(67)商都にて。
あらすじを更新しました。
ですが、文字数制限に引っ掛かってしまったので、抜粋版です。完全版も勿体無いので、あらすじ集の中に収録していますよ?
あらすじと言うより裏話ですけどね♪
前話で固められた土を足の間に強制股裂きの刑を執行された盗賊達。急所ですが、べるべる薬とばんばばん薬には僅かながら回復効果も有るので、生き残っている設定です。
大猪鹿牧場が商業組合と牧場との協力態勢に有ったのを忘れていましたので、ここ迄の話をちょこちょこ修正しています。読み返さなくてもいいレベルですが。
それと、この作中では春の一月が三十日、、春の二月が三十日、春の三月が三十日、春の余り月が十日で各季節百日。夏になるとまた夏の一月が三十日…と続きます。で、一年は四百日ね。作中で書いてるけど、忘れ去られそうなので、ここにも書いておきました。
今回も、長くなってしまいました。何で街に入るだけでこんなに掛かるのかとか、まぁ、色々ですね!
九つ目の村でお昼を食べました。
村で作っている特産品というのは、水の中で育つコリコリとしたお芋とか、花の芽の様な野菜とか、そんなのでした。お芋は美味しかったのですけれど、野菜は苦みというかえぐみが有って口に合いませんでしたね。何となくカラス魚を食べたくなって、捕まえてきてしまいましたよ?
そんなカラス魚は、水球の中に氷と一緒に浮かべています。そのまま宙を運んでいますけど、殆ど全く動きませんね? 多分、餌にも食い付かないから、それで滅多に取れない高級魚扱いされているのかも知れません。
ファルさんによると、研究所では、昨日今日は王都の研究者達を泊めた部屋の検証と証拠の確保、そして修繕に動いているそうです。他の研究所から来ていた方達も、今日には引き上げるみたいですね。大猪鹿を一頭潰してお土産に包んでもと思いましたが、流石にそれは相手にも迷惑だと止められてしまいました。
私も少し勘違いしていましたが、新人達が実際に所員としてやって来るのは、秋の一月になってからですね。余り月が有りますので、丁度一月程先の事でした。それを考えると、大猪鹿牧場に飼い葉だけ積んで放置していたのは、牧場主のドリルさんの言葉が有ったとは言え、かなり酷い所業に思えてきましたよ? それで一月何事も無く済んだ事も、ファルさんを楽観的にさせてしまった原因かも知れません。
それも牧場から移って来る人や冒険者の人の中には、直ぐにも研究所に勤めたいと言ってくれる人が居る様ですので、何とか成りそうでは有りますけれど。今日までは他の研究所の人達が居ますので、引っ越しするとしても明日からになりますが、引っ越し費用も持つという事にしましたから、気楽に移ってきて貰えるでしょう。
ファルさんには至れり尽くせりだなんて言われましたけれど、気前が良くない特級なんて居るのですかと聞いたら、それもそうだねと笑われましたね。
まぁ、そんな訳で研究所も後一月程は大きな出来事は有りません。所員用にべるべる薬とばんばばん薬を量産する必要が有りますので、薬草の手配をお願いしているくらいです。
という事はですね、デリラの街を出る直前には色々と有りましたけれど、私が王都に着いて学院に入るまでは、もう研究所関係で煩わされる事も無いのですよ!
ちょっとそんな清々しい気持ちで、私は空を行くのでした。
湿地帯の商都側の入口である十個目の村――と言うより、少し大きめの町へ着く前に、黒く重い雲の下を抜ける事が出来ました。雷の恐怖から解放されるだけで、何だかとても気が楽になります。このまま商都まで行きましょうと、そのまま町へは入らずに、どんどん高度を上げました。
未だに宙を渡るのは、魔力の腕でぶら下がる方が分かり易いのですけれど、鉄球と水球なんて二つも荷物を抱えていると、それも少しぐらついてしまいます。
アザロードさんの飛び方は、空間と定点、そして座標でしたかね? まぁ、出来ない事では有りません。よくよく考えてみれば、ナイフを飛ばしていた頃はいざ知らず、輝石を飛ばす様になった時にはそういう動かし方をしていた様に思うのです。その動く側に私自身を持って来ればいいのですけれど、まぁそれも飛ばした輝石越しに既に体験済みでした。
ただ、それでも定点が三つ必要というのがよく分からなかったのですけれど、上空へと移動する時に視界の中に地面が無くなって、漸く理解出来ました。
地面が無いと、定点が一つだけでは自分の位置が掴めません。アザロードさんの言う通り、三つ無いと自分の位置が分からなくなってしまうのですね。
でも、逆に言えば地面が有れば定点も要らない様な気が――「ふわぁ~~」……と、必要ですね! よく分からない流され方をしてしまいましたよ!?
定点無しだと何処へ流されるのか、興味が無い訳では有りませんが、今は後回しです。商都が見えてきたのですよ。
定点を三角に組んで、その中を潜り抜けて、そしたらまた進行方向へと三角に組んでと、それを繰り返して前へ前へと進みます。遠目に見えるのは話に聞いた商都の街並み。そして眼下には、既に商都の農業地区らしき畑が一面に広がっています。草原とは違って、畑は色合いが調っているので一目瞭然ですね。
ですが、農業地区なら兎も角、デリラを越える街並みが、平地に有るだけで何だか違和感を感じてしまいます。
デリラの街が領都ですから、それより大きいと言っても精々数倍と思っていたのですけれど、これは数倍では利きません。街壁が拡張に次ぐ拡張で、入り組んでいるのがここからでも分かります。ちょっと迷路の様になっていますよ?
流石にこの規模は予想外ですが、こんな街で大猪鹿一頭ぽっちで本当に足りたのでしょうか? そんな気持ちを持ちながら、私は商都の門前へと降り立ったのでした。
商都の門、と言うより街壁は、流石にデリラの街より高さも低ければ厚みも薄いですね。精々人の背の二倍程ですから、野生の動物は防げても魔物の襲撃を余り考えていないに違い有りません。
物語では、街壁の外側は荒ら屋が立ち並ぶ貧民街になっていたりするものですが、ここではそういう家も人々も街壁の外には見受けられません。まぁ、街壁直ぐから農業地区が始まっていますので、その辺りに理由は在るのでしょうけれど。外に居ないならきっと街の中に居るのでしょう。
その門前には大勢の人や獣車が、農業地区まで溢れる様にして並んでいます。ですが、余り立ち止まる事無く進んでいますので、案外早く中には入れそうですね。
何列にも別れて並んでいますが、有る列には獣車が多かったり、別の列には冒険者らしい人が多かったりと、並ぶ列にも意味が有りそうです。
まぁ、分からない事は、列から離れて見守っているらしい騎士様に聞いてしまいましょう。
「あの、ちょっていいですか?」
「ん、あ、ああ、何だ? いや、話し掛けないでくれ。仕事中だ」
……駄目でした。
仕事中だと言われてみれば、確かに並ぶ列を監視している様なので、目を離せないのでしょうけれど。
困りましたね……。取り敢えず、私はランク六以上で入街税とかは取られない筈ですから、支払いとかせずに通り抜けている冒険者の列に並んでみましょうかね?
でも、その列の冒険者は殆ど居ない事も有って、列に並んでいる人に聞く事も出来ません。暫く次の人は見当たりませんよ?
もうここは、出たとこ勝負しか無いですかね?
ええい、行きますよ!? もう行ってしまいますからね!
どきどきしながら誰も居ない列を進み、ひそひそ声が聞こえてくるのも無視して門へと入ってしまいます。
一段高くなった台座には、拡声の魔道具と同じ様に魔石が鏤められて、ここでも魔法陣が作られています。見守る騎士様達をちらちらと見ながら、その魔法陣の中に足を踏み入れて――ああ! 騎士様の手元の魔道具が青い光を放ちました! 青い光を放ったら、少し前に通り抜けていた冒険者の人も、前に進んでいたのですよ!
はふぅと息を吐きながら、私も前へと――
「いやいや、君、ちょっとこっちに来ようか」
ええ!? な、何でですか!? 何か間違えましたかね!?
ちょっと顔を青くしながらも、騎士様に招かれるままに列を外れます。
一体何を間違えてしまったんでしょうか。
「幾つか聞きたいのだが、まずはどうしてここを通ろうと思ったのか聞かせてくれないかな」
騎士様に促されて座った椅子の下にも、魔法陣が有りました。台座の魔法陣と似ているので、これも『判別』か何かでしょうかね? 落ち着いていれば魔法陣をじっくり調べてみたくなるのでしょうけれど、今はとてもそんな余裕は有りません。
「ら、ランク六以上の冒険者は何処に並べばいいか分からなかったので、何も払わず素通りしていた此処だと当たりを付けて突撃したのですよ!?」
「ん? ……君はランク六以上なのかい? 並び方は看板が立っていた筈だが?」
「ランク六以上ですよ!? 看板には気が付きませ……いいえ、そんな看板は無かったですよ!? ちゃんと辺りを見回しましたから!」
私が答える度に、騎士様の手元でやっぱり光が灯っていますね? 「ランク六以上」「看板には気が付きませ」「辺りを見回しました」で青い光が灯りましたが、「看板は無かった」では赤い光です。看板は有ったという事なんでしょうかね?
「……看板は有って、辺りを見回したが、気が付かなかったと言うことか」
「そういう事なんでしょうか? ――それはやっぱり、嘘か本当か『判別』する魔道具なんですね?」
「いや、事実か否かだ。という事はランク六以上で……その浮いている魚は何だ?」
「これはカラス魚です。美味しいお魚ですよ」
「そうでは無くて、それはどうしたのだ?」
「私がここ迄運んで来ました」
「……捕ったのは誰だ?」
「私ですよ?」
「どうするつもりだ?」
「え? ……そうですねぇ、私のご飯にするつもりでしたが、協会と研究所にも差し入れしますよ?」
「…………ふぅ~む。まぁ、いいだろう。だが、ランク六以上だというなら、もっと堂々としていればいいと思うぞ? あれでは迷子の子供が紛れ込んだ様にしか見えん」
漸く大丈夫と言われて、今度こそほぅっと息が漏れました。
そうすると、少しずつですけれど落ち着いてくるものですね。
「仕方無いですよ。デリラでは門での徴収なんてしていませんし、門の前の騎士様は仕事中だと会話してくれませんし、此処には誰も並んでいなかったのですから。周りを見回しても説明書きなんて見当たりませんでしたし、出たとこ勝負だったのですから、不安にもなるのですよ!」
「いや、看板はもっと前に立てられているが、ん? デリラ? ……済まんが、認識証が有るなら、やはり一度見せて貰えるか?」
そう言われたので、私は腰の小物入れから冒険者協会の認識証を取り出して、騎士様へと渡しました。
それを見て騎士様は一度大きく目を見開いて、引っ繰り返して裏書きを見ては、頷きながら眉間を揉んでいます。
「ああ、君が領都デリラで守護者の竜鬼を討伐したディジーリアで間違い無いか?」
「え、ええ。私がそのディジーリアで間違い無いですよ?」
すると、手元の魔道具に注視していたその騎士様、「ふぅ~」と長い溜息を吐いてから、「暫し待て」と席を外してしまいました。
戻って来た騎士様。白地の紙を閉じた冊子を開いて渡し、「此処に大きくサインをするように」と促されました。
何でしょうと思いながらもサインをすると、次にサインを書いたその下を指して、「次はここに、リオグライドさんへ、と書く」と騎士様。
「え!?」
「リオグライドさんへ、と書く」
……騎士様元いリオグライドさんの目力に負けて、ついそのままに書いてしまうと、さっと冊子を回収されて、
「よし、通って良いぞ」
と、リオグライドさん。
折悪く次の冒険者がやって来ていて、私は声を掛ける事も出来ないままに……って、ちょっと!? 最後のは違いませんでしたか!? 違いましたよね!?!?
最早こちらを見ていない耳の赤いリオさんですから、仕方なしに背を向けて、気を取り直して冒険者協会へと向かいます。
ここからは、宙を飛んでもいいですよね?
アザロードさんの飛行と、私の宙を渡る技。似ていますが、やはり使い所というものが有るのでしょう。
アザロードさんの飛び方では、確かに安定して飛ぶ事は出来るのですが、三つの定点と自分の位置を常に意識しないといけない為に、探索には向きません。進行方向へ向かうだけなら楽かも知れませんけどね。
私の飛び方は、魔力の腕を伸ばす時だけそちらに意識を向けていれば、後はぶら下がっているだけなので、光石を探すのも薬草を探すのも鳥の卵を探すのも自由に意識を振り分けられます。
今はアザロードさんの飛び方でしょうか。うねる道形に大通りを行けば、大きな建物が見えてくると聞いた通りに、上から見れば既にそれらしい建物が見えていますよ?
飛ばずに行けば一刻以上は掛かったでしょうから、やっぱり大きな街なのです。
街の雰囲気は、先へ進む程にデリラよりも古い感じになっていきます。街並みもごちゃごちゃしていますね? 屋根の上で体操している人も居れば、物干し竿が道の上に掛かっていたりもします。
街を行くのは、デリラよりも雑多な種族が入り交じっていますね。獣耳が生えていたり、羽毛が生えていたり、見た目だけでも色々です。獣人や人獣だからと言って、粗末な身形をしている訳では無くて、立派な武具を身に着けた冒険者らしい人も居ますけれど、路地裏で固まって身を寄せているのにはどこかしら獣が残っている子らが多いですかね。
混然とした感じは、確かに此処が昔の領都だったのだと思わせます。整然とした感じはデリラが上で、此処と較べるとデリラは丸で別荘地です。そのデリラは魔の領域との最前線だったりしますから、どちらがいいかは考え物ですけどね。戦う力が有るのなら、デリラの方が居心地がいいかも知れません。
さて、冒険者協会です。デリラの街に居た時には気にした事も有りませんが、ナイフと薬草と動物の皮をあしらった看板が、此処が冒険者協会だと示しています。大きさはデリラ支部の何倍有るんでしょうかね? デリラの街の方が魔の森の産物が集まる筈なのに、不思議な事も有るものですと思いながら、カランカランと扉を鳴らしながら協会の中へと入りました。
中へ入れば、作り自体はデリラの支部と良く似ています。流石に受付は何列も有りますが、右手の壁には街中の依頼がデリラの数倍程も貼られていて、入って来た扉の有る壁に貼られた買い取り表は、寧ろデリラよりも少ないです。奥の待合室は、デリラと較べるのも馬鹿馬鹿しくなる程広くて、ただ其処に居る冒険者達は一番星達にも劣りそうなのが少し残念です。『隠蔽』も弱くしか掛かっていない筈なのに、誰にも気付かれそうに有りません。商都で時間を使うつもりは無いので、話し掛けられないのは、それはそれでいい事なんですけどね。
商人らしき人と交渉している冒険者も多いので、恐らく商都の冒険者は、街中の依頼と護衛依頼で日銭を稼いでいるのでしょう。
あ! デリラとの大きな違いが有りましたよ! 商都の協会の受付には、美女が何人も待ち受けていますよ! ……デリラにはリダお姉さんだけでしたからねぇ。流石に人が多いだけの事は有りますね。
一番出来そうな受付嬢の前に並ぶと、一拍何故か見詰め合ってしまいました。
「おや、納品かな?」
おお~、出来そうな受付嬢は、掠れ声も渋くて、出来る感じがびんびんしますよ!?
……でも、遣る気の無いリダお姉さんの方が、少し上ですかね?
「いえ、ここでは私のお金を預かって貰っているので、確かめに来たのですよ。これから王都へ行くので、持って行けるなら持って行こうと思いまして。お手紙一つで預かって貰ったり、換金して貰ったり、魔石を購入して送って貰ったりしていましたから、このお魚は差し入れです。他にも持って行きますので、一部ですけどね?」
「……うん、まずは認識証を見せて貰えるかな?」
「はい! ――では、お願いしますね?」
私の認識証を見た出来そうな受付嬢さんは、軽く目を瞠った後、納得した様に小さく頷きました。
「支部長を呼んで来よう」
……まぁ、そうなると思っていましたけどね?
ところで、商都の協会まで来ましたけれど、結局私は『亜空間倉庫』を物にする事が出来ていません。今は裏技で何とか出来ないかと考えているところですけれど、それが無理なら『儀式魔法』で『亜空間倉庫』を使うしか無いのかも知れません。
出来るだけ自力で何とかしたかったのですけどねぇ……。豪雨の下を丸一日行くのは、思った以上に疲れたみたいで、宿では何もする事無く眠りに落ちていましたから、試す時間が無かったのも一因です。言い訳ですけどね?
「ほほう。成る程確かに、ラミーが言う通り凄いのが来たな。それだけ派手に魔術を使っているというのに、何の気配もしないとは。商都支部長のオルデネイラだ。一応『判別』は掛けるが、問題無いな?」
「構いませんよ? ディジーリアです。宜しくお願いしますね」
出て来た支部長さんは、何と女の人でした。こっちは出来そうでは無くて、出来る女ですね。何となくですけれど、オルドさんにも並ぶ実力な気がします。
支部長になる条件が、特級との事でしたら、頷ける話なのですよ?
「では付いて来るがいい」
そう言って身を翻すオルデさん……オルデさん? の後に付いていきます。
まぁ、オルドさんの親戚という事は無いでしょう。同じ様な名前を付けることは普通有りませんから、偶然なんだと思います。何よりオルドさんなら、親戚の場合何か私に言っていますよ?
そのオルデさん。歩く途中で職員の一人に声を掛けると、その人も一緒に付いて来ますね。
背の高い支部長さん。背の低い私。魚の詰まった浮かせた水球。私の鉄球。それからまた職員さんと、奇妙な行列になってしまっています。まぁ、水球と鉄球には『隠蔽』を強めに掛けましたので、分かる人しか分からないでしょうけれど。
「商都は大きいだろう? 来るとは聞いていたが、随分と早かったな。この季節、湿地を行くのは厳しいから、もう少し後になるのだろうと思っていたよ」
「あー。湿地帯ではメイヤ呼ばわりされて大変でした。見に行ってみれば丘どころか湖なのですから、失礼してしまいますよ」
ちょっと足を止めて振り向いたオルデさん。軽く笑みを浮かべてから、また足を進めます。
「ははは、確かにメイヤだな。そうか、この時期は祭りが有ったか」
「革鎧の胸が膨らむ筈が無いのに、呆れたものですよ。男の人が女装すればいいと思わず言ってしまいましたら、何だか次からお祭りが面白い事になりそうでしたけどね」
「くっくっくっ、何をしているのやら。――着いたぞ。ここは『判別』の条件を満たさないと開かない金庫だ。以前は送られて来た手紙で条件を満たしたが、お前がディジーリアで無ければ決してこの扉は開かない。――よし、始めろ」
地下に幾つも並んだ扉の一つを入ると小部屋になっていて、小部屋に全員が入ったところで入って来た扉に鍵が掛けられました。私は台座に立たされて、魔道具でも『判別』らしき事をされましたけれど、付いて来た男の職員にも『判別』された感じです?
職員とオルデさんが頷き合って、何か操作をした結果、ガコンと何かが動く音がしたのです。
「よし、入るか。ははは、中々に壮観だぞ?」
そんなオルデさんの言葉と共に、重々しい扉を開けて入った金庫の中の小部屋には、目も眩む程の金塊の山です。
量としては大きな机に積める程度では有りますけれど、それが全部金っていうのは、中々見る事は出来ませんよ?
「預かったのが十二万三千両銀。立て替えていた魔石の購入分で二千両銀を引き、金への換金で十八万両金。これに加えてこの前のオークションでの七万両金で締めて二十五万両金。多少端数は有るが、協会分を除いた金額だ。王都へ持って行けばまた倍の価値になるが、ははは、持って行くだけで大変だぞ?」
おお! これ全部が私のなのですね!?
……まぁ、二百両の塊がそれなりの大きさでしたので、予想は出来ていましたけどね?
二百両金塊が千個と少し。金は銀より重いからか、一個の大きさは小さいですけれど、これを全部持って行くのは……持って行くのは…………おや? 何だか持って行けそうな気がしますね?
サルカムの丸太よりも軽いのですから、一纏めにすれば充分浮かせて運べますよ?
ですが、まぁ、それも面倒と言えば面倒なので、裏技から試してみる事にしましょうか。
「“黒”、この金を仕舞う事は出来ますか? ――ん? 不純物を除けるのですか? 仕舞うだけですよ? ――……仕方無いですねぇ……」
引き抜いた“黒”に聞いてみれば、ちょっと贅沢な要望ですね。精錬すれば価値が変わってしまいそうなので、そのまま仕舞えるならとも思ったのですが、他ならぬ“黒”の希望ですからここは聞いておくべきところでしょう。
まぁ、でも、金属ならばと“黒”を頼ってしまいましたが、何とかなりそうで一安心です。
と、そう思ったのですけれど――。
「……これは駄目ですね……」
捏ねて捏ねて不純物を絞り出した二百両金塊を一つ、“黒”を軽く刺して取り込ませてから、もう一度取り出してみれば、それはもう“黒”の魔力に染まってしまっていたのです。
前に魔物の鉄を融通して貰った時は、そこから私が鍛え上げるのですから気に留めたりはしませんでしたが、金でこれは困ります。
こうなると、私が『儀式魔法』で『亜空間倉庫』を使うしか無いのですけれど……。
……そう言えば、“黒”が独自の魔力を持ち始めていますね? “黒”の魔力で輝石を創ったら、どういう事に成るのでしょうね?
「思惑でも外れたか? 別に自分で運ばなくても、依頼してくれれば何処へでも運ぶぞ?」
「いえ、手は有るのですけれど、気が進まないのですよ。『亜空間倉庫』はもう使える筈なので、『儀式魔法』で使ってみればいいのでしょうけれど、どうにも『儀式魔法』は融通が利かないので、『根源魔術』で物にしたかったんですが……仕方が有りません。今日一日宿で頑張ってみようと思いますので、明日もう一度ここに来るという事で構いませんかね?」
“黒”に一度取り込ませた金は、どうやら“黒”が欲しがっていましたので、そのまま許可をすればどうやら楽しそうに再び取り込んでいますね。
金は軟らかいので武具には向かないのですけれど、何に使うつもりなのでしょう。
溜息を吐きながら、私は“黒”を鞘に納めたのでした。
「くくく、魔術、それも『根源魔術』の遣い手が、突き抜けるとこうなるのか。祝福技能を邪魔者扱いする奴は初めて見たが、明日来るというならそれでも構わんぞ?」
「ええ、お手間お掛けしてしまいますが――あ、ちょ、ちょっと待って下さい!?」
「ん? 何だ?」
「え、えー、その、瑠璃色狼が試してみたい事が有るみたいで……。――あー、ちょっと試させてみますね?」
「……道具と話をする冒険者というのも、初めて見たな」
「いえ、結構喋りますよ? と言っても、私もこの二つだけですけどね。練り込んだ素材が何か関係しているかも知れませんけれど、まぁ、人にはお奨めしませんね」
そう言いながらも瑠璃色狼を、魔力の腕で一気にすらりと抜き放ちました。
……ところで、この瑠璃色狼。嵐の前触れの日に完成してから、今日まで落ち着く日が無くて、結局じっくりと確認出来ないままでいたのですけれど、何だか物凄く変化していますね? 魔力の色で森の絵を描くなんていう事は、今回施していません。ですので、見た目は見る角度で青や緑に色の変わる刀です。
ですが、私の魔力を見る目で見てみると、刀身の向こうに森の情景が透けて見えますよ?
でも、その景色も何だか動いているというか……。目の前に鼻先が有りますので、これは瑠璃色狼の中に棲む大森狼の見ている景色なのでしょうか? そう思えば、随分と視点が高いのにも納得出来そうでは有りますが……。
何かをしたがっていると感じたのは、やっぱり金塊の収納を考えてくれたのでしょうかね? そう期待して、二百両金塊を一つ、瑠璃色狼の前に置いてみたのですけれど?
「……消えましたね?」
その二百両金塊が忽然と消えたのは良いのですが、瑠璃色狼の中の景色に巨大な二百両金塊|(?)が、突如として現れて、驚いた大森狼が大きく一歩、その場から跳んで離れました!?
ちょっと視線が定まらないのは気持ちが悪くなってしまいますので、もう少し落ち着いてくれませんかね?
瑠璃色狼の中に現れた金塊は、大きさにして木々の中程まで有りますので、まぁ、巨大というか、中の森が小さいというか。……金塊の近くに寄って、首を傾げる小さな森狼が居ますね? 仲間が居る場所でその直ぐ近くに巨大な金塊を落としてしまったというのなら、確かに動揺するのも無理は有りません。
中の大森狼の動揺が収まらない様でしたので、出す事は出来るのかと胸の内で問い掛けてみれば、大森狼が上方につと視線を向けた後で、中の金塊が消えて目の前に二百両金塊が現れました。
妙な魔力の浸透も有りませんし、収納したそのままの二百両金塊ですよ?
「おお! 出来しましたよ!! ……でも、置ける場所が無い様ですね?」
そう言ってみれば、走る、走る、大森狼。森の景色が、びゅんびゅん後ろに過ぎていきます。
いえ、沢山魔石を集めたとは言え、これだけ走れる森が瑠璃色狼の中に出来上がっているのだと思うと感動ですよ? でも、そう広くも無い様で、直ぐに森の端らしき場所に行き着くのですが……森の端の外にも、少し余白が在りますね?
半分程には土が敷かれていますけれど、残りの半分には何も無い、そんな空間が広がっていて、何かと問えば『これから増える』と、まぁ私が行く先々で追加するのを見越しているのか、中の木々が種を実らせると考えているのか。
そう考えている内に、目の前の二百両金塊の山が見る見るその姿を消していけば、代わりに瑠璃色狼の中の余白地にどんどん巨大な金塊が積み上がりました。
終わってみれば呆気なく、小部屋の中の金塊は消えて、代わりに瑠璃色狼の中に壁の如く金塊の山が聳え立っています。
この金塊の山は、瑠璃色狼を振るっても崩れたりはしないのかと疑問に思いましたけれど、どうにもそれは中の大森狼にも分からない様子。……って、この大森狼が瑠璃色狼なんでしょうね? 分けて呼ぶのも何ですので、この大森狼の事はこれから“瑠璃”と呼ぶ事にしましょうか。
“瑠璃”に少し金塊の山から離れて貰ってから、二度三度と瑠璃色狼を振るいましたが、中の様子には変わり無いですね?
大猪鹿の力を持っていると言われれば、成る程そうかと思えますけど、これは瑠璃色狼の大手柄なのですよ!
……と、喜べば、何だか“黒”が少し拗ねてしまった様な気配は有りますけれど。もう、仲間の功績は喜ばしいものだそうですよ? 皆違う事が出来てこそ、乗り越えられる試練も有るというものです。力の“黒”に、技の“瑠璃”というところでしょうかね?
そう伝えると、黒も少し落ち着いたのでした。
「凄まじいものだな。道具が自ら『亜空間倉庫』を使うとは。それも二振り共だとはな」
呆れた様子のオルデさんと一緒に、受付奥の事務所まで戻ります。其処で受け取りのサインと金庫の解約のサインを書いたのですが、「下に、オルデネイラさんへ、と書けとか言いませんよね?」と言ったら、はははと笑われてしまいました。門での事を話しましたら、はははの語気が強まりましたが、おっとこれは笑っているのか怒っているのかそれとも呆れているのか分かりませんよ?
カラス魚を半分分けてから、研究所の場所を聞いて辞去したのです。
そして訪れた研究所。
所長さんへのお手紙を渡すと、とんとん拍子で話が進んで、あっと言う間に王様への訴状に所長さんの記名を頂く事まで出来ました。
これから宿を探すのだというと、泊まっていけばいいなんて話にまでなって、客間を一つお借りする事になりました。
研究所は一棟一棟はそこまで大きくは有りませんでしたが、何棟も街の中に散らばっているらしく、差し入れの魚が足りるかと危ぶんだのですが、そこは上手く分配するとのこと。切り身の一つは行き渡るでしょう。
私の分は取り置きたかったのですけど、まぁ、言い出せるものでも無くて。丸の一匹が切り身に化けたのは淋しいものが有りましたが、代わりに商都に集まる各地の料理が増えました。まぁ、これもまた善し悪しというものですね。
「――面倒事を避ける為に私個人の研究所とした筈なのに、そこを良く分かっていない人が新人を迎える場に余所の研究者まで入れてしまって。特に秘密にしていなかった事が洩れるのは仕方が有りませんが、あれには少し参りました」
「はははは、私達も領都に新しい研究所が出来たと聞いて、当然領の研究所だと思っていたからね。名前も第三研究所だ。私も今聞くまでは、個人の研究所とは思いもしなかったよ」
「第三研究所と言う名がいけなかったのでしょうかねぇ。でも、領の研究所だとしても、余所の研究者を簡単に入れるとは思えないのですけれど」
「それは場合に依るだろうがね。第三研究所はいい名だと思うよ? 競争や栄誉から一歩引く。実現出来るのなら羨ましい限りだが、研究は結局のところ競争だ。中々旨くは行かんと思うよ」
「……まぁ、私の研究所は他とは少し違うので、大丈夫だと思いますよ? どちらかと言うと、『根源魔術』の訓練施設みたいなところも有りますから。私にしか出来なかった事を、他の人が出来る様に成るだけで、私が研究所を作った成果としては十分だと思うのですよ。べるべる薬を私しか作れないだとか、大猪鹿を狩れるのが私だけだとか、面倒事にしか成りませんからね」
「ふぅむ。そこを含めて、実に羨ましい限りだな」
食事をしながらそんな話をして、多分本当に重要な事は話してはいないのだと思いますが、行き詰まっている研究に意見を貰えたらなんていう話をされて、私に分かるのは植物の事か、鍛冶の事か、魔力の事か、後は歪の事くらいですよと言うと、十分じゃ無いかと笑われたりもしたのですが、そこで話に出て来たのが毒煙患者の治療です。
言っていいものか分かりませんでしたので、輝石越しにオルドさんとファルさんとでこっそり三者会議をして、共同研究という事で秘密を守って貰う事を条件に、べるべる薬とばんばばん薬を提供する事としました。
その時オルドさんからは、研究所にしっかり関わるつもりが有ったのなら、初めからきちんと参画しろと怒られてしまいましたけどね。何も言わなくても全部私の望む通りにやってくれるのでは無かったのですかと言ったら、そんな事が出来るかと、いや子供に言っても仕方が無いかと、何だか失礼な事を言われてしまったのですよ!?
それは置いても、毒煙の話に戻ればデリラの街には棟梁の他に毒煙患者も居らず、効果を確かめる事が出来ませんでしたので、共同研究は願ったりでも有ったのです。
その契約書も、裏でこっそりオルドさんとファルさんに確認して貰いましたけどね。
二枚の契約書に、それぞれ私と商都研究所の所長さんが記名して、一枚は次の日にデリラへ送る事にしたのでした。
次の日の朝、黄色いべるべる薬と、橙色のばんばばん薬を作ります。
ばんばばん薬は、橙色の薬ですが、暗い所だと緑色に見えるおかしな薬です。中間だと灰色に見えるのですが、配合によって灰色になる暗さが変わるので、配合の目安になるかも知れませんね。
「ほう……それが毒煙の治療薬になるのか。まさか、既にデリラで完成していたとはな」
「まぁ、毒煙患者で試していないので、本当に完成しているのか確かめられてはいませんし、結局王都へ一報入れたのも一昨日の話ですから。結構体に負担も有りますから、薬としては微妙かも知れませんね。契約書にも盛り込んだ通り、管理は厳重にお願いしますね」
「ああ。では、患者が居る棟まで案内しよう」
器具や材料となる薬草、それから小瓶は、研究所の在庫を使わせて貰いました。
通常の調薬なら、干した薬草でも問題無いのかも知れませんけれど、「活性化」で作るべるべる薬とばんばばん薬では新鮮な方が良いみたいです。出来がちょっと微妙ですけど、ランク四は有りましたから、まずはこれで良しと致しましょう。
ですが、案内された毒煙研究棟の病室は、結構無惨なものでした。
見た目から老人の人も、見た目は壮年の人も居ますが、毒煙に冒された部位は総じて死に懸けのよぼよぼです。ぺたぺたと触ってみれば、そういう場所はやっぱりその人の物では無い魔力が入り込んでいますね。
毒煙の毒は若い内には影響が無いと聞きますが、その理由も少し分かったかも知れません。
「……もしかして、普通の人でも魔力が体の寿命を引き上げているんじゃ無いですかね? 人獣や獣人より人族の方が長生きですし、魔力が多いと寿命も長いと聞きますし」
「いや、その説は否定されているよ。一時期金持ちの間で魔力薬を飲む事が流行ったが、結局誰も長生きはしなかったからな。毒煙の毒も、魔力が失われている訳では無いからね。やはり何かの毒が入り込んでいるとしか思えんのだが、これが中々……」
「あー、そういう事ですか。……つまり、『儀式魔法』の弊害ですね。私はずっと『儀式魔法』が使えませんでしたので、その分魔力の扱いには自信が有りますが、これは魔力の仕業ですよ?」
「いや、だが『識別』でも魔力には何も問題無かったのだ」
「それは『儀式魔法』で『識別』したのでは無いですかね?」
「む!? いや、どういう事だ?」
「もしも『識別』で文字が見えた結果を言っているなら、それは『儀式魔法』です。自力で『識別』したなら、文字なんて見えませんよ? 『儀式魔法』での『識別』なんていうのは、錬金術師に拠れば自分では分からない事を神々に問い合わせる事らしいですけど、『識別』も『鑑定』も結局のところ世の中に知られた事しか分からないそうです。言ってみれば、目隠しをしながら物の色を問い合わせて、青色だと答えを貰う様なものですね。目を開けて自分の目で見れば、青は青でも緑色に近い青や水色に近い青が有るでしょうけれど、その色を表す言葉が世の中に知られていなければ『識別』では分かりません。研究所で頼るには不向きでしょう。私が見れば、毒煙に冒された部分の魔力と、この人自身の魔力とは、全くの別物です。元はこの人自身の魔力だったとしても、制御の及ばない別物に変質してしまっています。それで魔力の恩恵を受けられずに、寿命が来てしまっているのでは無いでしょうかね?」
見えてしまえば当然の事なので、研究がどうとも思えないものですけれど、見えなければ確かに大変なのかも知れません。
私だって、牧場の事は分かりませんので、大猪鹿を捕獲しながらも言われるが儘に飼い葉を積んで放置するしか有りませんでした。この毒煙が本当に毒だったとして、植物由来の物でも無ければ、私にはさっぱり分からなかったでしょう。
偶々私に分かる魔力の事でしたから、言えているだけの話なのです。
ですが、一緒に来ていた研究者さん達。ちょっと呆然としていますね?
その間に、準備を進めてしまいましょう。べるべる薬もベッドの上では使えませんし、ばんばばん薬になると周りのスペースも必要なのですよ。
「いや、ちょっと待ってくれ! それなら魔力を増やせば寿命も延びる筈だろう!?」
「水増しした魔力薬の魔力が『儀式魔法』に使えても、体にとっては異物でしょうに。悪さをしないだけで、毒煙の毒と余り変わらないのでは無いですかね?」
「君の魔法薬はそんな病気をどうやって治してるって言うんだ!?」
「全身の魔力を動かして、余計な魔力を追い出すんですよ。追い出してしまえば、自前の魔力の恩恵を受けられる様になりますから。ですから、『魔力制御』が出来る人なら無用ですし、『魔力操作』が出来れば他人の治療も出来るかも知れません。『魔力制御』が出来ても、知らなければそのままかも知れませんけどね。治りの遅い怪我なんかにも、魔物の魔力が入り込んでいる物が有りましたので、それにも効くと思いますよ? ――……あ、忘れてました」
「な、何がだ!?」
「魔石病の魔石も、無くなってしまいます。実際ランク三の冒険者の胸に出来かけていた魔石が無くなってしまいました。魔石の恩恵を受けている冒険者からは恨まれそうなので、注意書きは必要ですね」
これは、オルドさんとファルさんにもしっかり伝えておかなければいけませんね。
そんな話を言っている間にも準備が調いました。
協力者……では無く、患者さんは七人も居ますから、まぁ、選り取り見取りです。
ですが、まぁここは候補者を募りましょうか。
「という事で、お部屋の方にも。これからお試し頂く魔法薬は二種類有ります。どちらも体力を使いますし、効果が切れる時には魔力枯渇状態になっています。毒煙の症状というのは、言ってみれば老衰ですから、死に懸けのお爺ちゃんに無理をさせるのと同じで、まだ元気なら兎も角、ぽっくり逝ってしまう可能性も有ります。回復薬が効かないのも、老衰だからでしょうから、薬が効いて毒煙が抜けても直ぐに回復する訳では有りません。デリラで毒煙から抜け出せた人も、お迎えは覚悟していても散歩は出来る程度でしたから、その体力も無くなっていると、どうなるか分かりません。それでも良い方から手を挙げて貰えますか?」
すると、すんなりと手を挙げる人も居れば、必死の形相で何とか挙げようとする人も居ますが、全員話は聞いていたのでしょうね、そのまま手を挙げようともしない人は居ませんでした。
すんなりと手を挙げた、不満げな顔を崩さない小父さんが口を開きます。
「なぁ、嬢ちゃん。俺達の頃には毒煙なんていうのは、運が悪い奴が死ぬだけだってんで、結構皆やっていたもんだ。それがここに来て嘗ての仲間が皆ばたばたと死んで行きやがる。ここに居るのは、皆そんな仲間を見送った奴らばっかりだ。酷ぇもんだぜ? 毒煙の毒ってぇのは。頭ははっきりしているのに、体ばかりが死んで腐っていくんだ。それで切り落とせる奴はいいが、大抵は腹や胸も毒煙に冒されてやがる。構わねぇ、こんな地獄を終わらせられる薬が有るって言うのなら、うだうだ言ってないで問答無用でやってくれ」
はぁ、と溜息が溢れてしまいます。
他も同じ様な表情で眼だけはぎらぎらとさせていますので、聞くまでも無いのでしょうね。
「分かりました。でも、体力が必要になるので、ご飯を食べてからにしましょうか。最後の食事になるかも知れないので美味しい物をとも思ったのですが、ここの研究所にはとても優秀な栄養食が有るという事ですので、そちらを召し上がって下さいね」
「え? あれをか!?」
ぎょっとした顔をしていますが、体力を少しでも取り戻せるのなら、そちらの方がいいですよ。
「二種類の薬は、それぞれべるべる薬とばんばばん薬です。
べるべる薬は草木の知識が有る人の方がいいですね。飲むと、木の気持ちが分かります。イメージした木に成れる様ですが、木に限らず草花でも構いません。木が水を吸い上げる様に、体を魔力が流れるのですが、その時余計な魔力も押し流してくれるのです。デリラの大工は、木に詳しかった事で、色々な木をイメージした事から満遍無く体に魔力を流す事が出来た様ですね。草木に詳しくないと時間が掛かる上に、効果も小さいと思われます。半日は万歳して立っていられるだけの体力が要りますね」
「お、おいちょっと待て! 何だその名前は!? 飲むのが不安になる様な名前を付けるんじゃねぇ!」
「……そう言われましても、べるべる薬としか」
「ええい! もういい! もう一つのばんばん薬ってのはどうなんだ!?」
「ばんばばん薬、です。ばんばばん薬は、毒煙の治療の為にべるべる薬での経験を元にして開発した薬です。この薬を飲むと、体を動かしながら満遍無く魔力を動かしますので、より効果的と思われます。ただし、べるべる薬と違ってまだ毒煙の治療には実際に使われていませんので、確実に効果が出るかは不明です。また、体を動かすだけに、べるべる薬よりも体力の消耗は激しいですね。元気な方に飲んで欲しいです。数時間は立って踊れるだけの体力が必要です」
「そいつも名前がおかしいだろうが!」
「……そうは言われましても、ばんばばん薬としか」
「ええい! 俺は木も草も分かんねぇぞ!」
「お元気そうですから、ばんばばん薬がいいでしょうね」
「俺は足をやられて、動けねぇんだよ!」
あー、成る程。それで寝た切りでもお元気そうだったのですね?
足だけやられるなんておかしな話ですけれど、案外無事だった場所というのは、自分で魔力を動かしていたりするのかも知れません。
何にしても、いい実験台……で無くて協力者さん? ですね?
「魔法薬ですから多分大丈夫ですよ? もしそれで駄目なら、他の人も皆駄目ですから、頑張って下さいね?」
そんな彼等全員に、栄養食が行き渡りました。
栄養食を配る研究者さん達が、何故か凄く憐れむ様な表情を向けていますが、それは病状に対してでは有りませんね?
「……お、おい、何だこりゃあ!?」
「消化が良く食べ易い様にと、擂り潰した物だ。蜂蜜が入っているから、少しは飲み易い筈だ」
「……お、おおおい……」
「まぁ、これも薬だと思って一気に飲むがいいさ」
「ぅぐ……え、ええい! ままよ!」
一つ飲むにも大騒ぎですが、皆さん栄養食も飲んだようですし、元気そうな人から試してみて貰いますかね?
「――はい、そのまま支えて、薬を飲めば自分で立てると思いますから、準備が出来れば薬をお願いしますね」
「よ、よーし! やってくれ! ――ぅく…………ば……ば……バン! ……ババン! ババババ♪ バン♪ ババン♪ ババババ♪ バンバン♪ ――」
「はい、もう大丈夫と思いますから、ゆっくり離れてあげて下さい」
「い、いや!? ちょっと待て、何だこの薬は!?」
「――ババババババ!! ――」
「ああ、大きな声は出さないで。刺激に反応して体を動かしますので、刺激を与える様な事は避けて下さいね」
「い、いや、支えが要らないと言われても……ああ、倒れる!!」
「しー! 大丈夫ですよ、体を動かしているだけですし、手を伸ばせば避けようとして余計に動くのでそう見えるだけです」
何と言っても魔力的には、今は薬の効果で動かない筈の足にも支えが入っているのですから。
そうして暫くばんばん踊りを皆で眺めていたのですが。
「……一つ聞いてもいいかね? 薬を飲んで体力を使うというのは、この動きの事を言っていたのかな」
「そうですよ? でも、この分だと直ぐに終わってしまいそうですね。べるべる薬もばんばばん薬も、魔力の流れが詰まっていると、そこの改善に薬の魔力が使われてしまう様ですね。足と背中で薬の魔力が使われてしまっていますから、本人の魔力が枯渇する前に薬の効果が切れそうです。あ、効果が切れると倒れてしまいますので、支えてあげて下さいね」
「いや!? 見分けられんだろう? ――布団でも周りに敷いておくか」
「やっぱり魔法薬には新鮮な材料が必要みたいです。ランクが大分下がってしまいましたので、もう効果が切れますね。――ほら」
「――ぅぐ!?」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「ぐぅ~! いてててて、嬢ちゃん、何だこの薬は!? 滅茶苦茶痛ぇぞ!? ぐぁあああ!! やめろ! 痛ぇ!! 触るんじゃ…………え、待て、そこだ、触ってみてくれ。――ぐぁああああ!! 痛ぇ! 痛ぇよ!! 痛ぇ!! 俺の……俺の足が息をしてやがるぜ!! ぐす……ああ、痛ぇよ、俺の、俺の足が!!」
滂沱と涙を流す小父さんに、私も近寄ってぺたぺたと触ります。
「うぐぁああああ!!」
「お、おい……」
「あー、本の少し抜けましたけれど、まだまだ残っていますね。ランク四だとこんな物ですか。今痛むのは、一時的に魔力が流れた分、少し息を吹き返したのでしょうね。何度も繰り返さないと抜け切りませんし、すぐまた感覚が無くなってしまうと思いますよ」
「……いや、充分な成果だろう!? ランクが低くてもいい! ここに居る間に、出来るだけこの薬を作っていって欲しい!」
「……そういう意味の無い事はしませんよ? ランクの低い薬を幾ら使っても、余り意味の無い事が分かりましたので。水流が弱いと、こびり付いた汚れは取れないという事ですね。デリラならもっとランクの高い薬が作れますので、私の研究所に連絡して送って貰って下さい。小瓶程度なら便りの“鳥”でも送れるでしょうから、直ぐに届きますよ?」
「いや! 新鮮な薬草が有ればいいのだな! 直ぐに手配してこよう!!」
そう言って所長さんが飛び出して行ってしまいましたけれど。
私はべるべる薬を試さないなら、そろそろお暇したかったのですけどね? ですが、折角開発しながら効果を確かめられなかったばんばばん薬が、有効だと確かめる事が出来たのですから、ここは少し待ちましょうか。
「残った薬はどうします? これでも犯罪に使われると怖い薬ですので、使えないなら処分してしまいたいのですが。興味が有るなら飲んでしまってもいいですよ?」
「いや!? 『魔力操作』が出来るなら、治療も出来ると言っていなかったかね!? 出来るなら、そっちも見てみたいのだが」
「……私はこれでもランクBの冒険者で、魔の領域深部の木々程もある大きな魔物を、『魔力制御』と『魔力操作』だけで擂り潰す事が出来るんです。手加減はそれ程得意では有りませんので、やめた方がいいですね」
嘘です。やってやれない事は無いでしょう。
でも、治療に駆り出されるのも面倒なのですよ。
「ま、待て。領都デリラに居る特級の冒険者って、嬢ちゃん、あんたの名前は!?」
「お察しの通り、ディジーリアですよ。そこで飲みたそうにしている患者さんも、所長さんを待った方がいいですよ? 痛みはそう変わりませんし、治りが早いのもランクが高い薬です。小父さんは苦しみ損かも知れませんけどね」
「いや、いい! ……分からないかも知れねぇが、俺にとって今日は最高の日なんだ。本当に、本当に最高の日なんだよ」
小父さんはそう言って、涙に濡れた目を閉じたのでした。
それから所長さんが戻ってくるまでの間に、希望した研究者に出来損ないのばんばばん薬やべるべる薬を試して貰いました。患者さん相手では試せない、ばんばばん薬の刺激への反応を試してみたり、べるべる薬を飲んだ人は実際に横倒しにして薬を解除したりもします。引き抜くと『叫声』を上げるから、決して引き抜かない事とかそういう事もですね。
そうこうする内に所長さんが薬草抱えて戻って来たのですが、やっぱり自分で採取した物よりも質が悪くなってしまいますね。それでも丁寧に作業をすれば、ランク一になりましたし、一本だけですがランクAも出来ました。
結局全員が薬を試すのを、見届けてしまいましたよ。
「今回は、世話になったな」
「いえ、私も駄目出しばかりしてしまった様な気がしますから」
「いや、あのまま間違った方向に研究を進めていたら、無駄な時間と犠牲を積み重ねるばかりだった。共同研究の件、しっかりと取り組ませて頂こう」
「患者さん達は治してしまいましたけどね」
「ははははは、あれでこの街の毒煙患者が全てな筈が無いだろう? ――しかし、全ては魔力と寿命の関係に関する誤った説の影響が大きい。『識別』の効果も含めて、今日私達にしてくれた説明は、そちらから王都へ提出して貰えないだろうか。それも早急に。宜しく頼む」
「はぁ。まぁ、いいですよ?」
「王都では何処へ連絡を取ればいいのか教えてくれるか? 色々と相談する事も有るだろう」
「ん~、そうですねぇ。王都へ連絡するよりも、デリラの研究所に連絡を取って貰った方が早いですねぇ。王都では学院に通う予定ですけれど、まだ何も決まっていないのですよ」
「何!? 学院へか?」
「魔道具が面白そうなんですよね。それでは、また何か有れば宜しくお願いしますね!」
何とか昼になる前に、商都を出る事が出来ました。
共同研究の契約書も、冒険者協会に配達を依頼済みです。
言われた魔力と寿命の関係の論文は、輝石越しの第三研究所で、ペンを操るのも面倒ですので『活力』で焼き印のように焼き付けてしまいました。中々これは便利な技でしたので、これからは活用していく事になりそうです。
それにしても、『儀式魔法』は便利でいいのかも知れませんが、本当に融通が利きませんね。私が求めてならなかった『識別』でさえこうなのです。
それでも私が出来るが故に『技能』に示されている物なら、自力の『根源魔術』と神様技能な『儀式魔法』を使い分け出来るのでいいのですが、どうも祝福技能には発動し易くする為に、妙な介入がされている様に思えてなりません。
『瞬動』もそうですけど、昨日じっくりと『亜空間倉庫』を自力で実現しようと頑張った時にも、途中で魔術が私の手を離れようとする感覚が有ったのです。
そこで中断しての繰り返しですから、全く以て理不尽なのですよ。
何だか要らない過保護をする領主様みたいな、方向性を間違った世話焼きがべったり貼り付いている様に思いますよ? 私の役に立つなら兎も角、邪魔をするならそんな祝福は要りません。
元々私に備わっていた物でも無さそうですし、引き剥がす事は出来ませんかね?
『瞬動』が無くなってしまうのは惜しいですが、遣り方は分かっています。思い通りにならない技の方が、今となっては寧ろ危険です。『亜空間倉庫』にしても、今は瑠璃色狼が、似た様な事が出来るのです。
……無くても問題有りませんね。ええ、問題なんか有りませんよ!
そんな事を思いながら、私は空を行くのでした。
ここには神様話を書こうと思っていましたが、次話に入れ込む事にしましたよ!
初めは商都の研究所で首を突っ込む予定は無かったんですけどねぇ。こっそり色んな伏線を張る事も出来たので、まぁいいのですが。
ディジーは自分が正しいと思えるなら強気(というより、寧ろ話を聞かない位)ですが、少しでも正しくないかもという場合には極度に弱気になってしまいます。
さぁ! 後は王都に着くまでネタ回だー!!




