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25.宮地と酒場と銃撃戦(後編―2)


腕から吹き出すおびただしい鮮血にうめいて地面に伏していた男の背を、特注のコマンドソールがだすんと踏みつける。にわかに全身をこわばらせる男に銃口を突きつけて、その上に仁王立ちする宮地はドスの聞いた声で言い放った。

「ちいっと教えてくれよ。ずいぶん多いが、明日はここ、なんの祭りなんだ?」

「おまつり?」

ぱっと顔を輝かせるかたわらの千風に、「違うぞ」と部屋の奥から義維が言う。

「……知らない、が、」

「が?」

ぱぁん。

会話中の宮地の背中に音もなく向けられた、少し離れたところにある銃口を、千風の一発がすぐに弾き飛ばす。続いてもう一発。宮地の死角で、一人の身体がどさりと崩れ落ちた。

「い、いらしてる」

宮地の前に伏せる男が、周囲の騒音に掻き消されそうな、小さな声で言った。

「……ってーと……」

「ああ、そうだ」

「……まーじで?」

宮地の脳裏に、思い当たるのはたった一人だけ。

「ふーん。『帝王』、まさかとは思ったが」

鳩の最高権力者の異名を呟く宮地に、

「な」

義維が驚きに目を見開く。

ふー、と大きく長い息を吐いてから、ゆっくりと顔を上げる宮地。

「……退きますか?」

義維の提案に、

「バカ言え」

宮地の一蹴。口腔内に埋め込まれたピアスが、蛍光灯をチカリと反射する。

ダメ元で言った義維は、まぁそうだろうなと一人うなずいて、特に表情を変えることもなく、崩れ落ちた壁の穴をくぐって隣室に抜ける。うしろからぶちぶちと宮地の声。

「たく、やっぱし全然教えてくれてねーじゃんかよ、ハヤブサの奴……」

用済みの男から足を下ろし、壁から飛び出ているくずくずになった石綿フェルトを靴先でぐりぐりといじる。

と、宮地のはるか頭上に、一発の着弾音。

「どこ狙って……」

宮地が見上げた先に、むき出しの鉄筋の間からボロボロと崩れ落ちてくる難燃材のかたまり。

どかん、と衝撃音。

「げぇっほ!」

派手に咳き込む宮地の声に、二人が振り向く。

もうもうと立ち込める黒い煙幕から飛び出してきた宮地が、悪態をつきながらマシンガンを乱射してあっという間に手前の数人を片付け、動揺する敵陣の隙をついて、千風が奥の数人を撃ちとった。

「何かぶりました? (スス)?」

義維が宮地に駆け寄る。

「知らねぇよ、まぁ死んじゃいねぇ」

ぶつくさ言いながら、全身を汚す黒い粉塵を手早くはたき落とす宮地。

「またきた!」

そう言った千風が長距離用の銃に持ち替え、壁に空いた亀裂の隙間から撃ち始める。

「もうかよ。こりゃ位置バレてんなぁ」

嫌そうな顔をしてマシンガンを構えてから、宮地はざらつくコンクリートの床を靴底で不満そうに打ち鳴らし。

「あぁもうめんどくせぇ。おら、ちー、本陣行くぞ。どっちだ」

「んー」

少女の眉間に浮かぶ小さいシワに気づいて、ん?と宮地が首をかしげる。

「そんなに広くねぇだろ、ココ」

「みんなうるさいのー」

そうか?と爆音続きですでに麻痺した自身の耳の穴に、手袋を外した指を突っ込む宮地。

「あとね、ちー、おとーさんはとさんと、はじめまして、だよっ」

「あ? なに、そーなの? そういやさっきの奴も」

「ん。声知らないもん」

「そりゃ無茶を言ったな」

宮地は手袋を外したままの手で、てしてしと少女の頭をはたく。

「ドバト側は、お前のこと知ってるのか?」

義維が聞くのに、千風が首を振る。

「んーん。この前来たときはね、かくれんぼしててって、おとーさんが!」

「ふぅん。そりゃあ今回さぞかし驚かせたろーな」

ケロリと呟く宮地の横で、こんなあっさりバラしてしまって良かったのだろうか、と義維が不安げな顔をする。その顔を宮地が愉快そうに笑って手袋をはめ直す。

「まぁじゃあテキトーに進むか」

「会いに行くつもりですか、『帝王』に」

「ここまで来たしな」

全弾撃ち終えた千風がふぅと息を吐いて銃を下ろしたタイミングで、「先行くぜ」と軽く言った宮地が部屋を飛び出し廊下を駆け出していく。

「あっだめっ、今日はちーが先頭!」

頬を膨らませた千風が、きーきー叫びながら宮地のあとを追う。


***


「今日はラスボス倒しに来たんじゃねーんだけどねぇ」

そんな声とともに、ふらりと男が現れる。戸口側に向けられていた銃口が、一斉に位置を微修正する。

砂の宮地は自身に向けられた銃口の数を数えながら室内に目を向けた。窓のない部屋の隅には、落ちたシャンデリアの残骸。エキゾチックな紋様の描かれたパーテーションに囲まれるようにして、部屋の中央に据えられた豪華なカウチ。腰かけるのは、鋭い眼光のなお衰えない老人。その周囲には権威ある老人の護衛らしき、武装した男たち。

そして、老人の傍らに、見覚えのある美女が悠然と佇む。

「……お前ねぇ」

その姿を見留めて、宮地は眉を下げた。

数時間前に会話したばかりの早房(ハヤブサ)は、水商売用の薄手で華美なドレスから幾分上等な衣装に着替えてはいるが、先ほどと同じようにただ蠱惑的(こわくてき)な笑みを浮かべるだけ。

「あんだよ教えとけよハヤブサぁ、ムダ骨折っちまったじゃん」

老人のキツい目線が二人の関係を問い詰めるように美女に向き、美女は妖艶な笑みを浮かべてそっと肩をすくめる。

「で、ご用件は?」と宮地。

「こちらの台詞だ」と老人。

「え、なに、聞いてくれんの?」

にわかに顔を輝かせる宮地に、

「撃ち殺すぞ」

と老人が平坦に言う。

「蜂の巣にされるってわかってるとこに、わざわざ顔出すバカはいねぇよ」

その返答にいぶかしがる様子も驚く様子も見せず、黙って宮地の後方を指さす老人。

「あ、バレてた?」

へらりと笑った宮地が、ポケットから取り出した指を、くい、と折る。

それを合図に廊下の先から近寄ってくる、異様に軽やかな足音。宮地の背後からひょっこりと現れたのは、小さな少女。

その手に握られているのは、自動照準式の最新鋭の小銃。この場にいる誰よりも早撃ちが可能なそれがまっすぐ老人の心臓に向いていることを全員が認識できるだけの時間を与えてから、宮地が言う。

「そうねぇ、鋳塊(インゴット)はあらかたいただいたから、最後に復帰免状(リターナーライセンス)でもくださいな。どーせあんたにゃ数ある無駄な資産のうちのひとつなんだろ、成金じじい。いいよね?」

老人の眉が神経質そうに動く。

「これだけ荒らしておいてそれか? どういう了見だ」

「いやぁ。最近姐さんの機嫌がよろしくなくって。ちょっくら大きめの手土産でもどうかなと思ってね」

「は。あの年増もついに更年期か」

「――ぶち殺されてぇのか?」

大した侮辱でもないはずのその言葉ににわかに豹変する宮地の声音に、老人の護衛数人が驚いたように、気色ばむ宮地を見る。千風のすぐ後ろに立っている義維は、黙したまま千風を見る。千風は銃を構えてただ立っているだけ。

ふ、と宮地が不意に笑う。

「くれるんなら、この拠点を落とすのと――あんたらの一番邪魔されたくないもんの詮索は諦めて、このまま黙って帰ってやるぜ」

何の用件もなく帝王が区域に上がってくることはまずない。確信しきった物言いをする宮地に、

「……」

老人は黙したまま、生意気な若造の血まみれの上着と、にもかかわらず血色のよい顔を値踏みするように見る。

ただの見栄でもハッタリなどでもなく、有言実行、いくら無茶と思われようとも、言ったことはやらかす男だということも、知っている。これまでそうして幾多のエンライや、時にはロウシンを潰してきたことも。

それに――

「『摩天(まてん)』」

「う?」

老人の呼びかけに、ひょいと顔を向ける小さな少女。

「ご尊父はどうした」

「ひみつ!」

明るい声での即答に真意をつかみかねて、老人はただ目を細め、かたわらの美人に目を向ける。美女はゆっくりと首を振るだけ。

続いて、老人の目が義維に向けられる。

「そいつは?」

「ん? 俺の部下だけど?」と宮地。

「見ない顔だな」

「新入りだからねぇ」

「……天祭の関係者では、あるまいな」

老人が低い声で言うのに、にわかに口角を吊り上げる宮地。

「もしそーだったら?」

老人と宮地の視線が、数瞬、意味ありげに交錯する。

へらっと笑った宮地が、緊張感なく肩を叩きながら言う。

「つーか、どーせアンタにゃ関係ねぇだろ、十堂の客でもねぇんだし?」

「そうでもない。アイツが居ないとなると、こちらにまで利権の問題が色々とな」

「へぇ。んとに嫌んなるほど何にでも絡んでんだよなぁ、お前の親父さん」

「う? ちーのおとうさん?」

「そ。アイツ、有名人だよなぁって話」

「ん!」

嬉しそうにうなずく千風。

と。

どかん、と地面を揺るがす衝撃。

即座に老人に近寄った黒服の男が短く耳打ちする。

「……逃げたか」

パラパラと粉塵を降らす天井を見上げ、老人がしわがれた声で呟く。

「なに飼ってたのよ?」

宮地の問いを無視して老人が右手を振る。一礼した数人が脇の小さい扉を開けて駆け出していく。

「ふーん、なんかいたのね。それでもまさかこんだけ手こずるとは大誤算だったわ。……あ、てことは今、アンタ不在の『下』は手薄ってか? いいねぇ」

好き勝手に呟いて、にんまりと笑う宮地。

「で、どうする? 断るなら……そこここに仕掛けてきたんだけど、いいかな?」

宮地は小首を傾げて、親指でスイッチを押す真似をしてみせる。

あからさまなブラフに、老人は表情を変えずに宮地の顔を見返す。

そこに、着信音。

『宮地さん、免状見つけました』

「ご苦労さん。――よし、ずらかるぜ、ちー」

「う!」

誰もが反応できないうちに、少女の銃がごく自然な動きで持ち上がり、ばすん、と室内の主照明を撃ち抜く。球面を描くガラスの破片が、小さく弾け飛ぶ。その隙に、少女とその背後にいる男が部屋の出口まで下がったのを見て――彼らはこのまま退くのだと、その場の誰もがそう思った。


とん、と宮地の片足が床板を鳴らす。


防刃繊維の下で走る、かすかな金属音。


いつの間にかナイフを抜いた宮地が、老人めがけて駆け出していた。

「宮地さん!?」

ざっと顔面蒼白になった義維が宮地を呼ぶ声。

敵陣から一斉に放たれた弾丸が宮地の羽織る布に次々と当たり、

「ぐ」

宮地の口から苦悶の声。ひるがえった布の隙間から、血色に染まったシャツがのぞく。

戸口に控える千風が珍しく慌てた声を出して、宮地に銃を向けた数人の男を次々に撃ち。

「ぎぃちゃん!」

千風の声に意図を理解した義維が、戸口近くに立て掛けられていたパーテーションをつかんで室内に放り投げる。空中で流れ弾を浴び一瞬で傷だらけになったインテリアが木屑を散らして落下するのをドバト陣営が避ける間に、戸口の裏に控えていた完全武装の宮地の部下たちが一気に室内に突入する。瞬く間に激しさを増す銃撃戦。

義維が宮地の腕を全力でつかんで、部屋の外に引きずり出す。

「その格好で、一人で、無茶です!」

「うっせぇなぁ。面白くなってきたとこだってのに」

口の端から鮮血をぼたぼた垂らしながら笑う宮地が、それを乱暴に振り払う。

「死ぬ気ですか」

「バカじゃねえの」

自信過剰な笑みを浮かべ、ほとんど睨みつけるようにして義維を牽制。

宮地はばさりと布を持ち上げ、先ほど負傷しどくどくと血の滲む上腕を、もう片方の手でさらにきつく縛り上げる。

「脳内ヤバイもん出てっから痛くねぇの」

不気味なほどの、どぎつい笑みを浮かべる宮地。

義維の背筋に――ぞっと悪寒が走る。

廊下の先から駆けてきた増援の部下たちがなにか言おうとするのを一瞥で黙らせ、宮地はすっくと立ち上がる。戸口から顔を出し、老人を呼んで、あおるような下卑たスラングを吐いた。

「調子こいてんじゃねーよ。ぜってぇぶっ潰してやる」

好戦的な表情を浮かべ中指を立てる宮地に、

「……生意気な」

ゆっくりと目を眇める老人。

「認めてねぇのよ年功序列。つかねぇ、いいぜぇ俺は。事を大きくして全滅すんのはどっちか、って話だ」

宮地がぞんざいに言う。

ドバトを狙っているのは宮地だけではない。星と砂がドバトと全面抗争するとなれば、漁夫の利狙いで介入してくる者はそれこそ星の数ほどいるだろう。

「気が向いたら、全面抗争――期待してるぜ」

靴音を鳴らして颯爽と立ち去る宮地の後ろ、

「……狂ってやがる」

老人の護衛である壁際の一人が、心底忌み嫌うように呟く。


***


部下から受け取ったばかりの免状を頭上に投げつつ、宮地が言う。

「ちー、報酬はこれ換金してから届けるわ」

「ん」

「ぎぃちゃんには酒でも持ってくな」

「遠慮しておきます」

「んじゃあ、また飲もうな!」

「……遠慮し」

「寂しいこと言うなよー」

宮地は、白む空を背景に立ち止まり振り返って、

「またな」

とかっこいい笑みを浮かべた。


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