対抗戦開始
ドォン!ドォン!ドォン!
大きな音が三回鳴り、学園対抗戦が始まった。
僕が開始場所に選んだのは、競争率があまり高く無い広い中庭だった。
そこは視界が良い場所で、良く言えば周りが見渡せる場所と言えるのだけど悪く言えば・・・
「あそこに突っ立っている馬鹿がいるぞ!」
「・・・一人か・・・罠か?」
すぐに別の学園生に見つかるという事だ。
「その可能性もあるが、あいつ自身はあまり実力がない筈だ。ここで様子を見ていた方が危険な気がする」
「後ろからの奇襲を心配するよりも、素早くあいつを倒した方が良いのかもな」
開始場所が近くだったのであろうチームは、僕が一人でいる事に疑問に思っていた様子だったけどすぐに攻撃を仕掛けてきた。
前衛であろう剣を持っている男子生徒、弓を構えている男子生徒とその近くで杖を構えている女子生徒の姿もあった。
「何の考えがあるのか知らないが、その前に倒してやる」
「・・・よろしくお願いします。僕も簡単には負けるつもりはありませんけどね」
剣を持っている男子生徒が剣を振りかぶり、僕もいつもの木の棒で受けようとしたら、急に目の前の男子生徒が横に飛んだ。
「ッ!」
横に飛んだ男子生徒の後ろには矢が飛んで来ていて、かなり連携が取れているチームだと思った。
これが何の前情報もない状態であれば、僕はこの一撃で戦闘不能にされていたと思う。
だけど
「何ッ!」
驚いたのは、横に飛んだ男子生徒と弓を放った男子生徒だった。
なぜなら、僕も剣を持った男子生徒一緒に横に飛んだからだ。
「何故分かった!?」
「・・・前情報の重要性を改めて知りましたよ」
男子生徒の問いに答えず、その情報を持ってきたジルとノアの二人の能力に驚いてしまう。
このチームは上級生でチームの連携の仕方や戦法なども新人の学園生よりは調べ易かったらしく、その内の素早く敵を倒したい時に使う時に多いのが今のような奇襲のような戦法なのだ。そして、
「だから、貴女の事も知っているんですよ・・・風玉!」
「うそっ!」
後ろから1回目の奇襲で失敗した時に潜んでいた4人目の生徒に向けて、威嚇程度の風の魔法を打ち込む。
その生徒は、無理やり体を捻り風の魔法を避けてしまい体のバランスを崩してしまった。
「っ!しまった!」
その隙に、逃げる事も、すぐ近くにいる男子生徒に向かうのでもなく、そのバランスを崩した女子生徒に向かって走り出す僕をみてすぐ近くにいた男子生徒が叫んで慌てて追いかけてくる。
「邪魔をしないで下さいね!土壁!」
追いかけてくる男子生徒の進路を塞ぐと共に弓や魔法を撃つ生徒の視線も塞ぐ為に大きな土の壁を作る。
これで、一瞬だと思うがバランスを崩した女子生徒、このチームのリーダーであり旗を持っている生徒と一対一になれた。
「舐めないでよね!下級生なんかに!」
慌てて女子生徒が立ち上がり武器を構えるが、ジルとノアの二人の情報だとこの女子生徒は
「・・・流石に武器の持ち方ぐらいちゃんとした方が良いと思いますよ?」
「・・・・あ」
刃を自分、要するに短剣を構えたのは良いけど、持ち方が反対になるぐらい武器の扱いに慣れていない人に負ける程僕も弱くない。
僕の指摘で、されに慌てた女子生徒の短剣を叩き落として、木の棒を相手の顔に突き付ける。
「まだ、やりますか?」
「しょ、勝負は旗を取るか取られるかよ?まだ、旗を取られてなんか・・」
降参して、素直に旗を渡してくれれば良かったのだけど、そんなことを言われると僕も強硬手段を捉えず得ない。
じゃないと、今すぐにでも土壁の向こうから相手が来てしまうのだから
「・・・恨まないで下さいね。恨むならそんな所に隠している貴女が悪いのですから」
一応、断りを入れてから手を伸ばし
「え?嘘?躊躇なし?ってか、何で旗の隠し場所を知っているのよ!」
手が行く先は、一般の女性より少し小さめの胸の辺りで・・・
「こ、降参!旗は渡すから!お願い止めて!」
叫ぶような女子生徒の声に僕は手を止めるが、木の棒も構えたままだし、すぐにでも止めた手を動かせるようにもしている。
これが、時間稼ぎじゃない保証はないのだから
「ちゃ、ちゃんと渡すから・・・ほら」
制服の胸の懐から出した旗を僕に手渡して、胸を庇うように勢いよく後ろに下がる女子生徒
後ろの土壁が壊され、後衛の二人の生徒が土壁を周り込んで来たけど、僕の手に旗があるのを確認するとそれぞれ武器を下した。
「まじか、まさか初戦で負けるとは・・・」
「いや、実力よりも、俺達の動きや伏兵の存在。誰が旗を持っているのかという情報が正確過ぎる」
「・・・うちのサポート役は優秀ですからね」
本当にそう思う。情報が一致し過ぎて逆に怖いぐらいだ。
ジルとノアの二人は元々対抗戦に直接出る事は出来なかった。
だから、二人は対戦相手となる全ての生徒の情報やチームの情報、過去どういった連携をしていたのかなど全て調べてきていたのだ。
しかも、実力が未知数な新入生の情報も全てだ。
「いや、それもだが、その情報を上手く活用できていた。俺達を一目見て情報を照らし合わせ、それに沿って行動する。並みの奴ならできないぞ」
「・・・情報を素早く整理して、その通りに動けないと身の危険がありましたからね・・・」
主に、師匠との修行の中でだけど
コブリンの集落に置いてきぼりにされた時は、習性や武器の扱い方、誰が指示を出しているのかを瞬時に把握する必要があったし、イメージ通りに動けなければいくら知識があっても数に押されてしまう。
そんな修行をずっとやってきてら、意識しなくても動けるようになってきたのだ。
ジルとノアの二人が持ってくる情報も、僕が活用しやすいように工夫してあるし、分かりやすいってのもあるけど
「そうか・・・今回はすぐに負けてしまったが得るものが多そうだ。次も頑張れよ」
「はい、ありがとうございました」
最学年である彼らは来年にはこの対抗戦には出ない。
悔しさもある筈であるが、そんな態度を一切見せずに去って行く。
多分、今回の事を反省して年の最後にある彼らの最後の対抗戦に向けて作戦を練るのだろう。
「・・・・ありがとうございました」
心からの敬意を持って、去って行く先輩たちにお辞儀をする。
彼らは僕に対して悪意や嫌悪感を持っていなかった。
持っていたのは、純粋な戦意と潔く負けを認める広い心だった。
僕が魅了がどうのこうのと言った、事件の中心にいると分かっていてもだ。
だからその事が凄く嬉しかったのだ。
「多分、ああいう人達は少ないと思うしね」
気を引き締めて、移動することにする。
今度も皆の視線を集められる場所を目指して
「そっちに行ったぞ!」
「回れ!・・いや待て!そっちは・・」
「きゃぁぁぁ!」
「いやぁん!」
「止めろ気色悪い!男が引っ掛かっても嬉しくないんだよ!」
「俺だって服が透けて見えてしまう罠に掛かりたくないわ!俺も女子生徒に掛かって欲しいんだよ!」
「・・・・・最低」
「げっ!やめろぉぉぉぉ!」
後ろから仲間割れやお零れを狙う他のチーム達の戦闘音を聞きながら、廊下を走る。
あの後、場所を求めて歩いていたら一つのチームに見つかった。
そのチームは、襲ってくるわけでもなく他のチームを呼びに行って僕を包囲しようとした。
そのチームが僕を見る視線は、嫌悪感や嫉妬のようなものがあり、やはり最初に戦ったチームが特別だったのだと思った。
包囲されると拙いと思い、校舎の中に逃げ込むと、合流してきた他のチームもついてきたのだ。
ただ、ここで忘れてならないのがこの校舎の中には、ノゾムおじさんが考えた罠が至る所にあるという事だ。
いつも生徒が行き来きする所の罠は解除されているが、それらを元に戻して使えるようにできる。
その操作をこの場にいない、クーナにお願いしていたのだ。
僕達と同じ学年や上級生達は罠の場所を知っているけど、今年の新入学生はまだ場所を覚えきれていない。
上級生達も罠が復活している事を知らず、嵌まる人もいる。
だけど、一番多いのは自分達の獲物だと思っている僕が無防備に姿を現して、慌てて逃げる様子を見て、警戒もなく追ってしまい罠に嵌まるというパターンが多い。
校舎にある罠の殆どは、ノゾムおじさんの趣味なのか水が飛んで来て服が透けたり、天井に吊るされてしまうものであったりと、女子生徒に対して嫌な物が多い。
男女混合のチームであれば、チームの連携も崩せるようになる。
その隙に、混乱しているチームに奇襲を仕掛けるのをミリアに頼んでいる。
ミリアはその他に、別のチームを唆して、別のチームを襲わせたりと色々な事をしている。
クーナもそれの手伝いもしていて、先ほどチラリと後ろを見たら、数人の生徒達が空を飛ばされていた姿が確認できた。
多分、それがクーナだと思っている。
ただ、全てが上手くいく訳がない。
「いたぞ!こっちだ!罠に気を付けろよ!」
逃げている方向から別のチームが数チーム迫ってきていた。
廊下は一本道。次に曲がりたい廊下には相手の方が近い。
これは覚悟を決めないといけないかっと思っていたら
「な、なんだこれ!」
「い、痛い!鼻が!鼻が!」
「目も痛い!前が見えないぞ!こんな罠あったか!?」
迫ってきていた学生の前に、小さな黒い塊が落ちたと思った瞬間それが破裂して、なんか紫色の煙が充満した。
しかも、風の魔法も使っているのかこちらの方には一切煙が流れて来ない
「??」
誰かの流れ弾か知らないけど、助かった事には変わりはなくて
首を傾げながらも何とか、先に逃げ込むことができたのだ。
そして、僕が目指していた場所
「・・・お前の方から来るなんてな」
「僕も貴方に色々言いたい事がありますから」
そこにいたのは、現異世界の勇者。
神崎武雄とそのチームメンバーの3人の女子生徒達がいた。
僕も意味なく逃げ回った訳ではなく、神崎武雄と誰の邪魔も入らない場所で戦う為に、他の生徒達を罠に嵌めたりして数を減らしていたのだ。
”神崎武雄は勇者としての実力もあるが、最大の武器は人を成長させることが出来る能力だ”
神崎武雄について、ジル達に聞くとこのような事を言われた。
「あの方は前衛で戦う事もできますが、指揮官の立場にいる事が多いです。そして彼の身近にいる人達は能力で強化されていると思って良いと思います」
とも言われている。
「ふん、丁度いい」
神崎武雄が手を上げると、傍にいた女子生徒達が構えて
「貴女達は邪魔しないの」
僕達が今いる場所は、罠が盛り沢山な校舎の隣にある体育館という建物の中だ。
その入り口から見覚えのある姿が入ってきて、いつの間にか武器を構えていた女子生徒達の傍には数人の別な女子生徒達がいて、動きを牽制していた。
「・・・リリアさん」
「リリア何をしているんだ!」
僕の呟きは、神崎武雄の叫び声で消されてしまう。
リリアさんは、僕の方をチラリとみてから、視線を神崎武雄に向ける
「何って見たのままよ?」
「どうして、邪魔をするんだ!」
「・・・どちらかと言えば、協力しているのだけど?」
「どこがだ!」
確かに、リリアさんのチームであろう人達に牽制されている女子生徒達は僕に攻撃が出来ずに、困惑している。
「あなたの為よ?あなたは、その娘達を使って勝って納得できるの?できないでしょ?だから、あなたが直接戦えばいい。あなたは彼の事が納得できなくて、今回他の人達を巻き込んだのでしょ?少し外を見て来たけど、もうぐちゃぐちゃよ?罠にはまって混乱している生徒、仲間割れする生徒、隙あらば旗を奪いに行く生徒。あなたの所為にする訳じゃないけど、あなたが煽らなければもうちょっとマシな大会になったんじゃないの?・・・まぁ、その状況を上手く利用した人もいるけどね」
そう言って、僕の方に視線を向けるリリアさん。
その姿は、僕が初めて会った時とは違い、何か威圧感みたいのがあった。
これが、もう一人の異世界勇者である藤堂リリアの姿
「聞いての通り、私達は貴方達の戦いに手を出さない。武雄が貴方に必要以上の暴力を振るうのであれば、私が武雄を止める。それが異世界勇者である藤堂リリアとしての誓い。何か意見がある?」
「いえ、どちらかと言えば僕の方が得のような・・・同じ勇者様なのでしょう?」
「同じ勇者だから・・・かな?」
「・・そうですか」
リリアさんの困ったような、悩んでそうな表情をみてそれ以上は口に出さない事にした。
状況は僕が望んでいた通りなのだから、何も文句はないのだ。
「くっそ!どいつもこいつも、俺の邪魔をして!・・・・いいさ、そこまで言うなら俺が相手になってやる。後悔するなよ」
「・・・・・ただで負けるつもりはありません」
僕は何時ものように木の棒を二本構えて、神崎武雄は綺麗な長剣を構えた。
・・・・・・
・・・・
・・
・
「ッア!」
一拍呼吸を整えてから、異世界勇者という強力な相手に向かって飛び出していく。
おまけ
「・・・後は私達が何もしなくても自滅していきそうですわね」
「アルトは大丈夫かな・・・」
「心配ならそこに隠れている人に案内して貰えば良いですわよ。私は興味ありませんから」
「はいはい。今の内に沢山の旗を取らないと勝てないからね・・・本当に素直じゃないね」
「何か言いまして?」
「いいえ、貴方のその目は凄いなって。人を惑わせたり、隠れている人を見つけたりね・・・ってことで、本当にこの人には見えているから出てきて欲しいな」
「・・・・貴女も人の事は言えないと思いますけど」
「貴女は確か・・・」
「お久しぶりです、クーナ様。先日の水龍の件以来ですね」
「どなたですの?」
「この人はナイン。異世界勇者の従者?みたいな人よ。あの人よりはリリアの方に仕えていた気がするから、攻撃はしないでよ」
「・・・・ふん」
「拗ねちゃった・・・それでナインはここで何をしていたの?なんかかなり疲れているみたいだけど?」
「・・・一言で言えば、厄介事に自ら首を突っ込むのだけは止めてもらいたいですね・・」
「あ~つまりは、アルトの事を少し助けてくれたってことかな?」
「・・・・初めは見ているだけのつもりだったのですが・・・気付いたら」
「ははは、アルトは見ていて危なっかしいからね。私の知り合いのご主人様の事になると怖くなる二人のメイドが言っていたのだけど」
「想像がつきますが・・・」
「”完璧よりも、少し抜けていた方がかわ・・仕え甲斐があるのです”らしいよ」
「ですね。リリア様も普段はしっかりされているのに、気を抜くことが多くてですね・・・・なにか?」
「別に、どうでも良い話が続くのようであれば、私は別な所に行きたいのですが」
「では、私がクーナ様をリリア様の所にお送りしてから、ミリア様と一緒に行動しましょう」
「何故ですか?」
「私達も旗が必要ですから・・・それに、どこに向かうか知りませんが一人より二人の方が良いと思いまして」
「・・・・何故か貴女と話をしていると、腹の黒い人が思い浮かぶのですけれど・・」
「私も知り合いにそういう人がいますが、貴女も似たような感じがしますよ?人知れず、頑張ろうとしている所とかですけど・・・」
「多分、気のせいですわ」
「ふふふ、そういう事にしておきます」




