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プロローグ5・「ヘーテイン・2」

たとえば、こんなお伽噺。

町の入口までやってきた男達は、改めて胸をなでおろした。

「ばれていないようだな」

「本当に、心臓に悪いぜ」

 なにせ自分たちが丘を越えたまさにそのとき、羊飼いのラッパが鳴り響いたのだ。

もしかしてあの羊飼いは自分たちの訪れを町の人間に伝えたのではないかと、内心ではどぎまぎしていた。

 しかし、すれ違った女の反応はなにかを隠しているようには見えなかった。町の様子はいたって普通で、出てくる人間たちは朗らかに挨拶までしてくる。

もしも荷台の中身についてばれたら、自分達はもうおしまいだ。だから人の住む地域を通る時はいつも夜だった。

 だがヘーテインの町は夜の間、その入口を高く頑丈な門で閉ざしていた。そのため、彼らは一旦引き返して翌朝出直したというわけだ。

 これだけ警戒している町なら、こちらもそれ相応の気持ちで臨まなければなるまい。そんなことを思っていたアシアは、拍子抜けした。

「ま、警戒するに越したことはない、か」

「アシア、これからどうする」

「ひとまず馬車を反対側の門まで持っていく。その後、俺とネイビルであの屋敷について聞きこむ。それまで、お前達は待機だ」

「分かった」

 屋敷は町の中にあるものだと思っていたアシアだが、ヘーテインの町は違った。羊飼いのいた丘とは反対側に位置する森の中に、ぴん、と時計の秒針みたいなものが見える。おそらくあれが、悪魔が住む屋敷だ。

 少なくとも、町を治める地主ではないだろう。

「これは、本当に悪魔かもしれないな」

「お、脅かすなよアシア」

 ネイビルは青白い顔をさらに青くした。

 大通りを通る自分たちを、住人達はごくごく当たりまえのように流している。大国の使いが操る馬車と二、三度すれ違った。

そのたびに緊張の糸が張りつめ、そして杞憂に終わった。

 ある意味平和ボケしているこの町なら、商品の調達だってできるかもしれない。この町で、ひと儲けすることも視野に入れたっていいだろう。

アシアはその手順を考えながら、後ろの馬車に積んである奴隷の顔を一人一人思い浮かべた。前回の即売会であらかた売ってしまい、あとは子供か力のない男かしかいない。

 ふとあの赤い瞳が脳裏をよぎった。

 そうだ。そうじゃないか。自分はあの厄介者を売り払うために、ヘーテインまで来たようなものではないか。

この商売に、やりすぎは禁物だ。ぼろが出たら、元も子もない。

 こみ上げる未練を何とか飲み下して、仲間に声を掛ける。

「後で飯を買ってくるが、なにがいいよ?」

「俺は肉がいい!」

「パンのうまそうなにおいがした。それが欲しい」

「いいぜ。なんでも買ってきてやるよ」

 注文を集計しているアシアの腹も、すっからかんになりつつある。そんな会話を繰り返す彼らは、はたから見れば陽気な旅の一団にしか見えなかった。

 もう一方の門まで来たところで馬車を止めた。残った仲間に番を頼んで、ネイビアと共に町へ引き返した。その頃には、アシアの頭の中は食事のことでいっぱいになっていた。

 町は活気に溢れていた。すっかり気を抜いてる訳ではないが、どこか人の心を落ち着かせるような、そんな雰囲気を町全体がはらんでいた。

「のどかだな」

「ああ。平和ボケしてるってことだ」

 記憶を頼りに道を進んでいくと、広場に出た。ちょうど朝市が行われているようで、食べ物のにおいと人のにおいでごった返していた。

 目移りしそうな品数の中から、注文された品だけを探していく。

「アシア、これも買おうぜ」

 ネイビアが真っ赤なバラを二輪、高々と掲げて言った。頬のこけた中年の男が持つと、美しい花も萎れて見えた。

「なんでなよ」

「その方が、相手方には好印象じゃないか?」

 顎でしゃくった先には、あの屋敷の姿があった。仕事の為なら、としぶしぶ財布のひもを緩めたアシアに、花屋の主人が笑いかける。

「お二人は行商かい?」

「まあ、そんなところですよ」

「なら、一本まけておこうか」

 花屋の主人は真っ白なバラを一本引き抜いて、赤いバラと共に紙にくるんでアシアに渡した。

「がんばってくれよ」

「どうも」

 背中を向けかけたアシアを、思い出したような問いかけが引き留める。

「お二人はこの先の町に行くのかい?」

「ええ、まあ」

「その通りです」

 よくぞ来てくれましたと、ネイビアはその場でくるりと回転した。

 あまり会話はしたくなかった。顔が割れるとかそういう話ではなくて、アシアはすっかり腹ペコになっていたため、早く馬車に戻って食事にありつきたかったのだ。

 それなのにネイビアは興にのってしまったようで、動こうにも動けなくなった。

「我々はあちこちを転々としながら、行く先々で荷を預かり、次の町まで届けるという、いわば旅をしながらの仕事をしております」

「ほう」

 アシアは焼きたてのパンをかじりながら、柱に寄り掛かった。一度話し始めるとなかなか話が終わらないのがネイビアであり、また聞き手も彼の話に飽きる気配がないため、こうなっては彼が話す事に飽きるまで待つほかないのであった。

「これから先に向かうのは次の町です。その前に、ここで休息を、と思ったわけです。なにせ森の中には休む場所なんてありませんからね」

「森を行くのかい。なら、あの森には長居しないほうがいいぞ」

 花屋の主人の視線が、一瞬あの屋敷に向かったことをアシアは見逃さなかった。

「なにか、森にいるのですか? 熊とか、狼とか??」

「いやいや、そんなもんじゃないんだよ」

「じゃあ、悪魔、とか?」

 花屋の主人の目が泳ぐ。ネイビアは驚いた顔で顔で「まさか、本当に?」などと言っている。本音と演技が半々といったところか。アシアは興味ありげに花屋の主人の隣まで歩んだ。

「本当に悪魔が?」

「いや、それはな、ふむ……」

 なんとか逃げ場を探そうとした主人だが、彼に救いの手を差し伸べる人間はおらず、しぶしぶと言った様子で語り始めた。

 これはあくまで噂なんだが、という前置きを三回ほど述べた。

「この町は、こんなにも平和なんだが、一つだけ噂……というより、実話があってね。それが、森のなかに建つ一軒の屋敷の話なんだ………」

 その屋敷は昔、貴族が住んでいた。とは言っても人付き合いはほとんどなく、たまに屋敷の主人が召使と共に町へ下りてきて買い出しをするくらいであった。金は持っているらしかったが、慎ましく暮らしていた。

 それもいつの間にかなくなって、気付いたときにはその主人は亡くなっており、召使は全員暇を出されて、一族も散り散りになっていたらしい。

その後放置された屋敷はあっという間にさびれていった。町の人間は人気のない屋敷から人の声を聞いたと言ったり、またある者は幽霊を見たとも言った。

 ところが、町の人間ですら気味悪がって近づかなかった屋敷に、いつの間にか人が住みついていた。

「本当に、いつの間にかね」

「なぜ人がいると分かったんだ? だれも近づかなかったんだろ?」

「それはな……一人の男の子がね、犬と一緒に山に入ったんだよ」

 そのとき犬は何を思ったのか一目散に駆けだして、あの屋敷の門まで走っていったという。そして、雨上がりで柔らかくなっていた門の下の土をざくざくと掘り、屋敷の敷地に入ってしまったのだ。

 男の子は屋敷の色々な噂を聞いていたので、怖くなって町に逃げ帰ってきた。しかし犬は戻ってこないうえに日は傾きかけている。半ベソをかいていたら、一人の娘が声を掛けた。なぜ泣いているのか、と。

「それが、うちの娘なんだ。名前はアーシャ」

「なるほど」

 アーシャは理由を聞き出すと、男の子の手を引いて森に向かった。無論屋敷から犬を呼び戻すためだ。男の子に良くなついていたから、自分が呼べばすぐに戻ってくるはずだと男の子が言い、ならばと、共に向かったのだ。

 噂通り、いやそれ以上の気味の悪さに尻込みしたアーシャだったが、男の子がいる手前怖いとは言えなかった。

 何度か犬の名前を呼んだが、返事は無い。ならばと男の子に呼ばせてみたところ、返事があった。灯りのない庭のどこかから、遠吠えのような鳴き声が響く。

 しばらくして現れたのは、犬ではなく、一人の男だった。

「男?」

「そうだ。男だ」

 誰も住んでいないはずの屋敷になぜ人がいるのだろうか。アーシャは咄嗟に身構えた。男の子は彼女の足にしがみついて、がたがたと震えた。

しかし、男の腕の中に愛犬が収まっているのを見て、飛び上がらんばかりに喜んだ。

 男が門を押して、犬が飛び降り、男の子に駆け寄る。

「この子は、君の犬?」

「う、うん」

「迷子になってたからね。しばらく彼とお話してたんだよ」

 楽しかったよ、と男が頬笑み、犬は「どういたしまして」とでも言いたげに高く鳴いた。アーシャはまだ警戒を拭えずにいたが、男の子はすっかり男に気を許していた。

「ねえ、ここに住んでいるの?」

「そうだね。そうなるね」

「あのね、あのね、僕何かお礼がしたいんだけど……」

 言っているうちに頭が下がり、語尾が小さくなっていく。犬の頭をなでる手がせわしなく動いた。

「できることなら、やりたいっていうか……」

 男は目を見開いて、何か言いかけ、しかし下唇を噛んで、しばらく逡巡していた。ぽんと手を打って、鉄の門越しに少年へ問いかける。

「宅配はお願いできるかな?」

「宅配?」

「週に一度か……いや、月に一度くらいでいい。ここに食料を持って来てほしいんだ。もちろん、お金は払うよ」

 ようは自分の代わりに買い出しをしてくれ、ということであった。男の子は「そのくらいなら大丈夫」と言って了解しようとした。それを、アーシャが遮った。

「こんな子供に、一か月分の食料を、しかもこんな森に運ばせるなんて」

「大丈夫だって」

「だけどね」

「だけどじゃない。俺だって男だ。このくらいできる」

「子供のくせになに言ってるの」

「アーシャだってまだ子供じゃないか!」

「なんですって!」

 いつまでも続きそうな口論を、男が半ば無理やり終わらせた。

「では、町の大人に頼んでくれないか。それならば、良いだろう?」

「まあ、そういうことなら……」

 アーシャもそれならばと納得して、男の子は消化不良であったが、その日はひとまず町に帰った。帰り際、なんとなく振り返ったアーシャは、男が闇の中に溶けるようにして消えたのを見たという。

「まあ、最後の話だけなら、暗がりでそう見えたってことになるんだがね」

 と、アシアもネイビアも思ったことをひとまず肯定して、花屋の主人は再び語り始めた。

 翌朝アーシャと男の子から話を聞いた花屋の主人は、パンや野菜を屋敷まで届けた。

しかし来客用のベルはなく、声をかけようにも屋敷までの距離が遠すぎる。どうしたものかとうろうろしていると、例の男が音もなく現れた。

 男から金を受け取った際、また一カ月後に来てくれと頼まれた。そう言われたら断ろうと前もって考えいたが、男がなぜか今にも萎れそうな花に見えてしまい、つい「いいぞ」と言ってしまった。

「ありがとう。あなたは優しい人間なんですね」

 本当に訳の分からない男だと思った。雰囲気がどことなくおかしかったが、お貴族様独特のものだろうと、勝手に納得した。

 こうして、月に一度(たまに半月に一度)花屋の主人が屋敷に届けに行くことになって何年か過ぎた。

ある年、主人は気付いた。男が初めて会ったときとまったく容姿が変わっていないことに。老いというものが感じられないということに。

 また、なにか仕事をしているという気配は全くないのに、金は次々と出てくる。元々住んでいた貴族はその財産をすべて失い没落していったようなものだから、屋敷の金を使っている訳ではない。なら、一体どこから金は出てくるのだろうか。

 答えがどうしても見つからない時、人間は勝手な妄想を繰り返して結論付けたがる生き物だ。今回もその例にもれず、こんな噂となって完結した。

「あの屋敷に住んでいるのは悪魔で、金がいくらでも出てくるのは奴が魔法を使っているからだ、ってね」

「――――――え、それで終わりか?」

 ネイビアの意見はもっともで、アシアも首を傾げた。もっと仰々しくて、おどろおどろしくて、グロテスクな話があるものと、期待じみたものまで抱えていたのだ。

「だから話したくなかったんだよ」

 申しわけなさそうに頭を掻く主人に、言葉も出ない。

「でも、だれか住んでいることは確かなわけか」

「そういうことだね。ああ、いらっしゃい」

 他の客が来たため、二人はそそくさと花屋を去った。短くカットされたバラはとりあえず胸ポケットに差して、残りの買い物を終えた。

 どこかもやもやとしたものが取れないせいで、市場にいる間、アシアはその苛立ちをネイビアに浴びせ続けた。

「まったく余計なことばっかり聞きやがって」

 とか、

「お前のおしゃべりはいらないんだよ」

 とか、

「あれだけ話を持ちあげて、期待させておいて、あのオチはないだろう」

 と逆恨みごとを言ったりした。

「ていうか、こんな埃臭い男に、バラの花はないだろ」

「そうか? 結構似合ってると思うんだけどな」

「屋敷の男とやらには似合うんだろうよ」

 アシアはすっかり気落ちしていた。金持ちの悪魔かと思っていた。花屋の主人の話では、金は出てくるようだがそれが幻でないとは限らない。それに、人間を喰らっている様子もない。ならば自分たちが奴隷を売りに行っても無意味だということだ。

「さっさとこの町を出るぞ」

 馬車に戻るなり、アシアはそう告げて馬具を馬につけていった。困惑する仲間にネイビアが説明して回り、はじめしぶった仲間たちも花屋から聞いた話を聞かせれば黙った。

 こんな仕事だ、時にはあきらめも肝心である。そうと決まればさっさと次の町に向かわなくてはならない。買い込んだ食料を手に手に荷台に乗り込み、一行は町を出た。

 道は森の手前で二手に分かれている。森の中を行く道と、そうでない道。前者は近道だが人気はなく獣が出ることがあり、後者は遠回りだが人気が多くより安全だ。

 アシアは迷った末森を行くことにした。商売を抜きにしても、屋敷を近くで見たかったからだ。好奇心には勝てなかったのである。

 鼻歌まじりに馬車を操るアシアと、その荷台で飲食に耽る仲間と、後ろの馬車を操る男は馬の扱いに支障がない程度に酒を呷りいい気分でいる。


 だから彼らは気付かなかった。ゴトゴトと進む馬車の中で動く気配に……。


 馬車は坂道を行き、馬は息を上げて歩み続ける。これでは森というよりも山である。再び道が平らになったころ、つまりは森のかなり高い場所まで到着したとき、アシアは馬車を止めた。

 これまで一本道だった森に、脇道があった。その先を辿っていくと、木々の頭上に丘で見た建物が見えた。

 さすがに近づこうとは思わなかった。商売をしない以上関わらないに越したことはない。馬に鞭を当てた。

(それに……)

 と、アシアは肩ごしにちらと振り返り、木々の隙間からわずかに見えた屋敷に唾を吐いた。そして、胸元のバラを投げ捨てた。

 言葉にし難い雰囲気が漂っていたのだ。平和ボケした町の人間には気付けなかったかもしれないが、危ない場面を何度も潜り抜けてきたアシアには分かった。

 あそこには近づかない方がいいと。特に自分のような人間は―――



 だからこそ、彼は見逃した。

 後続の馬車から一人の奴隷が逃げ出したことに―――



物語は、始まったばかり。

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