一つの決着
圧倒的な実力差があった。
師匠が以前「ケントよりも強い」と言っていた意味が理解できてしまった。
「・・・う・・・ぅ」
「どうしたもう終わりか?」
あの一瞬
僕が飛び込み木の棒を振りかぶろうとしたら、目の前の相手が消えた。
直後に後頭部に衝撃を感じたら、そのまま地面に倒れてしまったのだ。
意識はまだ辛うじて残っているが、身体がいう事を聞かない。
「所詮お前の実力はそんなもんだ。俺が直接戦う必要なんてなかったんだよ」
神崎武雄がつまらなそうに言い、僕を仰向けに蹴飛ばす。
「さて、本題だ。それだけの実力しかないお前が何でリース達と一緒に居れる?何であんな称号が付く?お前が来るまではあんな称号なかったんだぞ。お前が何かしたはずだ。答えろ」
剣を構えて見下ろす顔はかなり真剣な表情で、今まで僕に向けていた嫌悪感や嫉妬という感じはなかった。
だけど
「・・・はぁはぁはぁ・・・貴方のそれは欲しかった玩具を横から取られた子供とよく似ています・・・・っリース達は貴方のチームを強くするための駒ではありません。貴方の欲を満たすだけの物ではありませんよ!」
確かに、称号が見える彼には不思議だったのだろう。
自分がいないうちに自分のチームに取り込もうとしていた人達が、自分が知らない、実力も低い奴に夢中になっていたのだ。
しかも、変な称号が付いてだ。
僕もギルドの依頼から帰ってきて、リース達が別な人に好意を向けていたらかなりショックを受けるだろうし、何が何でも原因を見つけて、リース達を取り返そうとするだろう。
その結果、変な魔法が使われていたのであれば彼みたいに力尽くでも解決したかもしれない。
だけど、それは最終手段だ。
自分に原因は無いのか?
相手に怪しい所をは無いのか?
本当にリース達の気持ちが離れてしまったのか?
僕であれば、まずはそこから考える。
だけど、異世界勇者としての特殊能力で見え過ぎる彼は答えをすぐに見つけてしまう。
そして、その答えが正しいものと捉えてしまった。
その能力に頼り切りで、その能力が今まで間違いが無かったから・・・
自分や周りの影響や環境を考えずに、相手に原因を探してしまう。
今だから言える事だけど、リース達を異性として好意を持っていると自覚してから、リース達の交友関係には敏感になった。
特に、学園の中ではリースとケントが付き合っているという噂があって・・・・だから、僕は諦めていたんだ。
いや、諦めてはいなかったけど、今は実力をつけてリース達と並ぶことが出来たら胸を張って告白しようと思っていた。
ケントに対して嫉妬もしたし二人でいる姿をみてイライラしたこともあった。だけど、ケントを貶めてまでリースに振り向いて貰おうとは思わなかった。
まぁ、まったく思わなかった訳ではないけど・・・
「何を!」
「貴方にリース達の何が分かると言うのですか!少なくともリース達は今の貴方の行動を好ましく思っていません。逆に迷惑だと思っています。それが何故か分かりますか?」
「それはお前がリース達を洗脳して・・・」
「まだ、それを言うのですか!その事はもう解決したじゃありませんか!ただ、貴方が納得できていないだけです!貴方が納得いく理由を探しているだけです!少なくとも、リース達は自分勝手な人や行動を好みません。ちゃんとリース達の事を考えていましたか?本当に貴方の行動でリース達の気持ちが変わると思っていたのですか?」
自分を中心に世界が回っている・・・・と、まではいかないけど
”自分にとって最高の結果になる”
”自分の満足いく答えを得られる”
そんな気持ちがひしひしと感じられる。
「あいつは、この世界が現実だという事は理解している。この世界にいる人達がNPCじゃなくて、ちゃんとした人間だと理解している。だけど、自分は選ばれた人だと。特別な人だとは思っている。思うのは勝手なんだが、それで世界が都合よく動かない事を知らない。何故なら、特別な力である程度は望んだ通りに解決できるからだ。だから、あいつは強いが弱い。実力はかなり強い故に、足が地面についていない。どうしても上から見てしまうんだよ。だから、その力で解決できない事件が起これば、足が地面についていない訳だから踏ん張れないんだ」
師匠は神崎武雄の事をこう言っていた。
師匠の言葉の中には分からない言葉が色々あったけど、改めて対峙して何となく理解できた。
今、彼は初めて自分が望んだ結果以外の結果を付き付けられて、自分の望んだ結果にしようと動いているのだ。
そんな事できる筈がないのに
一人の望んだ通りに世界が動く筈がないのにだ。だから、彼の行動は異常に見える。だけど、本人は自覚できない。したくない。
そして、彼の実力や立場が原因で彼の行動が他の人には正しく見える。
・・・・・それはとても怖い事だと思う
「貴方は異世界の勇者様なのでしょ!貴方の行動がどう影響するか少しは考えて下さい!」
まだ、身体に力は入らないけど、喋っている内に意識がはっきりしてきた。
意識がはっきりすると、魔力を練ることができる。
僕の左腕と右足は魔力で動かすことが出来る!
「ッ!」
左腕に魔力を纏い腕を振り、突き付けられた剣を弾き、右足を蹴り上げる
動けないと思っていた僕が反撃したことに驚いたのか、一瞬反応が遅かったけどそれでも僕の攻撃を避けて後ろに飛び去った。
「まだ動けたか」
「諦める訳にはいきませんからね」
「実力に差があることが理解できないのか」
「実力に差があると何故諦めないといけないのですか?実力に差があるからこそ諦めちゃダメなんだと僕は思います」
魔力を多く使ってしまうけど仕方がない。まずは立たないといけない
「魔装」
動かない右腕と左足に太い蔓が巻き付いて、その蔓を動かして何とか立つことができた。
魔装。
師匠との修行では、一対多ということが多い。
その中で、怪我をして動けない状態でも強制的に体を動かせるようにと師匠が作ったのがこの魔法だ。
魔装自体は魔力はそれ程必要はないけど、動けない体の一部を思った通りに動かすにはそれなりに魔力制御と魔力が必要で、僕はどちらも足りていない。
だから、身体が動くようになるまでは遠距離での魔法で攻撃するしかないのだ
「”風玉””土礫””火球”」
「そんなもの!」
僕がその場から動けない事が分かったのか、彼は真っ直ぐに僕が撃った魔法を切り裂きながら突っ込んでくる。
「”土壁”」
「見え見えだ!」
彼との間に土壁を使い進路を制限しようとしたら、彼はその土壁を飛び越えてしまった。
「もう手加減なしだ!」
そのまま無防備な僕に剣が振り下ろされて
ガキィン!
「なっ!」
彼の剣が僕の頭にぶつかる瞬間に、剣との間に魔法陣が出現して彼の剣を受け止めていた
「本当にちぐはぐですね。強いのに弱い。師匠が言っていた意味が少しは分かります。これは以前ケントに避けられた魔法ですよ」
魔法陣から大量の植物の蔓が出てきて、彼に絡んでいく。
以前、ケントと模擬戦をしていた時にも使い。ケントが見破った魔法だった。
「なめるな!」
蔓の塊が弾ける様に飛び散り、中から彼が飛び出してきた。
「それはこっちのセリフですよ!」
「な!魔法の空中待機!」
その隙に作っていた魔法をみて一発で彼はそれらを見破った。
「いきますよ!”火球””火球””風玉””火球””土礫””火球””火球””風玉””土礫”」
「たかが下級魔法如きで!」
人に飛ぶ術はない。
蔓の塊から落ちてくる彼に向かって、待機させていた魔法が殺到する。
彼は、体中を魔力で覆い、剣で切り裂きながら向かってくる。
本当にちぐはぐだと思う。
身体能力、動体視力、判断力、適応力、魔力や魔力制御すべてにおいて僕より遥か上なのに
「師匠直伝”落とし穴”」
「うぁ!」
相手を倒すよりも相手の視界を乱す為に打ち込んだ魔法の効果が発揮できて、彼は足元に急にできた落とし穴に見事に嵌まってしまった。
身体を支える為に地面に突き刺していた、蔓を伸ばしてそのまま落とし穴に嵌まった彼に巻き付かせる
そして、そのまま
「今魔力を使ったら危ないですよ?」
穴から首から上だけ見える彼の周りに、今にも弾けそうに真っ赤になっている石を置いた。
この石は、魔力を一定蓄える事が出来るが、それ以上魔力を注ぎ込むと爆発してしまうと性質がある。
その石にギリギリまで魔力を注入して、彼の周りに置いたのだ。
そうすると、彼は先ほどみたいに力技を使う事ができない。何故なら、この石は衝撃にも弱いからだ
「くっそ卑怯だぞ!」
「決まれば良策、嵌まれば卑怯って師匠が言っていましたよ」
そう小さく呟きながら、やっと動かせるようになった右手で木の棒を持ち彼に突き付ける
「降参しますか?」
形勢逆転。
「すると思うか?」
「しないでしょうね。だから」
懐から眠り薬を取り出して、彼に振りかける
「止めろ!ふざけるなよ!」
市販の薬だから、それほど強力な物ではないのだけど、彼は叫び多くの薬を吸い込んでしまい、興奮して血液の周りが速かったためか
「Zzzzzz」
すぐに眠ってしまった。
それを確認して僕は
「もう、限界でした・・・・」
そのまま倒れ込むのだった。
下級魔法とは言え連発したし、魔石に魔力を注入もした。魔装なども使っていたから魔力が限界だったのだ。
パチパチパチ
「まさか、勝ってしまうなんて思わなかったわよ」
「・・・・リリアさん」
拍手と共にリリアさんとクーナが歩いてきた
・・・・クーナ!?
「ま、無事みたいだね」
「彼が油断してくれたお陰ですね」
クーナが差し出した手を握ると引っ張り起こされる。
そして、その手を介して暖かい魔力が少しずつ僕の方に流れ込んでくる。
「・・・まだ少し苦手だけど」
「ありがとうございます」
「っ!」
少し恥ずかしそうに言うクーナにお礼を言うと、そっぽを向いてしまった。
それでも、手は離さなかったけど
「にしても、初めはダメかと思ったけど、後半は完全に相手の動きを読んでいたね」
ツンツンと彼の顔を突っついていたリリアさんが立ち上がり僕の方を振り向いた。
「あ、ちょっと移動しようか、ここだとこの人が目を覚ました時が恥ずかしいから」
「あ、はい」
スカートを気にしているリリアさんの姿に僕は頷いて、そのまま体育館の壁まで歩いて行く
「それで?」
「それでとは?」
「あの人に勝った理由よ。まぁ秘密だと言えば無理には聞かないけど。ただ、私から見ても実力の差は明らかだった。それなのにってね」
まぁ確かに同じ勇者様として気にはなるのだろう。
別に特別な事をした覚えはないし、冒険者である程度ランクが上である魔物と戦ったことがある人ならできる事ではあるが
「怒りません?」
「何か卑怯な手でも使ったの?そうは見えなかったけど」
「そうではないのですが・・・・”モンキーソルジャー”です」
「”モンキーソルジャー”って確か」
モンキーソルジャーはBランクのモンスターで、素早い動きと魔法を使い相手を翻弄し、手にした武器で仕留めると言うかなり強い魔物だ。
モンキーソルジャーは群れを作る習性があり、群れになるとAランクの冒険者でも手を焼くぐらい厄介になる。
しかし、知能はそこそこあるが状況判断が苦手で、罠に追い込んで一匹ずつ倒すことができるそんな魔物でもある。
「いいか?あいつと戦う時はあいつをモンキーソルジャーと思って戦うんだ。あいつの事だからお前に大した魔法がない事を理由に舐めて掛かってくる筈だから、一瞬で勝負が決まるという事はないだろう・・・・たぶん。モンキーソルジャーの習性は知っているな?目の前の出来事にしか対処できない。だから、それを上手く利用して罠に誘うんだぞ?」
僕がどうしても彼と戦うと譲らなかったら、師匠がこうアドバイスをしてくれたのだ
「あ~うん、成程ね。確かに対処の方法をみればそうなんだけど・・・・なんでそう思ったの?」
正直に師匠に教わったと言ってもいいけど、僕も戦う内に師匠の言葉が正しいと思うようになったから少しだけ忠告の意味も含めていう事にした
「ちぐはぐなんですよ。リリアさんもですけど、凄い力を持っているようには見えない。だけど強い。彼に関して言えば、剣裁き、体の動かし方は僕よりも遥か上の技術を持っているのに、身体の作りはそう見えない」
筋力が付けば腕は太くなるし、体格だって良くなる。
だけど、彼らは違う。
極端に言えば、赤ちゃんが剣を持って、上級者並みの動きをしているみたいに違和感があるのだ。
「だから、まだ力に対して体が追い付いていない。力を使いこなせていないって思ったんです。それに多分、今まで苦戦という戦いをしたことがないんじゃないですか?その場の対処は出来ていますが、それが何に繋がるのか?相手の意図は何なのか?防ぐ?避ける?そういった考えがなかったような気がします。今までは圧倒的な力で済んでいたから考える必要がなかっただけなんじゃないかなっと」
もし、さっきの僕の攻撃をケントが受けるなら、最後に打ち込んだ魔法は受けずに避けて、一旦距離を置いてから向かってきた筈だ。そうすると僕はケントを止める術はない
「勿論、彼が油断していたっていうのが一番の理由ですが」
「成程ね・・・考えさせられるわ」
そう言って、リリアさんは何やら考え始めてしまった。
僕はその様子を見ながら、いまだに手から流れ込んでくる暖かい魔力を感じながら落ち着いてしまいそのまま眠ってしまった。
おまけ
「あれ?寝ちゃった?」
「相当疲れたんじゃない?肉体的にも精神的にも」
「そうね・・・じゃぁ私達はそろそろあの人を回収して離れるわ」
「いいの?」
「何が?」
「私達の旗を取らなくて良いの?今なら私だけよ?」
「その一人の逆鱗に触れないように去ろうとしているの。龍は怒ると怖いからね。それに借りもあるし」
「借り?」
「あの人の旗を取らないでくれた事よ。今回は身内だけで済んだけど、見下していた相手に負けたと広まってしまうとね」
「プライドが高そうだからね」
「そ、ただでさえ今の勝負に納得できていない娘達がいるんだから・・・ほらっ!いつまで暴れているの移動するわよ」
「大変だね」
「大変だけど仲間だから」
「そっちで掘り起こされている彼も?」
「仲間よ。でも、もう盲目的について行くことはしない。私も自分の足で歩いて行こうと思ったの」
「ふーん。変わったね」
「クーナも久しぶりに会ったら変わっていてびっくりしたわよ?誰の影響なのか分かったような気がするわ」
「・・・さて、どうでしょう」
「ふふふ」




