35.武器職人の兄弟
新聞紙の上に散らばる部品は、ばらばらに分解された、先日奪還したばかりの十堂の愛銃。小さい指を動かして、千風がせっせと磨いているところだった。二人分の湯飲みを手に部屋に入ってきた義維が、その対面にしゃがみこむ。隅により分けてあるいくつかの部品を手に取った。
「これ、割れてるな。行きつけの銃器工はいるか」
千風は作業の手を止めて、義維の顔をじっと見上げる。
「おとなりだけど、大丈夫?」
「どっちだ」
オイルまみれのウエスが、南の方角を指さす。
「問題ない」
磨きかけの部品を持ったままの千風がじっと見上げてくるのに、義維が説明する。
「友好的じゃないが、整備士を訪ねたくらいて目くじら立てられるほどでもない。それだけ特別仕様なら、行きつけのほうがいいだろ」
千風は嬉しそうにうなずく。
***
その日の午後。
「ぎぃちゃん、こっち!」
両手を振り回して、千風が裏路地をたかたかと駆け抜ける。その後ろに、新聞紙に包まれた銃をかついで、義維が続く。
路上の浮浪者が怯えたように二人を見送る。
「ここ!」
煙草屋の角を曲がった先で、千風が立ち止まった。
指さされた目の前の建物を、隣に立った義維が見上げる。
高いビルの影に隠れるように建っている、簡素な掘っ立て小屋。ビルの背面を這う壊れた雨どいの隙間から、黒い水滴がトタン屋根に落ちて断続的に音を立てる。
「呼び鈴は?」と義維。
「なーい」と千風。
塗装の剥げかけた鉄扉に手をかけて、千風がうんうんとうめきながら押し開けようとする。ぴくりとも動かない扉を数秒眺めてから、義維が手を伸ばす。少し力をかけると、鉄扉は難なくレールを滑り、派手な音を立てた。
「たのもー」と千風が片手を挙げる。
「違うぞ」と義維。
そんなやりとりをする二人に、屋内から反射的に突きつけられた二つの銃口。それは千風の姿をみとめるなりすぐに下がり、
「風さん!」
「久しぶりー」
明るい声が二つ。
屋内から朗らかに手招く、よく似た顔の少年が二人。壁際に積み上げられたコンクリートブロックの上に腰かけていた作業着姿の二人が、義維の顔を見て「あっ」と揃って同じような声を上げる。
「鉾の……」
左右を見ながら屋内に入って黙礼する義維に、少年二人は立ち上がって慌てて礼を返す。
「幅木です、よろしく」
「あ、双子なんです」
右側の少年が、自分と隣の少年の顔を交互に指さして義維に慣れたように説明する。
「んん、おしごとちゅうー?」
兄弟を見上げて千風が聞くのに、いや、と二人は手を振り、
「兄弟喧嘩の真っ最中」
「一時休戦ー」
はぁ、とため息をついてコンクリートブロックから飛び下りる。
かついでいた新聞紙を、義維が作業台らしきテーブルに置く。
「拝見しまーす」
ツーステップで駆け寄ってきた少年が、がさがさとその新聞紙を開いて、
「猟犬、久しぶり」
中から現れた無骨な改造銃に微笑みかける。
「今日はこれ一丁だけでいいの? 他のは?」
もう一人が髪をくくりながら歩み寄って聞くのに、
「ん! ……あ、これも!」
千風は服の下からいそいそと拳銃を取り出して、ごとりと作業台に置く。
「あ、ぎぃちゃんのも!」
背伸びして、真後ろに立っていた義維のジャケットの裾あたりをぺふぺふと叩く。
「これは壊れてないぞ」
義維が言うのに、髪をくくり終えた少年が作業台の下から木箱を取り出して言う。
「うちでは整備、点検、清掃も請け負うよ」
「では、これも頼めますか」
「あいよー」
義維が差し出した銃を持って奥の作業台に向かう。
「まずは猟犬だけど、」
がたん、と作業台に十堂の銃を固定した少年が、使い込まれた工具を手にして千風を見下ろす。
「風さん用に調整して良いんだよね?」
「ん!」
腕まくりをしたもう一人の少年が、メジャーを引き出して千風の前にひざをつく。
「手のサイズ計らして。あっちょっと大きくなってるね」
ぱあっと顔を輝かせた千風が、
「ぎぃちゃん、見てー!」
得意げな顔をしてターンして、義維に向かってぱっと手を開く。目の前に広げられた両手のますかけ線をじっと見てから、義維は大きくうなずいた。
「ちー、お前それ、撃てるのか?」
くりっと振り返る千風に、義維が真顔で問う。
「吹っ飛ばないか」
「ふっとば、ない!」
ふと作業台から顔を上げた少年の一人が言う。
「なんならお兄さんが撃つ?」
「いいねー似合う!」
千風が歓声を上げて、義維の周りで飛び跳ねる。
「ぎぃちゃんのー!」
「いいのか?」
「ん!」
「じゃー決まり。ギイさん手ぇ出してー」
少年は手早く測定を終えると、メジャーをポケットに落として小屋の隅を指さす。
「さて。あとは悪いけど、セルフサービスでお願いできる?」
折りたたみ式のテーブル上にネルドリップ式の珈琲ポットが置かれている。そこへ千風がたかたかと駆け寄り、
「ぎぃちゃん、いーれて!」
「ああ」
ゆっくりと歩み寄ってきた義維が、珈琲ポットの横にあるシングルバーナーをカチリと点火したところで、ふと思い至り。
「ちー、珈琲飲めるのか? 苦いぞ」
そわそわとバーナーの炎を眺めていた千風を見下ろす。
作業台のほうから、金属音に混じって兄弟の笑い声が聞こえてくる。
「風さんはちょーアメリカン派なんだよねー」
「そこのクーラーボックスに牛乳入ってるから、それに珈琲ちょっと垂らす感じで」
つまりほぼ牛乳か、と理解した義維が、そわそわと水の沸騰を待つ千風を見て大きくうなずく。その千風がくりっと振り向く。
「あ、はばき、あれ!」
「ああ、そだよ、昨日修理終わって明日搬出」
「遊んでいい?」
「どーぞどーぞ」
嬉しそうに飛び跳ねた千風が、両腕を広げて小屋の奥へとぱたぱた駆けていく。その先には、銀色のシートをかぶった巨大な塊。
「せんしゃー!」
歓声を上げた千風が器用にシートを跳ね除け、現れた迷彩色の戦車をジャングルジムよろしくよじ登り始める。
「……戦車も直すのか?」
近くにあった折りたたみ式の椅子を引いて座った義維が、そんな問いとともに少年たちに顔を向ける。
「戦車砲だけね。装甲やその他計器類は専門の業者に外注。――風さーん、遊ぶのは構わないけど内装に指紋残さないようにしてねー」
上り終えてハッチに手をかけようとしていた千風が、その声に動きを止めて振り返る。
「だーれのー?」
「秘密。機密。だけど、風さんが苦手なヒトだよ」と猟犬を見ている少年が答え、
「外装は最後に磨くから良いけどさ」と、その隣の少年が言う。
「淹れたぞ、ちー」と義維。
「あーい」と千風。
「あ、そっちの横のーが面白いかもよ、A-1式の新型」
「それ、しらない!」と千風。
「ほんと? 機動力と耐久力の両立って謳い文句で」
少年が言い終わらないうちに、千風が乗る戦車の横のカバーに義維が顔を向け、椅子から立ち上がる。
「見ても?」
「お、お兄さんキョーミあり? どうぞ、いくらでも?」
「てーか戦車欲しいなら良い輸入業者紹介するよ? もーちょい待ってたらたぶんいつもの仲介業者さんも来るし……」
「いや」
ひらりと手を振った義維が銀のカバーに歩み寄り、ばさりとはずす。
「おおー」
戦車に腰かけたままの千風が、ぷらぷらと足を揺らしながら歓声を上げる。最新鋭の戦車のまわりを一周回ってひとしきり眺めた義維は、次に小屋中に散らばる作業中で分解途中の銃器や機材を眺めて、
「すごいな」
ぽつりと言うのに、少年が二人そろって苦笑いして手を振る。
「いやいや」
「俺らの親父が、十堂さんに贔屓にしてもらってたってだけで。その紹介とかツテとかでね」
その、天祭の事態を把握しているらしい二人の口ぶりに、義維は小さくうなずいて、相変わらず戦車の上で遊びまわる千風を見る。隣の戦車に飛び移ろうとする千風を義維が止めていると、少年が千風を呼んだ。
「あ、そうだ。前にほしいっていってたやつ、型できてるよ」
「ほんとうー?!」
少年の一人がごそごそと奥の棚をあさり、荷札付きの金型を持ち出してくる。
「この前とある人たちから修理依頼があってさ、その間にちょっと型だけ拝借してー」
「いくらー?」
「気が早いよ風さん」
笑う少年たちの後ろで、塗装の剥げかけた鉄扉がガコンと音を立てて開いた。
「幅木!」
怒声とともに、ずかずかと男たちが乗り込んでくる。
千風が俊敏に頭を下げ、戦車の後ろに隠れる。義維が飲んでいた珈琲を置いてジャケットの下に手を差し込む。
少年二人が作業の手を止めて、揃って振り返り、
「いらっしゃい」
「まだ点検の日じゃないけど、どうされましたー?」
のんびり答える少年たちの奥に先客を見つけ、数人が睨むような目で義維を見る。
「……おい、そいつは?」
「お客さん。お隣のエンライの人」
エンライと聞くなり一瞬で侮蔑しきった目になり、視線をはずす。義維はジャケットの下から手を抜いた。
「で、用件だが、」
男たちと少年は義維には分からない話を延々としたあと、
「おっと、そうだ、それと、『摩天』の件だが」
その言葉に、戦車の上に寝そべっていた少女がくりっと振り向くが、気づく者はいない。
「……ええと」
少年二人が顔を見合わせて、ぼんやりと頭を掻く。男たちの眼光が鋭くなる。
「とぼけるなよ。ここに通ってたって情報は掴んでるんだ」
「他の客の情報は漏らせないよ」
しれっと答える少年に、
「模範解答をどうも。ここで死ぬのとどっちがいい?」
一人が銃を向け、
「――そっちこそ」
少年が言うなり、連射音。
男たちがどさどさと崩れ落ちる。
「ありがとう、風さん」
少年の一人が言うのに、
「ん!」
戦車の陰から這い出てきた少女が、戦車の奥に置かれていた狙撃用ライフルを片手に笑顔で敬礼した。
二人の手招きに駆け寄り、
「はい、できたよ」
手渡された銃をぎゅっと抱きしめて、
「ためしうち!」
すぐに小屋の裏に駆けていく。
「料金は?」
ジャケットの下から財布を取り出しながら義維が聞くのに、
「ああ、風さんとは年間契約だから」
「あんだけたくさんいろいろ持ち込まれたら、いちいち清算してらんないよ」
兄弟はへらっと笑って手を振る。
千風が戻ってきて義維の手を引く。
「ぎぃちゃん、ぎぃちゃんもためしうち!」
「ああ」
小屋の裏に向かおうとする二人に、
「あ、待って待って風さん、いつものおまけ」
少年の一人が紙袋を押し付ける。千風の手元をのぞき込んだ義維が、紙袋の中から出てきた紙縒りを見ておやと驚く。
「花火か」
「はい。銃の火薬の余りで、よく作るんです」
「ねぇぎぃちゃん、ライター持ってる?」
うなずいた義維が胸ポケットから取り出したジッポを手渡す。千風は少年二人を見上げ、がさりと紙袋を振る。
「これ、持って帰ってもいい?」
「うん、どうぞ。鉾の人たちとやんの?」
「ん! あのね、くーがとね、じんくんとね!」
「そうかあ」
はしゃぐ千風の楽しそうな顔を見て、少年たちがぼんやりと言う。
「俺らも越そうか」
「エンライに属してるんだろ」
義維の問いに、同じ動きで手を振る兄弟。
「いやいや。従ってるフリ、してるだけっす」
「おいでよ! りーだー、ぎぃちゃんも、やさしいよ!」
嬉しそうに顔をほころばせる千風に、
「そうかぁ」
少年二人はうれしそうにうなずいた。
***
がぁん、と扉を蹴り開ける。
「宮地!」
「当分は大人しく……」
説教じみた言葉をぶつけてくる男たちの間を抜けた宮地が、どっかりと席に座り、足を組んで、口を開く。
「バカいえ、自分から事態バラすバカがどこにいんだよ。こんなん大したことじゃねーよ、って示してやらねぇと、当人以外も調子に乗るぜ」
激昂して席を立つ幾人。護衛らしき男たちが即座に駆け寄ってくる。にわかに慌しくなった部屋の中で、左右に控える黒服の男の肩に手を置き、
「俺が出歩かなくなるほどの事態、ねェ……」
宮地が低い声で呟く。
***
駐車場にしきつめられた砂利を踏みしめる音。
木咲が顔を上げて「お、トリスくんだ」と笑顔を浮かべ、肘の先までどす黒い色に染まった両腕を振る。
片手を挙げる鳥巣にのんびりと近づいてきて問う。
「ねぇあの噂、本当? 千風さんが『列強』と組んだって」
「高いよ?」
「えーケチー。ならいいよ、千風さんに直接聞くから。番号教えて」
「持ってないとさ」
「……トリスくんってさ、おれに全然心許してくれないよね。分厚い壁を感じる……」
背中を丸めてコンクリート壁に額を付けながら力なく呟く木咲に、鳥巣は黙って肩をすくめる。
***
「織河以下約24人、昨晩遺体で見つかりました。残りはどこかの傭兵組合の手を借りたものと推察。追跡、応戦ののち、旧市街地区の東側で見失いました」
目を閉じて報告を聞いていた鬼藤が、口を開く。
「黒幕は?」
「も、目下調査中です」
わずかに上ずった部下の声。ふん、と老人は息を吐き。
「五年前の倉庫襲撃の手口と似ています。もしや……」
部下たちの憶測を聞き流しながら眼帯に手をやり、傍らの窓に目をやった。
作業BGM:けものフレンズ、小林さんちのメイドラゴン
2017/2/20:全体的に改稿




