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堕ちた悪魔とひとりぼっちの少女  作者: 道草屋
第一章 悪魔による甲斐甲斐しい介護と独り言
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第二話「さて、どうしたものか」

お料理小説では、ないのです。

「さて、どうしたものか」


悪魔は腕を組んで唸った。

その眼下には野菜やらハムやらがごろごろと転がっている。

広いキッチンであるから背高の男がいようとも大量の食材がならべられようともまだまだ余裕がある。

問題はそこではないのだ。


どうしたものかというのは、これらの調理をしたことがないという意味ではない。

現在の悪魔の食事は人間のそれと何ら変わりない。

本来ならば人間を喰らったり獣を丸呑みしても問題ないのだが、今となっては懐かしいことである。

パンを切り、ハムやら野菜やらを適当に焼いて、気が向いたら卵も使う。

そのために町の人間を使って食材を運ばせているのだ。

それらをきちんと皿に盛り、摘んできたハーブで茶を入れたりもする。


だから、材料だけはある。まだ涼しい時期であるし、保管庫である地下室は年中涼しいので腐食の心配はない。

では、何に困っているのかというと、おそらく今まで看護と言うものをしたことのない者になら分かるだろう。


病人には何を与えたらよいのだろうか。


顎に拳を当てて考え込むが、分からないことは分からない。

今まではどうして来たのかというと、すべて悪魔の「力」によって解決していたのだ。


この「力」は面倒なもので、契約者がいる限りは、その者が望む限りほとんど何でもできる。

しかし独り身になった途端、体内に残る「力」はあっという間に枯渇し、やがては今の悪魔のようにほとんど使えなくなる。

完全に枯れることはなく、それに近い状態になれば、休息をとることで回復する。

この状態は非常に面倒かつ不便であるため、悪魔は常に人間をたぶらかしては契約者を見つけて「力」を思う存分に使っている。

「契約」の内容にもよるが、完遂されれば悪魔はその人間を好きにしていいことになっており、たいていは喰らう。

人間を喰らうことでしばらくの間は「力」を温存できる。

自分が扱えるのが魔法や魔術であったならば、もう少し楽にことは進んだのだが、悪魔はそういったものを扱えない。


さて、少女を相手にしているとなんだか自分のことがひどく間抜けに思えてくるのはなぜだろうか。

確かに今は人間並みのことしかできないため否定はできないのだが。


風呂の件は以前契約していた人間が薬草に詳しく、よく目にしていたために覚えていた。食事も似たようなものだ。

しかし病人用となると話は別だ。

そんな人間がいればささっと治していたし、悪魔と契約した人間は豪勢なものばかり食べるようになったため縁もない。

とりあえず固形物は駄目だろう。

いや、咀嚼の必要のないものでということなら、すりつぶせばよいだろうか。

艶のあるピンク色の肉か、青あおとした野菜か。

迷った末、ハムのかたまりを脇にどけて、洗った青菜をざこざこと切っていった。

鍋を火にかけて沸騰を待つ間、使えそうなものがあったのを思い出して外に出た。


キッチンの裏戸をくぐった先の、薬草用の小さな囲い庭。

背の高いもの、低いもの、花をつけるもの、かたいもの、やわらかいもの。

さまざまな種類の薬草があちこちで風に揺られている。

薬草と言っても、ほとんどはハーブの仲間である。

魔女のように危険な類のものはない、というより置けない。

悪魔は長い足を折ってかがみこむと、目的のものを探し始めた。

あちらだったかこちらだったか、記憶を頼りに草くさをかき分けていくと、あった。


地を這ったり、太陽に向かって伸びたりと、自由に成長した、「マジョラム」

鎮静、強壮、消化促進などの効能を持つハーブである。


先日の雨のおかげで成長したのか、ともすれば放置された雑草のようにも見える。

実際悪魔も、自分で世話をしているというのに雑草と間違えてしまった。

ハーブはどかどかと使うものでもないので、ある程度伸びてきたら切って陰干しにしている。

手が空いたら手入れをしようと心に留めて、日の光を一身に浴びて色よく育ったそれらを適当に摘んでいく。


ふと湯の沸騰する音が聞こえて、慌ててキッチンに戻った。

切っておいた青菜を湯に入れて、煮える間にマジョラムを洗った。

緑色が濃くなり芯までぐたりとしたところでざるにあけた。

湯気ののぼる青菜とマジョラムを一緒にすり鉢に放り込み、すりつぶしていく。

マジョラムは乾燥させて使うことが多いが、生葉でも問題ない。


ごりごり、ごりごり、ごりごり、ごりごり


料理というよりも、なにか薬品を作っているような気分になる。

すっかり液状となったそれに塩を足して混ぜ合わせ、試しに一口飲んでみた。


「…………」


やはり、料理ではなかった。


いや、飲めることには飲める。

味がまずいということではなく、料理というにはなにか欠けているのだ。

いくら飲みやすさを重視したとはいえ、せめてもう少し、工夫を凝らしたい。


衰弱しきった病人に摂らせるのならむしろこれ以上重くしないほうがよい。

自分の食事にはあまり凝らないためか、変なところで反動が表れていることに悪魔は気付かないようだった。


しかし、どうすれば良いのか、分からない。

書庫に行けば料理本の一つや二つは出てきそうなものだが、探しに行くのは面倒だった。

変なところで怠ける悪魔だと、つっこんではいけない。

悪魔はそもそも、そういう気質なのである。


さて、どうしたものだろうか。

いっそこのまま食べさせるのも手だろうか。相手は眠っているのだから……。


その時だ、高い鐘の音が響いた。

少女が目を覚ましたか?

しかしそれが門の方だと分かり肩を落とした。

窓から様子を窺うと、花屋の男がいた。

気付かなかったことにもできたが、悪魔はふと閃いた。


人間のことは人間に聞くのが一番早いではないか。


打って変わって足取り軽く、悪魔はキッチンを後にした。


先に薬を与えたほうがよいのでは、という考えに至るまで、あとどれだけかかるのでしょうか。

悪魔の介護はもう少し続く。


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