3.厨房制圧作戦
暗闇の中、ぱちりと丸い両目が開く。
「ぎぃ、ちゃ」
千風は寝ていた布団からもそもそと這い出して、すぐ隣で眠るかたまりを揺すり起こす。すぐに、義維が目を開ける。
「……トイレか」
囁くような問いかけに、少女はふるふると首を振り。
「台所に、しらないひと」
不安そうな顔で台所の方角を指さす少女を見て、義維はゆっくりと目を細める。
深夜にわざわざ人を起こして、冗談を言うような子どもではない。
「見てきたのか」
「ううん、きこえた」
黙り込んだ義維に背を向けて、千風は壁に立てかけてある義維のライフルに手を伸ばす。
「それは止めておけ。腕が飛ぶぞ」
代わりに、ぽいと投げられた拳銃を受け取る。
「使い方は……分かるな」
手早く装填数を確認し安全装置を外した少女の手慣れた動きを見てから、義維はライフルを肩にかける。
「お前はここに居」
「行く」
淀みない千風の返答に黙ってうなずき、義維は部屋の扉を開けた。すぐさま廊下に出た千風が、音もなく摺り足で進んでいくのを、義維は驚きに満ちた目で見ながら、そのすぐあとに続く。
深夜の屋敷に侵入者。ない話ではない。過去何度か、そういう騒動が起きたことはある。
思い当たる節はないが、と義維はここ最近の抗争と状勢を思い出すが、犯人の見当はつかない。
前を歩く千風が、左手を上げてVサインを作った。疑問符を浮かべた義維に、
「ふたり」
千風は小さく言う。
俺には全く聞き取れないが、と思いながらも義維はうなずく。
薄暗い廊下を突き当たって階段を下り、部屋の角を曲がる。厨房へと続く引き戸は薄く開いていた。その隙間から漏れ聞こえてくるかすかな話し声が、義維の耳にもようやく届く。
表情を引き締めた千風が拳銃を構え、扉の裏にさっと張り付く。義維の手が戸にかかる。千風がうなずくのを見て、義維は一気に扉を引き開けた。
「――動くな!!!」
義維が怒声を張り上げたのと同時、その下方――千風の手元で、軽快な発砲音が鳴る。
「ぐっ……!」
うめき声と、どさり、と何かが落ちる音。
「うわ、ま、待って待って! すんません! すんませんでしたぁ!」
慌てふためく間抜けなわめき声が聞こえてきて――その聞き覚えのある若い男の声に、ライフルを構えた義維の手がぴくりと止まる。片手を横に伸ばして、入口脇の壁にある片切りスイッチを押す。
かちん、と鳴った直後、ぱっと部屋の明かりが点る。
義維の視界に映ったのは――
千風に銃を向けられ、顔を盛大に引きつらせてシステムキッチンを背に大げさなほどのけぞっている細身の男。それから、右の太ももを押さえてうめきながらうずくまる別の男。冷蔵庫の扉は開け放たれ、二人の周囲には食べかけの食材が散らばっている。
「……ちー、止め」
義維の苦々しげな声に、
「ん?」
銃を構えたままの千風が驚いて振り向く。
「すまん。知り合いだ」
義維はライフルを下ろし、顔をしかめて額に手をあて、かつての部下たちに向けて長い息を吐いた。
目の前で死にそうなひきつった顔をしている男を見上げ、まばたきを三回した千風は、それからゆっくりと銃を下ろす。部屋の入口近くで手招く義維にぱたぱたと駆け寄って、寝巻きのズボンの布をきゅっと掴んでその大きな陰に隠れる。
のけぞっていた男がタイル張りの地面にずるずるとしゃがみこみ、大きく息を吐いて心臓のあたりを押さえる。
「うっわ、まじ、寿命縮んだぁ……」
ばたばたと廊下を走ってくるいくつかの足音。義維は眉間にしわを寄せて振り向く。千風があわあわと義維の足に引ったいたままその周囲を回る。
「あそこだ! 厨房からだ!」
「何事だ! って、義維さん、何が……」
銃声に飛び起きたらしい、厨房近くに部屋を持つ若手数人が寄ってくるのに、義維はそっけなく答える。
「問題ない、片はついた。全員部屋に戻れ」
「え、……は、はい」
彼らは義維に睨まれ慌てて戻っていく。
再び静かになった厨房で、
「おい、尾木」
義維の低い声に、太ももを押さえている男がびくりと身を竦ませる。
「す、すんません義維さん。俺たち、ちょっとハラ減ってて」
尾木が口を開くなり漂ってきた酒の匂いに、義維は顔をしかめる。
「そんな下らない理由で、離反した屋敷に、こんな夜中に不法侵入する奴があるか」
「だって金平が、絶対バレない抜け道があるって言うから……」
「金平」
「は、はい」
「お前は無傷だな。溜まり場行ってろ。弁解はリーダーに。尾木の手当てが済んだら俺もすぐに行く」
「はい」
「じっとしてろよ」
「はい!」
金平は慌てて立ち上がると、義維に一礼して逃げるように部屋を出て行く。その足音が消えるなり、義維は尾木の前に膝を付いた。
「足、診せろ。……貫通してるな」
義維の言葉に、背後の千風がはっきりうなずく。冷蔵庫の庫内灯の明るさしかなかったあの薄暗い部屋で尾木の足に命中させた上、意図的に貫通させたのか、と義維は感心を覚える。かつての部下だ、酔っているとは言えその素早い身のこなしは良く知っている。今しゃがみこんでいる位置から見ても、義維たちが乗り込んできたときに全く身動きできなかったわけではない。
「医者を呼ぶほどでもない。俺の部屋に行くぞ」
「は、はい、すんません」
義維は頭上の引き出しから真新しい布巾を取り出し、尾木の足の付け根の血管を圧迫するように硬く結びつける。反省してうなだれる尾木に肩を貸して立ち上がる。
くい、と反対側のズボンが下方に引かれる。
「ぎぃちゃん……」
泣きそうな声で呟いてうつむく千風の頭を、
「良くやった」
義維の手がくしゃりと撫でる。顔を上げた千風に義維は言う。
「お前が凹む必要はない、悪いのはこのバカだ。お前はちゃんと侵入者を捕まえたんだ、胸を張って良い。ありがとうな」
義維の言葉に小さく嗚咽をもらした少女は、こくんとうなずいて。
「あのね。りーだー、呼んでくるよ」
「ああ、頼めるか? 部屋、分かるか」
はっきりうなずいた千風は、持っていた銃をポケットに入れてから、ぱたぱたと廊下を駆け出していく。
廊下を歩き出してから、尾木が義維におずおずと言った。
「あのー……なんなんすか、あのガキ」
当然と言えば当然の問いかけに、しばらく押し黙って答えを探した義維は、結局、視線を天井に向けて、
「新入りの狙撃手だ」
とだけ答えた。
***
――誰かが自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、鉾良は薄目を開けた。
暗闇の中、見慣れた自室が目に映る。空調音以外は全くの静寂。
気のせいか、と息を吐いて寝返りをうとうとしたとき。
「り、りーだー……」
扉の向こうから、か細い、千風の声。
鉾良は慌てて飛び起きて部屋の扉を開け、そこに見えたものに、ぎょっとなる。
ぼろぼろと泣くパジャマ姿の千風が一人、心もとなさそうに突っ立っている。上着のポケットからは、義維の持ち物である拳銃のグリップがのぞく。
「おい――どうした?! 義維は?」
慌てて詰め寄る鉾良に驚いて、千風は慌てて首を振る。
「ち、ちがう、ぎぃちゃん元気」
「そうか。で? どうした」
こんな夜更けに千風が泣きながら一人で鉾良の部屋を訪ねて来る事態など、どう考えても只事ではない。
えっと、と呟いた千風は、ゆっくり指を折りながら説明する。
「かねひらとおぎが、おなかすいて台所にいてね、ぎぃちゃんが怒って、かねひらは怪我してないから溜まり場にいて、おぎはぎぃちゃんが足の治療してる」
「……金平と尾木、だと?」
「うん」
数ヶ月前にここを辞めた構成員の名だ、数日前に来たばかりの千風がその名を知っているはずはない。
鉾良は元部下の軽挙妄動に呆れつつもうなずいた。
「事情は分かった、着替えたらすぐに溜まり場に行く。知らせてくれてありがとう。――で、ちーはどうして泣いていた?」
鉾良の質問に、一度は泣き止んだはずの千風はまた泣きそうな顔をする。
「あのね、の、ノックして、あと、いっぱい呼んだけど、りーだー起こすの、で、できな……」
「あー……」
納得して、可愛らしい悩みに毒気を抜かれて、思わず天を仰ぐ。一体どのくらいの時間、この扉の前で一人頑張っていたのか。
「ちー。ちょっと、ここで待ってろ」
千風を部屋の前に待たせて自室に戻った鉾良は、寝巻きを脱ぎ捨て手早く着替える。それから、千風の手を引いて隣の部屋の前に立った。
扉の木目をじっと見つめて、千風はぱちぱちとまばたきをする。
「ここ、こーしのへや」
「ああ、格子の部屋だな。じゃ、ちー。さっき俺にしたみたいに、格子を起こしてみろ」
千風は鉾良を見上げ、うんと困ったような顔をする。
「大丈夫だ、俺も手伝う」
大きくうなずく鉾良に背を押されて、千風がそっと目の前の扉に触れる。小さな手を丸めて、こんこん、と、とても控えめなノックを二回。
「こーし……」
ごくごく小さな呼びかけを一回。
そのまま扉にひっついて動かなくなった千風の頭を眺めて、俺が起きたのはものすごい奇跡だな、と鉾良は眉を下げた。
「よし。今から『起こし方』を教えてやる」
「こーし、起こしていいの?」
千風の目が廊下の掛け時計を見る。
「ああ。金平と尾木の件、格子も連れて行くからな」
鉾良は一歩進んで、千風の横に並ぶ。
「まず、ノックはもっと全力で叩け」
やってみせようとして、少女の手が赤くなっているのに気づく。
「ああ、足でやったらどうだ。ここに住んでる奴を起こすときはドアを蹴って良い。外ではやるなよ」
「うん」
片足立ちでふらふらと揺れている千風の横で、鉾良が扉を開ける。
「で、返事がなかったら部屋に入って良い。入ります、って、ちゃんと大きな声で言うんだぞ」
「は、入りますっ」
なぜか飛び跳ねながらわめく千風を部屋に入れ、寝台を指さす。
「仕上げだ。耳元で怒鳴れ。全力で揺さぶれ。なんだったら飛び乗っちまえ。……いや、それは危ないか」
反射的に殴られたり振り落とされたりしたら即死しかねない。
千風が駆け寄る前に、寝台の上で格子が上体を起こした。
「なんだ……何事ですか、騒々しい」
たちの悪いイタズラだと思っているらしい格子が前髪を掻き上げ、不機嫌そうに二人を見る。
鉾良が口角を上げた。
「金平と尾木がここに忍び込んできたぞ」
「は?」
「厨房にいるところを義維とちーが捕縛した。溜まり場集合だ、すぐに来い」
「……はい」
すぐに真面目な顔つきになった格子を見てから、鉾良は千風に言う。
「で、起こしたらすぐに部屋を出る」
「ん」
格子にひらりと手を振った鉾良が、少女の手を引いて部屋を出る。
「ちー、眠いか? まだ夜だ、部屋に戻るか」
「ううん」
はっきり答える少女を見下ろし、まぁこれだけのことがあれば目も冴えるよな、と鉾良は肩をすくめた。
手を引いたまま廊下を進み、辿りついた溜まり場の扉を開ける。
「金平、」
鉾良が呼ぶなり、
「り、リーダー、すんませんっ!!」
床に一人で正座していた細身の男が叫ぶように謝罪して、ものすごい勢いで床に頭を擦り付けた。
「おい黙れ金平。いま何時だと思ってる」
慌てて自分の口を押さえてもごもご言う間抜けな男を睨みつけ、鉾良は千風をソファに座らせる。
そこで扉が開き、義維が顔を出す。引きずるようにして連れてきた尾木がわめくのを、鉾良がまたも一睨みで黙らせる。
「揃ったな。――金平、尾木、なにか言いたいことは?」
立ったまま腕を組みそう言い放った鉾良の不機嫌な声に、二人は肩を震わせて必死に首を振る。
千風が慌ててソファの上を這っていって、端に腰かけていた義維の腕にしがみついた。義維は千風を抱え上げて膝の上に乗せ、腕の中に閉じ込める。
「義維、」
鉾良が義維を呼び、床に座ったままぶるぶる震えている二人をあごで示す。義維が口を開く。
「金平、どこから侵入した」
「え!? ええっとぉ……」
落ち着きなく目を泳がせ、頭を掻く金平。無意味に時間を引き伸ばそうとする往生際の悪い金平に、いい加減にしろと鉾良がキレそうになった瞬間、
「ぎぃちゃん、あのね、武器庫の上の屋根がね!」
義維の膝の上で足をじたばたと揺らして、千風が元気良く言った。
「げ、わわわ嬢ちゃん待った待った!」
両手を振ってわめく金平。俊敏に歩み寄った鉾良が、その背を何の躊躇もなく踏みつけて黙らせ、
「どういうことだ義維、なんでお前が知らないことを千風が知ってる」
低い声で義維に言う。
義維がじっと千風を見下ろす。
「ちー、聞こえたのか」
「ん!」
「部屋で寝ていたら、こいつらが入ってくる物音が聞こえたそうです」
「……なん、だと?」
武器庫から義維の部屋まで、かなりの距離がある。
「何者かが厨房にいると言って俺を起こしました。ちー、説明できるか」
「えっとね、武器庫の上の屋根を外して落ちてきて、ランプがなくて頭ぶつけてね、えっと、いびきがうるさくてね、お腹がすいて台所に行って、冷蔵庫にごちそうと、あと珍しいお酒があってね、座って食べ始めたから、ぎぃちゃん起こした」
ぺらぺらとしゃべり終えた千風が、バトンタッチといわんばかりに義維を見上げる。義維はその頭をなでてから、いまや完全に床に伸びきった二人を見下ろす。
「い、一部始終、全くその通りでございます」
「ど、どっかで見てたんだよな?」
わずかに頭を上げた尾木が、千風を見つめて不気味そうに言う。
千風がきょとんとして、律儀に首を振る。
「ちがうよ、お布団の中できいてた」
あっけにとられていた鉾良が、ややあって言う。
「ちー、お前……耳良いな」
「ん。おとーさんも良いんだよ」
「……そうか」
廊下をばたばたと駆けてくる足音が近づき、
「――尾木金平ああああ!」
ばぁん、と乱暴に扉が開いて、寝癖まみれのパジャマ男がわめきながら飛び込んでくる。
「大変っ、大変お騒がせしました!」
目の前に滑り込んできた見事なスライディング土下座に、驚きと怯えを通り越した千風が、呼吸とまばたきを止めて固まる。
男を呼んできた格子が最後に入ってきて、室内の顔ぶれを見渡してから、後ろ手で扉を閉めた。
「「せ、せんぱい!」」
半泣きの二人が顔を上げて嬉しそうに叫ぶのに、先輩と呼ばれた寝癖頭の男は両腕を振り上げ――がつん、と遠慮のない拳骨を落とす。
二つの頭部はそのまま、ごちんという音を立てて床に激突した。
「いい加減にしろよお前ら。いつまで失態さらせば気が済むんだこの阿呆ども。一応確認するが、何か盗もうとかそういうんじゃないんだよな」
「ええっ」
「で、できませんよそんなこと!」
今更ことの重大さに気づいたらしく、大きく震え上がる二人。
「だろうな……。大変ご迷惑おかけしました、リーダー、格子さん、義維さん。ほんと、こいつら、ただの考えなしのバカなんです」
「見れば分かる」
鉾良のにべもない一蹴に格子と義維もうなずく。恐縮しきって頭を深く下げる寝癖頭に、鉾良が言い放つ。
「今回まではお前にあずける。そろそろ指か耳か失くさないと、わからんようだぞ」
「か、勘弁してくださいっ」二人がおびえた目で言う。
「それと、次はないぞ。ちー、今度こいつらが不審な動きをしたら、迷わず仕留めて良い」
コクンとうなずく女児に、二人はまた半泣きになり、尾木は撃たれた足を押さえる。
格子が扉を開けるのを、鉾良があごで示す。
「とっとと連れてけ、目障りだ」
「はい、直ちに。ほら立て!」
寝癖頭に耳たぶを引っぱられた二人は、ひぃひぃわめきながら退室していった。
「……さてと」
急に静かになった室内で、息を吐いた鉾良が今度は義維のほうを向く。
「義維、ほかに千風のことで気づいたことはあるか?」
こてんと首を傾げる千風の上、義維が珍しく困惑した表情をはっきりとその顔に浮かべて鉾良の問いに答える。
「侵入者に気づいて俺を起こしたのも千風、銃を構え先陣をきって廊下を進んだのも千風、侵入者の人数を聞き取ったのも千風、厨房で尾木の足を撃ち抜き金平に銃をつきつけたのも、千風です。俺は何も指示してません。手馴れた動きでした」
「そうか…………やはり、本物か」
鉾良はあごに指を置いて呟き、いつもどおり義維にひっついたままの小さな頭を見下ろす。
「確かめますか」
小さく言う格子の声に、全員が目を向ける。
「どうやって?」
鉾良の問いに、格子は一度天井に目線を向けてから、人差し指を立てて答えた。
「射撃場はいかがでしょう」
「ああ、なるほどな。――おい、ちー、射撃場って分かるか?」
義維が抱える少女の前に顔を寄せて聞く鉾良。
「うん。行ったことある」
「行くの嫌か」
「ううん、楽しい」
「今日行くか?」
「ほんとう?!」
ぱあっと顔を輝かせる千風。鉾良は袖を引いて腕時計を確認し、
「仮眠をとって、午後からにするか」
「やだ、いま行く! 眠くないよ!」
じたじたと足を揺らして暴れる千風に、
「……それもそうなんだよな」
ぼやいて、うなじを掻く鉾良。格子が言う。
「早朝のほうが射撃場の人目も少ないのでは」
「そうだな。今から行くか」
では、車を回してきます、と言った格子が廊下に消える。
「10分後に玄関で」
義維にそう言って、鉾良もひらりと手を振って自室に戻っていく。
義維の腕が千風をがっちりと抱えて、そのままソファから立ち上がる。
部屋を出て廊下を進む義維に抱えられてぶらぶらと両足を揺らしながら、千風がくいっと頭上の義維を見上げて言う。
「ねぇ、ぎぃちゃん。ちー、射撃場いったら、さっきのぎぃちゃんのやつ撃つ」
「あれはダメだと言っただろ。お前の腕、吹っ飛ぶ」
「ふっとばない!」
甲高い声できゃんと吼える千風。
「なら、お前、撃ったことあるのか?」
「う。ないー……でもね、セレンタリは撃ったよ、黒いの。腕、ふっとばなかったよ」
ほらね、と両腕を広げてみせる。
義維の歩調がちょっと緩む。
「……SAO社の、具式配備の、セレンタリ?」
「ん。おうちにある。……うぐ」
義維の腕が千風を強く抱きかかえ、勢い良く進路を変えて廊下を駆け出す。
「リーダー、鉾良さん!」
義維の声に、鉾良が自室の内側から扉を開けた。
「どうした」
立ち止まってひとつ息を吐いてから、義維が千風を抱えなおして言う。
「千風の家に、セレンタリがあると」
「……は?」
世界に数十丁しか存在していないと言われている、受注生産方式の希少な銃だ。
唖然とする鉾良を見てから、義維が聞く。
「ちー、他には何かあるか?」
「これ」
千風がポケットの中の拳銃を取り出す。
「よんじゅー……ろっこ? ななこ? あ、こーしのもあるよ」
「ファナレのことか?」
「うん。みっつあってね、いっこは音がしないやつで、いっこは遠くまで見えるやつ。あとね、」
もごもごと千風が呟く名前は、どれも聞き覚えのあるものばかりで。
「あの塔にあるんだな?」と義維。
「ん」と千風。
鉾良のデスクの電話が鳴る。短いやり取りをしてから電話を切った鉾良が、引き出しを開けていくつかの書類を取り出す。
「悪い、一時間ほど遅れる」
「では、千風と塔に寄ってから、射撃場に向かいます」
「ああ。そうだ、ついでに千風の服とかも持ってきてやれ」
「はい」
義維は一礼して、鉾良の部屋の扉を閉める。
2016/9/25〜26:加筆修正(千風の銃と、突入時の銃の描写を変更)
*Special Thanks:蒼空の猟団(ID:119368)様




