ミヤの場合(2)
アルトさんのあの姿は気になるけど、深く聞くことができずに数日が経つ。
そんな中、徐々にアルトさんの周りの環境が変わってきた。
いい意味ではなく、悪い意味でだ。
どこで知られた分からないけど、アルトさんが奴隷だった事が村の人達にばれたのだ。
私のお母さまも元奴隷だったみたいだけど、お父さまが解放したこともあり村の人達から何か言われた事はない。
奴隷の象徴である、首輪も奴隷紋も無くお母さま達が元奴隷だっと言っても、冗談だと受け取る人達もいるぐらいだ。
だけど、アルトさんには首輪はないが消えない奴隷紋がある。
お父さまやマコトおじ様が色々試しているけど、強力な呪いになっているみたいで、消えてもすぐに元に戻ってしまうのだという。
しかも、正規の奴隷商人が使うようなインクではなく、焼きごてで直接焼いているみたいで傷も酷く醜い状態になっている。
その事を不気味がり、誰も近づかなくなるだけではなく、石を投げたり、直接叩いたりと暴力も目立つようになってきている。
勿論、お父さまやマコトおじ様達が注意して、表立っては見えないけど、陰ではそういう事が増えてきている。
「なんでお前みたいな奴隷が普通に出歩いているんだよ。道をどけよ邪魔だ」
道をただ歩いているだけでそう言われる事もある。
アルトさんはすぐに頭を下げて道を譲るが、段々その姿にも腹が立ってくる。
「悔しくないのですか?もう、アルトさんは奴隷ではないのでしょう?」
とうとう我慢が出来なくなって、直接アルトさんに聞いてみる。
「正直、悔しいと思う気持ちはあります。だけど、同時にそれが当たり前だと思う自分もいます。それが、小さい頃に奴隷に売られたからなのか、この消えない奴隷紋があるからかは分かりませんけど」
アルトさんは、感情を出すこともなくいつも通りに話してくれた。
私は何故か何もいう事が出来ず、アルトさんの顔も見る事も出来ずそのまま一人で帰ってしまった。
私も虐められていたけど、仲間外れにされたり揶揄いや馬鹿にされる事はあっても直接何かをされたという事はなかった。
それと、アルトさんの事が広まると私に対する虐めも減ってきていた。
まぁ、仲間外れにされるのは変わらないけど、揶揄いや馬鹿にされるという事が少なくなってきている。
だけど、一方ではアルトさんに直接危害を加える事で慣れたのか、私に対しても遠慮がなくなってきている人も出てくるようになっていた。
「返して下さい」
「力づくで取り返してみろよ?お前強いだろ?」
私達と同世代の中で一番強いと思っていた男の子。
昔、私と喧嘩して負けた事をずっと恨んでいて、よく私を揶揄ってくる人だった。
アルトさんを蹴ったり直接的な暴力を振り始めたのも彼だと言われている。
彼は風に吹き飛ばされた大事にしていた三姉妹お揃いのリボンを拾い、私のだと気付くと力づくで取り返してこいと言ってくる。
正直、彼を無力化してリボンを取り返す事は簡単だけど、私は動けなかった。
やり過ぎてしまうのだ。
英雄のお父さまの影響なのか、氷狼族という種族的な問題なのかは分からないけど、ここ数年で実力がかなり伸びてしまっている。
急激に伸びてしまった実力の影響で、まだ上手く手加減ができないのだ。
「チッ!しらけた」
彼はそんな私の姿に舌打ちして、リボンを手放して去って行く。
普通であればまた地面に落ちたリボンを拾い直して終わりなのだが、その日は運が悪く強い風が吹きリボンがまた舞い上がってしまい、そのまま木の枝に引っかかってしまう。そして、また悪い事にそのリボンが気に入ったのか近くにいた鳥がリボンを咥えて山の方へ飛んで行ってしまった。
「あ」
と声が漏れるがどうしようもない。空を飛べる訳でもなく呆然とその姿を見ているしかなかった。
「はぁ・・・はぁ・・はぁ・・・終わりました」
そんな時に、後ろからアルトさんの声が聞こえて慌てて何でもないように振舞う。
「そうですか・・・では・・」
どうにかして探さないと思いながらアルトさんと一緒に日課をこなしていく。
日課を終えて取り敢えず、鳥が飛び去った方向へ走って行くことにした。
村でよく見る鳥なので、どこかに巣があると思ったのだ。
しかし、山に入ろうとしたら
「ミヤどうした?ここから先は今は入っちゃダメだぞ」
「なんでですか?」
お父さま達大人の人達が揃って、山の出入り口を木の柵で塞いでいる所だった。
「う~ん・・・ま、後で伝えるつもりだったから別に構わないか。猟師の人達が森の中で餓狼の群れを見たと言ってな、確認したら数グループだが確かに餓狼の群れがいた。だから、柵で入り口を塞いで通り過ぎるのを待つことにしたんだよ」
餓狼と言うのは、いつも餓えている魔物の事である。
餓えているといのもあり、かなり凶暴で、群れとなるとベテランの冒険者達でも手こずるぐらいだ。
お父さま達が本気を出せば、駆除する事は可能だけど、お父さま達はそういう事に対してはあまり積極的に関わろうとしない。
多分、お父さま達はこの柵が破られて、村の人達に危害が出るギリギリまで手を出すことはないだろう。
それゆえに、私を見逃して山に入れてくれるという事は期待できない。
「実は・・・」
それでも、何とかしてリボンを探したいのでお父さまに説明するも
「ダメだ。お前の実力的には問題ないかもしれないが、それによって餓狼の群れがどう動くか分からなくなる。そんなに長い期間じゃないと思うからそれまでは我慢しなさい」
やはり、許可を貰うのは難しかった。
取り敢えず、あのリボンの匂いを間違える事はないから追跡は何時でもできると無理やり納得して家に帰る事にした。
そしてその日の夜
昼間お父さまが言っていたように、家族の皆に餓狼の群れが来ている事を説明している時に、隣の家からマコトおじ様が訪ねて来た。
「どうした?こんな時間に来るなんて珍しいな。酒を飲みに来たとしてもまだ早いぞ」
「そうじゃなくてだな。アルト来てないか?」
「アルト坊か?来てないぞ?なんだいないのか?」
「ああ。走り込みが終わった後帰って来たのは知っているんだが、夕飯を食おうと呼びに行ったら部屋にいないんだよ」
「成程、その様子だとルックの所には既に行って、俺の所に確認兼嫁さん達の鼻を貸してもらおうと」
「正解だ。無論、失礼を承知で頼んでいるから断っても構わないが」
私達のお母さまは皆獣人で、人族よりも五感が優れている。
お母さま達はおじ様に気にしなくて良いって感じで了承するけど
「私も一緒に探しても良いですか?」
私は何故だか分からないけど、とても気になって気付いたらそう言っていた。
「・・・ミヤ?」
皆が不思議そうに見てくるけど、私は止めるつもりはなかった。
「ま、良いだろ。アルト坊と最近一緒に居るのはミヤだし、匂いも追跡しやすいだろ。その代り、貸し一つだからな」
「分かってるよ。酒でも飯でも奢ってやる。それとも、それぞれ二人目を目指す為の薬の方が良いか?」
「ば、馬鹿野郎!余計のお世話だよ」
もう幼い子供ではなく、子供がどういう風に産まれてくるのか理解しているので、少し恥ずかしくなる。
お母さま達を見てみると、顔を赤くしつつも満更でもないような表情をしていた。
・・・凄く恥ずかしくて、見た事を後悔してしまったけど
気を取り直して皆で探す事になった。お父さま以外は皆鼻が利くので、自然と探す方向が一緒になるのだ。
本来であれば、お母さま達の誰かひとりで探した方が効率が良いのだけど、今回は餓狼の群れが近づいているという事で全員で向かうのだ。
因みに、マコトおじさまは、最悪の場合を考えてと言って私達が向かう方向の反対側を探しに行った。
サヤお姉さまやアヤはあまりアルトさんと関わりがなかったから早い段階で匂いが分からなくなっていた。
お母さま達は少し立ち止まって確認する事はあるけど、何とか追跡出来ている。
私は、最近ずっと近くにいたからか確認することなく、アルトさんの匂いを追跡することが出来ていた。
「ミヤ!待ちなさい!」
だから、アルトさんの匂いが山の方へ向かっている事に気付いたのは私が最初で、気が付いたら皆の制止を振り切って走り出していた。
後ろから私を追ってきているのが、匂いと雰囲気でお母さまだという事は気付いた。
だけど、私は止まることなく、お父さま達が昼間立てていた柵を飛び越えてアルトさんの匂いを追って山の中に入って行く。
「待ちなさいと言っているのが聞こえないのですか!」
「だってお母さま!」
私の方が足が速いとはいえ、慣れていない山道だと徐々にスピードが落ちてとうとう追ってきたお母さまに捕まってしまった。
お母さまはそれでも暴れている私の姿をみて、溜息をついて私を離す。
「落ち着きなさい。ここまで来てしまったのなら仕方ないです。後でノゾムさんに叱って貰いますからね」
「はい、すみませんでした。」
やれやれと言う風に、頭を撫でられて私の気持ちも徐々に落ち着いてくる。
「ミヤがここまで取り乱すとは思っていませんでした。アルト君の事苦手だったのでしょう?」
「・・・はい。ですけど、今回の事は私の所為かもしれなくて」
昼間の事をお母さまに説明して、もしかしたら、その光景をアルトさんが見ていてリボンを探しに行ったのかもとも付け加えた。
「私達も奴隷時代の事を思い出しそうでアルト君とあまり関わろうとしていなかったから、どういう子か分からないけど、最近近くにいたミヤがそう思うなら、そういう子なのかもしれないですね・・・この事が済んだら一緒に怒りましょうか。私も話してみたいと思います」
お母さまにそう言われて、焦っていた気落ちが完全に落ち着いた。
お母さまも協力してくれるのであれば、凄く心強い。
ただ、問題が一つだけある。
私も焦っていたとは言え、がむしゃらに走っていた訳ではない。
ちゃんとアルトさんの匂いを追ってきたのだ。
その匂いは、山の奥へ続いていてその周りには
「ただ、急がないといけないかもしれませんね。餓狼の群れに追われています・・・・いえ、アルト君が心優しい人で、賢い人であるなら、敢えて山の奥に行ったのかもしれません。村に被害がでないように自分を囮にして」
「・・・・・・」
私もその事については考えた。
マコトおじ様が連れて来て、故郷ではないこの土地で、知り合いも親しい人もいない。
奴隷だからと言われて、暴力も受けているこの村に対してそこまでするのかと
「考えている時間はありません。行きますよ」
「はい」
そうだ、今は考えている時間なんかない。
アルトさんの事は私も良く知らないし、考えても時間の無駄だ。
だけど、アルトさんがどういう考えを持っているのか、かなり気になり絶対に聞き出してやるとそう思った。
お母さまの後を必死になって追いかけていく。
アルトさんの匂いが強くなり、お母さまでも迷う事なく追う事が出来るようになったのでお母さまが先行しているのだ。
私が先だと危ないという事もあるけど、山道の走り方などを実践で教えてくれていると思う。
そのお母さまが顔を険しくして、急に走るスピードを上げた。
「ッ!」
そしてすぐにその理由が分かった。
血の匂い
アルトさんの匂いのする方から血の匂いがしてくるのだ。
しかも、掠り傷とかではなく大量の血の匂いがしてくる。
お母さまが立ち止まり、すぐに状況を確認しているのが分かったけど、私は飛び込んできた状況に頭が真っ白になってそのまま駆け出してしまった。
「ガァァァァァ!」
氷狼族の特色でもある氷の粒を身体に纏わせて、考えるよりも先に餓狼の群れが”何か”を貪っている所に突っ込んで行く。
数匹の餓狼が吹き飛び、氷の粒に貫かれて死んでしまうが、無事な餓狼の方がまだ多い。
まだ、気は抜けないが取り敢えずは落ち着いた。
「何をしているのですか」
私はじりじりと寄ってくる餓狼の群れに気を配りながら、地面に蹲っているアルトさんに声をかける。
「・・・・・ミヤ様ですか・・」
何かを守る様に背中を向けて蹲っているアルトさんから、小さな声が聞こえて来た。
その事に生きていたと安堵するも、背中の傷や、半分食い千切られている足の傷をみて急いで処置しないと死んでしまうと思った。
「後で話があります。あと様付けは止めて下さい」
「・・・・・はい」
限界だったのかアルトさんはそのまま気絶してしまった。
まだアルトさんが動ける状態であったらまだ戦いやすかったのだけど、動けない重症人を庇って餓狼の群れに挑むのはかなり大変だ。
その事を理解しているのか、私の方よりも倒れて気絶しているアルトさんの方に襲い掛かりそうな餓狼の群れを見て、私も覚悟を決めないといけないと思った。
「ミヤにも後で話があります。よろしいですね」
今にも襲い掛かりそうな餓狼の群れが一瞬にして氷の中に閉じ込められた。
勿論、そういう事が出来のはお母さましかおらず
「・・・・・はい」
氷の彫刻となった餓狼の群れの中を歩いてくるお母さまの姿をみて、覚悟を決めるのであった。




