃありますけど……今更ですし」
契約途中だろうとなんだろうと、いきなり姿を消す者はこの界隈では珍しくない。大抵は、その場合、既にどこかで息絶えている。仮にそうではないとしても、一度契約を違えた以上、二度と同じ場所に戻ってきたりはしないだろう。自ら死に急ぐ馬鹿以外は。
黒コートの男が言う。
「銃が落札前に奪取されたという話は?」
「え? いや、それは初耳です」と右側の男。
「犯人は、猟犬を手に入れた者は誰だか分かりましたか?」と左側の女。
黒コートの男が手元の書面に目を落とす。
「目下逃亡中だ。――襲われた出品者も一緒に連れ去られたのか失踪。出品者の部下の証言によると、仕掛けてきたのは長身の男と少女、だそうだ」
「男と少女?」と左側の女。
「ああ。女のほうの正体は不明だが――天祭は、生きているかも知れん」
低い声で言った男の前で、対面に座る青シャツの男が隣の女にゆっくりと顔を向ける。
黒コートの男は目を細めた。
「何か、知っていることがありそうだな」
「ええまぁ」
軽く答える青シャツの男の肩を、左側の女が顔をしかめて掴んだ。
「おい、勝手に――」
それを、青シャツの男が手を振って止め、身を乗り出す。
「それで? もし天祭が生きていたら、御大はどうするつもりなんです? 前と同じようにただ仕事を依頼するってだけなら、こんなとこまでおれらを呼びつけて、こんな情報教えてくれる必要なんてないでしょ」
おい、と男が、軽薄に笑い続ける青シャツの名を呼んだ。
「お前、どこまでとぼけるつもりだ」
「いやぁ……あなたの意思をはっきりと確認しておこうと思って」
青シャツの男は悪びれずに言うと、組んでいた足を入れ替える。
黒コートの男は、数秒押し黙ってから答えた。
「天祭の失踪がささやかれてしばらく経つが、もし、生きているにもかかわらず表舞台に出てこれないのならば、たとえば負傷などの理由があるならば、この隙に我々が独占する。さしあたっては協力しろ。報酬は山分けだ」
目の前の男女が属するロウシンが、他のロウシンを差し置いて、気まぐれに依頼を請けるあの性格の読めない偏屈男と、かなりの確率で交渉を成立させていたらしいというのは、かなり迷信に近い噂話ということになっているが--実際、この男女の口からはかなり頻繁に天祭の話が登場するので、あながち間違いでもないのだろう、と黒コートの男は踏んでいた。
沈黙の中、二人の男の視線が交錯する。
ふーん、と窓のほうをみながら、青シャツの男が呟く。
「やっぱまだ諦めてなかったんですね、御大」
「アイツを知る奴はどこも諦めてなんていないだろう」
「まぁ、そうですね。いいっすよ」
にかっと笑って答える青シャツの男。左側の女がその腕をつかむ。
「おい、勝手に決めるな。持ち帰って上の了解を取ってから……」
「大丈夫、おれが上に通しますって。万が一通らなかったとしても、おれとおれの部下は個人的に御大に協力させていただきますからご安心を。おれのほうも、御大がついてくれるなら百人力」
黒コートの男はゆっくりと目を細めて、対面で穏やかに微笑む青年の顔を見る。
「つくづく、天祭びいきだな」
「まぁね。好きなんすよ、ああいう自由な生き方」
強者にこそ許される生き方、と、小さく歌うように呟く。
「そうだ、ひとつ確認しておきたいことがあるんすけど」
「なんだ」
「御大は、天祭の戦力が手に入れば良いんですよね」
男の真意を測りかねて、その顔を黙って見返す。
「……どういう意味だ」
「まぁまぁ、とりあえず答えてくださいって。天祭と同じ技量を持った者が手に入るなら、たとえ姿かたちが天祭――天祭 十堂でなくても、別にいいんですよね?」
謎解きのような奇怪な問いに、黒コートの男が顔をしかめる。
「なんだそれは。整形でもしたのか、影武者でもいるのか?」
「うーん、後者、当たらずとも遠からず、かな。影じゃねぇけど」
「何?」
ふざけた言動の男だが、これでも長年の付き合いだ、自分相手に意味のない問答を楽しむ趣味はないことは重々分かっている。
つまり。
黒コートの男は努めて苛立ちを抑えて答える。
「ああ。戦力にさえなるのなら、どうあろうと構わない」
男の答えに、良かった、と晴れやかに笑う青シャツの男。話の続きを催促するようにあごで示ぜば、青シャツは隣の女を覗き込むように見て。
「ね、ばらして、いいっすよね?」
「……ここまできて駄目と言ったら、私がこの場で殺されるぞ」
「いやいやまさかー」
へらっと笑った青シャツの男が、シャツの襟を指先で伸ばしながら言う。まったく、と不満そうに呟いた後、女は対面の男に向き直って、
「『摩天の旋風』、ご存知ですか」
その問いに、黒コートの男は息を呑んだ。
「……おい、まさか……実在、するというのか」
一世一代、唯一無二の名狙撃手――そのはずの、稀有な技能を、受け継ぐ者。
「……天祭 十堂の、ただひとりの弟子が」
目を見開いてそう呟いた男の前で、男女は同時に、大きくうなずいてみせた。
***
ぬるい陽射しの差し込む、昼過ぎの部屋。
「惜しい、あと一文字」
一枚の紙を手にした冬瓜が言うのに、
「むー」
机のふちに引っ付いた千風が低く唸る。鼻と口の間に挟んだ真新しい鉛筆を、うごうごと動かす。
「ほら、ここんとこ」
冬瓜が千風の前にその紙を差し出して、一点を指さす。
「何してんだ?」
部屋に入ってきたばかりの鉾良が、窓辺に向かいながらたずねた。顔を上げた冬瓜が挨拶した後に答える。
「文字書く練習っすよ、ちー書けないんですって。自分の名前くらい書けないと困るでしょ」
「うう、ちきしょう! もっかい!」
千風が紙を握りしめて吠えた。机の下で両足をぶんぶん揺らす。
「はいはい、ゆっくりなー」
冬瓜が新しい紙を渡してやる。
紙の上をぎこちなく鉛筆が滑る。その音を聞きながら、鉾良は窓辺に置かれたカウチに横向きに腰かけて、肘置きに革靴を乗っけて足を組む。それから、受け取ってきたばかりの郵便物の束に銅色のペーパーナイフを滑らせる。サクサクという小気味いい音がするのに、千風が不思議そうに顔を上げる。
何通かを開封して目を通したあと、
「……おい、ギイ」
鉾良は、部屋の隅で名簿の整理をしていた義維を呼んだ。
「はい」
「才楠さんからの救援要請だ。すぐに来てくれと」
両目を見開いた義維が足早に近づく。鉾良が読み終えたばかりの手紙を義維に渡した。
「サイクス? 誰すか?」
千風の横で読書中だった久我が首をかしげて鉾良に聞く。
「ああ、お前らは知らないよな。元はとあるエンライの幹部で、治安部隊に対して交渉やら情報交換なんかを担当していた人でな。今は区域を出て、治安部隊で国外交渉なんかをやっている」
「え、え?」
戸惑う久我と、首をかしげたまま微動だにしない冬瓜の顔を見て、ふ、と鉾良が笑う。
「まぁ珍しい経歴だよな」身じろぎした鉾良の足の下で、ギ、と木製の肘置きがきしむ。「所属していたエンライがロウシンの傘下に入るって方針を決めたときに、エンライから離脱して治安部隊側に付いたんだ。元々どっちつかずのスタンス保ってた人だったから大して揉めなかったが……さすがに立場上、俺らとは疎遠にならざるを得ないよな」
説明を終えた鉾良が、一体何年ぶりだ?と指折り数え始める横で、義維が手紙を読み終えた。千風の前にすとんとひざをつき、その顔をのぞきこむ。
「ちー、数週間出かける必要ができた。俺と一緒に来るか?」
千風はきっぱりと首を振った。
「おおかみさんの、おしごとあるの」
「……そうだったな」
数日前に、狼の、それもリーダー当人から直々に来た珍しい依頼。狼からの依頼は何度も受けたことがあるが、千風自身は狼のリーダーと直接の面識はないらしい。
「行ってきてもいいか?」
「ん! おるすばん、できるよ!」
千風の元気のよい返答を聞いて義維はうなずき、立ち上がると、
「しばらく留守にする。何人か連れていくが詳細はあとで。その間の諸々は宇村に一任する」
「分かりました。お任せください」
宇村が胸を張ってうなずいた。
鉛筆を置いて椅子から下りた千風が、義維のズボンを引く。
「そのひと、ぎぃちゃんのおともだち?」
「昔、世話になった人だ。育ての親というかな」
「ふーん」
三馬鹿に用事を言いつけた鉾良が、ぼやきながら電話帳を繰る。
「となると……あぁ、偽装屋、誰かまだ生き残ってたかなぁ」
***
ぱたぱたと軽やかな足音が部屋の前まで近づいてきて、止まる。
「てぇいっ」
可愛らしい声と同時、トン、と小さなノックの音。
「あいよー」
リキュールのビンを膝の横に置いて、キューブ状のチーズを口に放り込んだ陣区が、地べたに座ったまま、大きくのけぞって後方のドアを開ける。
「いらっしゃーい」
扉の前でじっと待機していた千風が、開けた視界ににぱっと笑顔になる。
「あのねー、これ、もりすが持ってってって!」
「お使いご苦労」
「ごくろー!」
抱えていたツマミの袋を陣区に全部手渡すと、酒瓶の転がる部屋の中をトコトコと抜けて、壁に背をあずけて胡坐をかいていた久我の足の上にちょこんと座る。
「今日はくーががちーの席かぁ」
その右横で待っていた冬瓜が残念そうな顔をする。
「ん!」
ぼりぼりとツマミを食べている久我の顔を見上げて、満足そうな顔をする千風。
「で、そのモリスくんは?」
「あとでお水持ってくるの!」
「さっすが、気が利くねぇ」
ぴゅう、とからかうような口笛を冬瓜が吹いたところで、部屋のドアが再び開く。仁王立ちの森洲が、室内の様子を見るなり顔をしかめた。
「うっわぁマジで一升瓶空けてやがる」
「口悪くなったよねモリスくん」
「あんたらこそ、朝っぱらから10歳児の前でひどいっすね」
「いーじゃん休みなんだし」
板の間に両足を伸ばして、子どものように左右に揺らす冬瓜。
「そんなにべろべろで、うしろから刺されても知りませんよ」
肩をすくめて水のボトルを置き、足元に転がる酒瓶を拾い集めつつ森洲が言う。さっそく空いたスペースにごろんと寝転がった赤い顔の陣区が、酒臭い息を天井に向けて吐き出す。
「あーむしろ今のほうがいんじゃーねぇの、ほら、麻酔代わりに」
「……どうせならそのまま致死量まで飲んでください、手間が省ける」
「うはははは本望すぎる」
大人気ない大人がばたばたと揺らす足を、素面の青年が嫌そうな顔をしてまたぎこす。
「あっ」と千風が唐突に声をあげる。「あのね、ぎぃちゃん飛行機のるって!」
「おお、ちー乗ったことねぇの?」
久我の問いに、千風は両目をまん丸にして、胸郭を広げて息を吸って。
「ない!」
「確かここに……あったあった」
冬瓜が真後ろの本棚を振り向いて、一冊の本を引き抜く。手招きに駆け寄った千風が、開かれた大きめの冊子をわくわくとのぞきこむ。ずらりと並ぶ各種航空機のイラスト。
「ふつーのだと、たぶんこういうのだろうなぁ」
床を這うようにしてずり寄ってきた陣区が、紙面の中央にでかでかと描かれた一台を指さす。
「いーなーいーなー」
そわそわと身体を左右に揺らす千風が、
「あっこれ乗ったこと、ある!」
端のコラムに描かれた銀色の一台の上に指を置いた。どれどれ、と少女の頭の上からのぞきこんだ冬瓜がぎょっとなる。
「はぁ!? まじかよ垂直離陸輸送機?!」
「ごいんきょのー! あ、ごいんきょが運転するんだよ」
「何ソレどこのハードボイルドなご隠居だよ! ぜんっぜん隠居してねぇ!」
新しい酒瓶を開栓した久我が、腹を抱えてげらげら笑う。
あ、と陣区が言う。
「そいや、ちーせんせぇさ、鬼のゆきちゃんに狙撃頼まれてたの、今日だったろ。あれは首尾よくいったんか?」
「ん! あとね、明日にね、最後の確認してー、おしまい!」
そう答えながら傍らのカレンダーを見上げた千風が、あ、と再び声を上げる。
「あのね、ちーね、今日、おたんじょーび!」
満面の笑みでそう言った少女に、室内にいた全員がピタリと、一斉に動きを止めた。森洲が拾い損ねた酒瓶がごろりと床を転がる音。
「…………う?」
こてん、と千風が首をかしげる。本の前から立ち上がって久我の足の上に戻って、それから、おずおずと頭上の様子をうかがう。
「――は、早く言えーーー!!!」
いきなり怒鳴った陣区が飛び上がるように立ち上がり、ばたばたと部屋から飛び出していく。
「り、リーダー、格子さんギイさん誰かあああ!」
冬瓜も張り合うくらいの大声を上げてそれに続く。
「あ、あんたら酔っ払いってこと忘れ……」
戸口から森洲が言い終える前に、ずべん、と廊下の先で転倒する音。
「ああもうっ」
舌打ちを鳴らした森洲が駆け寄っていく。わあわあと複数人の騒がしい声が聞こえてくるのに、
「ううー」
陣区に怒鳴られて森洲に舌打ちされてパニックになった千風が背を丸めて泣き出す。
「あ、ち、違うぞ、違う、ちー」
慌てて久我が抱き寄せる。
「ごめんな、びっくりしたな。俺らもびっくりしたぞ。みんな祝いたいんだよ」
「うう、う?」
「みんな、ちーの誕生日、お祝いしてぇの」
わしわしと頭を撫でられた千風が赤い目で久我を見上げ、
「あ、ちー泣かしてんじゃねぇよ久我」
森洲が開けっぱなしにした扉から、通りすがりの一人が飛び込んでくる。
「ち、ちがうんす先輩。今日ちーの誕生日で」
大声で弁解する久我の声を聞きつけ、さらに騒動が大きくなる。怒鳴られた(と思っている)千風がまた泣き出し――
すべての混乱が収まるのは、数十分後のことになる。
トリコロールカラーの上下を着て、小さな化粧箱と豪華な花束を持った宮地が鉾の屋敷の呼び鈴を鳴らしたのは、それから更に数分後のことだった。
玄関で出迎えた数人の顔が疲れきっているのを、宮地は事情も聞かず適当に労いつつ廊下を進み、通された部屋でも見知った数人がソファでぐったりしてるのを見て目を丸くする。
「あら何どしたの。討ち入りでもあった?」
「う、討ち入りより疲れるものが……」
息も絶え絶えに陣区が答える。
「ふぅん? ま、俺んとこも色々ゴタゴタしてっからなぁ……」
ぼやいた宮地が、足元の千風の視線に気付き、
「ま、大したことじゃねぇが」
と微笑んでみせる。
それからいきなり千風の前に片膝をつき、
「さーて。お誕生日おめでとう、ちー嬢さま」
芝居がかった仕草で、少女の両手に持ちきれないほどの大きな花束を差し出す。
ぱっと笑顔になってそれを受けとる千風。
「ありがと!!」
「どーいたしまして」
「みて、みて! お花! もらったの!」
花束を抱えて嬉しそうに部屋の中を跳ね回る千風に、
「喜んでいただけたようで何よりですお姫さま」
けらけら笑いながら宮地が言う。人の間をくぐり抜けるようにして部屋を一周して戻ってきた千風が、花束をローテーブルの上にぽんと置いて、
「みゃじー!」
宮地に駆け寄ると、宮地の真っ白な革靴の甲に、左右それぞれの足を乗せる。向かい合ったまま両手をつないで部屋をうろうろと進む二人に、
「こら! 人の足を踏むな、ちー」
帰宅したばかりの鉾良が部屋に入ってくるなり、慌てて声を上げた。くりっと振り向いた千風が、負けじと言い返す。
「ちがうの、ロボットごっこなの!」
「俺としちゃあ社交ダンスのつもりなんだけどねぇ」
悲しげなふりをして宮地が言う。
鉾良にダメだと睨まれて、渋々宮地の靴の上から下りた千風に、
「それと、こっちもどうぞ、お姫様」
棚の端に置いていた白い化粧箱を、花束同様、丁寧な仕草で差し出す宮地。
歓声を上げた千風が箱を受け取って――急に慎重な足取りになったかと思うと、それをそうっとテーブルの上に置いた。それから周囲を見回し、近くに立っていた陣区を手招く。
「じんくん、じんくん、開けて!」
「お、おう。なにこれ?」
戸惑いつつ箱の蓋に手を伸ばす陣区を見上げて、満面の笑みで千風が答えた。
「ケーキ!」
「そうそう。ちーには毎年これなのになー、予約してんのがバレて三人にわめかれてさぁ、一人はなんとかごまかしたんだけど二人にゃフラれちったよ……」
肩を落として言った宮地が手近な椅子を引いて座る。
ていうかこの人何人いるんだ、と下世話なことを考えた鉾良が、派手な男の横顔をじっと見る。その視線に宮地が気づいて自身の頬に手をやる。
「なに、まだ腫れてる?」
「いえ……あ、張られたんです?」
「うんそう、なぐさめてぇ、ちーさぁん」
椅子ごとずりずりと進んだ宮地が、椅子の座面に立ち上がって、陣区の手元、ケーキの箱を食い入るように見ていた千風にひっつく。
が、一方の千風はそれどころではない。
「みゃじ、ケーキ、赤い!!」
「おー、そうそう。今年は西の海賊に疫病が蔓延してるから、沈没率が低いらしいぞ」
カットケーキのてっぺんに乗っている赤い果実を摘み上げた宮地が、ひょいと口に放り込む。
「あー!」
もぐもぐと動く宮地の頬。悲痛な声を上げた千風がぺしぺしと宮地の頬を触る。
「いーだろ一個くらい」
「だめ、真ん中の、ちーのなの!」
「まだいっぱいあんじゃん」
ぎゃいぎゃいと言い争う宮地と千風の声を遮るように、戸口から声がした。
「あの、リーダー、ちー宛に荷物が……」
大きな箱を抱えた部下が、困惑顔で鉾良の前に立つ。
「ん? ちー宛? 誰からだ」と鉾良。
「ええと……と、鳥巣、とありますけど」
「ちっぴー!」
顔を上げた千風が椅子を下りて、箱を持つ男に駆け寄る。それを途中で義維の腕がひょいっと抱え上げ、
「ここで開けるか、部屋に持ってくか?」
「いま! ここで開けるの!」
じたばたと両手両足を揺らしながら千風が言う。
「はいはい」
箱を抱えた青年が笑いながら、それを宮地のケーキの横に置き、かぱ、と蓋を開けると。
「おおう……」
きゃー! と千風の甲高い絶叫が部屋につんざき、何人かが耳を押さえる。
箱から現れたのは――宮地のものより遥かに大きい、二段のホールケーキだった。
添えられていた二つ折りのメッセージカードに鉾良が気づいて読み上げる。
「なになに、『気の利かない壊し屋の若造に代わって、鉾の全員に渡る量を用意した。皆さんでどうぞ召し上がってくれ』って……なんの、あ、うわ、」
『壊し屋の若造』がすなわち目の前の宮地を指していることに遅れて気づいた鉾良が慌ててカードを閉じるが、時すでに遅く。
「あンの――鳥頭ぁああああ!!!」
がたーん、と椅子を倒して立ち上がる宮地。
それにまったく頓着していない千風が、
「こっちも! こっちもたべる! ぎぃちゃん切って!」
鳥巣からのケーキを指さして鼻息荒くわめいて、義維にひっつく。
「す、すみません、宮地さ……」
真っ青になった鉾良が言いかけるのを無視して、その手元から乱暴にメッセージカードをひったくると悪態をつきながらビリビリに破り始める宮地。
「み、宮地さんと鳥巣さん、仲悪いのか……」
うかつに話題にしないようにしよう、と鉾良が小さく呟いたのを、千風が耳ざとく聞きつけて、ぱっと顔を上げ。
「みゃじはみんなと仲悪いよ!」
「はあ? 人聞き悪いこと言うなよ」宮地が心外とばかりに眉を上げる。「俺は、女性と子どもには分け隔てなく優しいだろうが。なぁ?」
なぜかその同意を、千風ではなく、鉾良に求める宮地。
「……ええと」
「あれ? 俺優しくねぇ? っかしいなー」
「……それは、私が女々しいという意味でしょうか」
「はー? お前らが女なもんかよ、女に謝れ。俺にとっちゃあ、お前らなんてガキに決まってんだろが。ちょーガキ!」
べらべらと言い放って、げらげら笑う宮地。
なるほどこうやってそこここで敵を増やしてるって意味だな、と内心で失礼な納得をした鉾良が、そっと千風にうなずいてみせた。
***
「良くやった」
賞賛と同時、パン、と乾いた発砲音。得意気な表情を浮かべたまま、使い走りの男は後方に倒れる。
飛散する血痕。
間接照明が調度品の長い影を映し出す、やや薄暗い室内で、
「どおりで見つからないはずだ。とんでもない特権だな」
片方の口角を上げて呟いた男が、拳銃を仕舞う。
「見つけたぞ――ロイ」
その手元には、ピンボケ著しい一葉の写真。
作業BGM:ナユタン星人




