23.宮地と酒場と銃撃戦(中編)
断続的な発砲の間、物陰からそっと顔を出した義維が侵入者の様子を伺う。
「宮地さん、撃ち返しても良い相手ですか」
「んな悠長なこと言ってるうちに撃たれちまうぜ、ぎぃちゃん。あいつら第一銃撃部隊だ、ドバトの」
同じように顔を出して敵の姿を捕捉するなり出された宮地の回答に、義維はいぶかしげに眉を寄せた。
「鳩が、なぜこんなところに……」
たぱぱぱ。
散弾銃が野蛮に薬莢を散らす。
「くたばれ宮地ィ!」
発砲音と悲鳴の合間、そんな声が聞こえてきて――義維の目が、ゆっくりと宮地に向けられる。
「あーそういや、ついさっき、あいつらんとこお邪魔したっけな?」
そらっとぼける宮地。
知りたくもなかった『荒稼ぎ』の中身を知る羽目になった義維は黙って顔の向きを変え、壁にかけてあった写真を眺める。怪しくも煌びやかなポールダンスショー。それらの表面を覆うアクリルが次々に蜘蛛の巣状に割れて、傾いて、床に落ちて散る。
「おぉい店長! 生きてっか!?」
宮地がカウンターの奥にしゃがみこんだはずの男の名を呼ぶと、敵からは死角になる位置で、背広姿の男がゆっくりと顔を出すのが義維の目に見えた。
「装備のストック、あんだろ。ぜんぶ出してそいつに渡して」
宮地が指さした先で、二丁の無骨な拳銃を構えて、近寄ろうとする敵にきっちりと応戦している女児。ようやくその姿に気づいた店員たちが皆一様にぎょっとなる。
「え……!?」
「ち、ちーちゃんに?」宮地のすぐ横にしゃがみこんでいるレイナがうろたえる。
「大丈夫」きっぱり答える宮地の奥で、
「早く! ちょーだい!」
弾切れの銃をごとりと足元に置いた千風が、店長に向けて空いた片手をぶんぶん振る。と、思うとすぐに代わりの銃を出し、敵襲の止んだ瞬間を突いてひとつ後方の柱の影に下がってきた。店長は戸惑いながらもカウンターの奥から段ボール箱を引っ張り出してきて、
「お前ら手伝え、――投げるぞ!」
近くのボーイ数人を呼び寄せて、宮地と少女に箱の中身を次々に投げ渡した。
「よっし、こんだけありゃ」
受け取った銃器をいくつか義維にも投げてやり、残りを足元に並べてニヤリと笑った宮地が顔を上げ――弾切れの心配の減った千風が、先ほどまでの反撃など気のせいだったかのような、べらぼうな早撃ちで前線の敵を次々と仕留めまくっている。それを目の端に捉えた宮地が小さく苦笑して。
「くるよ!」
更に後方に下がり、ソファの裏に駆け込んだ千風がそう叫んだ直後。
ごがん、と盛大な破壊音。
部屋を揺るがす振動とともに壁から天井にまで亀裂が走り、がらがらと建材が崩れ落ちる。ぽっかりと空いた穴から堰を切ったように、武装した群集が屋内にどっと押し寄せてきた。
先ほどまでとは比べ物にならない射撃音。
女たちの引きつった悲鳴。
「ぎぃちゃん、いーれて、っと!」
騒音の中、宮地が義維と同じソファの裏に飛び込んでくる。
「あ」
その瞬間、宮地の視界の端に躍った、見間違えようもない銀色。
「……宮地さん?」
突然黙りこくった宮地に、応戦中の義維が不審そうに声をかける。
「……ぎぃちゃん、ちっと小遣い稼ぎしない? あぁいいや、断っても連れてくわ。俺に雇われよう、な?」
宮地はぺらぺらといつもの調子でしゃべって自己完結したかと思うと――振り向いた義維のすぐ鼻先に、ぎらり、と刃渡り大きめのナイフが光る。息を呑む義維。宮地はそのまま、
「ちー!」大声で後方に声を投げる。「把握したか? そろそろいけっか? 俺ちぃっと急ぐんだが」
「もーいーよー!」
穴だらけのソファの裏から、脳天気な返事が飛んでくる。
「宮地の位置を確認!」
二人のやりとりを聞きつけた敵側の銃口が、宮地と義維の潜伏位置に向く。すぐに始まった豪雨のような一斉射撃に、義維の前方に見える柱がものすごい勢いで削れていく。目の前にあるソファが撃たれる振動も伝わってくる。
義維が苦悶の表情を浮かべるのと対照的に、相変わらず動揺の欠片も見せない宮地が、目の前に落ちていた板切れを拾い上げて盾のように立て、
「後払いで頼むわ」
「ん!」
千風との軽い会話のあと、
「え」
驚く義維の前でいきなり足を踏み出し、銃弾の嵐の中に突っ込んでいく。
「宮地さ……!」
青ざめる義維の前で、ひらりとまるで手を振るみたいに宮地のジャケットの端がひるがえり、すぐさまソファの陰に消えて見えなくなる。その姿を追うように顔と銃口を出した義維は、
「来たぞ、宮地だ――ぐがッ!!」
そうわめいた敵側前線の男とその周囲にいた5人程度が、千風の連射でほぼ一斉に倒れるのを見た。
宮地の右手にあったはずのナイフは接触した敵陣数人の肉をえぐり、そのうちの一人の腹部にいつの間にか深く突き立っている。苦悶の声をあげた男は、そのまま後方へどさりと倒れた。
義維が宮地の右手に目をやったときにはすでに、そこには激鉄の上がった拳銃が握られている。板切れを左手に、堂々と姿を晒して敵陣に駆けこむ宮地に、身を隠し戦況を見ていた千風以外の誰もがどよめく。
さらに数を増した発砲音と、敵陣から幾多のくぐもった声、人体に衝撃を与えたとき独特の、にぶい音。
誰かの血液と酒の混ざり合った汚い液体が、義維の足元にまで流れてきた。
宮地に向けられた銃のいくつかを撃った義維が、一度頭を引っ込めて、銃を持ち替えすぐに顔を出したときには――あれだけの大群の大半がすでに伸びていて。
優勢だと思っていたらしい後方の若い数人が悲鳴を上げて戦線から逃げ出していく。
俊敏に動く宮地の背を見つつ、義維は少ないながらも尚も抵抗する残りの敵を撃ちながら、鼻から息を逃がす。
千風の後方支援あってこその、無茶苦茶な突撃だ。あの人数を相手に単身で突っ込んでいって、五体満足のまま追っ払うなど、並みの人間に到底できる芸当ではない。
「ぎぃちゃん」
体を低くしたまま千風が駆け寄ってきて、義維の後ろにぴったりと張りつく。
「千風、怪我ないか」
「ない!」
「よし」
二人の視線の先で、宮地のさらに奥、先ほど空けられた穴の向こうから武装した数人が現れる。
新手か、と義維が銃を構えようとするのを、千風がとめる。
「みゃじの、ぶかのひと」
「そうか」
穴の周囲にいた数人を撃ちとって室内に入ってきた黒服の男たちが言う。
「――宮地さん、正面側、制圧完了しました」
部下からの呼びかけに振り向くことなく、宮地の右足が、目の前にいた一人の男を蹴り飛ばした。男の胸ポケットから落ちたサングラスが絨毯の上を滑る。うめく男を乱暴につかみ上げ、宮地が胸元のボタンを引きちぎる。金属の粉末のようなざらつく粒子を、親指の腹でじっくりと撫でて。
「なぁ、これ、鉱滓だろ?」
男が息を呑んで見据えた瞳の奥――にぃ、と不気味に笑う男。
「ふーん、あれで全部と思ったが……まさかまだ鋳塊、隠し持ってたとはねぇ」
直後、店の奥側、先ほどまでの騒動とは反対側の方角から、動転しきったわめき声と怒涛の発砲音が聞こえてくる。
義維が振り向いてカウンターの奥、バックヤード側に銃口を向ける。千風がはっと顔を上げて、逃げるように義維の背中に隠れる。その様子に義維は表情を引き締めた。
ばたばたと無数の荒っぽい足音が近づき、従業員用の扉がバンと開け放たれる。
飛び込んできた迷彩服の男たちが室内に向けて銃口を構え――だが一発も撃つ前に、悲鳴を上げて次々と倒れる。
「え、な、なんだ?」
近くで地面に伏せていた、見知らぬ男性客が動揺しきった声で言う。
義維がさっと千風を見るのに、千風が見上げて答える。
「あのね、挟み撃ちの挟み撃ち」
意味を図り損ねた義維が問い返す前に、
「宮地さん」
倒れた男たちの後ろから、ライフルを構えた黒ヘルメットの男が落ち着き払った声でその名を呼んだ。ごついブーツが、積み重なった死体を踏み越えて近づいてくる。
「裏口側、制圧完了しました」
「遅ぇよ」
防弾ベストを着込んだゴツい胸板を、拳銃を仕舞ってつかつかと戻ってきた宮地の手がどんと叩く。サングラスの間から物言いたげな鋭い目がのぞく。
「なによ?」と宮地。
「……お言葉ですが、今からプライベートだついてくんな、とおっしゃったのは他ならぬ」と部下。
「お前、まじでバカだね。追う側の気持ちになって考えてみなさいよ。一番の狙い時は、護衛もつけずに酔っ払ってふらふら夜の街に出歩くプライベートタイムに決まってんだろー?」
ということは、つまり。
千風を背中に引っ付けたまま立ち上がった義維が、寄っていって宮地にたずねる。
「……宮地さん、今日呼び出したのは、わざとですか」
「あん?」
「いえ」
「人聞き悪ぃこと言うなよぎぃちゃん。俺は毎日こんなんだぜ。な、ちー」
「ゆきちゃんのほうが多いよ!」
「そうだろなぁ」
千風は宮地の部下の視線に気づくと、慌てて義維の背に隠れる。
義維は宮地の部下を見た。見た目は確かに迫力があるが、宮地の奔放で横暴な言葉にもひどく従順で、どちらかというと大人しそうな大男だ。
義維が宮地にたずねる。
「新しい方なんですか?」
「いんや? ちーとも顔見知りだけど、こいつらにゃ前科があんだよ」
「前科?」
「そ。俺が目ぇ離した隙に、そこいらのガキども掻っ攫うのと同じように、ちーのことバラして売ろうとした」
義維の目が、ゆっくりと背中の千風に向く。
「まぁもちろん、当の本人はちーが自分で『処分』したけどな。服装と背格好が似てっから、嫌なんだろ」
そう言って、宮地がひょいと千風を抱き上げる。埃やらなにやらで薄汚れた千風の服をぱっぱと払ってやり、店長以下従業員の名を呼んで集める。
「充分わかってると思うが、一応、釘刺しとく。撃ったのは俺とぎぃちゃんだけだ。こんな子どもは銃なんて撃たない。そんで、お前らはコイツの名前も知らない、そうだな?」
その意味を咀嚼してから、店長の男がゆっくりとうなずく。
「生き残ってる客にも徹底させとけ」
「かしこまりました」
「あとの処理はこいつらがやっから」
宮地の手が、どん、とすぐ横に立つ男の胸板をたたく。
「またくる、じゃあな」
呆然と突っ立つ数人を押しのけて、宮地が裏口から店の外に向かう。
「あ、みゃじ、けがー!」
わめきながら千風がそれを追って駆け出す。一礼した義維がそれに続く。
地面に散らばる死体やら銃やら酒瓶やらを避けつつ、暗い通路をずかずか進んだ宮地が、最奥の鉄扉をぐいと押し開ける。
裏通りは照明も少なく、夜空がくっきりと見えた。
「みゃじ、みゃじ、うで、血!」
店を出たところで立ち止まった宮地に、追いついた千風がしがみついてわめく。あん? と自分の腕を左右見下ろしてから、
「あぁほんとだ」
左の上腕ににじむ血にたった今気づいたかのような声をあげる宮地。
ハンカチを取り出して「止血を」と言った義維に、
「そんじゃよろしく」と宮地は腕を差し出す。
義維がきつめに宮地の上腕を縛り終えると、
「さぁてと」
不規則に明滅する街灯の下で、宮地が両腕を挙げて大きく伸びをする。夜風をまとったジャケットのすそがおおきくはためく。
「で、飲み足んねぇよな?」
企みのありありと詰め込まれた宮地の笑みと、否やの答えを許さない念押しのような言葉。義維が返答に窮した一瞬の間に、
「つーか醒めちまったよな。またイチから飲み直しか。あ、ぎぃちゃんザルだっけ、なら尚更だな」
更に宮地がまくしたてる。義維が横に目をやるが、そこにいた千風は自分のみつあみを熱心にいじっているだけ。義維の肩にのしかかってきた宮地が、意地の悪そうな笑みを浮かべて続ける。
「てゆーか、まだそこらへんに結構な数いると思うぜ。ぎぃちゃん顔見られてっし、ちーは目立つし、十中八九、俺の部下だと思われてっから。このまま帰るってんなら――全員まとめて鉾に連れて帰るってんなら止めやしねぇけど」
「……どうすればいいですか」
「そりゃまあ、この足でとっとと片付けに行きゃあ済むでしょ」
「……つまり」
「根幹を、ぶったたく」
凶悪な笑みを浮かべる宮地に、義維が眉を寄せて聞く。
「鳩、ですよね?」
「今、いくつか上がって来てんだよ」
と、そこで、わき道から数人の男が顔を出し、宮地と目が合うなり大声で叫ぶ。
「いたぞ! こっちだ!」
「やべ」
とっさに宮地が反対方向に駆け出す。
「わう」
千風をひったくるように抱えた義維も続く。
***
「よし、撒いたか。眠くねぇか、ちー」
宮地が立ち止まって振り返る。千風を抱きかかえたまま全力疾走した義維が息を整えている。
「んー、さっき眠かったけどねー」
義維の上着の肩章を、抱かれたままの千風がくいくいと引く。
「ねぇぎぃちゃん」
「どうした」
「今日は、まだ寝なくてもいい?」
この非常時にただ純粋に夜更かしをねだる少女に、義維は微妙な表情を浮かべ。
「……ああ。今、寝られたら困る」
ぶは、と宮地が吹き出す。
「いいねぇ、鉾は優良託児所だな! まさか消灯時間に全員、一斉就寝してんじゃねーだろうな?」
顔をしかめた義維に、「冗談だぁって」とげらげら笑い続ける宮地がのしかかる。
義維が端末を取り出す。一緒になって画面をのぞきこんで、千風が聞く。
「りーだーにおでんわ?」
「ああ」
近づいてくる足音をかすかに聞きつけて、
「そんな暇ねぇと思うけどね」
宮地がぼやく。
足音の方向に、千風の銃が俊敏に跳ね上がる。
次第に鮮明になる足音がやけに軽い音だと気づいた義維が眉をひそめ、
「――ずいぶん走ったわね。ちょっと探しちゃった」
女の声がした。赤いドレスを着た派手な外見の女性が、高いヒールを鳴らして歩み寄ってくる。
突然現れた女に、宮地は別段驚いたふうもなく、なんだお前か、と気安い感じで言った。
「ん、お前、店に出てた?」
「居たわよ、どこぞの成金社長様のご指名で、ずっと前から、奥の席に」
「ああそ。ぎぃちゃん、こちら早房。惚れんなよ。良いことねぇぜ」
女性は悲しげな笑みを浮かべて、長いネイルで飾られた細い手を自分の頬に当ててつぶやく。
「ひどい言い方」
「実際そうだろうがよ。ふらっらふら、どっちつかずのスパイの真似事みてーなことしてんの」
「それ言うなら、あなたの方が物騒なことしてると思うのだけど。私、暴力は嫌いだし、あなたみたいに物騒なことはしてないわよ」
「あーそうな、お前自身は、な」
直接手を下したことなどなくとも、数々の屈強な男たちを誑かしては手足のように使った結果、結構えげつない末路をたどっている標的が大勢いることを知っている宮地は、あいまいに答えて遠い目をする。
「で、その子は?」
女は、自分をじっと見つめたまま銃を下ろそうとしない女児を見る。
「ん? ちー」と宮地。
「あらそう、この子が」
宮地があだ名を言っただけであっさり納得した早房に、義維は目の前のか細い女性が、天祭の存在を知る程度には区域内の要人であることを知る。
「で、こちら鉾のぎぃちゃん。今、ちー鉾にいっから」
「あらそう」
とりあえず一礼しておく義維。
千風が疑問符を浮かべまくりながら宮地を見る。
「んんん、みゃじのおともだち?」
「いんや? 銃はそのままで良いぜ、こいつは何しでかすかマジで分からん」
「あなたがそれ言う?」
「だってな。大体、お前いまどっち側についてるのよ」
宮地の問いに、ルージュを引いた唇が蠱惑的な笑みを形作る。
「良いわよ、ちょっとだけ、教えてあげる」
はぐらかすような答えにため息をつきつつ、ほらな、と同意を求めるように義維に言った。
それから、はたと顔をあげて。
「お前、もしかしてさっき、俺がドバトに出向いたときも近くに居た?」
「ふふ。笑っちゃった」
「……てめー」
早房が無邪気に笑いながら、義維に告げ口のように言う。
「この人、さっき昼間、単身、正面突破でドバトの基地に乗り込んで、数百万強奪してきたのよ」
「さすがに奥まではムリだったわ」
からりと笑う宮地に、思わず呆れた目を向ける義維。
「なんで、単身だったんです」
「いやぁ、いける気がして」
「……」
なぜか照れたように笑う宮地から、理解しあえないことをようやく悟った義維はとりあえず視線をそらしておいた。
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