リースの場合(2)
アルトがゴブリンの巣から逃げてくるという修行を失敗してから数日が経った。
あの後すぐにアルトは目を覚ましたけど、お父様は実力不足だったと言って無理な修行は控えている。
私はアルトを説得しようと考えてはいたけど、どう説得すれば良いのか分からなくて最近はずっとお父様とアルトの修行についている
「いいか?人の身体の中には魔力を蓄えられるタンクがあり、その魔力を体中に行き渡るように水道管のような管が体中に張り巡らせている。普段は何もしなくても魔力はその管を通っているが、その魔力を意識して強化させるのが、身体強化の魔法の原理だ」
「・・・すみません師匠。タンクや水道管って何ですか?」
お父様は「そこからか・・・」と言って、絵を描きながらアルトに説明している。
走り込みやサヤ達との修行の他に、お父様が本格的にアルトに魔法について教え始めたのだ。
アルトの魔力量は少ない。
と言っても、一般の人と同じぐらいはある。
だけど、お父様が使う魔法は使う魔力量が少し多いのだ。
だから、今までお父様はアルトに魔法の使い方を教えて来なかった。
魔力や魔法を使わずに身体を鍛え、それだけで私達のような魔法使いと対等に戦えるようにすると言うのが、お父様がアルトに期待していた事だったのだ。
そこまでの域に辿り着くと、もし魔力を使う事になったとしても身体強化の魔法で事足りるし、その魔力量も少なくて良いと思っていたのだ。
だけど、アルトはお父様の期待に応えられなかった。
まぁ、お父様が望んでいた事はかなり高望みをしている部分があったので、仕方がないと思うけどそれでもお父様は方向性を変えなくてはいけなくなった。
「・・・師匠、何も感じません」
「最初は難しいかもな。いいか、魔力も血液みたいに体中を巡っているんだ。それをしっかりと意識するんだぞ」
「師匠は、血液の流れも感じる事が出来るのですか?」
「それは・・・・あれ?ちょっと待てよ。魔力の流れを意識させるために血液の事を例に挙げるのが定番だが、よく考えると俺も血液の流れまでは感じる事はできないよな?知識として血液が体中を巡っているという事は知っている。それは当たり前の事で、その当たり前の事を意識させる?いや無理だろ。だって、当たり前なんだからな。でもそうすると・・・」
お父様はアルトの質問にブツブツと考えながら頭を抱えている。
「そう言えば、アルトは少しだけど魔力を動かしたり纏わせたりは出来たよな?」
「凄く遅いですけど」
「どうやった?」
「分かりません。やろうと思ったら出来ました」
「だよな。自転車と同じかな。初めは乗れなくても、乗れるようになれば何で乗れなかったのかというぐらい、普通に乗れるようになるからな。魔法も一度使えれば、意識しなくても使えるしな。詠唱短縮や破棄はそれの延長上だし・・・結論というか極論、魔法は自転車である!」
「おお~」
お父様が自信満々で立ち上がり胸を張ると、アルトが手を叩いて感心している
「ってことで、行くぞ!」
「ど、どこにですか?」
「取り敢えず、死に掛けたら何か目覚めるんじゃないか?」
「ッ!」
「わははっは!逃げてもすぐに捕まえるからな」
バタバタと家の中を走り回る二人の姿を見て、溜息をついてしまう。
結局は、こうなるのだ。
今日まではお父様も自重していたから私にもアルトを説得させる内容を考える余裕があったけど、もう無理なのだろ
このままだと、お父様はアルトをまた危険な所に連れて行って、そこでアルトはまた怪我をする。
それの繰り返し。
アルトが強くなるまで、お父様はそれを繰り返す。
何度も、何度も、何度も
それはもの凄く
「時間の無駄です」
お父様がそんなことに付き合わなければならない事が我慢できなかった。
「何か言ったか?」
「師匠!離して下さい!」
ジタバタと暴れるアルトを捕まえながら、お父様が私の方を振り向いた。
「時間の無駄だと言いました」
私はもう一度はっきりとお父様に伝わるように言った。
「時間の無駄?」
「はい、時間の無駄です。お父様がなぜアルトに興味を持っているのか分かりませんけど、アルトは弱いです。お父様の修行にも耐えられず、期待にも応えられていない。確かに、少しずつ実力が伸びているのかもしれませんが、それにお父様が付きそう必要はありません。」
私は多分、初めてお父様の事に口出し、反論した。
緊張して膝が震えて、手に汗をかいていたけど、それでも私は言わないといけないと思ったのだ。
「お父様は英雄の一人です。これ以上無駄な時間を与えるぐらいなら・・・もっと、別な事を・・・・」
だけど、お父様から物凄い威圧感を感じて、私は口を閉ざさえなければならなかった
「もう一度、聞くぞ?俺がしていることが時間の無駄だと?」
「い、いえ。お父様が弟子を取って鍛える事は無駄ではないですが・・・その相手が・・・」
慌ててそう答えるも、さらに威圧感が増えて私は顔を上げる事が出来なくなってしまった。
「まさか、お前からそういう言葉が出てくるとはな」
ふっと威圧感が無くなり、呼吸が楽になったけど、その言葉を聞いて私は慌ててお父様の顔を見る
「ぁ」
そこにあったのは、私に対して失望したような目をしていたお父様の顔だった。
「少し頭を冷やして来い。自分が何を言ったのか、何を見てないのか考えて来い」
「お、お父様」
「早く出ていけ!」
「ッ!」
私は初めてお父様から怒鳴られた事にパニックになって、慌てて家から飛び出したのだった
私はトボトボと顔を下に向けたまま村の中を歩いていた。
慌てて家から出てきたけど、何をどうすれば良いのか分からないのだ。
私は間違った事を言ったつもりはなかった。
アルトの事は好きでもないけど、嫌いでもない。
急に現れて一緒に住むようになったけど、それだけの関係だ。
お父様の関心を取られて、幼馴染達の関心がアルトに向いて、複雑な思いをしていた事は事実だ。
お父様の無茶な修行でアルトが軽くはない怪我をしている事も分かった。
お父様が弱いアルトにどう修行内容を合わせれば良いのか、悩んでいる姿も見かける。
だから、良かれと思って言ったのに、逆にお父様から怒られてしまい、今まで向けられたことが無いような目で見られてしまった。
「こんな所でどうしたの?」
「あ、お母様」
そんなことを考えていたら、お母様が買い物帰りなのか荷物を持ったまま声を掛けてきた。
私は、お父様を怒らされてしまった不安もあって、今まであった事をお母様に全部話した。
お母様もお父様みたいに怒るかもと少し不安があったけど、お母様は少し苦笑いして「どこか座って話をしましょう」と言って道から離れた所に歩いて行き、丁度風当たりが良い所で座って手招きする
「リースはアルト君の事が嫌い?」
「・・・嫌いではないです」
「でも、好きでもないと・・・まぁ、当たり前かもしれないわね。年頃の娘がいる処に急に異性の男の子を連れて来るって言うのが、あの人らしいけど・・・私も初めは反対したしね」
確かに、お父様とお母様はアルトの事で喧嘩をしていた時期があった。でも、お母様はすぐにアルトの事を認めて家族として受け入れていた。
お父様もそれにはびっくりしていたのを今でも思い出す。
「リースにアルト君の事を受け入れなさいとか好きになりなさいとは言わないわよ?でもね、少しだけでもいいからアルト君の事を観てくれないかしら。」
「観れば変わるのですか」
「どうかな?でも、観ないと分からないわよ?接しないと理解出来ないわよ?私達がリースにアルト君の事を伝えても、きっと納得しない。だから、自分で気付きなさい。人を知ろうとしなさい。一方通行だけじゃなく、色々な方向から。それでも納得出来ないのであれば我慢しないで伝えなさい。私はリースの事も大切に思っているのだから」
お母様は私の頭を撫でながら笑って話しかけてくれる。
少しだけ、気持ちが楽になって私も少しだけ笑う事ができた。
「お母様はアルトの何を見たのですか?」
それでも、お母様からは私にアルトの事を受け入れて欲しいと言う気持ちも見てとれた。
「貴女も母親になれば分かるのかも知れないわね。私にはあの手を払う事が出来なかった。それだけよ」
お母様は少し悲しそうな顔をしたけど、すぐに何でもないように笑顔になった。
「そろそろ帰りましょうか」
「・・・はい、わかりました」
お父様に会うのは怖いけど、お母様と一緒なら少し安心することができた。
何て言葉を掛けようかと思っていたけど、家に帰るとお父様の姿はなかった。
「アルト君、あの人はどこに行ったの?」
「師匠は用事があるって言ってどこかに行きました。今日は帰らないとも」
「そう・・・それでアルト君は何を読んでいるの?」
お母様は一瞬複雑な顔をしていたけど、すぐにアルトが呼んでいる本に興味を持った。
アルトが呼んでいる本は分厚く、しっかりと舗装がされていて、とても貴重な本だとすぐに分かったからだ。
「魔物図鑑という物らしいです。師匠が全部覚えておけって言って置いて行きました」
「それって、確かギルドの貸出禁止の本じゃ・・・・」
「????」
お母様は頭を抱えてしまい、アルトはその本がどんなに貴重な本なのか分からないから、不思議そうに首を傾げていた
「それと、リースさん。師匠から伝言を預かってます」
「・・・なに」
お父様からの伝言っということで、少し緊張してしまう。
「”明日、またアルトとの修行に連れて行く。本装備で準備しておけ”だそうです」
「・・・・分かったわ」
それだけ言うと、私はすぐに準備に取り掛かる事にした。
お母様からアルトの事を観てと言われたけど、今はそんな気分にならなかった。
私は、その後もアルトとは接触を避けてそのまま寝てしまったのだ。




