プロローグ2・「奴隷ショー」
たとえば、こんなお伽噺。
「お集まりの皆々様、そんなお国の奴隷はいかがでしょうか!」
ぱんぱん、と進行役の男が手を叩き、会場はぱあっと明るくなった。
今は使われていない古い劇場。椅子はすべて取り払われて、木の床だけにされている。広いダンスホールにぼろの屋根を掛けただけの空間に、大勢の人間がひしめいている。
中には面を付けている者もいる。こういった場に公には出席できない貴族様だ。いつも良い金づるになってくれる。
蝋燭の放つ光は、彼らの心を映すかのように影をいびつに躍らせる。その視線の先は、ステージの上に注がれている。
「長ったらしい前置きはもうおしまいだ! さあさあ、どうぞご覧ください!」
ばっと幕が引かれて、現れたのは鎖で繋がれた人間。背の高い者、低い者、容姿もさまざまだ。
対するステージの下に集う人間達も、さまざまな人種がそろっている。きっちりと正装に身を包む者、煤まみれの作業着を着た者、男が目立つが女もいる。
前座と称して語られたおとぎ話という名の夢から目を覚ましたように、ステージ上の男を凝視している。らんらんと光る眼玉を眺め、赤い服を着た男は内心でほくそ笑んだ。
「これらは皆働き者さ。さあ、さあ!」
ざわめきの中、一人の男がステッキを振り上げる。いかにも紳士といった服装の、ビール腹の男だ。
「その髪の長い女はいくらだ」
名指しされた女は虚ろな眼差しを紳士風の男に向ける。腰まで伸ばされた髪の毛は細い身体のシルエットにそって垂れている。
「そうだね、300でどうだい?」
「なら、俺が350で買う」
今度は痩せた男が傘を振り上げた。
「350だ。その女なら、うちの店で買い取る」
「娼婦かい? いい身体ですぜ」
そう言って、男は女の衣服をべろりと巻き上げる。並べられた人間全員が身体のほとんどを晒しているようなボロを着ている。それは男女とも同じだ。
女はほぼ全裸に剥かれたというのに、虚ろな瞳を一度揺らしただけで特に反応もしない。それを見た痩せた男は唇を尖らせた。
「確かにいいもんだが、客にそんな無反応じゃあ困るぜ」
「いいえ旦那様、うちの商品の真骨頂をお忘れでは?」
男はここで一度区切って、両手腕を大きく広げた。
「どんな奴隷でも、性格が決まっていたんじゃ扱い辛い。そこで、うちの商品からは感情を取り払っているのです!」
ひゅうひゅうと歓声が上がる。用意したサクラと、客の一部だ。
「企業秘密ですのでやり方は言えませんが、その効果はこの通りでございます」
女を指さしてそう言えば、客達はなるほどと頷く。
「よし、その女を買った!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
女はステージの裏に連れて行かれた。本日初の買いに、ぱらぱらと拍手が生じる。ビール腹の男も、痩せた男にシルクハット脱帽してみせた。
「隣の女を買いたい」
紳士風の男が声を張り上げる。名指しされたのは少し太めの若い女だ。男は脂肪の乗った顎を震わせて、にやりと笑う。
「しつけができるのなら、たっぷりと可愛がれそうだからな」
「左様です、左様にございますよ。それでは、350にいたしましょうか?」
「いや、400で買ってやろう」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
この女も、ステージの裏に連れて行かれる。入れ替わりに、浅黒い肌の男と小柄な女がステージ上に現れた。
「さあ、どんどんまいりましょう!」
それからしばらく、男と客達の間で商談が飛び交った。
この日一番高値で売れたのは、容姿もよく背の高い、筋肉質な体の男だった。『2350』という高値が出た瞬間、劇場はかつての面影をうかがわせる大喝采に包まれた。
お目当ての商品を買った客達は、その場で受け取って帰っていく。必然的に時間の流れと共に人間の数は減っていった。
「おや、そこの旦那は何をお求めで?」
ステージを遠目に見つめる若い男に声を掛ける。前座から今までずっと同じ位置に立っている男は、なにかを探しているように見えた。
男はどきりとして、酸欠の魚のように口をぱくぱくとさせた。
「ええっと……わ、私は使いの者なのですが、あることのために、その、人間が必要で」
「ああ、儀式用の生贄ですかい?」
「え、えっと、まあそんなところで……」
今度は青くなって周囲をきょろきょろと見渡す。
この男、自分が儀式用の人間を買いに来たことを咎められるとでも思ったのだろうか。しかし、周囲の人間は彼に見向きもしない。それどころか、嬉しそうに頬を釣り上げる者がちらほらといる。万引きをする少年らが互いに目配せするときの顔だ。
「ご安心を、うちはその筋の方もたくさんいらっしゃってますので」
「そ、そうですか」
再び再開された商談に、しかし男はついていけない。すると半ば放心状態の男の肩を、ぽんと叩く人影が現れた。
「それは、どんな儀式ですの?」
振り向けば、真っ赤なドレスに身を包んだ女が、仮面越しにこちらを見ていた。東洋の国の、名は知らないが白くほっそりとした動物の面だ。
「あ、あなたは?」
「私も、貴方と同じ使いの人間―――儀式に使う人間を調達しろとの命令を受けたの」
急に低くなった女の声に男はぞくりとする。女はくすりと笑う。
「何回か調達したことがあるから、お力になれればと思って」
「なんで、僕に?」
「だってあなた、どう見たって初めてですもの。ねえ?」
ステージ上の男を見て女が首を傾げれば、にやりと笑って頷き返す。
「ぜひ、お二人でご相談ください」
男は恭しく一礼して、また他の客のと商談に戻った。
「それで、どんな儀式ですの?」
「それは……」
男はためらった。ここで話していいものなのだろうか? そもそも、あの男とこの女の言っている「儀式」とこちらの「儀式」が全くの別物であったら、喋った僕は、最悪の場合殺される……。
男が逡巡している間に、女の細い腕が自分の腕と組まれていた。驚きに顔を上げると、悪戯っぽい瞳が面の奥からきらりと光る。
「うちは、悪魔の儀式よ。とある団体から人間の調達を頼まれたの」
「!」
「そちらは、どうなの? まあ、どうせ同じようなものだろうけど」
「あ、はい。あなたと、同じです」
はっとして口を塞いだ。女は怪訝そうな声を出す。
「なにをおびえているの」
「だ、だって、もしもばれたりしたら、我々は」
「その時は、死あるのみ。でございます」
突然降ってきた声は、ステージにいた男のものだ。いつの間にか二人の正面に立っていて、その後ろにはローブに包まれた何かがいくつか置かれている。ステージには彼の代わりに別な男が立っていた。
「この商売も、もしばれたら死刑ものなのです、旦那様。しかしあなた方の求める物を、我々は提供できる。あなた方はそれを買い求めて、ここに集まった。それでいいではありませんか」
男は数歩下がって、代わりにローブに包まれた何かをステッキで押す出す。それは前へ前へと進んできた。
裾からこぼれる足は、幼い人間のものだ。男はごくりと生唾を飲む。
「それでは、儀式用に映える商品をお見せいたしましょう」
高らかにそう宣言し、男の手がローブにかかり、ばさりと取り払った。
現れたのは、四人の幼い少女達。
泥や煤で汚れてはいるものの、その下に眠る陶器のように白い肌、なびく金髪、宝石のような大きな瞳は人形のそれに見える。故に生気というものが感じられなかった。
男はこれでもかと目を見開き、女は小さく歓喜の声を上げた。
「こちらにありますは、みな上物でございます」
「そうね。これらは全て貴族の出ね」
「えっ、貴族?」
冗談だろ? と男の目が語る。女はやや興奮気味に肯定する。
「そうよ。この子共は皆売られたの」
「売った? なんで」
「なんでって、金がないからに決まっていますよ、旦那様」
「このご時世、貴族が一夜にして没落するなんてよくある話でしょう?」
それは男にも思い当たる節があった。
王宮仕えの貴族がある日突然暇を出されるという、数世代前なら考えられなかった現象があちこちの国で起きている。
主に財政難だとか、国のトップが贅のために使い込んだとか、理由は似たり寄ったりだが。なので、一夜にして没落するという表現は、たしかに的を射ている。
「その貴族が、金欲しさに子供を売ったと?」
「物は言いようですが、そんなところです。今まで売ってきた貴族の子供の七割は、元貴族から買い取った代物ですぜ」
「でも、子供を売るだなんて、そんな――」
「そんな馬鹿なことを? って言いたいのかしら」
女は鋭い視線で男を見上げ、肩をつんとつついた。
「平民なんて貧困時にはいつもやっている手よ。中には生まれた赤ん坊の腕を切り落として、哀れんで恵んでもらおう、なんて輩もいるわ」
「その通りです」
男は一人の少女の頭に手を置いた。
「たとえばこの娘、一時は栄華を極めた一族の末裔。なびく髪は金糸のごとく、瞳は深い海を思わせるサファイアブルー。生贄にはさぞ映えるでしょう」
男ははっと顔を上げた。
「貴族も、所詮は人間です。己が明日生き延びるためとはいえ、さぞ苦しんで娘を売ったに違いありません。娘も売られる身になった以上は買われないと―――」
「買われないと?」
「―――処分、ということになります」
一瞬、獣じみた目になったのを男は見逃さなかった。
そのとき、男の中で何かが弾けた。それは感情の流れをせき止めていた何かが決壊したようでもあり、全てが失われたようでもあった。
「さあ、どれにいたしましょうか」
「…………金の瞳の娘はいるか?」
赤い服の男は、歯を見せて頷いた。
「もちろん、もちろんいますとも。こちらです」
ローブを剥いで少女の裸体が現れる。色素の薄い髪をした少女だ。その瞳は磨かれる前の金貨のようだ。
「傷も少ないですよ? いかがなさいますか」
「よし、これを買おう」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「いくらだ?」
「700になります」
金の入った袋にかけた手がはたと止まる。男は手を錐揉みしながら付け足した。
「なにぶん、上物でございますので」
「分かっている」
「なら、私は青い瞳のほうをいただくわ。こちらも700?」
「はい、はい。左様でございます。ありがとうございます」
赤い服の男の手に、次々と金貨が収まっていく。その重みを確かめるように、一枚一枚袋に落としていった。
「もう一つほしい。後の二つも見せてくれ」
男に言われて、残りの少女も素顔を暴かれた。
一人はまだ幼女で、頭が大きい。指をくわえた口からとろとろと唾液がこぼれて肘まで濡らしている。真っ赤な口内がちらりと垣間見えた。
そしてもう一人に視線を移した時、男は思わず後ずさりした。
「こ、こいつは……」
男は、誇らしげに胸を張った。
「珍しいでしょう? もっとよくご覧にいれましょう」
おもむろに少女のローブを上げていく。
長いまつげに縁取られた、血のように赤い大きな瞳が、男と女を映す。
やせ細り貧相な体をしていなければ、体を美しく洗い清めれば、その美しさはいかほどのものか。
しかしそれは、畏怖の念と共にかき消される。
「これは……」
女はおびえたように男の腕を掴む。わずかに唇が震えている。
「どうでしょう? こんな瞳の娘はめったに手に入りませんぜ?」
しかし、男はもう品定めを終えていた。
「そっちの小さいほうだけでいい」
そしてもう見たくないという風に顔を背けた。
「赤いほうは買わない。一つだけでいい」
さっさと終わらせろと言外に示した申し出にも、男はにこやかに振る舞った。
「ありがとうございます!」
* * *
すっかり人がいなくなった劇場を眺めて一人、男はパイプをふかしていた。その足元にステッキが転がっている。あまり上等でなく、いがらっぽい煙をぎりぎりまで楽しんでは、吐き出している。
「なあ、アシア」
弾幕の暗がりから出てきたのは、ステージの上で奴隷を立たせたり客に渡したりしていた男だ。ひょろりとして、痩せている。アシアと呼ばれた男は口の中で転がしていた煙をゆっくりと吐き捨て、
「なんだ、ネイビル」
「準備ができた。仲間も商品もすべて積みこんだ。行こうぜ」
「分かった」
二人はステージの裏から扉一枚で繋がっている裏手に向かった。大きな馬車には仲間と小道具が、小さい馬車には商品――奴隷が積まれている。
アシアはランタンの光に一瞬目を細めて、思い出したように、唾を吐いた。二人が荷台に乗りこんだとき、仲間たちは談笑中だった。そのことが、アシアをさらに苛立たせた。
「まったく、また売れなかったぜ」
「なにがだ?」
仲間の一人が聞き返す。
「今回はだいぶ羽振りの良い客が多かっただろう?」
「ああそうだ、客はよかった。マズイのは商品だ」
そこまでアシアが言ったとき、仲間達は彼が何を言わんとしているか察しがついた。
「あの小娘、今回も見向きもされなかったぞ」
赤い瞳の娘を拾ったのは、とある屋敷だった。廃れた屋敷に入り金目の物を探しているときだった。暖炉の中でぼろきれにくるまっているのを見つけた。
薄汚れていたが、一目で貴族の娘だと分かった。これはとんだ「儲けもの」だと思って馬車に詰め込んだ時、そこで初めて瞳が赤いことに気付いた。
他の仲間達は捨ててしまおうと言ったが、アシアは反対した。
珍しい瞳の娘は、儀式用に高い値がつくはずだ。そう読んだのだ。
しかし、待てども待てども売れる気配は全く感じられない。物珍しそうに眺める客は何人もいたが、たいてい今回のように気味悪がってしまう。
「こうなったら、本当に捨てるしかないだろうな」
「もったいないが、もうこれ以上金を掛けて持っていることもないだろう?」
仲間達の意見にアシアは頷きかけて、首を横に振った。
「いや、あと一回だ。それで駄目なら捨てるさ。だがな、金になる可能性があるのなら、俺はくらいついてやるぜ!!」
ぐっと拳を握りしめて、一世一代の大事に乗り出すような意気込みのアシアに、仲間達はやんややんやとはやし立てた。
「ははは、アシアには敵わないな」
「商売魂の塊だぜ」
「俺達も見習わないとな!」
ある程度騒いだところで、一行は馬に鞭を当て、動き出す。
「次に向かうのは大きいとは言えないが、暮らしのいい街だ。だが……、貴族の家は一つしかない」
ネイビルの説明にぼそぼそと不満の声が上がったが、アシアの一言でしん、と静まり返った。
「ちなみに、そこの主人は悪魔だって噂だ」
普段の会話なら笑い飛ばしていただろう。しかし、アシアの顔が真剣そのものであり、冗談に聞こえなかったのだ。
「そいつに、売りに行くぞ」
「おいおい、なんでそんな屋敷にわざわざ行くんだよ!」
本気にしているわけではないが、そんな噂がある屋敷は正直、気味が悪い。悪魔の話が嘘だとしても、火のない所に煙は立たないのだ。
するとアシアは一段と声を低くした。
「よく聞けよ? もともと住んでいた貴族は、かなりの財力だったらしい。そこに住むような悪魔だ。羽振りがいいにきまっているだろう!」
一瞬ぽかんと口を開けた五人の男達。しかし、それはすぐに笑いの形へと変じた。
「そりゃそうだ!」
「あの赤い瞳の娘だって、気にいるさ!」
もともと頭のよくない連中であるから、金が手に入るならなんでもよかった。
「悪魔にだって、うち商品を売ってやるさ!」
「この商売だって、もともと悪魔みたいなもんだからなぁ」
下卑た笑いが、暗い夜道に響く、響く。
前方から聞こえてくる笑い声を聞きながら、後者の馬車を扱う男は盛大に笑った。そして誰に語るわけでもなく語り始めた。いつも前半だけしか使われないが、男は終いまでしっかりと覚えていた。
いつか聞いたことのある、現実にありえなくもない、おとぎ話―――
物語は、始まったばかり。