リースの場合(1)
私のお父様は英雄と呼ばれている存在なのだという
実際にそう呼ばれている所は見た事はないけど、小さい頃からお父様の出自や冒険の話、そして受け継いだ強力な力の事などを教え込まれてきた。
普段は優しいお父様でも、力を使いこなす為の修行となると厳しかった。
でも、そんなお父様が私は好きだった。
私に優しくしてくれるお父様も、お母様から怒られてアタフタしているお父様も、修行の時の厳しいお父様も、そして何よりどんな事にも負けない強いお父様が好きだった。
お父様も私の事を一番に大事にしてくれて、娘として継承者として育ててくれていた。
だけど、最近お父様が一人の私と同じ歳の男の子を連れて来たことで私の心は少し複雑な思いをしている。
「うっし、アルトちょっくら魔物の群れに突っ込んで行く気にならないか?」
「なりません」
「じゃぁ、魔物の群れの中から逃げてくる気にはならないか?」
「なりません」
「分かった。なら、どちらも好きになれるようにどっちもすることにしよう」
「え」
「と言う訳で、レッツゴー!!」
「し、師匠~~!!」
楽しそうにその連れて来た男の子、アルトを引っ張ってお父様が外に出て行ってしまう。
そう、楽しそうなのだ。
私と修行をしている時のお父様は、優しく・厳しく・丁寧に教えてくれるけど、決して楽しそうにはしていない。
まぁ、楽しそうに修行をさせているという事が正しいのかは分からないけど、何だか私の時よりも活き活きとしているみたいで何か悔しいのだ。
という話を幼馴染でもある親友のマリルに話すと
「相変わらずおじ様の事が好きなのね~」
と少し含み笑いで言われてしまった。
「好きは好きだけど、尊敬している気持ちの方が強いわ」
「尊敬ね・・・・実力が低いアル君を魔物の群れに連れて行くようなおじ様を?」
確かに、私の目から見てもアルトは弱いと思う。
そんなアルトをお父様が魔物の群れに連れて行くと言うのは正直思う事はあるけど、その事でさえ今の私は特別扱いに見えてしまうのだ。
「それにしても、マリル少し怒ってる?」
「貴女に対しては怒ってないわよ?」
うん、まぁそうなんだろうけど、マリルはお父様に対して怒っていた。
お父様も初めからアルトを無茶な修行をさせていた訳じゃない。
まずは、体力作りから始めていたのだけど、何故か色々な厄介事に巻き込まれては怪我をしていたアルトをどうにかしようとお父様も色々考えていたのだ。
それがサヤとの体術の修行であったり、ミヤとサヤも巻き込んでの鬼ごっこであったり、最近ではマリルもアルトに精霊について教えている。
「マリルもだけど、サヤもミヤもアヤも少し変わったよね」
「そう?まぁ少しは自覚あるけど・・・」
そう言って、少し顔を赤くしながらお茶を飲むマリル。
今までは、マリルが契約した精霊が何をしでかすか分からないから、会う事は控えていたけど、もう大丈夫というマリルの提案で久しぶりにお茶会をすることにしたのだ。
そのきっかけを作ったのはアルトだ。アルトは覚えていないらしいのだけど、お父様が私にも教えてくれたのだ。
マリルだけじゃない、サヤもミヤもアヤもアルトと関わってから変わってしまった。
別に悪い方に変わった訳ではないから問題はないのだけど
「・・・本当に少し複雑な気持ち」
お父様の関心を取られたような気持ちになり、幼馴染達が変われたきっかけになったのがアルトであるという事。
その事で、久しぶりにお茶会が出来ている事も含めて、やっぱり複雑な気持ちになってしまうのだ。
「よっし、今日は」
「どこにでも行きます!」
「まだ、何も言ってはないが、そんなにやる気なら俺も期待に応えないとな」
「え」
「そうだな、少し早いと思っていたがそんなにやる気があるなら、ゴブリンの巣に突っ込んでみるか。あいつらは弱いけど小賢しいからな、今までみたいにただ闇雲に逃げてもすぐに捕まってしまうから気を付けろよ」
「し、師匠~!!」
相当この間の出来事が堪えたのか、お父様が何かを言う前に元気よく返事をしてたアルトだったけど、続くお父様の話を聞いて段々と顔を青ざめていた。
無理もない。
魔物の群れも危険なのに、それが巣。
巣という事はその魔物の拠点という事だ。
そこに突っ込めと言われれば、私でも躊躇してしまう。
まぁ、ゴブリン程度であるなら殲滅することは容易いけど。
「お父様、今日は私も一緒に行っても良いですか?」
そう思いつつ、私はお父様の後ろ姿に声を掛けた。
「別に構わないが、結構暇だぞ?」
「構いません。お父様達がどういう修行をしているのか少し興味があったのです」
これは嘘じゃない。だけど、全てが本音と言う訳でもない。
ただ知りたかったのだ。
修行内容だけじゃない。お父様がどういう風にアルトに教えているのか、どういうやり取りをしているのか。
何よりも、アルトの実力を知りたかった。
アルトがこの家に住むようになって、数か月が過ぎている。
始め来た頃と比べると、少しは実力が伸びているような気がするけど、ただそれだけだ。
お父様は英雄と呼ばれる存在で、私も憧れる人だ。
そんな人に教えて貰っていても、”少し”程度なのだ。
だから、私は知りたかったのだ。
私はお父様から直接教えて貰った事はすぐにできるようになった。
なのに、アルトは数か月過ぎても私がすぐにできた事も未だに出来ていない状態だ。
だから、私はもしアルトがお父様の修行を真面目にしていて、かつそれでもこの程度の実力しかないのだとしたら
「・・・アルトには勿体ない」
立場を弁えろとまでは言わないが、実力にあった修行をするべきである。
アルトにはお父様の修行は勿体なさ過ぎる。
そう思いつつ、私は初めてお父様達の修行について行ったのだ。
目の前には小規模のゴブリンの巣があった。
お父様の転移魔法で飛んできたらこの場所だったのだ。
「ほれ、あそこが見えるか?あの広場の真ん中に剣が刺さっている所だ」
「・・・見えません」
「あれですか」
お父様が指さす所には、確かに剣が一本地面に刺さっていた。
私は見えたけど、アルトには見えていないみたいだ。
「そうか、だけど、広場自体は見えるだろ?」
「あ、はい」
「その真ん中ぐらいに、気配を消す剣を一本刺している。今からそこにお前を転移させるから、その剣を持ってここまで帰ってくるんだ」
ゴブリン達は自分達の巣にある剣に気が付いていない感じであった。
お父様がいう事が本当であれば、あの剣は気配を消す能力があるという事だ。
「師匠、質問があります」
「おう、何だ?因みに、あの剣を地面から抜くと、気配を消すという能力が消えるからな」
「・・・あの剣はいつあそこに?」
「昨日だ」
「・・・何を言ってもやらされた訳なんですね」
アルトが肩を落とした姿をお父様がニヤリと笑っていた。
「制限時間は1時間。条件はさっきも言ったが、ここまで帰ってくること。後は、いつも言っているが死なない事。無理だと思ったら剣を抜くな。剣を地面から抜かなければお前の存在にあいつらは気付かない。制限時間になったら俺が助けてやるよ」
そう言いながら、お父様はアルトを転移魔法で飛ばした。
アルトの姿が一瞬で消えて、あの剣の前に現れていた。
「お前は、アルトがあの剣を抜かないと思っているだろ?俺の目的は魔物の恐怖を教える事で、本当に巣から逃げ出す訓練ではないと」
「・・・はい」
正直に言えばその通りだ。
今のアルトの実力だと、小規模と言ってもコブリンの巣からここまで逃げ帰ってくるとは不可能だ。
だから、私はアルトが剣を抜くとは思っていないし、お父様の目的もただ慣れる。若しくは、巣の中のゴブリン達がどういう行動をしているのか観察させるためのものだと思っていた。
「そうか、なら見とけよ。あいつは弱いけど強い。ある事に関していえばもしかするとお前達や俺よりも強いかもしれないぞ」
「それは・・・」
「見てたら分かる。いや、気付ければお前はもっと強くなれる」
そう言って、お父様はアルトと話していたような軽い雰囲気を消して、凄く真剣な、いつでも飛び出せるように集中してアルトの方を向いた。
私は、そんなお父様の姿に魅入られてしまう。
やっぱり、私のお父様は凄い人だと思いながら、慌ててお父様から目を逸らして、アルトの方を見た。
アルトは、私の予想通りに剣を抜かずに飛ばされたままの姿で突っ立っていた。
何かを探すように、辺りを見渡しているけどそれだけだ。
時間だけが過ぎて行く。
アルトはそれでも、剣に手を伸ばすことなくただ立っているだけだ。
5分
10分
15分
それでもアルトは動かない
20分
25分
30分
もうそろそろ動かないといくら走ってもここまで時間内に辿り着くことが出来ないと思った時にやっとアルトが動き出した。
私が抜かないだろうと思っていた剣に手を伸ばしてそのまま地面から引き抜いたのだ。
「やっぱりあいつは馬鹿だな」
お父様はそう呟いていたけど、その顔は何だかとても嬉しそうだった。
自分達の巣のど真ん中に急に現れた侵入者に、ゴブリン達は驚いて一瞬動きを止めていたけど、すぐにアルトに向かって襲い掛かっていた。
剣を地面から抜く前にずっと観察していたのだろう、アルトは自分が囲まれないようにゴブリン達の姿が少ない方に走り出してそのまま抜けようとする
だけど、その動きが一直線過ぎた
ゴブリンの数匹が手に持っていた棍棒のような武器をアルトに向かって投げて、その内の一本がアルトに当たってしまったのだ。
アルトはバランスを崩して倒れてしまう。
そんなアルトにゴブリン達は襲い掛かる。
私であれば、ゴブリン程度すぐに倒すことができるけど、アルトにはそれが出来ない。
やっぱりその程度なのだ。
アルトは地面から抜いた剣を振り回して何とかゴブリンを牽制して、立ち上がる事に成功したけど、もう完全に囲まれていた。
アルトからは見えていないかもしれないけど、輪から離れた所には弓を持っているゴブリンもいた。
完全に詰みだ。
私は、もう無理だと思ってお父様の方を見る。
お父様もこの状況なら、すぐに助けに行くだろうと思っていたけど
「・・・・・・・・」
「お父様?」
お父様は先程と同じような姿勢のまま動こうとしていなかった。
その間にも、ゴブリン達はアルトに襲い掛かっている
「お父様、もう無理です。助けなくては」
それでも、動かないお父様に向かって私はそう言ってしまっていた。
だけど
「まだだ、まだあいつはここまで辿り着いていないし、制限時間もまだ残っている」
「だけど」
「良いから見ておけ」
そう言ってお父様は動こうとしない。
だけど、アルトの方は流石に限界だと思われた。
アルトの隙を突いて、ゴブリンの一体が後ろからアルトを棍棒で殴り倒したのだ
アルトはそのまま倒れてしまい、コブリン達が次々とアルトに群がって行く。
「お父様!」
「・・・ここまでか」
流石に見殺しには出来ないと思い、声を上げるとお父様はやれやれという風に手を横に振った。
「・・・・ぁ」
すると、私達のすぐ傍にアルトがボロボロの姿で現れたのだ。
アルトは意識が朦朧としている感じで、小さく声を出してそのまま気絶してしまった。
「お父様すぐに手当てを」
「大丈夫だよ。すぐに治る」
お父様は気絶したアルトに向かって、治癒魔法を掛けていた。
アルトの傷が徐々に治り始め、荒い呼吸をしていたのが段々と落ち着いて行く。
私はホッとしたと同時に、やっぱりアルトにはお父様の修行は耐えられないと思った。
お父様の修行が厳しい事もあるけど、このような修行は私達も三年前ぐらいに終わらせている。
アルトは弱い。私達が10歳の頃よりも弱いのだ。
だから、これ以上続けたらアルトはきっと大怪我、最悪、命を落としてしまうかもしれない。
アルト自身については何とも思っていないけど、マリル達の事を思うと止めるべきだと思う。
私は、自分の考えが正しいと思って、アルトを説得することに決めたのだった。




