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1. 邂逅、天空の塔にて

少女は眠る。こんこんと。

使い慣れた機関銃を抱きしめて。


***


深夜零時。闇色の車両が一台、音もなく停車した。

ドアが一斉に開き、武装した男たちが路面に下り立つ。はっきりとした足取りで周囲に散らばる。

眼前にそびえたつ、古びた塔を包囲するように。



――事の起こりは、一ヶ月ほど前。


周囲一帯で不審な連続強盗殺人が発生していた。

小規模商店がこぞって襲われ、心臓を小口径の銃弾で撃ち抜かれてどの店員も即死。店内にはわずかに荒らされた形跡が残され、商品が少し消えるが、その被害額はわずか。レジの金は一度も盗まれていないという。

この制限区域では殺人など日常茶飯事だが、明確な目的を持った暴力沙汰が多い。この件は被害規模こそごく小さいものの、犯人の目的が不明瞭という点で異彩を放っていた。

「どうあれ、俺らの領土(シマ)でこれ以上勝手をされてはな」

最後に車から下りた切れ長の目の男――鉾良(ほこら)は闇夜の中で、そう呟いた。

ささやかで無能な治安部隊は早々に音を上げ、事実上、この周囲を取り仕切っているエンライ、『(ホコ)』に支援要請が寄せられた。そのリーダーである鉾良は、本来は国家機密のはずの一切の調査情報の提供を受けるなり、それを、既にこの件を調査させていた部下たちに投げ渡した。

この塔を中心にして、綺麗な円を描くように被害が広がっていることを突き止めたのが、数日前。全ての事件で使われた全ての弾丸が、塔の立つ方角から放たれていることも確認できた。


だが――なぜ、という疑問は、ずっと付きまとっている。


黙る鉾良の横に、一人の男が並び立った。

「どう考えても非効率的です。狙撃自体が目的の愉快犯か――あるいは、ここから撃たねばならない、何らかの事情があるのか……」

眉間に深いしわを刻んでそんなプロファイル結果を述べた直属の部下――格子(こうし)の横顔を見て、鉾良は皮肉げに口角を上げた。

「愉快犯だとして、店員ばかりを狙う理由は?」

「ありませんね。大した根拠のない、自らへの制限では」

ふん、と鉾良は間の抜けた返答を鼻で笑う。

「何らかの事情ねぇ。これだけの腕前で?」

二人は、どう見ても廃墟な、崩れかけの黒い塔を見上げる。

かつては電波塔か航空機の誘導灯台にでも使われていたのだろう、武骨で簡素な鉄製の円柱。コンクリートの高い塀と、草木が生い茂った荒れ放題の庭に囲まれている。塔の外壁には、非常用の螺旋階段がぐるりと絡み付く。

本当に、この塔から各所へ狙撃しているのだとしたら、とんでもない腕だ。だが今のところ、それほどの狙撃手がこの付近に潜伏しているという情報はない。

配置についた部下たちを見渡し、

「手筈どおりに。間違っても殺すなよ。――行くぞ」

鉾良は愛銃の安全装置を外す。

先駆けの男が素早く塔の入口に駆け寄り、二(メートル)ほどもある鉄扉に手を触れ、


――乾いた銃声はたった一発、はるか頭上から。


「……!」

肩を撃ち抜かれた男は悲鳴一つ上げず、扉の前で膝を崩した。近くの一人が後方の草影に引きずるようにして離脱させる。

残りの男たちも俊敏に身を隠し、夜空を見上げる。

直後、塔の最上部に、照明が一つだけ灯った。螺旋階段の間から、逆光に照らされて見えた銃口は、はるか上方にたった一つ。人影は見えない。

「やはり、居るのか。ここに」

鉾良は目を細め、小さく呟く。

格子の采配で、草陰から数人が飛び出す。

途端、頭上からの発砲音。飛び出した全員が銃を取り落としてうずくまる。

身を潜めたまま塔の最上部に向けて発砲していた一人が、目の前で倒れた男に驚いて「ひっ」と短い悲鳴をもらす。

こちらからの発砲音に比べて、頭上からの発砲音は驚くほど少ない。にもかかわらず、この状況。

(――これは、本物だ)

そう悟った鉾良は、大声で指示を飛ばした。

「全員、進撃中止! 銃を下ろせ!」

周囲の発砲音がぴたりと止む。こちらが侵略を止めたことが分かると、すぐに頭上からの迎撃も止む。

鉾良は皮肉げに口角を上げた。

この的確な対応が愉快犯であるわけがない。明確な意図と冷静な判断力を持ち併せた、まごうことなき「狙撃手」の挙動だ。

(……だが、この静寂だ)

問答無用に一掃されないことから、こちらに対して何かを期待していることは明らか。ならば――交渉の余地は、確実にある。

言い聞かせるように脳内で反芻し、緊張を抑えるように息を吐き、鉾良は木陰から進み出た。愛銃を足元に落とす。頭上の存在に見えるように、開いた両手を高く挙げる。

「降参だ! 突然の非礼をお詫びする!」

頭上へと張り上げた声に、周囲からの視線がすべて集まる。

「り、リーダー……」

「大丈夫だ。お前たちはそこに居ろ」

部下たちの焦ったような声を、小さく諌め。

「身勝手な進め方で申し訳なかった。が……少し、話をしないか」

返答は、相変わらずの完全な静寂。

だが、頭上の銃口がゆっくりと引っ込むのを見つけて――鉾良は口角を上げ、丁寧に腰を折って礼の言葉を告げた。

「私は鉾良(ほこら)と申す。この辺りを取り仕切っている者だ」

頭上の明かりが、ちらりと揺れたような気がした。

「一ヶ月ほど前から始まった店舗への狙撃、そして、今しがたの迎撃。見事な腕前だ。……だが、憶測ながら、貴方ほどの人が、何か不自由することがあるのではないかと、困っていることがあるのではないかと――私たちが、微力ながら助力できないかと考えて、こちらに伺った次第だ」

一体、頭上の狙撃手はどんな顔をしてこの話を聞いているのか。顔も年齢も性別も、何もかもが分からぬ相手に対してまとまらない想像を広げつつ、鉾良は息を大きく吸って更に続ける。

「そちらの要求を聞かせて欲しい。できるかぎり応じよう。その代わり、その戦力を少し、私たちに貸してくれないか。そういう交渉を、させてはもらえないか」

闇夜に数秒の静寂。

それから――ちりん、と涼しげな音が鳴る。

とっさに構えた鉾良のすぐ横に、何か小さなかたまりが落下した。足元で再び、ちりん、と鳴る。

「……鍵、か?」

鉾良はしゃがみこんで音源を拾い上げた。赤い大きな鈴の根付がついた、普遍的なシリンダー錠用の鍵。

見上げるが、指示は聞こえてこない。

ふと顔を前に向けて、眼前の鉄扉に鍵穴があることに気づいた。

「開けて、いいのか?」

やはり返答はない。

鉾良はゆっくりと草を踏みしめて進み、扉の前で再度上を見る。銃口はない。

鍵穴に鍵を差し込むと、すんなりと錠の外れる音がした。

重厚な見た目に反して驚くほど軽い鉄扉を押し開け、屋内に足を踏み入れる。暗闇の中、外側のものと似た造りの武骨な螺旋階段が、ずっと上まで続いている。

「上がって来い、ということか?」

同じく銃を投げ捨てた格子が駆け寄ってきて、鉾良に並ぶ。

「リーダー、どうします」

「……行こう」

意を決した鉾良は、一段目に足を乗せた。


***


全ての階段を上り終えた鉾良は、眼前の簡素な木製の扉をノックした。

ここでも、返答はない。

「開けるぞ」

一言断ってから、ドアノブを回す。

開いた扉の隙間から、まばゆい光が漏れ出る――


「……キミ、一人か?」

まさか、と声にならない吐息が漏れる。


目の前に広がったのは、家具の少ない、酷く殺風景な部屋。隠れる場所もないだろうその広い部屋の中央、コンクリート打ちっぱなしの床にぺたんと座り込んでいるのは、たった一人。


10歳からそこらの、幼い少女、たった一人。


その顔は死人のように青ざめ、怯えきった目をして、がたがたと大きく全身を震わせている。だが、その、折れそうなほど細い両腕で、しっかりと鉾良たちに向けて構えられている一丁の機関銃は――先ほど階下から見上げ、怯んで、降伏した、あの勇ましい銃口と全く同一で。

「嘘だろ……?」

すぐ隣で、格子が呆然と呟く。

それを横目に見ることで、鉾良はわずかに冷静さを取り戻す。

少女の丸い瞳から目を離すことなく、先ほど受け取った鍵だけを持った両手を、ゆっくりと顔の横に上げた。

「安心してくれ、こちらに敵意はない。武器も下に置いてきた。キミに危害を加えるつもりはない」

少女の薄い肩が、呼吸に合わせてゆっくりと上下する。

「キミ一人か? 誰か他に、家族はいるか?」

鉾良の言葉に、少女がはっと息を呑む気配がした。丸い両目に瞬く間に大粒の涙があふれ出し、ぼろぼろと泣き始める。

「お、おとーさん、死んじゃ……っ」

ひくり、と細い喉が小さくしゃくりあげ、小さな背をぐっと丸めた。

その腹の虫が、か細く鳴る。

「……そうか」

鉾良はゆっくりと息を吐いた。目の前の少女に起きた大体の事情を、おそらく正確に把握できたから。

少女から目線をはずして、窓の外に広がる、光の粒のような夜景を見下ろした。

「……キミも、この生活がそろそろ限界だって、気づいてるんだろう?」

「……う」

外見年齢以上に聡い少女だ、と鉾良は思う。

その小さな両腕で一度に抱えられる物資の量は、決して多くない。そのたびに店舗を狙撃し、人目を忍んで盗みを働く。そんなことを繰り返していては、塔から射程範囲内にある店舗など、すぐになくなるに決まっている。

ここから見渡せば、すぐに分かる。

だが、そうするしかなかったのだろう。父親を(うしな)った幼い少女一人では。

「『ここから撃たねばならない、何らかの事情』、ね」

先ほどの格子の言葉を繰り返してから、鉾良はゆっくりと目を閉じた。

震え続ける少女の前に、そっと片膝を付く。床の冷たさを感じつつ、少女と目線の高さを揃える。

「キミに生き方を教えてやる。私のところに来ないか?」

涙ぐんだ目がきょとんと見返してくるのに、

「ああ、いや――ええと、遊びに来ないか、私の家に」

軽く手を振り、気軽な表現に言いなおす。

やがて、少女の嗚咽が止まる。

「下に大勢、人が居るのを見ただろう? 家にはもっと大勢居る。全員、私の大切な仲間で、友人で、家族だ」

少女の白い頬がうっすらと上気して、わずかに血の気が戻る。

「ああ、ここは寒いな……私の家は暖かいぞ。すぐに暖かい食事も用意しよう。ああ、その銃も持ってきて構わない。怖いことは絶対にないと誓おう。何かあったら遠慮なく撃って良い。すぐにここに帰って来るのでも、もちろん良い」

背後で何か言いたげな格子の気配がするが、忠実な部下は余計な口を挟むことなく控えている。

「……おうち……」

少し掠れた、囁くような声。

涙の止まったはずの少女の目から、一粒の涙があふれ、白い頬を伝った。

作業BGM:ONE PIECE 15th Anniversary BEST ALBUM


2017/4/2、5/31 表現を修正

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