覚悟と聖剣の力
訓練所に辿り着くと、入口の所にノアとジルが待っていた。
「お待ちしておりました。ご主人様」
息を整える為に立ち止まると、二人はお辞儀をして手に持っているものを差し出してきた。
「これは?」
受け取って広げてみると、それは背中に大きく井と書かれているマントだった。
「旦那様からです」
「こっちの世界の家紋はまだ渡せないが、向こうの世界の俺の家の名前をお前に渡す。とのことです」
「・・・・・・」
師匠は分かっていたのかもしれない。
師匠の弟子を名乗る事ができない僕の不満を
師匠の弟子と名乗る事で起こるかもしれない不利益ですら気にせず、師匠の弟子と名乗りたいそんな僕の気持ちを分かっていたのかもしれない。
だから、師匠はこっちの世界で有名なマコト・イノウエの家紋ではなく、師匠の世界の名前をくれたのだろう
「失礼します」
ジルがマントを取り、僕の後ろに回りマントを付けてくれる。
「お似合いでございます」
外は暗くて分かりづらいが、黒の一色ではなく所々に白や金の刺繍がしてあった。
マントの大きさは僕の体をすっぽりと覆うぐらい大きい。
「ははは」
普通なら動きに支障がでるぐらいの大きさなのだが、それが昔を思い出して笑ってしまう
小さい頃、師匠に修行に連れて行かれた時は、大体はこういう全身を覆う格好が多かった。
動きづらいから理由を聞いても師匠は教えてくれなかったけど、アマルさんがこっそりと教えてくれた事がある
「あの人はあれでも心配症なのよ」
二年間の旅の中で僕の命と引き換えにボロボロになってしまった小さい頃にもらったマントを鑑定してくれた人は、そのマントに使われていた素材をみてとても驚いていた。
素材の内容は教えて貰えなかったけど、「これを貴方に渡した人は、とても貴方のことを大切に思っていたのですね」と言ってくれた。
そんなことを思い出して、さっきまでモヤモヤしていた気持ちが一気に晴れた。
出来なかった事を後悔してもいいが、それをずっと引き摺っても意味がない。
その所為で、次も失敗してしまうことの方がよっぽどダメだ。
「・・・・ふ~」
気持ちを落ち着ける為に深く深呼吸をする。
「ご、ご主人様!今回は私達が・・」
「大丈夫」
僕が落ち着いたのが分かったのか、ジルが慌てて謝ろうとしてきたのでそれを止める。
大方、シェルムとファミルに僕の事を意味ありげに伝えてしまった事に対するものだろう
確かにやり過ぎたのかもしれないけど、それをどう受け取るのかは人それぞれだ。
シェルムとファミルは皆から聞かされた僕という人物に期待をしてしまった。
ナナシさんのメモをみると、期待してしまいたい気持ちになるのも分かるような気もする。
だから、今回の事は誰の所為でもない。
敢えて言うなら、僕が皆の期待に応えることが出来なかったことだけだ。
でもそれも大丈夫
「今から取り戻して・・・・いや」
取り戻すも何もまだ始まっていないのだ。
シェルム達は僕の事をリース達から話に聞いた想像の僕を見ていた。
だから
「ちゃんと友達になってくるよ」
そう言って、二人に笑いかけると二人は顔を少し赤くして慌てて頭を下げた。
「い、いってらっしゃいませ」
「ご武運をお祈りしております」
「いってきます」
貰ったマントを翻して二人に背を向ける。
訓練所の中に近づくととても重い雰囲気がしてくる。
意を決して向かおうとすると
「ですが、ご無理をなさらないように」
「決して無茶だけはお止めください」
その言葉には返事をしないで歩き始める。
何故なら、今から戦う相手は僕よりも実力が高い相手ばかりだからだ
僕がそこに辿り着いた時は丁度死合が始まる直前だった。
一対十
少女一人に対して、武器を装備している大人が十人向かい合ったまま立っていた。
全員が驚いた表情をしていたが、その中でも一番驚いていたのがファミルだった。
「アルト殿」
彼女は僕と模擬戦をしていた武器ではなく、綺麗な剣を構えていた。
それが聖剣
今のファミルだとその力を十分に引き出すことができない、英雄の武器の一つ。
僕はファミルの言葉を無視して、ファミルと並ぶように立つと、腰に挿してある師匠から貰った木の棒を左右の手に持って構える。
「アルト殿!」
「師匠達からある程度のことは教えて貰いました。貴女は聖剣の力を扱えるようにする。ただそれだけを思ってください。それまでは僕が引き受けます」
「無理だ!初めは私もそうするつもりだったが、君の実力では・・・」
「勝てない。でしょうね。でも、だからと言って諦める理由にはならないですよ」
「だからと言って」
「貴女は何の為に剣を取るのですか!使えるものは何でも使ってでも守らないといけないものがあるのでしょう!今回貴女が負けると貴女だけじゃない、シェルムも一緒に巻き込まれる事になるんですよ!・・・・・僕の事は気にしなくていいです。貴女が僕との模擬戦で使っていた木の盾よりも使えないかも知れませんが、それでも時間を稼ぐ事はできますよ」
「ッ!」
ファミルは僕の言葉に歯を食いしばって悔しそうな顔をして、聖剣を強く握り締めていた。
「・・・双方準備は良いですね?それでは試合開始です」
審判役と思われるギルドの制服を着た人が開始の合図を出すと、一斉に飛びかかってきた。
いや、一人だけ。
神父の服を着ている男性だけはその場に留まり、注意深く周りを気にしていた。
「ガキ邪魔だ!」
その人が気になりつつも、目の前で大きな剣を振りかぶっている大男、多分傭兵の男に集中することにした。
「ぐっ!」
振り下ろされた剣を二つの木剣で逸らそうとするも、力の差がありすぎて吹き飛ばされそうになる。
「土壁!・・ガッ!」
咄嗟の判断で自分の後ろに壁を作り、吹き飛ばされないようにした。
このまま僕が吹き飛ばされたら、大男はファミルに直接攻撃を仕掛けるからだ
「ッチ!ガキが」
これでファミルの所まで行くためには壁を超えないとならなくなった。
ファミルは聖剣を使えないと言うだけで、実力的には傭兵の大男よりも強い。
こちらの勝利条件は、敵を倒すことではなく聖剣の力を引き出すこと。
だから、ファミルは積極的には敵を倒そうとしないが、別に倒してもいいのだ。
何故なら、相手は十人もいるのだから、極端を言えば、最初に敵を九人倒して最後の一人を残したままで聖剣の力を引き出しても良いからだ。
壁を越える、または迂回する。
そんな隙をファミルは見逃す程馬鹿じゃない。
傭兵の大男はその辺を理解しているのか、壁を作った僕に悪態をついて後ろに下がる
「てめぇ!抜けがけしようとしたな!」
「何を言っている。最初に言っただろ、試合に貢献した奴が報酬を選べると。俺が抜け駆けしたんじゃない。お前達が遅いんだよ」
何やら敵が言い争っているけどその言葉で一つの懸念事項が消えた。
敵は試合の貢献度によって報酬の所持者を決めようとした。だから、早い段階で再起不能になる事は避けたいのだ。
僕としても、敵が一致団結してファミルに一人ひとりが倒されても最後の一人がファミルを倒すという、戦法だけは避けたかったのだ。
でも、今のやり取りで僕の実力では傭兵の男には勝つことができないことが分かってしまった。
戦うことになれてなさそうな5人組には勝てるかもしれない。
禍々しい剣を持っている3人組には実力的には勝てそうだが、その禍々しい剣が聖剣候補であるなら注意したほうが良い。
そして、最後の教皇の孫は一切動いておらず、僕としては不気味に思ってしまう。
「・・よそ見をしている暇があるのですか!土礫!」
その恐怖を忘れるように、土の礫を言い争っている集団に向けて打ち込む
「そんな暇があるんだよガキが」
五人組は咄嗟に盾を構えるが、傭兵と聖剣候補の三人は剣を振るだけで礫を全て払ってしまう
「白馬の王子様気分のガキが舐めるなよ」
「まだまだです!風弾!」
今度は見えづらい風の弾丸を打ち込むが
「話にならねぇ」
それすらも剣のひと振りで砕けてしまう
「今度は俺達が!」
傭兵が欠伸をした時に、聖剣候補を持った三人組が一斉に飛び出してきた。
三人が持っている剣は禍々しい雰囲気をしているのは一緒だが、一つは炎、一つは氷、一つは風とそれぞれ属性が違っていた。
「焼き殺してやる」
「っ!」
あれを振り下ろされたら自分は負ける。直感的にそれが分かり僕も相手の懐に飛び込む。
炎の剣を持った男は、その無謀とも言える行動に動作が遅れてしまい、中途半端に剣を振り下ろしてしまった。
ゴゥ!
すぐ横を物凄い熱量の炎が通り過ぎるのを感じながら、構えた木剣を振り上げる。
剣は凄いが思ったとおり、それを扱う人はそれほど強くはなかった。
これで一人を倒せると思ったら、勢いよく飛ばされてしまった。
「油断のしすぎだ」
「あのやろう」
どうやら、風の剣を持っていた男が僕を吹き飛ばしたらしい。
そのままゴロゴロと転がるのをまた土壁を造って阻止する。
「もーらい」
ドン
と壁にぶつかり息が一瞬止まるが、目の前にある光景をみて咄嗟に前に転がる。
その瞬間氷柱が頭上を通り過ぎて次々に地面に刺さる音が聞こえる。
「はっはは!転がれ転がれ!じゃないと串刺しになっちまうぞ!」
「くそ!風纏!」
自分の周りに風を纏わせて、矢や飛び道具の方向を少しずらす事ができる魔法なのだが
「そんな弱っちい風で何ができるんだよ」
「ぐぁ!」
氷柱はその風を一切気にせず僕の左腕と右足に刺さった。
「まずは俺が一ポイントかな?いや、二本刺さったから二ポイントか」
「ふざけんなお前!」
「そうだ!俺が隙を作ってやったんだから俺が一ポイントだろ」
「てめぇこそふざけんな!」
言い争っている内に刺さった氷柱を引き抜こうとしたが、右手で触れた瞬間、物凄い痛みがあり手を離してしまう
「あまり触れると一瞬で凍るぞ?そいつが刺さった時点でお前の負けさ。氷に侵食されて死ぬ前にリタイアしろ。そうすれば命だけは助けてやろう」
刺さった氷柱の場所からは血が出てこない。傷口が一瞬で凍ったのだ。
しかも、徐々にその凍っていく範囲が広がって行っている。
「まだ・・・です」
「往生際が悪いガキだな・・・っと!下がるぞ!」
男三人組が慌てて後ろに下がると、その場所に5人の男が落ちてきた
「いてぇよ・・」
「許して・・・」
「死にたくねぇ・・」
うわ言のように呟いている三人以外の二人は完全に気絶している。
この五人は戦い慣れていなさそうな五人組だった。
「ったく、手柄を焦りやがったな」
傭兵の男が油断なく剣を向ける先には、男たちを吹き飛ばしただろうファミルが立っていた。
「・・・どうしてだ」
「っ!なんつぅ闘気だ」
傭兵の男が冷や汗を流す理由が分かるような気がした。
ファミルの意識がこちらを向いていないのにも関わらず、身体から溢れ出す闘気の量と質の違いを感じてしまうのだ。
闘気
魔力と同じように人の体にあると言われるエネルギーの一種。
闘気は魔力とは違い、純粋に身体能力を上げる事しかできず、魔法みたいに身体の外に出すことができない。
にも関わらず、漏れ出す闘気に全員が注目していた
「・・・どうしてなんだ」
それでも、そんな視線を気にしていないようにファミルは呟いている。
「・・・どうしてだ・・・・どうしてなんだ!」
瞬き一つ
いや、瞬きはしていない筈だ。
それなのに、ファミルの動きを捉える事は出来なかった。
カラン
静かな会場に聞こえてのは剣が地面に落ちた音だった。
音をした方を見ると、氷の剣を持っていた男が吹き飛んでいて、離してしまったのか氷の剣が落ちていた。
そして、剣を振り上げているファミルの姿があった。
「どうしてだ!どうして!聖剣は私に力を与えてくれない!こんな力があっても!敵を倒す力があっても、今この状況では意味がない!・・・・どうして聖剣は私を・・認めてくれないんだ」
泣いている
涙は流していなかったけど、ファミルは泣いていた。
ずっと心に仕舞っていた、自分が悪いのだと、聖剣の力を引き出せない自分が悪いと、その思いを仕舞っていた。
「どうしてなんだ・・・・どうすれば良いのか分からないんだ」
簡単に言えば八つ当たり。
力をつけても、何もしても聖剣の力は引き出せない。
それでも、我慢してどうにかしようとしたけど無理だった。
もう本当にどうすることもできなくなって、とうとうファミルの感情が爆発してしまったのだ。
「・・・もう・・・・どうでも・・」
そして、爆発した後は急激に下がるだけだ。
「もらった!」
「覚悟しろ!」
聖剣は離さなかったが、全身の力を抜いて座り込むファミルに敵は容赦しなかった。
炎の剣を持つ男が前から、傭兵の男が後ろからファミルを狙っている
普段のファミルなら対応ができる攻撃に、ファミルは反応しない。
心が折れてしまったのだ。
気持ちが分かるとは言えない。
どんな努力をしたのか、どんな思いでいたのか、それを分かって上げられるのはずっと傍で見守ってきていた人だけだ。
いや、もしかしたら見守ってきた人でも、その人の思いを理解できないかもしれない。
僕は、ファミルとは付き合いが短い。
しかも、ファミルはリース達が話した想像の僕を見ていた。
だからこそ言ってやる。
リース達の話から想像した僕ではなく、ただの僕自身の言葉として
「巫山戯るなよ!」
「っ!!」
ジワジワと凍る足を気にせずファミルと敵の間に滑り込む
「諦めて良いわけがないだろ!貴女の後ろには守らないといけない人がいるのでしょ!ここで貴女が諦めてしまったらその人はどうなるんだ!」
「青くせぇガキがもう死ね」
炎の剣が振り下ろされる。
動きが鈍い腕を必死に上げて、受けようとする。
ふっと、先日あったリース達との模擬戦を思い出してしまった。
リースの炎剣よりも威力は弱そうだが、当たれば痛いで済む訳がない。
ガキィィ!
リースの時と同じように、受け流したら近くにいるファミルに当たる為真っ向から受け止める。
「ぐっ!」
リースの炎剣よりも力がなく、受けきる事ができると思った瞬間
パキン
軽い。本当に軽い音が聞こえて、僕の左手と右足が凍っている所から折れた。
ぐらりと身体が傾くのが分かる。
それでも諦めずに、魔力を頭に集中させて思いっきり、炎の剣に頭突きをした。
それが良い方に傾いたのか、後ろから攻撃を仕掛けていた傭兵の男の方に炎の剣が向いた。
「くそったれが」
傭兵の男は舌打ちをして、慌てて飛び去る。
が、その剣から放出された炎に吹き飛ばされてしまう。
僕は誰かに抱えられるようにゴロゴロと転がっていた。
その誰かはファミルしかおらず、勢いが止まった時には、ファミルが仰向けになった僕にのしかかる様な態勢になっていた。
「あ、あああ・・・私は・・・どうすれば・・・」
ファミルは、僕の折れてなくなった左手と右足をみて涙を流していた。
完全に凍ってから折れたのか、血は全く出てなかったけど徐々に寒気がしてきた。
まだ、氷の侵食は終わっていないみたいだ。
「ファミルさん・・・」
「私は・・・私は・・・・」
「ファミルさん!・・・・ファミルっ!」
どうすれば良いのか分からず、混乱しているファミルの注意を向けるために、強い言葉で呼び捨てにしてみる。
その甲斐があってか、ファミルはこちらを見てくれた。
「僕は貴女の努力を知りません。貴女の苦悩を理解して上げることができません。それでも貴女に言いたいことがあります」
この試合の前にファミルを見た時から思っていたことがあった。
だけど、それがファミルの覚悟だと思って何も言わなかったけど、やっぱり言った方が良かったのかもと思う。
「そんな聖剣捨ててしまえばいい。その聖剣は貴女に相応しくない」
「な、なにを言って・・・これは母様から・・」
「そうです。それはルミス様の聖剣であって、貴女の聖剣ではない。貴女の聖剣はそれではないのです」
「でも、聖剣の力を引き出せないと、シェルムが・・・家が・・・」
転がっていた時も手を離さなかったルミス様の聖剣をファミルは見ている。
「貴女は何を思って剣を取るのですか?師匠が言っていました。覚悟のない人が剣を取るなと」
「私は・・・聖剣の力を引き出して・・・家を守る為に・・・」
「それは、聖剣の力を引き出さないとできない事ですか?」
「・・・・・・」
ファミルは悩んでしまう。
それもそうだろ。
今までは、聖剣の力を引き出そうと無理をしてきた。
でも、今は聖剣の力を引き出さなくても大人が数人いても負けないほどの実力がついているのだ。
「・・・だが、今は確実に聖剣の力が必要だ」
「それが勝利条件ですからね」
実力ならファミルが圧倒的に強い。
でも、今回の試合では聖剣の力を見せつけないといけない。
それでも、僕は
「それでも僕は、貴女に合う聖剣はそれではないと思います。その聖剣に拘り過ぎているとも思います。だから、一度頭の中を空っぽにしましょう。」
「空っぽ」
「貴女が本気で戦う時に装備する武器は何ですか?勿論、聖剣を除きます」
「それなら、剣と盾を・・・・あ」
ファミルは驚いた表情で僕を見下ろしている。
ファミルがルミス様の聖剣に拘っていた理由は知らないが、本来の自分の戦うスタイルと違う武器を持っても強くはならないのだ。
逆に、そんな単純な事に気付かないぐらい、聖剣への拘りがあったとも言えるが
「ファミルさんは頑固ですね」
「頑固」
「頑固です。自分に合わない武器で頑張って、誰にも相談せず一人で抱え込んで・・・・ちゃんとルミス様と話し合いましたか?」
「何を・・」
「ファミルさんは家を守る為と言いましたが、ファミルさんは貴族の立場に拘りがあるのですか?」
「それは・・ないが」
英雄の一人娘と尚且つ貴族である事で注目されている状況で、あまり貴族の立場が好きじゃないことをシェルムも含めて学園の雑談で言っていた。
「聖剣を使えなければ貴族の立場を失う?上等じゃないですか。ファミルさんにとって利益しかありませんよ」
「そんな簡単に」
「そんな簡単なことなんです。最も僕はファミルさんの苦悩を知らないからこんな事が言えるのですけどね。でも、僕から言わせると、聖剣が使えないから貴族じゃない?上等です。そんな風に思っている連中の為に、ファミルさんが苦しむ必要はないんですよ」
「だが、この立場は母様が・・・」
「ですから、ルミス様と話し合ったのですかと聞いたのです。勝手な想像ですが、師匠達と旅をした人であるなら、貴族の立場は懲り懲りだ!って言ってそうな気がするのですが」
最後は少し巫山戯た感じで言うと、ファミルさんは憑き物が落ちたような優しい笑顔になった。
「ははは・・・そうだな。母様はいつもそう言っていたよ・・・・だが」
ファミルさんはそう言いつつ僕を守るかのように立ち上がる。
「くそ、ふざけんな。俺の邪魔しやがって」
「おっさんが、突っ込んで来ただけだろうが」
「武器だけ立派な若造が・・武器に振り回されているじゃねぇか」
「あぁん?なんつった」
ファミルの見る先には、醜く争っている集団がいた。
「せめて、今だけは君を守らせてくれ。もう、聖剣も貴族もどうでも良い」
「いえ、聖剣の方はどうにかしないとシェルムさんが・・・」
「君は知らないだろ?シェルムはあぁ見えて実は・・・・い、いや、何でもない」
急に慌てだしたファミルを不思議に思っていると、顔を近づけて小さく訪ねてきた
「何か向こうに私達の言葉が聞こえるような魔法を使ってないだろうな」
「僕はそんな魔法使えませんけど・・・・あ」
一つだけ心当たりがあった。この場所に来る時に貰った
「僕の今付けているマントは、師匠からつい先程貰ったものでして・・・・もしかしたら」
「なる程・・・迂闊なことは言えないな」
僕から離れたファミルは、一番初めに再起不能した五人の男性から盾を奪って持つ。
その姿は、一度心が折れてしまったような諦めた様子はなく、これから何が起こってもどうにかしようとする意志が感じられた。
「この剣は私の目標で憧れだった」
ファミルは聖剣を上に翳して、感傷に浸っているような表情をしている。
「君が言ったようにこの聖剣を捨てることはできない。何故なら、今までしてきた悩みも迷いも全て私のものだからだ」
強いと思った。
戦うという意味ではない。
今まで、苦悩されてきたものも含めて受け入れる事ができる。そんな、人間的強さを感じた。
「だけど、君の言ったように意地を張るのは止めた。剣で敵を倒そう。盾で君を守ろう、皆を守ろう。実は私は我が儘なんだ。母様が使う聖剣に憧れた。その力強さに惹かれた。それと同時に、全てを守る盾も私は欲しい!」
そう、力強く宣言したと同時に聖剣が光りだした。
それと同時に聖剣の鞘も光だして、奪って付けた盾を邪魔とばかりに破壊して、左手にくっついた
「これは・・・鞘が盾に」
剣の方は少し細くなり、片手でも扱えるような大きさとなり。鞘は、模擬戦の時に使っていたような小さな盾になっていた。
「はっ!それが聖剣の力ってか!ただ、剣が小さくなって、盾が付いただけじゃないか!」
炎の剣を持つ男が、叫びながら剣を振り下ろした。
直撃をしなくても吹き飛ばされてしまうような攻撃をファミルは何の躊躇もなく、その馬鹿にされた盾を構える
「そんな小さな盾で防げるものなら防いでみろよ!」
「では防いで見せよう」
「・・・・は?」
盾と炎がぶつかった衝撃も熱も何もない。
炎が盾に触れた瞬間、炎が消えたのだ。
「・・・なる程、この盾は魔力を使うのか・・・では、こっちは多分」
「な!」
一瞬にして、傭兵の男の所まで踏み込んで、剣を振り下ろす。
男は大きな剣で受け止めようとするが、ファミルの剣はなんの抵抗もなく、その剣を断ち切っていた。
「やはり、闘気を使うのか」
呆然としている傭兵の頭を剣の腹で打ち気絶させながら、ファミルは自分の聖剣を確認している。
「・・・ふむ。まぁ今はこんな所でいいだろう。さて、残りは貴方達だけになったのだけど・・」
聖剣候補の二人はその言葉を聞いて身を竦めていた。
「氷の人は無我夢中で倒してしまったが、貴方達はすぐ楽になれるとは思わない方が良い」
「ひっ!」
大人の男性が、年下の少女に気圧されていた。
「うん、そうだ。私は今自覚したが、私はとても怒っているらしい。彼にした狼藉の分苦しんで貰おうか!」
「ま、参った!」
「降参だ!」
「問答無用!」
ファミルさんが武器を構えて、審判が止めるよりも早く動き出そうとして
「はい、ちょっと落ち着こうか」
最初から全く動かなかった、教皇の孫が二人の男を守るように現れ、光る壁を張っていた。
「そ、そこまで!勝者、ファミル・レグシエ!」
その隙に、審判がファミルの勝利宣言を行ってしまい試合が終了してしまった。
「貴方はそれで良いのか」
「いいも悪いも、宣言されてしまったしね・・・・これは困った」
とても困ったようには見えない顔でいる教皇の孫。
「それに、これは敵を倒す目的じゃない。聖剣の力を引き出せるか否かの勝負だ。報酬に目が眩んで君達を襲いかかっていた馬鹿共には呆れてないも言えない」
「てめぇ!後でぶっ倒すぞ」
「これだから勘違い野郎は・・・この壁は君らを守る為じゃない。君らを捕らえるものだよ」
「なっ!」
教皇の孫はそう言いつつ、倒れている人をその細腕からは想像できないほどの力でポイッ!ポイッ!と光る壁(檻)に投げ入れている。
「これでよしっ!これで良いですよね、井上さん」
教皇の孫が言った言葉に驚いてしまう。
マコト・イノウエ。
師匠の名前が全く関わりがなさそうな人の口から出てきたからだ。
「ははは・・・師匠なにしてんですか・・・」
いまだに侵食している氷を気にしつつも、そんな言葉が出てしまった。
おまけ
「武器を扱うスタイルの違いだけで聖剣の力が使えたのか」
「そんな訳ないだろ?聖剣に限らず、聖具は特殊だ。それは、人の心に反応するからだ」
「・・人の心」
「武器は一度作られた形を変えない。変えられない。でも、聖具は変えることができる。聖剣の鞘が盾になったりな」
「では、何故ファミルちゃんは聖剣が使えなかったというの」
「それは、ルミスが説明できるんじゃないか?」
「ああ、あの聖剣はアルト君?と言ったか、あの子の言う通り私の思いに形を変えた聖剣だ。だから、私と同じ思いを持った人しか使えない」
「でも、ファミルちゃんはちゃんと貴女の思いを受け継いで」
「あぁだから、聖剣を鞘から抜くことはできたんだ。それすらもなければ、聖剣は鞘から抜くことすらできない」
「時代や環境が違うんだ。思いも違ってくるさ。ルミスは、魔物から人々を救うために力を欲した。守るよりも原因を取り除く事に対して力を欲した。だから、ルミスの聖剣は剣のみなんだ」
「じゃぁ、ファミルちゃんの場合は盾を使うことを意識すれば良かった?」
「ま、きっかけにはなっただろうがな。聖具も馬鹿じゃない。使い手が使いやすいように形を変える。だから、自分の戦うスタイルが違ったファミルに対して反応しなかったのは分かるが、それでも最後は使い手の心だ。それが聖具が聖具である意味だからな」
「では、ファミルの心は」
「誰かを守る気持ちだろな」
「でも、ファミルちゃんはずっと昔から皆を守るって」
「言葉では言っていたが、心ではそう思ってなかったんだろ?これも環境が悪い。あいつの周りには、リース達がいて俺達も近くにいる。本当にあいつだけで誰かを守らないといけない状況になったことがない。だから、守るということがどういうことなのか本当の意味で理解していなかった」
「だから敢えて・・・か」
「さっきも言っていたけど、何なのですか」
「単純さ。リース達は強い。俺達も強い。だから、あいつは守るということを理解していなかった。だから、あいつより弱い仲間が、友人が欲しかった。そいつを守ろうとすれば自ずと理解できると思ってな」
「その為だけに・・・ですか?」
「おっと、怒るなよ?あいつらを封じ込めているだけでもキツいんだからな?」
「自分の娘達を封じる父親って・・」
「ああでもしないと、殺してしまうからな・・・相手を」
「何か納得できそうですけど・・・結局、あのアルト君はどういう人なのですか?リースちゃん達があれ程大切にしている人なんて聞いたことがないのですが」
「言った事ならあるぞ?あいつは俺の弟子さ」
「弟子は、ケントの事ではないのか?」
「あ、やっぱりお前らも勘違いしていたな?あいつは、俺が向こうの大陸へ行く前に見つけた奴だよ。だから、あいつはケントの兄弟子ってことになるな」
「そうか、だからリース達から聞く子の話とケントの事が上手く結びつかなかったのか」
「そういう事だ。さてと、あっちも終わったみたいだからそろそろ行くか」
「そういえば、結局教皇の孫とは話が付いていたのか?」
「うん?まぁな。俺も此処までスムーズに行くとは思ってなかったけど」
「それで、いつまで私も此処に縛り付けられていないといけないのかしら?」
「だから、怒るなってな?そういう笑顔で怒るのも娘に受け継がれたのか・・・・アルト頑張るんだぞ。こういうタイプは絶対怒らせたらいけないんだ」
「そ・れ・で?」
「まずは、お前の娘からだ。シェルムの力が及ばない時は俺も全力を出す」
「・・・・・分かりました」
「因みに、あの封印をシェルムだけ解くことはできるのか?」
「無理に決まってるだろ。強度優先で作ったんだから、そんな細かい設定作ってないぞ」
「・・・・骨は拾ってやるからな」
「あぁ神よ、今そちらに無垢なる?魂がそちらに行きます」
「おい、止めろ。縁起が悪いこと言うんじゃない。しかも、無垢なるの所で何で疑問形なんだよ!」
「さぁ覚悟を決めましょう」
「いやぁぁぁだぁぁぁぁ!」




