24.宮地と酒場と銃撃戦(後編―1)
すみません。書き終わらなかったので、今週中にもう一話追加します。(後日合算するかも)
ピン、と背後から甲高い音がして、義維が振り向く。
すぐ後ろでコインを弾いて手の甲に隠した宮地が、ダミ声を利かせて威勢よく言う。
「さぁ、張った張った! 丁か半か!」
千風が片手を挙げて笑顔で答える。
「ちょー!」
「よしよし、」
コインを覆う手をどかそうとして、
「おっと、そうだ、ぎぃちゃんも居たな」
ぱん、とまた手で覆う。その腕に千風がぴょんとしがみついて、腕を外そうとする。
「ぎぃちゃんとちー、いっしょなの!」
「ええーここは三人で決めようぜー」
「だーめ!」
顔を突き合わせて揉め始める二人を前に、気を削がれた義維が聞く。
「何の騒ぎですか、こんなときに」
現在地、ドバトの基地内の、とある廊下。
宮地が飄々と答える。
「必要なことだぜ。ツーリングの編成順」
「……突入時の順番、って意味ですか」
「そうそれ、ご名答」
コインを押さえたまま、ぱちん、と指を鳴らす宮地。
「じゃ、しょーがねぇな、今回はちーの言うこと聞いてやんよ」
「ん!」
「次なんかあったら、俺の言うこと聞けよ?」
「ん!」
交渉を終えた宮地が手のひらをどける。現れたコインを宮地と千風が同時にのぞきこんで。
「ちっきしょ、俺が後ろかよ」
「ぎぃちゃん真ん中ね! ちーのうしろ!」
「いや、それは」
「おいおいぎぃちゃん、それ逆にあぶねぇよ。俺とぎぃちゃんでちー挟んだら、ちーの視界、完璧ふさがれるじゃんか。ちーの後ろっつっても、ちーの頭上から撃てるだろ?」
「……はい」
苦渋の表情を浮かべながらも慣れた二人にためらいなく言われて頷く義維。
がしゃこ、と盛大な音がして、宮地の手元で大きなライフルが鳴る。見覚えのない。
「よし、そんじゃ行くか」
「……それ、どこから」
思わず聞いた義維に、
「さっきの奴からかっぱらった。ほれ、進め、ちー」
「あい!」
元気よく答えた千風が、拳銃を構えて曲がり角からぴょんと飛び出す。ぎょっとなる義維をよそに、
「あっちの部屋!」
無人の廊下をたかたかと進んでいく千風。
「お。もう見っけたのか」
「ちー、かくれんぼ、とくい!」
むふん、と誇らしげな息を吐いて、とあるドアの前で立ち止まり。
「てぇい」
ぱすん、と一発の発砲でドアの錠を壊して、
「入りますっ」
いつぞや鉾良に教わったとおりに入室の挨拶をしてから、目の前の薄いドアをトスンと蹴った。
ドアは、開かない。
「……うう、ぎぃちゃん、開かない~」
閉ざされままのドアの前、千風が涙目で振り返る。
ひとつ頷いた義維が千風に近寄り、細く白煙を上げる、外れかけのドアノブに手をかける。
「いくぞ」
「ん」
がちゃり、と音がしてドアが開く。その隙間から千風がぴょんと飛び込む。あわててドアを全開にした義維が銃口を室内に向けてそれを追い、
「あん? 誰もいねーじゃん。何よこの部屋」
その後ろからひょいと室内を覗き込んだ宮地が、そう言って眉を寄せた。
「う? ここね、この前ね、おとーさんとね!」
振り返った千風が飛び跳ねながら答えるのに、
「ああ? 十堂も押し入ったことあるってか?」
宮地が眉を上げて驚いて、「ちきしょう、二番煎じかよ」と悔しげにつぶやく。
「で、――なんじゃこれ?」
ずらりと棚の並んだ、ロッカールームのような狭い部屋。
「――うちの財産だ」
背後から聞きなれない声。
三人はとっさに棚の影に飛び込む。
豪雨のような、怒涛の発砲音。
「あーあーこんなとこ追い詰められちゃってまぁ」
宮地が脳天気にぼやく足元、
「あーまー!」
とつぜん声をあげた千風が立ち上がり――ばさり、と暗い色の布を頭からかぶって敵陣の射線に躍り出る。ぎょっとなる義維をよそに、風をまとって広がった布の下で少女がころりと床を転がり、
とぱぱぱ。
「ぐ……!」
軽快な発砲音、苦悶の声、どさどさと人が倒れ込む音。
再び静寂を取り戻した薄暗い室内で、宮地が棚の間から出てくる。
「ご苦労、特攻隊長ちーせんせ」
「うむ!」
嬉しそうにぴょんと立ち上がって敬礼してみせる千風。そこに義維が寄ってきて尋ねる。
「怪我は」
「ないよ!」
「うーわ、これまた」千風のかぶっている布を宮地がちょいとつまみあげ、「たっかそーな軽量装甲服ですこと」
防刃防弾の繊維を指先で撫でる。
「つーか、これをこいつらに着せてやりゃあ、全滅も盗難も免れたのにな」
そう言った宮地が、皮肉気な笑みを浮かべて足元の死体を靴先で転がしてどかし、戸棚から2着の軽量装甲服を取り出す。
「ほれ、ぎぃちゃん。戦利品その一」
ばさりと投げられた黒い布を、義維は礼を言って受け取り手早く身に着け、
「……ちー、それ、動きにくくないか」
「んー?」
大きな布の中でもそもそやってる目の前の千風を見下ろし、不安げに尋ねる。
「ガキ用なんかねぇし、そこらへんのナイフじゃコレ切れねぇからなぁ。しゃあねぇ」
そう呟いた宮地が、戸棚から予備のバックルを取り出し、千風の前にすとんと膝立ちになり。
「ほれ、じっとしてろ」
「んー!」
宮地の手が、広げた布を千風の首の周りにぐるっと巻きつけて、カチンと専用のバックルで留め、首の後ろでちょうどフードのようにだぼついた布を頭の上にかぶせてやる。
「なんかあったら、ここんとこ、もぐりこめな」
「ん! うっふふ、ちー、だんごむし! あるまじろー!」
濁った色の布で不格好に覆われた千風が、浮かれた様子で両手を広げてくるりと回る。その出来栄えに「まぁ学芸会レベルだな」と宮地が悔しげにぼやいて。
「……アレだな、ちー。ヤバかったら最悪そのまんま、壁際に体育座りでもしてりゃあ誤魔化せそうだわ」
「こーう?」
たかたかと壁際に駆けていって、ちょこんと座り込む。
「そうそう、名女優だぜ、ちー」
「えっへん!」
廊下の先から複数の足音が近づいてくるのを耳にして、宮地が立ち上がる。
「動くな!」
騒ぎを聞きつけ飛び込んできた男たちに、3つの銃口が向けられる。
――とぱぱぱ。
男たちが苦悶の声を上げ、一斉に地に伏した。あっという間に訪れる静寂。
「やっぱ、ちーと来ると楽だねぇ」と宮地。
「みゃじ、手ぇ抜いちゃ、め!」
黒い長手袋の端をぐいと引き上げながら千風が吠える。
「あいあい」
気だるげに肩を振りつつ宮地は死体に歩み寄ると、伏せた一人の首元から出ているボールチェーンを引き抜く。チリ、と鳴る、金属製の認識票。
「ふーん、第一銃撃部隊の23-A班ね……いつの間にここの配備になったんだぁ?」
ぼやきながら立ち上がる宮地に、左右を見回しながら千風が聞く。
「みゃじー、待つ?」
「いや、いーよ、とっとと降りちまおう」
「ん!」
義維には分からない会話を交わした二人は、義維を間に挟んだまま縦一列で廊下を進み――100米ほど歩いたところで、先頭の千風が突然立ち止まって、おお、と歓声をあげた。ちょうど義維の臍の前くらいにある小さな頭が、ひょこひょこと左右に揺れる。
「みち、ちょっと変わった!」
後ろから宮地の声。
「まぁそりゃあ、お前と十堂がさんざ暴れ回った後じゃあ、修復ついでにそれなりに増改築もするだろーよ」
「んーん、そんなに壊してないー」
「はぁ? なら何しに来たのよ」
「おーかみさんの大きいお船なくなっちゃってね、ドロボウさんに聞いたらね、おとーさんはとさんの、部下のヒトに売ったってゆうからね!」
「はあ? 狼の大型貨物船パクった野郎がいんのかよ、どこのどいつだ?」
「……んん?」
首をかしげる千風。火薬くさい頭をぼりぼりと掻く宮地。
「まぁいいや、あとで依頼元に確認するわ。どこだ?」
「お仕事もってきたのはねぇ、りんちゃん!」
「アイツか。――ま、とりあえず」
がすん。
宮地の足が、脇にあった鉄扉を蹴り開ける。
「幸先いいな、一発目からアタリ」
のぞきこむなり手招き。千風がトコトコと寄っていく。
宮地の親指が、薄く開いた扉の向こうの暗闇を示し、
「いるか?」
「いるよ」
さっと扉を開けた宮地が、階下に向かってなにかを放り投げ、すぐに閉める。
「ぎぃちゃん、ちー掴んどきな!」
肩の布をかぶって近くの床に伏せつつ宮地が叫ぶなり、猛烈な爆風。
粉塵の飛び散る中、義維の腕にがっちりと抱きかかえられた千風が興奮気味に両足をばたつかせる。
扉の向こうの階下で、何かがぱちぱちと燃える音と、別の何かが転がっていく音がする。
宮地がゆっくりと立ち上がる。
「みゃじ、いまのなにー?」と千風。
「なじみの武器屋の新商品。なかなかいーじゃねーの」
「それ、ちーも、欲しい!」
「おおし、今度何個か持ってってやんよ」
「ん! やくそく!」
うれしそうに答えた千風が銃を持ち上げ――壁に備え付けられた、何らかのセンサーらしきものをぱすんと撃ち抜いた。
壊れかけの空調から異音と異臭が流れ出てくる。
「はーん、こりゃ早々にダクトがイカれたかねぇ」
傾いた天井を見上げて、宮地がのんびり呟く。
***
「こちら三階北側D-2区画! 侵入者2! 現在応戦――ぐあ!」
悲鳴をあげた男の側頭部から鮮血が飛び出る。その手元から飛んだ端末が床に落ちてからからと回る。宮地の靴がそれをバキンと踏みつけて。
「おせぇよ、ちー。所在バレちまったじゃん」
ぷっくりと頬を膨らませた千風が、隣の部屋からひょっこりと顔を出す。
「い、言い訳、しないっ」
数分ぶりに合流した宮地は靴音を鳴らして二人に歩み寄る。いつの間にかクチャクチャとガムを噛んでいる。
「ほらよ」
ぽいと投げられた金属瓶を受けとる義維。キャップを少し開けると、とたんに香るきついアルコール臭。
「……蒸留酒、ですか」
「おうよ、海向こうのだけど結構イケるやつよそれ、かなーり辛口」
微妙な表情をする義維を差し置いて、
「ちーにはこっちな」
個包装の貝ヒモを少女にぽんと手渡す。
「おつまみ!」
喜ぶ千風の横、とたんに顔をしかめる義維。
「……そこの部屋にあったやつですよね」
「おう。未開封だし大丈夫だろ」
義維が制止する間もなく、早速開封してもぐもぐしている千風。
「ぎぃちゃん、あい! 一個あげる!」
「……ああ」
受け取って小さくかじり、まぁ大丈夫かとうなずく義維の横で、宮地が羽織っていた防塵繊維をめくり、その下の汚れた上着を脱ぎ捨てる。にじんだ汗で黒く変色したシャツのずれを直して、布を羽織り直す。
「さて行くか」
がこん、と宮地の手が、壁の裏にあった何かを引き寄せた。
工場などで見かける、運搬用の小型モービルだ。それにひらりと飛び乗る宮地。エンジンをかけるなり、唖然とする義維の前を猛スピードで抜けた自動車は、廊下の角から現れた部隊に正面から飛び込んで一気に蹴散らしていく。
千風が「きゃー」ととてつもなく甲高い歓声をあげ、宮地とモービルを追いかけて駆け出す。
「ちーも! それ! 乗るー!」
「まぁ待て待て、俺もさっき見っけたとこなんだよ、順番な!」
廊下のはるか前方から楽しげな宮地の声。
「ん!」
駆け寄りながら援護射撃をする少女。
宮地のモービルが搬入用らしき細い通路を軋ませながら抜ける。
「おお、それっぽいな。ここか?」
モービルから下りた宮地が、突き当たりにあるハッチの水密扉を開けつつ呟く。続いて部屋に入ってきた千風が棚から何かを引っ張り出す。
「みゃじ! あい、これ!」
「ん? こりゃあ……」
ばさりと手渡される紙束。義維も横からのぞきこむ。
「お抱え工芸作家の目録だーな」
ぴゅう、と口笛を鳴らす宮地。
「だーな!」
ひゅう、と真似をして息を吹く千風。
義維が目を見開いた。
「宮地さん、これ、まさか……」
「あら、ぎぃちゃんご存知? ウチの姐さんが最近ご執心でね」
「ごしゅーし?」
首を傾げる千風の頭をぐりぐりと撫でつつ、宮地が紙束の表紙を義維のほうに向けた。
――それは、蝋鐡、あるいは、虹彩金属、などと呼ばれる。
建材や、武器の素材としてだけではない。玉虫や螺鈿に似た、構造色特有の、角度や環境光によって無限に変わる変幻自在の輝き。他のどの素材よりも滑らかな虹色を呈す。
その色彩に魅せられる者は、少なくない。
ただの破片だけでも至宝と言われる。世界中の名だたる資産家が熱狂的なコレクターであることを名言していて、その値は釣りあがる一方。
物性が合金に似ていることからそう呼ばれているだけで、厳密には金属ではない。
とにかく。
一攫千金を夢見て争奪戦に加わり、あっけなく命を落とす者も少なくはない。
「ザコしかいねぇこんなボロ倉庫に、金目のモン置いとくのが悪ぃ」
横暴な理論で断言して、部屋の隅に雑多に積まれていた鋳塊を機嫌よさそうに掴み上げる宮地。
千風が笑顔で言う。
「みゃじねー、きらきら好きなの!」
「俺じゃなくて姐さんのシュミよ」
「せーちゃん!」
飛び跳ねる千風の横を抜けた宮地が、「さてと」と言って奥の扉に銃を向ける。
――三発の銃声。
扉の向こうから小さな悲鳴と物音が聞こえる。
宮地の発砲に対して、反撃はない。
「入るぜー」
宮地がそう大声で言い、手近なところに立てかけてあったバルブ用の大型ハンドルを扉に向けて投擲。派手な音を立てて扉が開く。
薄暗い部屋に、真っ白な羽毛が舞い上がっている。
その奥、がたがたと震えている痩せぎすの少年が、数人。
「ふぃーん。そこそこ優遇されてるじゃねぇの」
部屋の中を覗き込んでから、宮地がニッと口角を上げて親指で出口を示す。
「いいぜ、こんだけとなるとちょうど職人も足りねぇし。俺んとこくるか? ここ寝返る気概がある奴ぁ連れてってやる」
「……え……?」
少年たちがどよめいて顔を見合わせる。
「どうする?」念押しのように聞く宮地に、
「い、行きますっ」
数人が慌てて駆け寄った。
「ちー、あれは?」
別の部屋からどこかへと駆けていく少年たちの姿をじっと見送る千風に、そっと寄った義維が指をさして聞く。うん、と千風は小さく返すだけ。
「みゃじはねぇ、にげるひとは追わないのー」
のんびり言いながら装填作業をする少女に、
「……そうか」
とだけ、義維は答える。
少年たちを連れた宮地が部屋を出ようとして――
「おわ」
割と近くで鳴った発砲音に頭を引っ込める。
近づいてくる足音に、宮地が千風を呼んだ。
「おいおい、挟まれちってね? どーすんの」
「んー」千風は動揺したふうもなく、きょろりと見回したあと、「あっち!」
一方向を指さして、駆け出す。
「あっちー? わんさかいんぞ」
「いーの! こっち!」
一室の扉を開けて迷いなく飛び込むと、シャワールームらしきタイル張りの壁の裏側にしゃがみこんで全員を手招く千風。同じくしゃがみこんだ宮地のすぐ頭上を、ごうお、と炎をまとった熱風が吹き抜ける。
「…………え?」
義維の呆けた声。どすんと宮地が尻餅をつく音がした。
壁にかかっている磨き抜かれた鏡面が、義維の目の前でバシャアと砕けて一気に落ちる。
いつの間にか壁の向こうと応戦している千風を見とめ、隣の義維も銃撃戦の合間に壁の向こうの様子をうかがう。ごうっ、と音を立てて噴射される炎に逃げ惑う男たちが数人。
「……か、火炎放射器……?」
固まる義維の前、
「ああ、あいつら来たのか」
宮地が呟いた。
タイル張りの頑丈な壁をバリケードがわりにしてしばらく撃ち合い、やがて全員を撃ち取って、宮地が立ち上がる。陣形を組んで現れた部下たちに手をひらひらと振る。
火炎放射器を担いだ硬い表情の男たちの硬い挨拶を遮った宮地が、
「そんじゃそこいらの鋳塊と鍛冶職人、テキトーによろしく」
がしっと義維の肩を掴んで、
「俺らぁ先いくよん」
さっさと歩き出す。それをとことこ追いながら、
「あとでねー!」
千風が両手をぶんぶん振るのに、男たちはきっちりとした挨拶ときっちりとした一礼を返した。
***
――ぱぱん!
派手な音がして、鮮血が散る。
宮地の背後から闇に紛れて狙いを定めていた数人が、声もなく倒れる。
しゃがみこんで銃を構えた女児が、緊張を解くことなく、周囲をゆっくりと見渡す。
「くそ、無闇に近寄るな!」
司令官らしき最奥に控える黒ヘルメットの男が、悔しげに叫ぶ。
「グッジョブ、ちー」
いつもどおり軽薄に言いながらも、宮地の目がぎらりと光る。
黒ヘルメットの男は完全武装の少女を見て、呟く。
「まさかそれが……例の」
「お、初対面? 挨拶代わりにぶちかましたれ、ちー」
笑いながらそう言う宮地に、
「もうやってます」
呆れ気味に義維が答える。
***
その様子を、モニター越しに一人の男が見ている。
「実在していたとはな……面倒なものを連れてきやがって」
そう、つぶやいて。




