悩み事
「ふぅ」
シェルムがコキさんが入れ直した紅茶に口をつけると、凄く疲れたような溜息をついていた。
いつもの笑顔も可愛くて綺麗なのだが、あまり見ることが少ない少し憂いを伴った表情も凄く絵になっていて不謹慎ではあるが、その表情にも見惚れてしまう。
「・・・あ」
無意識だったのだろう、僕の視線に気付くと慌てて口に手を当てて、顔を少し赤くしてチラチラとこちらを見てくる。
「あぁ・・”萌え”です!」
「落ち着いて下さいね」
そんな様子のシェルムは見て、僕の後ろに控えていたマイさんが僕の耳元で小さな声で囁いて、小さくガッツポーズを取っていた。
僕はそんな様子のマイさんに苦笑いして、でも小動物のような様子のシェルムの姿をみてマイさんに同意する。
因みに、僕とシェルムは対面に座って、それぞれの後ろにマイさんとコキさんが控えている。
最初は、マイさんはニコニコしながらシェルムの世話をしようとしたけど、シェルムに断られている。
マイさんはかなりがっかりしていた様子であったが、急に元気になり
「ってことは、シェルム様の表情を正面から記録できるということですね」
と、前向きに捕えていた。
「大丈夫ですか?凄く疲れているみたいですが」
小さくカシャカシャ聞こえる音が後ろから聞こえてくるが、それを無視してシェルムに声を掛ける。
「いえ、大丈夫です。ただ・・」
シェルムはニコリと人を安心させるような笑顔を向けるが、すぐに視線がハンガーに掛かったままの白いドレスのような洋服に向いてしまう。
先程から、シェルムはその洋服に視線を向けては溜息をつくと言う事を繰り返していた。
「この洋服ですか?とても綺麗な服ですね」
あまり込み入った事を聞くつもりは無かったけど、流石に気になって尋ねてしまった。
「え、えぇ・・まぁそうですね」
歯切れの悪い返事をして、また紅茶を一口飲んでそのまま口を噤んでしまった。
流石に無神経過ぎたかと後悔して、僕も声を掛ける事ができなかった。
無言の空間が続き、いつもならマイさんが巫山戯てこういう雰囲気を吹き飛ばしてしまうのだが、何故か今回に限ってはマイさんは大人しくしている。
そして僕の紅茶がなくなってカップを置いた時に、シェルムが顔を上げて見てきた。
「・・・例えの話をしてもいいでしょうか」
その顔は真剣で、僕も姿勢を正して小さく頷く。
シェルムは口を少しパクパクさせてから話し始める。
「その人は産まれた時から皆から期待されて生きてきました。その人も皆の期待に応えるように頑張りました。苦痛ではありませんでした。頑張ることでできることが増え、喜んでくれる人が増えて行くことに誇りを持っていたからです。そのまま何もなく過ごして行くのだと思っていました。ですが、その人の立場はそれを許さなかったのです。急に婚約が決まったのです。相手はとても優秀な方で断る理由はないのですが、その人は悩んでしまったのです。その人も頭では理解はしているのです。それは仕方がない事で、どうしようもない事で、その人の立場を考えると一番いい事だということは・・・けれど、その人は悩んでしまうのです。なんで悩んでしまうのか分からないのに・・・・それが正しいと思っているのに・・・それでも悩んで、悩んでしまうのです」
シェルムは、紅茶を一口飲み視線で僕に問いかけてくる。
それは悪ことですか?
どうすれば良いのですか?と
「・・・・・・・・・」
僕は口を開こうとするけど、口から先に声が出ることはなかった。
それほど、シェルムの表情が真剣で、例え話をしている雰囲気ではなかったのだ。
多分これはシェルム自身の話だと察する事はできるが、確証もないし、安易に慰める言葉も、気軽に大丈夫だということも言いたくなかった。
「・・・その人は何で悩んでいるのか分かないの?」
「分かりません」
だから、考えを纏める為にも質問することにした。
「その人の立場を考えると、その婚約話は受けたほうが良いの?」
「はい」
この質問にはすぐに答えた。
「・・・じゃぁ、その人自身にとっては受けたほうが良いの?」
「・・・・はい」
でも、この質問には若干間が開いて答えた。
僕はだんだん答えは分かって来たけど、最後にこういう質問をしてみた
「じゃぁ、その人は婚約に乗り気なの?」
「それは・・・・だから悩んでいるのです」
「何で?相手の性格が悪い?それとも容姿?」
「決してそのような事は・・・」
僕からすれば何でこんな事で悩んでいるのか分からないけど、本人にとっては凄く大切な事で、馬鹿に出来ない話で・・
「僕とその人の立場が全然違うから言えるのだと思うけど・・・」
それでも、僕は僕の立場で話すしかできなくて・・・
師匠やリース達と同じ立場に立つことが今は無理で・・・・
だから、同じ悩みを共有したりは出来ないけど・・・
それでも・・・いや、だからこそ
慰める事もできなく、大丈夫だと安心させる事も出来ないから、自分の考えを唯言うしか方法がなかった。
「乗り気じゃない婚約話は受けなくても良いんじゃないかな?と思うけど」
「それは!」
「その人の立場を考えれば受けた方がいいのは分かる。けど、それはその人の幸せを犠牲にしてでも受けたほうが良い話なのかな?」
貴族の婚約話しは、愛し合う人同士が一緒になるとは限らないということは理解している。
でも、それが身近の人であれば、そんな婚約話よりもその人の幸せを取って貰いたいと素直に思う。
けど
「・・そう簡単ではないのです」
「だよね」
そんな風に考えられるのは、僕が平民だからだ。
貴族やそれに伴う重要な人達はそういう所は、自由ではない。
それは理解している。だから、少し角度を変えて話してみようと思う。
「じゃぁ少し話を変えようか。その人が今までやってきた事、これからもやっていきたい事は、その婚約話を受けないとできないの?」
「その婚約話を受けると、今まで以上にやりやすくはなりますね」
「・・・・受けなければ?」
「・・・どうでしょう?できないことはないと思いますが、今までよりは困難になるかもしれません」
まぁ、相手がそれなりの貴族であったら婚約話が破断になると、プライドを傷付けられて何かをする可能性があるかもしれないけど
「なら、僕から言えるのは”その人の覚悟次第”ってことだね」
因みに、この言葉は僕も改めて実感している言葉でもある。
「それは分かっているのです!覚悟が必要なことぐらい知っています!ですけど!・・・・ですけど・・」
その言葉を聞いて、シェルムは声を荒げるが、徐々に声が小さくなって、しまいにはがっかりしたように僕を見てくる。
もしかして、嫌われたかもと思うけど僕は話を続けることにした。
「僕は師匠の弟子としての覚悟が、師匠の弟子を名乗る覚悟がありませんでした。こっちに来た時は、ケントさんがいて皆から師匠の一人弟子と知られていましたから特にですね。でも、僕も覚悟を決めたんです。誰に何を言われても、僕は師匠の弟子であることを辞めないと」
異世界の勇者など色々なことがあって、師匠から弟子ということに関しては禁止されているが、それがなければ堂々と宣言してもいいのだ。
それに伴って、いじめやそれ以上の事があっても僕は覚悟している。
だから、僕でもそれだけの覚悟を持つことが出来るのからシェルムにも強い覚悟を持って欲しいと思う。
まぁ、これは僕の願望があるのだけどね
「・・”覚悟”ですか」
「あ、後は、単純に、そんな中途半端のままの気持ちで、幸せな家庭が作れるの?とか、産まれてきた子供を愛することができるのか?と言う、単純な話でもあるけどね」
「・・・・・・・」
できるだけ明るく言ったけど、シェルムは真剣に考え込んでしまった。
やはり、女性であるだけに、家庭や子供の事は真剣になってしまうのだろう
「ごめんね。あまりいい返事ができなくて・・・・じゃぁ僕は今日は帰るよ」
シェルムの返事を待たずに、席を立って部屋から出る。
後ろからはマイさんが付いてくる。コキさんは僕に軽く頭を下げて見送ってくれた。
「・・・・もっとちゃんと言えれば良かったけど」
「そうですね」
僕も色々考えてしまって、すぐには帰らずに屋敷の廊下を歩きながら呟くとマイさんがズバッと断言してきた。
「はははは、はっきり言いますね」
流石に苦笑いして、振り向いてしまった。
「あの時のシャルム様は、一緒に悩んで、慰めて貰いたかったのですよ?なのに、ご主人様は答えを出さずに、結局は悩み続けさせるだけ。シェルム様が話した意味がありません」
「・・・僕は、そんな風には感じなかったよ。どちらかと言うと、嫌になる理由を探している?そんな感じだった」
そんな風に僕が感じたのは理由がある。
最大の理由は本人が婚約話に乗り気じゃない事。
立場を考えると受けるべき話。
だけど、本人は乗り気じゃない。
でも、立場を考えると・・・・
僕が男で平民だからと言うのもあると思うが、そこまで聞くと”嫌なんだけどどうしもない”って聞こえてきて、”嫌”ということよりも”どうしようもない”事が解決すれば胸を張って嫌って言えるというふうに感じたのだ。
だから、嫌になる理由を考えつけば良いと思ったのだ。
最後に、家庭や子供の話をしたのはそのこともある。
「シェルムさんは弱くないよ。覚悟を決めて行動することが出来る人だ」
「そうでしょうか?シェルム様は決して強くは・・・・それにご主人様に・・・いえ、いいでしょう。少し話は変わりますが、ご主人様はシェルム様が婚約を受けても良いと思いますか?」
「それは、シェルムさんが決めることで・・・」
「それは理解していますが、ご主人様の気持ちはどうなのでしょう」
「・・・・・・」
正直の話、あまりいい気分ではなかった。
例え話として話してくれたが、多分シェルム本人の事で・・・・そう思うと何か胸がモヤモヤした感じはあった。
それが仲の良い友人としての気持ちなのか
男としての気持ちなのか
それとも・・・僕より能力が高いのにそんなことで悩んで欲しくないという自分勝手な気持ちなのか
「正直に言えば・・・嫌かな?ただ、それがどういった感じの感情なのかは分からないけど」
「フムフム・・・・シェルム様は俺のものだ!誰にも渡さんぞ!って的な感じですか?」
「どうかな?唯、その話を聞いて胸がモヤモヤしたのは本当だけどね」
「なる程・・・」
マイさんは、小さくブツブツ言いながら僕の後に付いてくる。
「うん、少し落ち着いたからもう帰るね」
それから、屋敷を出て少し周りを散歩しながら綺麗な風景を見ていると気持ちが落ち着いてきたから、ポケットから金色の鍵を取り出す。
「またのお越しをお待ちしております」
マイさんがお辞儀をして見送る姿を感じながら、僕は戻る事にした。
おまけ
「・・・・そういう事みたいです」
「・・・・・・」
「確かにご主人様は期待はずれだったのかもしれません。けれど」
「分かっています。ですが、私は・・・・」
「シェルム様。どうでしたか?ご主人様の本音は」
「マイさん・・・・」
「私としましては此処は”そんな話断れば良い。何かあったら俺が守ってやる”っていう言葉を期待していたのですが・・・ですが、そんな言葉聞かされ続けてますよね」
「はい・・・リース達にも断れば良いっと言われてますし、ケントさん達にもどうにか出来るかもと言われています。だから」
「逆に、ご主人様みたいに自分で決めろ的な事は言われた事はないと?」
「そうですね。全くないと言うことではないですが・・・・」
「だからこそ、ご主人様には期待していた・・と、リース様達が認めているご主人様なら・・・でも、実際はありふれた言葉を・・・いえ、言葉を悪く言えば自分で決めるしかないと断言されてしまった。その分、気持ちの落差が激しいようですが?」
「そうですね、期待していたのは事実です。リース達が彼に会えば変わると言っていたので・・・」
「そうですか・・・」
「あ、あの・・・私はただ逃げているだけなのでしょうか?彼が言っていた様に逃げる理由を探しているだけなのでしょうか?」
「それは分かりません。シェルム様の話を聞いてどう感じるのかは人それぞれですし、シェルム様がどう思っているのかはシェルム様しか分からないのも事実です」
「嫌な訳ではないのです。だけど・・・いえ、そう思っていると云う事は、嫌なのでしょうか・・・・」
「ゆっくり考えて下さい。その為に私は貴女に鍵をお渡ししたのですから」
「貴女はどこまで知っているのですか」
「知りたいことがあれば、何でもですよ?この国の王族の夜のあーんなことやこーんな事も知ろうと思えば知ることもできます。興味がないのでしませんが」
「・・・・貴女は一体何者なのですか」
「ただの、スーパーパーフェクトなメイドですよ?」
「スーパーパーフェクトなメイドは主人と認めている人を裸にはしないと思うのですが」
「コキさんそれは、それ。ですよ。こぅ、私のイジリ心が刺激されると言いますか・・・・・ご主人様に褒めて貰いたいのです!私の欲望を満たしながら!」
「最低な本音ですね。では、ご主人様にシェルム様を意識させる為ではないと?流石の鈍感ご主人様でも、何回も恥ずかしい写真を見せられると意識してしまうと思うのですが?」
「・・・バレていましたか」
「え?え、え」
「おっと、この話はシェルム様にはまだ早いです。ですが、シェルム様?」
「な、なんですか」
「その、婚約者とご主人様どちらが好きですか?」
「す、好き!?」
「よっしゃぁあ!顔を赤くしたシェルム様ゲットです!」
「・・・・ブレないですね」
「それが私ですから!コキさんも楽しみを見つけたほうが良いですよ」
「それは・・・・」
「あ、もう見つけてますね。ご主人様の写真を・・・」
「一発頭を殴れば、記憶を消去できますかね」
「ははは、ご冗談を」
「・・・・・・」
「・・・・・・」




