17.兄妹ダウト(中編)
ちょっと下品な口調のキャラが出ますので注意。
一言だけですが、不愉快かもって人は一話飛ばしてください。
埃っぽい建屋内。轟音を上げて稼働する大型工業機械を前に、千風は物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回す。
作業中だった手前の機械のスイッチを押しその轟音を止めて、分厚いゴム手袋を外す父親の後ろ、手馴れた仕草で乾燥機の蓋を押し上げる冬瓜に気づいてとことこと近寄り。
「うりちゃんもつくれる?」
「おう。こういう基本的なのはね。ちょいちょい手伝いに帰ってるから」
得意げに答えた冬瓜が、機械から排出されたばかりの黒い繊維を広げる。
「これだ、ちー。できたてほやほやの耐久繊維」
ぽんと手渡された黒いスポンジ状のかたまりに、
「うー、ごわごわ!」
嬉しそうな嫌そうな顔をして頬をちかづける千風。
「あ、そうだ親父。肌触り良いのとか開発できない?」
そういって振り向いた冬瓜に、
「また難題を持ってきたな」
口では困ったと言いつつも、既にその目は「やってやる」と言わんばかりに輝いている。相変わらず骨の髄まで職人魂の父親に、呆れ顔を向ける冬瓜。
「あ。あと、子ども用とか」
「ちー、持ってるよ!」
足元で飛び跳ねる千風に、
「それ、特注の奴だろ?」と冬瓜。
「ん。ぎぃちゃんが着てけって」
千風が上着の袖の下から黒い布を引き伸ばして見せると、目を輝かせた冬瓜の父親がすぐさま千風の前にしゃがみこむ。
「こりゃすごいな。ちょっと見せてくれ」
「あ、てぶくろあるよ」
千風がポケットからごそごそと取り出した長い子供用手袋を受け取るなり、熱心に引っ張ったり顔を近づけたりして。
「すごい伸縮性だな、こりゃ何を入れてるんだ? それとも重合が、」
「ねぇちょっと、休憩にするって言ってなかったー?」
奥から聞こえてきた女性の声に、千風が俊敏に振り向く。
「あれ、お袋」
頭上からの冬瓜の説明に、きょとんと首をかしげる。
「ふくろー? とりさん?」
「いいや、母親って意味」
「あ。うりちゃんの、おかーさん!」
「そうそう」
乾燥機の蓋を閉じた冬瓜が、千風の手を引いて大型機械の間を抜ける。
「ここ玄関な。ここで靴を脱ぐ。脱いだ靴はそこに入れて」
「あい!」
冬瓜は玄関先の金魚に帰宅の挨拶をすると、工場から続いている不格好な増築家屋の段差を上がる。
「たでーま」
冬瓜の声にエプロン姿の女性が振り向いて、千風と目が合う。
「あら、こんにちは」
「……んちはっ」
さっと冬瓜の足に隠れて緊張気味の返答をする千風の頭を、冬瓜はぽんぽんと叩いてやって。
「……あ、そっか」
鉾良と会う前、千風は父子家庭だったそうだから、どっちかといえば『母親』のほうが緊張するのかもしれない、と思い至る冬瓜。
「う?」
見上げてくる丸い瞳に、なんでもない、と手を振って――千風を足にひっつけたまま廊下を進んだ冬瓜が、居間の隅にどさりと荷物を置いた。
母親が言う。
「ちょっとウリ、あんたね、お客さん連れてくんなら先に言っておきなさいよ。ジュースとか、ちゃんとしたおやつとか買ってくるのに」
「ちーは何でも飲むよ、煎茶、番茶、ほうじ茶、緑茶、紅茶、玉露、麦茶、玄米茶、ウーロン茶、碾茶に甜茶。あ、抹茶以外ね。菓子も、辛いの以外何でも食うよ。なぁ?」
「う!」
「……いったい何種類試してんだ」
呆れ顔の父親が後ろから部屋に入ってくる。
「そんなに飲ませたらご飯入んなくなるでしょー」
母親が台所に向かいながら言う。
「う」
図星を指されて苦渋の表情を浮かべる冬瓜の横、
「うりちゃんのおかーさん、すごい!!」
千風が目を輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ほら、あんたまたそんな馬鹿なことばっかしてっ」
まなじりを吊り上げて戻ってくる母親に、
「いや、言い出したの俺じゃねーしっ」
あわてて反論する冬瓜。
父親の問いかけの目線に気づいた千風が、楽しげに説明する。
「あのね、ちー、ばんごはんいらないってゆったら、りーだーがね、さんばか、ごっつんこ!」
「あっ言うなって、ちー!」
「あんた何しに行ってんのよ」と母親。
「三馬鹿?」と父親。
両親の糾弾の視線から逃れるように、冬瓜は千風の手を引いて、でんと置かれたちゃぶ台の前までつれてくると。
「ちー、お前はそこの、赤いざぶとんな」
「あい!」
元気よく返事をして飛び跳ねていった千風が、指さされた座布団の上にちょこんと正座する。
あらかわいい、と母親が相好を崩す。
「いいのよー、足崩して」
「そだぞ、ちー。それ足しびれんだろ」と冬瓜。
「う。しびび、なるよ!」と千風。
「ほらな」
隣の座布団をひきよせて、冬瓜も座る。
「お二人さん、そばぼうろでいい?」
そこへ母親が木の皿を置いた。のぞきこんだ千風が、ぱあっと顔を輝かせる。
「うりちゃん、うりちゃ、お花のおせんべ!」
「おう。せんべいっつかビスケットかな。しょっぱくないし固くないし」
千風は冬瓜の説明などそっちのけで一枚つまみあげると、中央の穴に指を突っ込んで遊び始める。
母親が茶を淹れながら言う。
「で、ウリ、今日は泊まってけるの?」
「うん。一泊」
「あら、それなら早く言ってよ」
何かあったらかしら、と冷蔵庫を見に行く母親。その背に冬瓜が声をかける。
「あとさ、母さん。あとでちー、風呂に入れてやって」
指にそばぼうろをぶっさしたままの千風が、驚いた顔をして隣の冬瓜を見る。
「ちー、ひとりで、はいれるっ」
「ん? そう言って、この前、廊下泡まみれにしたの誰だー?」
「ううう、うりちゃんもおととい、鏡のとこあわあわにしたでしょー?」
「あっあれは俺がヒゲ剃ってっとこにク-ガの奴が全力で笑かしにきたからっ」
台所から戻ってきた母親が、皿にそばぼうろをざらざらと追加してから千風のすぐ横にすとんと膝を下ろす。
「ねぇちーちゃん、お風呂、ウリとなら入る?」
「や! うりちゃんねぇ、目ぇ痛い!」
「そゆこと。お湯かけるの下手だから、いっぺん入って以降嫌われてんの俺」
「あら」
「お前不器用だもんなぁ。嬢ちゃんも苦労するなぁ」
ちゃぶ台の対面で茶をすすりながらのんびりと言う父親に、
「う!」
きっぱりうなずく千風。
「おぉい、ちーさぁん」
冬瓜が情けなく眉を下げる。
「じゃあ、お母さんと一緒に入りましょ。入ってくれると嬉しいなぁ」
「う」
おろおろと視線をさまよわせる千風に、
「あ、そーだ。ちー、お前あひる持ってきたんだろ、母さんに見せてやってよ」
「あ」
冬瓜が言うなり、千風の顔がぱっと輝く。
「なに? 見たいなぁ、見せてくれる?」
「い、いーよー……」
そわそわしながら立ち上がり、荷物の置いてある部屋の端に駆けていく千風。
さてと、と手元の茶を飲み干した冬瓜が、少し右に座布団をずらして、
「親父」と呼ぶ。
父親の前にあるのは、組成と生成温度と反応時間が書かれたデータ。
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
「なんとかって、お前……」
いぶかしげな顔を向ける父親。
冬瓜の端末が鳴る。
「もうちょっと待ってて」冬瓜は画面を見るなり立ち上がり、それだけきっぱり言った。「――母さん、ちょっと出てくる。夕飯までには戻るから」
「なんだ、忙しいな」と父親。
「うりちゃん、ちーは?」と千風。
「一緒に来て」
「う!」
「……あ、やっぱ夕飯食べてくるわ」
端末を見ながら呟く冬瓜に、母親が追い出すように手を振り、
「はいはい。ぜひそうしてください。今日はある物で作るつもりだったから」
父親が残念そうな顔をして冬瓜を見送る。
***
工場を出て歩き出すなり、冬瓜からの質問。
「俺んち、なんか気になることあったか?」
千風はすんなり首を振る。
「ないー」
「……なんかあったら気づく、んだよな?」
「ん。撃とうとしてるひととかねー、かくれんぼでお話聞いてるひととかねー、ちー分かるよ!」
だよなぁ、と冬瓜は呟いて、格子と義維から聞いた、先日の鬼藤と出かけたときの仔細とやらを思い出す。鬼を付け狙う者以上に隠れるのが上手い奴だったとしたら、もうこれお手上げだぞ、と最悪の想定をしてから、
「うりちゃんち、わるいひと、いないよ!」
「そうかぁ」
きっぱり言い切ってくれる頼もしい少女に、つい頬を緩める。
***
「いらっしゃいませー」
店の入り口から聞こえてきた店員の大声に、千風の肩がびくっとなる。
ボックス席の中央に陣取り、足を揺らしながら物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回す千風に、対面に座っている冬瓜が頬杖をついたまま聞く。
「ファミレス初めてか、ちー」
「んーん、びこーとかで、来たことある」
「……尾行?」
「ん。おしごと!」
「お待たせしましたー」
目の前に運ばれてきた旗付きのケチャップライスとほかほかハンバーグに、ほっぺたを真っ赤に上気させた千風が、甲高い歓声をあげる。
「ちー、これ好き!」
「おこさまランチなー」
「いただきます!」
「はいよ、召し上がれ」
ケチャップライスを天頂から崩して早速もりもり頬張る千風の向かいで、冬瓜は思案顔で、湯気の立つ拿鐵のカップを傾ける。
そこに――
スカジャンを羽織った小柄な少年が、テーブルの前に立つ。
顔を向けた冬瓜がひょいと片手を挙げた。
「おう、トーガ」
千風がその声に、ほっぺをぱんぱんに膨らませたまま顔を上げた。冬瓜が言う。
「ちー、こいつ俺の弟。東瓜」
スプーンを持ったままもぐもぐしている千風と、突っ立ったままの少年がじっと見つめあう。
「なに、孕ませたの兄貴」と少年。
「俺の子じゃねーよ」と冬瓜。
千風は黙ったままもごもごとほっぺを動かす。
ソファの奥に詰める冬瓜の横に、少年がどっかりと座った。
「あ、つかまた髪伸びてら」
面白そうに言って兄が伸ばしてくる手を、
「うっせ」
少年は乱暴に振り払う。
「あのな、ちー。コイツちょっと前まで丸坊主だったんだよ、超似合わなくってさぁ」
冬瓜がくつくつ笑いながら千風に説明するのを、
「うっせ」と少年が邪険そうに言い、
「ふぅーん?」
ケチャップライスに刺さっている国旗で熱心に遊んでいるせいで、いまいち反応の薄い少女を、東瓜が不審そうに見る。
「で、何このガキ」
「先輩の子。――お前なに食う?」
「肉」
「ちーと同じのでいい?」
「殺すぞ」
「自分でメニュー見ないからだろ」
冬瓜から手渡されたメニューを嫌そうな顔をして受け取った東瓜が、ぺらっと1ページ目を開いて。
「サーロイン。兄貴のおごりで」
「だめ。働け」
「ムリ」
「お前ね……」
「説教するために呼び出したのかよ」
奥歯の間で舌打ちを鳴らす少年のために、冬瓜は店員を呼んでやりながらしれっと答える。
「いや、今月会ってなかっただろ? どーしてたかなと思って」
「どうもしねーし。――カツ定食、メシ大盛り」
「かしこまりましたぁ」
一礼したウェイトレスが颯爽と去っていくのを目で追った冬瓜の視界に、ひゅっと何かの影が横切り、
「わう」
とっさに頭を下げた千風の上を、ひゅんと、お冷やのグラスが飛んでいく。
がちゃぁん、と二つ先のパーテーションにぶち当たってガラスの割れる音が鳴る。女性客の小さい悲鳴と、周囲からのどよめき。
「んだよ、相変わらず騒がしーなぁ、この店は」
ぼやいた冬瓜が、ソファ席からのんびりと立ち上がる。
「げ、工場の……」
グラスの飛んできた方向から、気まずそうな男の声がした。その顔を見るなり、
「よう、卸の倅くんじゃんか、久しぶり」
冬瓜は気安くひょいと片手を挙げた。
「おい、あいつ、フューリだ」
「あいつが?」
「工場の……」
にわかにざわざわと騒がしくなる周囲に、東瓜は面白くなさそうな顔をする。スカジャンのポケットに両手を突っ込み、ソファの背もたれにだらしなく寄りかかる。
「お待たせしましたぁ、カツ定食、ご飯大盛りです」
そこに、ほかほか湯気の立つ定食が運ばれてくる。上体を起こし、仏頂面でパキンと箸を割る東瓜。
「区域に入ったはずじゃ」
と、男が冬瓜に言う。
「おう、そーだよ。今日はちょっと里帰り中。お前らは相変わらず元気そーな」
「い、いや……」
どもる男の後ろで、何人かがそそくさと席を立ち、背を丸めて店の外に出て行く。
「うりちゃん、お友だちー?」
千風が聞くのに冬瓜が顔を向け、
「友達っつーか、昔よくケンカの売り買いしてた奴ら、だなー。俺、やんちゃしてたからさぁー」
へへへ、と恥ずかしそうに笑う冬瓜に、東瓜はカツを齧りながらフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「……てかそれ何してんの、ちー」
きょとんと見下ろす冬瓜の前、脇に置いてあった冬瓜の上着を頭にひっかぶった千風が、多すぎる布の中でもそもそやっている。
「あたま、守るの!」
「おお。なるほど」
うなずいた冬瓜の背後で――わっと歓声が上がる。
テーブルの倒れる音。食器の割れる音。
「ああもういいや。俺も腹減ってきたわ、なんか食おうっと」
別の席で始まった別の小競り合いをBGMに、めんどくさそうな顔をした冬瓜が席に座りなおしてメニューを手に取る。
「お姉さぁん、追加注文」と冬瓜。
「んだとテメェ、もいっぺん言ってみろ!!」と窓際の見知らぬ男。
「はぁい、ただいまー」とウェイトレス。
「ざけんじゃねーぞ!」とトイレ前の見知らぬ少年。
「お待たせしました!」とウェイトレス。
「えっとね、俺これ、しょうが焼き定食。から揚げ単品付けて」と冬瓜。
「かしこまりましたぁ」とウェイトレス。
がしゃああん、と窓際でひときわ大きな音がした。
「やべぇぞこれ!」
「おい! 道をあけてくれ!」
大騒ぎの中、血みどろの男が担ぎ出されて、店の外に運ばれていった。
「うりちゃん、これ、おいしい!」と千風。
「おーそりゃあ良かった。ふーふーしてから飲むんだぞ」と冬瓜。
「う!」と千風。
「…………」
冬瓜の上着をターバンよろしくぐるぐると巻きつけて、頭の上に鳥の巣状態の布の塊を形成した小さな少女が、平然とコーンスープをかき混ぜているのを、東瓜が不気味そうに見やる。
「……区域内に住んでるガキって、みんなこーなの」
「どうだろ。そもそも子どもって、あっちだとあんま見ねーしなぁ」
能天気に答えてぼりぼりと腕のできものを掻く冬瓜。
顔をしかめて、そりゃそうだろ、と口の中で小さく呟いた東瓜は、一気に米をかっこむと、空っぽの茶碗にカランと箸を放り込んで席を立つ。
「あ、おい、トーガ、」
冬瓜の制止もむなしく、レジ台に紙幣を置いてさっさと店を出て行く。
「……珍しくあっさり引き下がったな」財布を持って後を追おうとした冬瓜が足を止めて、ぼやく。「鉾に入れろーってやつは、もう諦めたのか……?」
「う?」
メロンソーダをぶくぶくしていた千風が顔を上げた。
***
数日後。
狭い玄関で靴を脱ぎながら、冬瓜が言う。
「これ妹。悪いな、今ちょっと家がドタバタしてて、留守番させとけなくて」
「ううん。はじめまして」
優しげに微笑んだ黒髪の女性が千風の前でひざを折り、
「っめましてっ! おじゃま、しますっ」
両手をそろえた千風が、女性にぺこりと一礼する。
「ふふ、どうぞー」
女性が微笑んだ途端。
ぴー、ぴー、と甲高い電子音が鳴った。
「な、なに? 火事?」
脱いだ靴をそろえていた冬瓜が、慌てて立ち上がり周囲を見回す。
「ううん、報知器、付けてないし……」
突然の大音量に戸惑う男女の間で、千風が服の下からごそごそと謎の装置を取り出す。
「そ、それだ。それ止めろ、ちー」
音源がそれであることに気づいた冬瓜があわあわと手を伸ばし――その手をひょいとかいくぐった千風が、装置を頭上に持ったまま廊下の先に駆けていく。
「こら、ちー、近所迷惑!」
「やー!」
部屋に飛び込んだ千風が、そのままするんとベッドの下にもぐりこむ。
「こ、こら!」
冬瓜が慌ててのぞきこんで、
「うりちゃん、はいこれ!」
元気な声とともに、ころん、と出てきたのは――小さな金属の塊。
「は? な、なに?」
動揺する冬瓜から少し離れたところで、前転した千風がころんと転がり出てくる。
追って部屋に入ってきた女性が冬瓜の手元にあるものを見て、不気味そうに言う。
「ねぇ、まさかそれって、盗聴器とかじゃない?」
「ええ……??」
冬瓜は困惑して、千風の手元でぴー、ぴー、と甲高い電子音を鳴らし続ける謎の機械を見やり。
「……ちー、それ何なの」
「う? これ?」
「うん」
「これねー、もりすにもらった!」
ふすん、と得意げに鼻を鳴らす千風。
唐突に出てきた名前に冬瓜が首をかしげる。
「森洲? あいつ、なんだってそんなもん、ちーに……」
***
「もりす! これ、すごい!」
「あっ、ちー」
鉾の玄関を上がるなり、通りすがりの森洲を呼び止めて2つの塊を手渡す千風。千風の手の上から、森洲は見覚えのないほうをつまみ上げて廊下の照明にかざす。
「へー、ほんとにあったんだ」
「森洲……」
冬瓜が動揺しきった声を出すのを、
「ちー、めーたんてー!」
千風が甲高い声で掻き消し、
「うん。ご苦労さま」
森洲が千風の頭にぽんと手を置く。千風はくすぐったそうな顔をして、
「ごくろー!」
鸚鵡返しに言って、両腕をじたばたさせる。
「ちー、これ僕がもらっていい?」
森洲が手の中の金属片を転がしながら聞く。
「ん! こっちは?」
「まだ持ってて」
「ん!」
いそいそと機械をポケットにしまいなおす千風の頭上で、
「森洲、」
冬瓜の声に、メガネ越しの冷淡な目が振り返った。
「……プライベートだし、一人でどうにかするんならほっとこうと思ったんですけど。リーダーとちーは巻き込めて、俺らは巻き込めないってなんなんですか」
「い、いや……」
「こーら、うりちゃんいじめてんじゃねぇーよ」
がすっ。
いきなり現れた陣区にひざの裏を思いっきり蹴られて、森洲がその場に崩れ落ちる。
「……あんたね! あんただって!」
涙目の森洲がキレ気味に振り返る。陣区が首を振る。
「本人に八つ当たりしてんなよ、って話」
「八つ当たりしてるわけじゃ!」
きいきい喚く森洲を無視して、陣区は冬瓜のほうに向き直り、
「冬瓜、」
ばっと両腕を広げて、いつもどおりのはっきりとした口調で一言。
「いつでも来い」
「……」
あっけにとられる冬瓜の前で、陣区は、
「こんくらいでいいんだよ」
と森洲に言いながら、肩を掴んで廊下の向こうにひきずっていく。
「……三馬鹿のくせに……くせに……」
ひきずられながら、森洲がぶつくさと呟いている。
千風は隣の冬瓜をじっと見上げる。冬瓜は押し黙ったまま――少し赤くなった目尻を乱暴にこすった。