ひと夜の出来事
少し昔の話をしよう。
師匠達英雄が世界を救っても直ぐには平和にはならなかった。
魔物の氾濫という共通の敵の驚異がなくなり、国同士の上辺だけの関係が崩れたのだ。
活躍した者、活躍出来なかった者。
戦場に巻き込まれた者、巻き込まれなかった者。
愛しい者を守れた者、奪われた者。
色々な人達が溢れ、貧困の差が出てきたのだ。
そんな中、僕は産まれた。
僕の両親は決して悪い人達ではなかった。
貧しいながらも、しっかりと僕を育ててくれたのだ。
しかし、何も特技がなかった両親は良い仕事を見つける事ができずにお金がなくなってしまったのだ。
だから、僕は他の貧しい家の子供と一緒に奴隷として売られる事になった。
売られた当時は10歳であった。でも、買われる所では歳は関係なく普通の人以上に働くてはならなかった。
殴られて、罵声を浴びせられて、泥水を啜ってでも、知り合いになった奴隷の子が死んでしまっても、必死になって、齧り付いてでも生き延びる事に一生懸命だった。
だけど、気持ちとは別に10歳程度の子供の体は、その行動について来れなくなった。
体調を崩す事が増え・・・
失敗することが多くなり・・・
怒られる事が多くなり・・・
そして、捨てられた。
どこかの街の路地裏に捨てられ、動かなくなった身体を何とか動かして空を見ていた。
暗い路地裏から微かに見える青い空。
少し歩けば、明るく光る表通り。
だけど、僕の手には何も掴む事ができない。
それでも、諦めたくなくて・・・・
自分の存在がたったこれっぽっちだと認めたくなくて・・・
せめて、姿勢だけでも最後まで上を向いていようと空を見ていたら
「お前の目を見ていると、昔の自分が惨めに見える」
そんな言葉と共に、見上げていた空を遮った男が師匠だった。
師匠は一言で言えば傍若無人。もう一言付け加えれば、年を取った子供である。師匠から言わせれば
「子供心を忘れたら人生がつまらなくなる。っていうか、俺の世界じゃ今の歳から大人の遊びができるだぞ?俺まだ30歳になってないのに!?」
ということらしい。因みにその後の会話は
「師匠、ここでは15歳から一応大人として見られるよ」
「分かったんだよコンチクショウ!あぁ・・・美人な嫁さんと可愛い娘ができたのは嬉しいが、まだまだ遊びたい年頃なのよ?」
「前にノゾムおじさんと師匠がお酒を飲んでいた時に話していたコレ?」
「だぁぁ!何で知ってんの!良い子は早めに寝なさい!意味は分からなくても、雰囲気で怒られるんだから!」
「あら?誰に怒られるのかしら?」
「げっ!」
「げっ!ってなんですか・・・ねぇアルト君その小指を立てる仕草の事、この人とノゾムさんは何て言ってたのかしら?」
「よく分からないけど・・・師匠の顔は少しエッチ・・・」
「よし!アルト修行に行こうか!」
「でも、師匠もう今日は疲れたって・・」
「はっはは!何を言っているんだアルト君。僕は若いからね!少し休めば元気ピンピンさ!」
「おぉぉぉ~」
「・・・相変わらず、修行と言えば嬉しそうな顔をしやがって・・・ってことで行ってきます!」
「待ちなさいあなた!」
「待てと言われても、最後に地獄(説教)が待っていたとしても、行かなくてはならない時があるのさ!」
「また変な言葉で誤魔化そうとして!」
「うははは!では行こうアルト!何か色々な事を込めて取り敢えずはゴブリンの集落の中から逃げる修行をしようか?楽しいゾ?下手すれば逝ってしまうけど・・・」
「え?ちょっと待って!本当に待って!アルト君が死んじゃうでしょ!」
こんな感じで、師匠がどんな人なのか大体想像がつくと思われる。
あの時は、本当にゴブリンの集落に置いてきぼりにされて本当に死ぬかと思ったけど・・・
そんな師匠が何故僕を弟子にしたのかと言うと
「お前の目が俺には眩しく見えたのさ。お前と似たような境遇の奴らを俺は一杯見てきた。どいつもこいつも諦めた死んだような目をしていた。昔の俺と同じ目だ。変えたい現実があるのに何もできなくて、何かしたいけど何をすればいいかも分からない。ただつまらなく毎日を生きていただけの生活。そんな生活の中でいつも鏡に映る目がそんな目だった。だけど、俺は最強と言っても過言じゃない力を貰いこの世界に来て変わる事ができた。貰った力で変える事が出来たんだよ。俺はそれで良いと思っていた。貰った力を何の為に、どう使うかは俺が決める。だから、それで良いと思ってたよ・・お前の目を見るまではな・・・抜け出す手段もどうすれば良いのかも分からない闇の中でその目だけは決して諦めてなかった。諦めて、何もしなかった俺が変われたのに、そんな目をしている奴が変われない事がとても嫌だったんだ。平凡で諦めて何もしなかった俺が特別な力を貰って変わった。何もできないけど決して諦めないお前が特別じゃない力でどこまで変われるかを見たかったんだよ。」
そういう事を、何かの時にベロベロに酔っていた時に話してくれた。
「俺は、英雄と呼ばれるようになって一つ分かった事がある。それは・・・英雄談とかは話を聞いて楽しむ物ってことだ。当事者になると表も裏も知ってしまうからあまり楽しくないんだよ。ゲームをするように小説を読むように”あぁ・・こう言う人生を歩んでみたい””楽しそう”と思えるぐらいが丁度良い。だからな、俺も楽しむ事にしたんだよ。英雄(俺)が主人公を作り、さながらゲームを進めるように小説を読むように主人公がどう言う物語(人生)を見せてくれるのかを第三者の視線でな」
今もよく分からないけど、そんなことも言っていた。
そんな師匠に出会って、弟子にして貰って、師匠の家族には暖かく迎えられて、いつまでもこんな生活が続くんだと勝手に思っていたのが間違いだったのだろうか?
「お前は俺の弟子だと言っているが、俺も俺の家族も皆誰もそう思っていないんだぞ?」
二年前の15歳の誕生日にご機嫌な師匠と始めてお酒を飲んだ時にそう言われたのを思い出した。
今思えば、師匠は何故かご機嫌だったし、僕は初めてのお酒を飲んで酔っていたんだと思う。
「僕は、師匠の弟子ですよ。弟子以外の何者でもないんですよ」
「・・・弟子か・・・そこまで言うなら俺の弟子を辞めてみるか?」
「何を言っているのですか師匠。僕が師匠の弟子じゃなければここに居れないじゃないですか・・・」
「・・・・・なら、お前が弟子なのかそうでないのか、試練で決めようか」
「試練ですか?」
「あぁ・・この試練でお前が弟子なのかそうで無いのかを決める。最終試験だ。」
いつもの師匠の冗談だと思っていたけど、今の状況を見ると僕はその試練に落ちたらしい。
「ねぇ坊や大丈夫かい?」
師匠に出会ったように路地裏に寝転びながら星空を見上げていたら、リースを追いかける時に声を掛けられた色っぽいお姉さんが顔を覗き込んでいた。
「大丈夫・・・なんですかね?よく分からなくなりました」
「まぁ、見るからに大丈夫じゃなさそうに見えるね」
「そうですか・・・・大丈夫に見えませんか・・・」
「見えないねぇ・・・その目以外は」
「目?ですか」
「そうさ。体もボロボロ、心もガタガタ。それでも諦めようとしていないそんな目さ」
「前を・・・」
「ん?」
「前を向いていますか?僕の目は今も諦めよとしていませんか?師匠が・・・・僕の恩人が眩しいと言ってくれた目をしていますか?」
「どうだろうねぇ~」
お姉さんは肌が見え隠れする服を汚れを気にしない感じで、僕の隣に腰掛けた。お姉さんは職業柄かとても強い香水の香りがした。
「ごめんなさいね。ちょっと匂いがキツいかも知れないけど」
「いえ・・」
「この業界に長くいると、死んだような、何もかも諦めてしまったような目をする子を沢山見る事があるんだよ。坊やはその一歩手前。諦めてしまいたい、でも諦めきれないそんな目さ。その恩人さんが坊やのどんな目を眩しいと言ったのか分からないけど、まぁ確実にそんな目なんかじゃないだろ?」
「・・・・ですね」
「何があったのか知らないけど、一晩坊やを慰める事はできるよ?」
「はは・・すみません。その誘いにとても惹かれるんですけど、持ち合わせがなくてですね・・・・ここ三日ぐらいまともに食べてないんですよ」
「そうかい・・・」
「・・・・・・」
「・・・・」
「あの?」
「ん?」
「どうして何時までもここにいるのですか?」
お金がないって言えば、別な場所に行くかと思っていたけど、お姉さんはその場から動かなかった。
「別に良いじゃないか。ここが坊やの場所なら出て行くけど?」
「いえ、そういう訳では・・・」
「まぁ、今日は客引きが悪くてね・・・来るのは下品な酔っ払い共だけ、一応私達にも選ぶ権利はあるからね・・・・ノルマ(義務)もあるけど」
「・・・なんと言えば良いのか・・・」
「坊やと一緒に居れば、変な奴らに絡まれないで済むし、坊やと逢引中って雰囲気を出しとけばサボれるからね」
「・・・・色々考えているんですね」
「昔よりは良くなったけど、まだまだ馬鹿には住むには厳しい時代だよ」
「そういうものですか」
「そういうもんさ」
「・・・・・あの」
「ん?」
「・・・・・・・・・有難うございます」
「・・・・・・・・・」
何も言ってくれなかったけど、とても暖かい気がして目を瞑る事ができた。
おまけ
「アルお兄様が帰ってきたって本当ですか!?」
「・・ミヤそれは違う。帰ってきたかもしれないというだけ・・・」
「確かに兄さんの匂いがいつもより強いとは思っていましたが・・」
「なんでサヤお姉さまもアヤも落ち着いているのですか!?」
「・・・・落ち着けなかった・・・門番の人ちょっと刺した・・・・悪いことした・・・」
「あら~・・でも、私もその場にいたらどうしていたか分からないですね」
「アヤだったら火がすぐ出るもんね・・」
「・・失礼ね。さっきから落ち着いていないミヤに言われたくないわよ。尻尾がそわそわと鬱陶しいわよ」
「ッ!アヤだって耳がさっきからピクピク動いているもん!」
「・・・二人共やめる・・」
「はい、サヤお姉さま」
「分かりました。サヤ姉さん」
「お~いそろそろ向こうの家に事情を聞きに行くぞ~って何でサヤが二人を抱いて丸まっているんだ?」
「・・・・父さん」
「あぁ~はいはい・・・そんな寂しそうな顔をするな。な?」
「・・・・・・」
「むぎゅ」
「む、サヤ姉さんちょっと苦しいです」
「そうだぞ・・・ミヤがアヤの胸に抑え込まれてとても羨ましい事になってるぞ~」
「・・・・それセクハラ」
「ぐっ!」
「ぷはぁ!なんですかこの脂肪の塊は!この!この!」
「ちょ、ちょっと止めて!ミヤだってそこそこ大きいじゃない!」
「・・・・・・私小さい・・」
「えっ!いえ、サヤお姉さまはとても綺麗ですし!」
「そうそう!た、確かに胸は・・・その・・・なんですが、体の全体のバランスがとても整っていてとても羨ましいです!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「それで、お父さんは何時までそこにいるのですか?」
「それは・・・ほら?一向に準備をしないからどうしたのかと?」
「お父さんがいるから準備ができないんです!早く出て行って下さい!」
「何か酷くないっ!?」