決意・・そして出発
僕は師匠に出会ってからいつもドキドキしていた。
突拍子もない師匠の行動力、師匠が見せてくれる数々な魔法。
師匠に付いていけば、今まで経験できなかった事を体験することができた。
僕は師匠に出会ってから人の優しさと言うのを思い出すことができた。
奴隷時代に擦り切れてしまった心を師匠やその周りの人達が癒してくれた。
僕は師匠に出会ってから・・・いつも恐怖していた。
師匠が僕を見限って捨ててしまうのをいつも恐れていた。
師匠の教えをリースが1日で習得できることを僕は何日もヘタをすれば何ヶ月も掛かってしまう。
そんな僕は師匠の弟子を名乗る資格があるのかいつも不安だった。
それでも、そんな僕の不安を気にしないとばかりに師匠はいつも無茶な課題を出しながらこう言うのだ
「できるだろ?俺の弟子なんだから」と
目の前に師匠が歩いている。
ズンズンと僕を気にせずに前に歩いて行く。
リースも師匠と同じ異世界人であるノゾムさんやその家族、師匠の家族と同様に優しく接してくれた英雄の一人であるエルフの家族の人達も僕の事を忘れたかのように気にせず歩いている。
僕は必死になって足を動かして追いつこうとするも、その距離は離れて行く一方だ。
不意に涙が出てくる。
行かないでと置いていかないでと子供みたいに泣き叫びながら、追いつこうと藻掻く。
手を伸ばし、声を枯らしながら歩いていると師匠達のそばには見たこともない男の姿があった。
師匠達はその男を笑顔で受け入れて一緒に歩いている。
ふとその男が惨めな姿になっている僕を見た。
男は顔を歪めて僕を見下しながらこう言った
「君にあの人の弟子を名乗る資格はない」
「ッ!」
と目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。
どうやらどこかの宿屋に寝かされていたらしい
「起きたっすか?」
「はい・・・迷惑を掛けました」
「調子は・・・良くなさそうっすね。うなされていたっすよ」
「・・・そうですか」
すぐ近くにいたナナシさんが立ち上がり、コップに水を入れて渡してくる。
「・・・っと?」
起き上がってコップを受け取ろうとしたら、体が動かないことに気が付いた。
「あぁ、あまりにも静かだったので忘れてたっす。」
「・・・これはまた・・・心配掛け過ぎですかね?」
ナナシさんが布団を少し捲ると、僕の片手を抱きかかえて眠っているヴォルとミンクの姿があった
「それはもちろんっすね。再会した時は顔色が悪くて、その後は半日寝たきり、起きて旅に出たらまた気絶して半日以上目を覚まさなかったっすからね。兄代わりのつもりならあまり心配させるなっす」
「体だけは丈夫なつもりだったのですけどね」
「それは、身体じゃなくて心が弱っている証拠っすね」
「心ですか?」
「いくら身体が丈夫でも元気でも、心が弱ってると人間何もできなくなるもんっすよ?」
「そういうもんっすか」
「そういうもんっす。逆に、身体がヘトヘトでも心が満たされていれば多少の無茶はできるっす。経験ないっすか?」
「・・・ありますね」
師匠達に追いつきたくて無茶をし続けて、キツイだけじゃなくてすごく楽しかったから自分の身体の悲鳴に気付けなくって倒れてしまった事があった。
その時は僕の無茶に気付けなかった師匠と一緒に皆から怒られた事を思い出した。
「・・・そう言う顔をしている時がアルトらしいっす」
「・・・・どんな顔ですか?」
「お師匠さん達の事を思い出していたっすよね?・・・そんな顔っす」
僕から顔を背けてうーんっと背伸びをしてナナシさんが部屋の扉に向かって歩き出す。
「あの後、ケントという人のパーティーの人達の好意で一緒に今日の目的地まで辿り着くことができたっす。うちらが借りた馬車なら、アルトを運ぶ事ができなかったすからね」
「・・・・そうですか」
「向こうの人達も目的地が私達と一緒みたいっすから、明日も同行して貰うっす」
「分かりました」
「・・・一応、軽く食べられる物を持ってくるっす。その間にその二人を起こしておいて欲しいっす」
「両手ががっしりと固定されている状態でどうしろと?」
「そこは気合と根性でなんとか・・・失敗をすると寝ぼけ状態のミンクちゃんにコキってされるっす・・・・経験者は語るっす」
「ちょっと何不安になることを言ってるんですか!あ、待ってせめて!せめて!どっちか一人だけでも起こすの手伝って!」
「・・・小さい声で怒鳴るっていう器用な事が出来るっすから大丈夫っす。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・普通に声を掛けて起こします」
「・・・それでいいっす。・・・コキってされるのは嘘じゃないっすけど」
「ちょっと!」
多分ナナシさんなりに元気づけようと気を使っているのだ。
ナナシさんはそう言う雰囲気を感じるのがすごく敏感で、今までもこう言ったやり取りで気持ちが楽になることが多くあった。
僕の旅に付いて来た最初の仲間。
ナナシさんが居てくれて助けられた事は数え切れないほどある。
一人でできなかった事が二人ならできた。
旅の途中で孤独を感じることがなくなった。
一緒に笑い、愚痴を言い合い、失敗した事も沢山あった。
「・・・・色々考えないとな」
師匠に会うことだけを目的に旅をしてきた。
けど、いつの間にか仲間ができて僕だけの旅じゃなくなっていた。
ナナシさんのこと、ヴォルのこと、ミンクのこと。
「やっぱり全ては貴方に会わないと終われないし、始まらないと思います。師匠」
もう逃げるのは辞めようと思う。
結果を引き伸ばすだけで、周りに迷惑を掛かるだけだった。
だから
「僕はもう逃げません」
そう心に決めた。
因みに、ナナシさんが帰ってくるまでに何もなく二人を起こせたことにほっとした。
「昨日はすみませんでした」
「いや、こういう時はお互い様だ。」
僕が彼に声をかけたのは、こういうシンプルなものだった。
こういう事はもっと緊張するものだと思っていたけど、すんなりといつも通りに言葉を出すことができた。
まぁ実際は、相手は僕のことなんて知らないだろうし、偶々助けた人ぐらいしか思っていないだろうけどね
「・・何か昨日とは少し雰囲気が違う気が」
「色々と考える事を辞めにしたのです。僕が出来るのは目指した場所にただ進むだけしか出来ないですからね」
「・・・そうか」
「すみません。意味が分からない事を言ってしまって」
本当にそうだろう。
僕が彼に抱いている複雑な感情なんて彼は知らないし、僕がどれだけ迷っていたなんか知らないのだから。
「・・・ケント様準備ができました」
「こっちも準備が済んだっすよ」
ナナシさんと彼の仲間である小柄で可愛らしい女性が馬車に積んでいる荷物の確認を終えてこっちに来た。
「ありがとうございますナナシさん。では、予定では昼に一度休憩をしてから、あの村まで行きましょうか」
「そうだな。川の氾濫で溢れた魔物を狩りながら向かっていたが、ちょっと時間を掛け過ぎた。少し急ぐ事にしよう」
彼が持っていた馬車は特注で、頑丈そうで大きく、バネも付いており快適な作りになっていた。
その馬車を牽いている馬も立派で、僕達が借りた馬より早く長く走る事ができた。
僕達の荷物とミンクとヴォルを彼の馬車に乗せて貰い、軽くなった馬車に僕とナナシさんが乗って早く目的の村に向かうことにしたのだ。
「じゃぁ、大丈夫だと思うけどミンクちゃんとヴォルは迷惑を掛けないようにね?」
「大丈夫!あの姉ちゃん達優しいし、お菓子が美味しい!」
「・・・この子は食べ物で悪い人にも付いて行ってしまうのではと最近特に思うようになったっす」
「・・・ミンクちゃん、君が頼りだ」
「が、頑張ります」
そういったやり取りをしていたら、もう出発するぞと彼が声を掛けてきた。
「では、よろしくお願いします。・・・っと、そう言えばまだ自己紹介をしていませんでした。僕の名前はアルトです。」
「ん?そうだったか?俺の名前は、ケントだ。あの有名な英雄の一人マコト様の一番弟子をしている。短い間だと思うが、アルト宜しく頼む。」
「・・・・はい、宜しくお願いします。ケントさん」
握手を交わして出発することになった。
ガタゴトとお尻に攻撃を仕掛けてくる馬車に我慢しながら前を進む馬車を追いかける。
歩く人がいないから昨日よりかなり早いペースで進むことが出来ている。
長閑な風景、偶にすれ違う人達に軽い挨拶をしながら進む。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
いつも積極的に話しかけてくるナナシさんは、気持ちよさそうに流れている風景を楽しんでいる
「・・・・こういうのも悪くないっす」
僕も決意を決めたからか気持ちに余裕が出てきて、のんびりと周りをみて過ごしていたらそんな言葉が聞こえてきた
「もちろん、あの二人が居たらもっと楽しいと思うっすけど、偶にはこうのんびりするのも悪くないっす」
「そうですね・・・ナナシさんとこういう風にするってあっちの大陸にいた時ですもんね」
「そうっすね~あっちの大陸でもこっちに来てからも色々あったっすからね。長かった様な短かった様な変な気分っす」
「僕は楽しかったのであっという間って感じです。ナナシさんに会うまでは長く感じていたような気がしますが」
「そう言われると、無理言って付いて来た甲斐があるってもんっす」
ナナシさんは何故僕に付いて来たのか教えてくれない。
街の外で何をする訳でもなく、ただ座っていたナナシさんに声を掛けたらそのまま付いて来たのだ。
「ナナシさんは・・・」
「それでどうだったすか?早速兄弟子としてチェックをしていたような気がしたっすけど?」
ナナシさんは自分の過去の話になりそうになるといつもこういって躱してしまう。
何度もしている遣り取りなので、ナナシさんがその事について話すことはないと分かっているから、そのまま質問に答える事にした。
「兄弟子ってつもりはなかったのですけどね。師匠が言っていました。ニホン人は礼儀を重んじるって。言葉の節々から又は小さな態度からそういったものを感じ取れるみたいです。だから、礼儀作法という物があり、それを大事にしていたとも、だから、人の名前の呼び方一つで相手がその人の事をどう思っているのかが分かるらしいです。・・・環境が変われば様式も変わるから一概には言えないとも言っていましたが」
それでも、まず師匠から教えて貰った事は言葉遣いだった。
昔は奴隷だった為、誰に対しても謙った言葉使いをしていた。
その時に教えて貰ったのが、尊敬語と丁寧語だった。
師匠も勉強中だったから、正確には教えられないけどと言って丁寧に教えてくれた。
「人は尊敬している人に対しては自然と頭が下がるみたいです。当たり前です。国王様や貴族様、ましては師匠の名前なんて呼び捨てに出来る訳がありません。師匠達の世界には身分の差というのがあまりなかったそうです。だから、僕みたいな奴隷上がりの奴や使用人さん達にも同じ目線で付き合ってくれます。その事が素直に凄いと思ったから僕も真似をすることにしました」
「ならアルトが私達に丁寧な言葉で話しかけているのは尊敬しているからっすか?」
「もちろんそれもあります。ナナシさん達の事は凄く尊敬していますから」
「なんか照れるっす。でも、私はアルトの事を呼び捨てにしてるっすけどそれはいいっすか?」
「全然構いません。それだけの仲だと思っていますから」
「ならアルトも・・・」
「さっきも言いましたけど、言葉と一緒に態度でも分かります。ナナシさんは僕がナナシさんの事を呼び捨てにしない事で距離を取っていると感じますか?」
「それは思わないっすけど・・・そういう気を回さないければもっと身近に感じるじゃないかとは思っているっす」
「・・・結構これでも直しているつもりなんですけどね?何分奴隷だった時期があるので・・・」
成長していく上で、幼少時代の環境はとても大切らしい。
人格の形成、好き嫌い、色々な物がその時代に形づけられるらしい。
だから、奴隷にされる人は成人していない小さい子供が多いらしいと師匠が言っていた。
「ま、此れからに期待するっすよ。それで結局あのケントという人をどう感じたんっすか?」
「・・僕の事を見ていない。見下す訳でも何をする訳でもなく、ただ形式に沿った遣り取り。ナナシさん達にはすぐに名前を聞いたのに、僕に対してだけは僕から言わないと気付ない。ま、実際はそんなのはどうでも良いのです。彼が僕に与える第一印象を悪くしてしまったという事だけなので。僕が気になったのは、一つです。それは・・・」
「あ、それ分かるっす。お師匠さんの弟子と言う事を自慢しているように聞こえたっす。アルトはそんなこと今までも言った事がなかったすよね?」
「当たり前です。人から聞かれたのなら仕方ないのかもしれませんが、自分から言う事じゃないですからね。」
「・・・其の辺は使いようだと思うっすけどね・・・お師匠さんの名前を出せば簡単に解決できたことって沢山あるったすよ」
「・・・それは・・まぁ・・弟子を名乗る最終試験中だったですし・・・胸を張って弟子だと言える勇気がなかったていうか・・」
「簡単に言えば、それが気に食わないと?」
「確かに自信を持ってそう言える彼に嫉妬をしているのは認めます。ですけど・・なんていうか、師匠の弟子というのをブランドにしているっていうか・・・・上手く使われてしまっているっていうか・・・・何か言葉に出来ないですけど、モヤモヤしてしまうんです」
マコト師匠の弟子を態々名乗る彼に、多分師匠から同じことを学んでいる筈の礼儀を無視した態度。その二つが僕の中でぐるぐると回っている
「それだけお師匠さんの弟子っという立場を大事にしているってことっす。それにはっきり言って良いんすよ?」
「・・・・何をですか」
多分、ナナシさんは僕が今感じている気持ちを言い当てる事ができてしまう。
ただ、それを聞いてしまうと何だかいけない様な気がする。
「正直に言えば良いんすよ・・・・・・・・お前が師匠の弟子を名乗るな。ってね」
その言葉がストンと胸に落ちて来た。
「・・・そうか、僕は怒ってたんだ。悔しかったんだ」
それがきっかけで無意識に考えないようにしていた事が次々と思い浮かんでくる
ただ、その思いは決して思い浮かべたらいけない類のものだ。
彼が師匠の弟子を自分から名乗る傲慢さ
それを周りの人達が受け入れられている現状
自分から胸を張って弟子だと言えない自分の臆病さ
色々あるけど、それでも思ってしまうことがある。
「・・・・なんで師匠は僕を捨てたのですか」
それは怒りだった。
今まで、師匠に対して絶対に抱いていいない感情。
ゴブリンの巣に投げ込まれたって、ドラゴンに追いかけられたって、困惑や不安はあったけど師匠に対して怒った事なんてなかった。
師匠に出会ってから、始めて師匠に対して憎しみの感情を抱いてしまったのだ。
おまけ
「お父様は馬鹿です。勝手に変なゲームを始めてしまって・・・しかも、アルトや私達に一言もなく!」
「落ち着きなさいリーナ。おじ様が勝手なのはいつもの事でしょ?」
「・・・それより早くアルトを探さないと・・期限は後二日しかない」
「と言ってもですねサヤ姉さま。学園にはしっかりと通わないといけない事を条件付られているとどうしても街の中しか探せないのですよ」
「此処まで探して、匂いすらないと思うともう街の外にいるとしか思えないですけど」
「あ、あの!皆様!」
「どうかしたの?ジルそんなに慌てて」
「あ、す、すみません!旦那様が皆様をお連れするようにと」
「お父様が?今少ない時間でアルトを探している所だから後にして貰えないかしら」
「じゃぁお前達はそこで探していなさい」
「だ、旦那様!」
「多分、リーナならそう言うと思ってな」
「それで?どうしたのですか?今忙しいです。お父様が三日以内にアルトを探せってゲームを勝手に決めたので」
「アルトの場所が分かったから連れて行こうと思ったんだがな・・・ならお前達は勝手に探していなさい」
「どういうことですか!」
「どうもこうも、言葉通りだ。アルトの場所が分かった。っていうか初めから知ってるんだよ」
「なぜそれを早く言わないのですか!」
「こっちにも色々あるんだよ。心の整理とかな。それに、お前たち少しでも考えてみたか?」
「何をですか?」
「アルトの事さ。あいつが何故素直に帰って来ないのか?一度拒否されただけで諦めてしまう奴じゃないだろ?」
「・・・・・それは」
「ってことは、あいつなりに考える事があったってことさ。それなのに、すぐにあいつの所に行って何を言うんだ?お帰り、ただいまで終わるならアイツはすぐにでも帰ってきてるはずだ」
「それはおじ様が、アルト君がおじ様の弟子と言う立場を如何に大切にしていたかを知らなかったから」
「それは・・マリルの言う通りだ。俺も簡単に考えていたのは確かだ。帰ってきてから色々説明すれば良いと簡単に考えていたんだからな」
「・・・お父様」
「だから、俺も考える時間が欲しかったんだよ。自分の気持ちって奴をさ」
「・・・分かりました。私達も少し考えてみます。・・・それで、アルトはどこにいるのですか?」
「ま、ちょっと遠い所にいるから俺の転移魔法で先回りをしようかなと思ってな」
「なら、早速!」
「まぁ待て。今回の騒動は確かに俺に責任があるが、これ以上あいつらに弱みを見せる訳にはいかない。そうだろ?」
「それは・・・ですから私達はいつも通りに学園に通っているですから」
「そうだ。だから今回も数人で行ってもらう。俺は此処に残ってあいつらを牽制しておく」
「ぐ、具体的には?」
「人数は二人・・・・選抜方法は・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・きゅぅ~」
「きゃぁぁ!お父様が無駄に引き伸ばすから、ジルが倒れてしまったのではないですか!」
「・・相変わらずメンタル弱いな」
「そ・れ・で?」
「あぁ・・・取り敢えず、お前たち五人で戦い合って最後まで残った二人が勝者だ」
「・・・・はっ!・・・きゅぅ~」
「お~い、良いのか~、お前達の殺気でジルがまた気を失ったぞ~・・・・・ダメだ聞いてないな」