21.弾帯溝と武器商
「お。一人でお留守番か、ちー」
テーブルに片方の頬をぺったりとつけて暇そうに伸びている千風を見つけて、若手の一人が気安い声をかけた。
「ん。ぎぃちゃん、かいごー」
「会合? ああ、そうだな、今日だな」
赤毛の青年は頷いて、買ってきたばかりのカーテンをどさりと床に下ろしてから、壁にかけてあるカレンダーを見る。
千風がポケットから取り出した銃弾をテーブルに転がして遊びはじめる。
「そんなもんで遊ぶなよ、ちー」
男が言うのに、別の男がやってきて笑う。
「おっ前、ちーに夢見すぎ」
「うっせぇ。ん? これなんか削れちまってるぞ」
赤毛の青年は転がってきた一つを摘み上げて、見慣れない溝を指でなぞる。
「ちがうよ!」
顔をあげてきゃんと吼える千風の頭の上から、別の手が伸びて銃弾をかっさらう。
「わざと細工してあんだろ、これ」
「おお、聞いたことあるな。これがか。すげぇ」
「やー! 返してー! それちーの!」
「おおわ、ごめん、ごめんな」
半泣きで甲高くわめく少女の小さな手に、二人は慌てて銃弾を返す。
赤毛の青年が欲に満ちた目で千風の前にしゃがみこんで言う。
「な、それ一個ちょーだい? 俺も作ってみてぇ」
千風は銃弾を隠すように手の中に握りこんで、きっぱりと首を振る。
「おとうさんがね、高いからあげるのダメって」
その言葉に、男二人はゆっくりと顔を見合わせ。
「…………高い?」
「うん。これ作って、暇なときに売るんだよ……あう?」
言い終わらないうちに横抱きに抱えられた千風は、キョトンとした顔のまま最寄りの武器屋に連行された。
少女の手から差し出された銃弾を一目見るなり、店主はじろりと若い男二人を睨む。
「どこで手にいれた。曰く付きなら買わないよ」
「い、いえいえ! そんな!」
慌てて首を振る二人に、店主は疑い深そうな目を向けつつ金額を提示した。男たちはちょっとした悲鳴と大声をあげて大きくのけぞる。
「ええ? これ一個の値段っすよね?」
「価値を知らんのか」
カウンターのフチから、千風がひょっこり顔を出す。
「ちょっと高くなった!」
「嬢ちゃんはよく知ってるね。最近、この型は品薄なんだ」
目の前でひょこひょこと楽しげに動いている小さな頭を見つめてから、そうだろうな、と男二人は黙したまま顔を見合わせる。
「で、売るんか、これ」と店主。
「あい!」
元気よく返事をした千風が、突き出した手をカウンターの中央でぱっと開く。ばらっと転がり落ちる鈍色の銃弾。カウンターから落ちそうになる貴重な銃弾を店主が慌てて押さえ、その数を数え。
「おいおい、ウチの金庫を空にするつもりか」
「うんとねー、じゃあねー」
店内の陳列棚のほうにたたっと駆け出していった少女が、
「これほしい!」
高い位置に置かれていた狙撃用スコープを指さして飛び跳ねる。その値札に連なるゼロの数に、青年たちはぎょっとなって。
「いいや、だめだ、いっぺん帰って義維さんに相談しねぇと」
「やだー自分で買うもん!」
「だめだって」
千風の所持金を知らない若手たちが、ごねる千風を抱き上げようとする。
「やー」
じたばた暴れてその手から逃げ出した千風が、ついに顔を真っ赤にして、べそべそと泣き出す。
その横に、すっと影。
「これかい?」
穏やかな声で言って、見知らぬ男が最高級狙撃用スコープに手を伸ばす。
「あっそれちーが! ……ううう」
ゆっくりと背をかがめた長身の男が、手に取った黒い筒をそっと涙目の千風に差しだす。続いて、数十枚の紙幣が男の手から店主に手渡される。
黒革の財布をコートの下に仕舞い、帽子の位置を直した壮年の男は、
「またね」
柔和な笑みを千風に向けると、颯爽と店を去っていった。
「へ……?」
茫然と固まる青年二人。
紙幣を仕舞いこんだ店主が、パイプをふかしながらどうでもよさそうに言う。
「良かったなぁ嬢ちゃん」
「う!」
手の甲で涙を拭った千風が、ぎゅうとスコープを抱きしめる。
***
「で? その素敵な御仁は、一体、どこのどなただ……?!」
「ん?」
上機嫌でスコープをいじくりまわしていた千風がきょとんとする後ろで、床に頭をこすりつけんばかりに土下座中の若手二人。鉾良のこめかみにばちりと青筋が浮かぶ。
「お前ら……。はぁ、吐き気してきた」
ノックとともに外側から扉が開き、いつもどおりの無表情で義維が部屋に入ってくる。鉾良が苛立たしげに睨みつける。
「遅いぞ、どこほっつき歩いてた」
「武器屋に。店主に常連ということだけ教えてもらえました。来週の同じ時間、ちーを連れて店に行ってみます」
「義維さぁーん!」
わめいて飛びつく二人を、義維がめんどくさそうに押しのけていた。
***
「ぎぃちゃん、あのひと!」
いつもの銃弾を買い揃えて店を出たばかりの男の耳に、可愛らしい声が届く。まっすぐこちらを指し示す少女の指を、少女の隣に立つ長身の男が下ろさせた。にぱっと笑った少女が、真新しい水玉模様のワンピースのすそをはためかせて駆け寄ってくる。
「おや、」
近づいてきた見覚えのあるその顔に、最高級スペックの狙撃用スコープを連鎖的に思い出す。少女の隣の男が、無表情のまま一礼して言う。
「先日は、うちの若い者が失礼致しました。こいつにスコープ買い与えていただいたそうで。支払います」
財布を取り出そうとした義維に、銃弾の入った小包を抱えた背広姿の男は柔和に微笑んで、もう片方の手のひらを義維に向けた。
「気にしなくて良い。私が勝手に贈ったんだ。こういう年長者の道楽は、ただ甘受しておけばいいんだよ」
義維は、意図を読もうとするかのように男の顔をじっと見つめたあと、
「では、お言葉に甘えて」
一礼して、千風の背をぽんと叩いた。弾かれたように千風が飛び跳ねて言う。
「どーもありがとう、ございますっ……んーと、だいじに使います!」
「ああ、そうしてくれ」
子ども好きらしい男の目尻に、短い笑いじわが浮かびあがった。
そこへ、男が数人通りかかり、武器屋の前で立ち話をする義維に、きっちりとした礼をしてから立ち去る。
通り過ぎたあとで、一番若そうな顔立ちの男が、隣の先輩らしき男に問いかける声が聞こえた。
「あんな人、ウチにいましたっけ」
「バカか、鉾の義維さんだ。ちゃんと顔、覚えとけ」
「えっ、鉾の? は、はい」
こそこそとしたやりとりが聞こえなくなったあと、義維の目の前にいる男が驚いたような顔を向けた。
「鉾の、と言ったかい?」
まじまじと千風と義維を見る男の目線に、怪訝な顔をしながら義維が肯定すると、ああ、と男が手を振った。
「失礼。てっきり、どこかのロウシンの子だと思っていたものだから」
瞬間、義維の目つきが変わる。
「……そう判断された、理由を聞いても」
「安心してくれ、君たちの事情は何一つ知らないよ。ただ」
男は千風の前に片膝をつき、そっと手をとる。
「手の小さい人はね、ここにタコができる。『使う』と思ったから差し上げただけだ」
うなずいた義維を確認すると、男は立ち上がって膝の砂を払う。
「しかし、関心しないな。その態度では、『何かある』と自ら触れ回っているようなものだよ」
にわかに表情を強張らせる義維に、男は柔らかく苦笑する。
「そうだな、分かりやすくいこうか。……代金と口止め料代わりに、ご同行願えるかな」
名刺を差し出す男の後ろに、真っ白いセダンが2台停まった。
***
「しがない武器会社の社長をやっていてね」
男はそう説明した。
灰色の変哲のないビルに入り、クリーンルームを抜け、SF映画のような廊下を通って、二人が通された場所は、白一色に染められた屋内射撃場。ずらりとならぶ射座の数の割に硝煙の匂いがほとんどしないことに違和感を感じた義維が問うと、男はこともなげに答えた。
「最新鋭の空調システムを完備しているからね。もちろん、これも弊社の製品だ」
天井に貼り付けられた、板チョコのような形状の装置を指さす。
手前の射座で、「試験者」と書かれた腕章をつけた男が、試作品の銃を撃っている。その脇に控える白衣姿の人間がバインダー片手に何事か問いかけ、細かくメモをとる。
義維と千風が案内されたのは一番右奥の射座。銀色のワゴンに載せられてそこへ運ばれてきたのは。
「撃って、意見を聞かせてくれるかい」
真新しい銀色の銃を見て、千風がぱっと顔を輝かせる。
「わるつ!」
「よく知っているね。ありがとう。ああ、Waltzシリーズ――弊社の筆頭商品の最新モデルだ。口径は変わらず。一部パーツに耐火カーボンを採用。それと、今回新たに2つほど新機能を搭載…ああ、」
さっさと銃を手に取った千風が標的に向き直るのに苦笑して仕様説明を中断した。
「余計な口上は要らないね。どうぞ、貴女のお好きなだけ」
「ちー、」
呼びかけに振り返った千風に、壁際の義維が三本の指を立てて見せる。コクンとうなずいた千風が標的に向き直り。
少女の手元で、リズミカルな発砲音が、三発。
「ほう、さすがの腕だ」と、社長の男。
細くたなびく白煙は、すぐに天井に吸い込まれて消え、焼け焦げたような弾痕は標的紙の一番外側の円内に散らばっていた。
義維は内心で肩を撫で下ろす。
――指が三本のときは、銃弾を三発、三割の力で。
数日前、千風と決めた暗号、もとい約束事だ。
銃を下ろした千風に、男が歩み寄る。
「どうかな。撃ちやすさとか、持ちやすさとか」
「ここがねー、」
その場にすとんと座り込んだ千風が、目の前に銃を置く。
男がそのかたわらに、スラックスをはいた片膝をつく。
「ああ、グリップが固いかい」
「ううん、ぐいーって曲がってるのがいい」
「曲がってる?」
他社の製品名を告げた千風に、
「おや。……ふむ、なるほど」
「あのね、こうやって使うの、しってる?」
グリップにブーツをはいた片足をひっかける千風。遠慮なくスカートがめくれあがるのを直してやりつつ、男はああとうなずいた。
「ロマの少年兵の、方法かな」
「うん」
「なるほど」
穏やかな微笑をにわかに真剣な表情に変えて、自身のあごに指先を置く。いつの間にか二人の後ろに集まってきた数人の白衣姿の男たちが、しきりにうなずきながらメモをとる。
その様子に、千風は嬉しそうに目を輝かせて。
「あとね、ここ、ここ黒!」
「色の話かい」と社長。
「う! でね、こっち、金!」
はしゃいだ様子で千風が言う。
「金?」
「う!」
迷いなくうなずく千風。
「うーん……斬新な配色だね」
いきなりの外観デザインへの言及に苦笑する社長と、メモを取る手を止めて他の話を始める社員たち。
ふと、義維が思い付いて聞く。
「何かの迷彩か?」
「めーさい?」
「その色、なんでだ?」
「暗いとこで、うてる!」
千風の即答に、男たちがさっと目の色を変える。
「なるほど……」
「では、蛍光塗料を塗ると言うのはどうでしょう」
そう言って慌ただしく部屋を出ていった白衣の男が、すぐに戻ってきて、手に持ったサンプルを千風に見せる。わくわくしながら受け取った千風が、すぐに悲しそうな顔になって突き返す。
「これだめ」
「なぜです?」
「ひかるよ」
「暗いところで、撃てますよね?」
「だめ。あっちから見えるー」
あっち、と千風の指が、穴の開いた標的をさす。
「そう、なんですか?」
研究員が確認するように義維を見るので、義維は適当にうなずいておく。他の者ならいざ知らず、少なくとも、恐らく千風には見えるのだろう。
「他には?」
社長が聞くのに、ばらりと音がした。
千風の手がいきなり弾倉を外し、どこから取り出したのかマイナスドライバーでネジを何個か外してそっと床に置き――日常で分解するレベルをとうに超えて完全分解された鉄屑の中から、小さな塊をひとつ、つまみあげる。
「ここの、ここがね!」
「ちょ、待」
解体の手際についていけなかった数人がうろたえるのを差し置いて、社長がうなずく。
「それが?」
「ここ、ここにね、ガム詰める」
「ガム? 食べ物の?」
「錆びますよね」
「うん」
「……ええと」
困ったように顔を見合わせる男たちの中央で、ふん、と満足そうに鼻息を吐いた千風がそれ以上の説明をしないので、皆の目が義維に向く。義維がまた口を開いた。
「ガムがないと、どうなるんだ」
千風の指が部品を動かす。
「ここね、かたかたすると、ずれるの」
「ずれる?」
「当たんない」
悲しげにそう答えて、弾痕の残る標的を見る千風。
当たってるじゃないか、と怪訝な顔をする男たちに、
「いつも、やたらと遠くのものを撃ちたがるので」
義維のフォロー。ああと納得いったかのような相槌がこぼれる。
一人が苦悶のうめき声をあげて頭を掻いた。
「摩耗試験は通過しているんですがね」
「想定環境よりも劣悪な保管状態なのでしょうか」
口々に言い合う中、社長と名乗った男が千風に手を差し出す。
「よろしければ、お手持ちの得物を拝見しても?」
「ん?」
首を傾げる千風に、義維の通訳。
「それ持ってる間、いつもの銃、貸してくれだと」
「いいよ!」
「ありがとうございます。……綺麗ですね」
受け取るなり製造年月の刻印を確認して、驚いた顔でふりかえる。
「整備は誰が?」
「ちー、自分でできるよ!」
「そうですか」
千風が先ほど見せた分解の手際を思い出して、うなずく。
いつの間にか群集に混じっていた作業員と思しきツナギ姿の男が社長、と呼んで言う。
「台座と溶接してみますか」
ツナギの男は千風から銃を受け取り、どこかに走り去ったかと思うと、すぐに戻ってきて、
「ひとまずはんだ付けしてみました」
と言って千風に差し出す。
千風がわくわくしながら再び標的に向き直り――
「にじゅーまる!」
「ありがとうございます」
少女に笑顔で褒められて、ツナギの男は面映そうに笑った。
「あとねー、あたっちめんと」
一通り感想を言い終えたらしい千風が、そう言って、ワゴンの上に残された付属品を指さす。
「おや、どれが良いです?」
社長がそう言ってワゴンを千風の近くまで押してやると、それにひっついた千風が嬉々として、手持ちの銃にアタッチメントを次々に付け外ししていく。
「う、これなにー?」
見慣れない一つを高々と持ち上げ、小さな指紋をべたべたと付ける。
「22連拡張弾倉と特殊光学照準器との同時搭載ができる即時着脱式のサプレッサーです」
男の説明に目を真ん丸にした千風は、寄り目になって手元のアタッチメントを見つめ。
「これ、ほしい!!」
甲高くわめくのに、義維が顔をしかめる。
「買い物に来たんじゃないぞ」
「ちーのあうらすにもくっつく?」
「おや、Auto-RUSSをお持ちですか? ご愛用いただきありがとうございます。ええ、どのモデルでも装着可能ですよ」
「ぎぃちゃ、ちー、これ買う!」
千風は焦ったように義維を振り向いて、空いているほうの手をジタバタさせる。
「売り物じゃないと」
義維が顔をしかめるのに、
「いえ、差し上げますよ。ちょうどなにか本日のお礼をと思っていたところです」
社長が手で合図すると、秘書らしき女性が箱入りの新品を持ってくる。
義維がわずかに眉を下げる。
「これ自体が代金だと」
「いえ、想定以上に助言をいただけて、助かりました。なにぶん、雇いの射手には秘密主義者が多いもので」
ああと義維はうなずく。自らが生き残るための技術を好き好んであけっぴろげにしてくれる者などいないだろう。
「……馴染みのエンライ、などは?」
義維の問いに、社長はひょいと肩をすくめて。
「あいにくと新参者のよそ者でしてね、ひいきにしてくれているところはいくつかありますが、どこかに属するつもりは、ありませんね」
区域内で生き抜くためにはそれがどれだけ危険なことか。義維は頭によぎったおせっかいな忠告の言葉を飲み込み、ただ送りの車を辞退してビルから出た。
***
手を繋いで帰路を進む。
ふと義維が言った。
「ああ、手袋買って帰るぞ」
「ぎぃちゃんの?」
「ちーの」
「ちー、持ってるよ?」
ポケットから狙撃用の革手袋を取り出す千風に、首を振り、近くの衣類店に入った。
手袋の陳列されている棚の前で義維が促すと、千風はすぐさま鮮やかな色の一組を取って嬉しそうに掲げる。
「くま!!」
「ミトンだぞ、いいのか」
「う?」
「指が、ほら」
言いながら手にはめてやると、千風は嬉しそうに天井の蛍光灯にかざしてみせる。
指先に付けられた曖昧な表情の編みぐるみが、ひょうきんな動きで左右に揺れる。
「くま!!」
義維はひとつうなずいて、その手を引いてレジに向かう。




