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(27)最近の|流行《はやり》なのです。

 実は、私はTVを持っていません。

 それで不便は感じないのですけれど、偶にネタが分からない時に少し淋しいかも知れませんね。

 最近はオリンピックが流行だとか。ふ~ん、何て思っていますけれど、時々ハイライトだけ見たい気持ちにも成ったりするのです。

 ガズンさん達を追い掛けての一日目。


 湖の東側を抜けて、昨日登った丘を右手に明るい森の中を南へと向かいます。

 この辺りは、昏い森と豊穣の森の境目だけ有って、普段ならそこそこ大人し目の獣や魔物が多く棲息する地帯に成っているらしいですけれど、今は昏い森側が荒れている分、獣達も姿を消しているという事です。

 採集をするには都合が良くなりましたけれど、偶に昏い森側から溢れてくるのが大鬼(オーガ)の様な上位種に成っているらしく、突発的な危険度は以前と比べ物にならないのだとか。


 大鬼(オーガ)……一体どんな毛虫なのかと気になるところでは有りますが。

 余裕が有るなら手を出してもみますけれど、今は探索でも討伐でも無く追跡が私の務めなのです。

 なんて、細身の小父さんとスカさんとで会話したその時には思っていたのですけれど……。


 今はそんな状況の森の中でも、まだ湖にも近いこの辺りでは周りにちらほらと冒険者の姿は見えて、何人かは私の姿にも気が付く様です。


「……おいおい、何処の斥候……じゃねぇな。こっから先は子供の遊び場じゃねぇぞ」


 忠告は有り難いのですが、私にも私の目的というものが有るのです。


「…………覗きに行くだけですよ」


 返事だけを返して『隠蔽』を強めれば、流石にそれ以上は口を出される事も有りません。

 地面から頭を出している岩を軽く踏みしめて、跳ねる様に私は私の道を行くのです。


 真っ直ぐ歩いて、昨日の丘も遙か後ろとなる辺りまで来れば、冒険者の姿も見なくなりました。

 これも普段ならまだまだこの辺りでも探索する人は居るのでしょうけれど、先程からドルムさんの倍は背丈が有りそうな大鬼(オーガ)が徘徊しだしていますので、今はここまで来る人も居はしません。

 初めて見た大鬼(オーガ)は言ってみれば巨人でした。僅かに小鬼(毛虫)の匂いを残すその姿は、(ひしゃ)げた頭に大きく背中の曲がった巨大な傴僂(せむし)男です。小鬼(毛虫)が緑の肌に茶色い毛が生えていたところが、褐色の肌に茶色い毛が生えているのが違いますけど、上位種と言われて素直に信じられる容姿です。

 まぁ、その生えている毛も、胸の辺りや顔の辺りでは薄く、他の部分でも毛足は長くても地肌が見えない訳では無いので、毛虫と言うには足りません。凄い毛虫を発見ですよ! と騒いでみたい気持ちは有ったのですけれど、流石に大鬼(オーガ)大鬼(オーガ)です。


 酒に呑まれて意識が朦朧としている小父さんの様な足取りで、のたりのたりと近付いてきますけれど、そこは安心の鬼族です。全く私の『隠蔽』に気が付く様子は有りませんね。

 粗末な腰布の間から見えてしまった様子からは、付いている筈の物が付いていない様ですけれど、もしかして、この有様で雌なのでしょうか。そう言えば毛虫にも何も付いていなかった様な気がします。まぁ、毛虫だからなのかも知れませんが。


 そんな大鬼(オーガ)を横目に、本当ならばそのまま森の中を突っ切っていく予定だったのですけれど、その前に【愛刀】毛虫殺しが痺れを切らしてしまいました。


 ――カタカタカタカタ……


 前にも思いましたけれど、毛虫殺しの鞘は、こんな音が鳴る様ながたの有る造りにはしていません。何処で音を立てているのか不思議なものですけれど、何にせよ毛虫殺しが焦れていることは理解しました。

 ですが、まぁ。

 本音で言うなら、イラッとしたのも本当です。


 自分でも最近自覚しましたが、どうにも私は、私の道を邪魔される事に、堪え難いところが有る様です。

 例えば、鍛冶の時間。例えば、食事の時間。例えば、トイレの時間。例えば、お休みの時間。

 今日はこの籠一杯のお芋の皮を剥くのです、と決めて頑張っているところに、手伝うよと半分お芋を取られた時は、さっと取り返して続きを剥いたりした事が有りましたけれど、それも同じ気持ちだったのだと思います。


 初めての湖での感動を期待して、ドルムさんに掻っ攫われて、悶々と狩りを続ける中でその苛立ちを分析して理解した事なのです。

 父様に相談しても否定しかされないからと、自分の中で完結してしまう癖が付いてしまったことの弊害というか反動というか、何となくそういうものにも思いますけれど。


 そんな私にとって、大鬼(オーガ)が直ぐ横に居て、今は『隠蔽』で姿を隠しながらの隠密行動なのですと決めていたところで、カタカタと気を惹く音を立てるというのは、とんでもない裏切り行為で、私の道を邪魔するものです。

 少なくとも、主人()配下()たる振る舞いでは有りません。

 そんな毛虫殺しも私の不愉快な気分を感じ取ってか、一瞬鳴った後は鳴りを潜めはしましたけれど、でも、まぁ、僭越と言えば僭越というものなのです。


 ただ……。


 …………。


 ……ただ、私が本当に、大鬼(オーガ)との交戦を避けるつもりでしたのなら、こんな大鬼(オーガ)達の足下を、反応を確かめながら歩く様な事をせず、もっと間合いを開けて物陰に隠れながら進む事が出来た筈でした。


 或いは、毛虫殺しも含めて全身の装備に魔力を行き渡らせ、封じる程に『隠蔽』を強めてカタリとも鳴らす隙は潰しておくべきだったのでしょう。


 私は、毛虫殺しがケム血に逸っているのを知っていた筈なのですから。

 毛虫殺しが(みなごろし)しか知らないのは、私がそう教えたからに違いないのですから。


 毛虫殺しは私が此の世に生み出して、私が手塩に掛けて育てたと言ってもいい、私の子供の様な物なのです。

 ゾイさんにも、私は独りで探索に赴く者なのだと看破されましたし、私も自分がガズンさん達の様に、誰かとパーティを組んで探索に挑むというのは想像が出来ません。ですが、そんな私が初めてパーティの様に折衝する相手になるのが私の毛虫殺しになるというのも、何とも面白いものなのです。

 世の中のパーティを組む人達は、いつもこんな遣り取りをしているのでしょう。


 そこまで考えて、はたと思い当たりました。

 パーティなら、探索に赴く前には、どう動いて誰が斥候するかという様な事を、冒険者協会に集まる冒険者達も、待機場所でよく打ち合わせていた様に思います。

 翻って私としては、追跡に入る前に毛虫殺しに方針を伝えたりしたでしょうか?

 ……いいえ、そんな事をした憶えは有りません。そう考えてみれば、毛虫殺しがカタカタと音を立てた時には、むしろ『どうしたの』という焦りや戸惑いの方が大きかった様に思います。

 毛虫殺しは度々思念を伝えてきてくれますのに、私は何も伝えないまま。これは、全面的に私が悪かったのかも知れません。


(今回は、知り合いの冒険者の様子を見に行くだけなので、出来るだけ交戦を避けて、こっそりひっそり最短距離を進む予定でした。――ですが、放置すればそれはそれで、後に問題を残すだけですし、新手相手に何処まで通じるか確かめる為にも、ここからは討伐も頭に置いて進む事にしますね)


 そんなことを、毛虫殺しを含む自分の装備に意識を向けながら、心の中で強く念じます。

 思念を向けられるのは度々の事ですが、自分から思念を向けるというのはどうすればいいのか良く分かりません。この技も身に付ければ、内緒話にも生かせそうですけれど、通じているのか分からないのが困りものです。


(了解なら一度だけ軽く震えてみて下さい)


 そう念じると、毛虫殺しが一度だけ小さくカタリと音を立てました。これで良かったようでほっと安心です。毛虫殺しも納得したのか、穏やかな気配に戻りました。

 瑠璃色狼は静謐を保っていますね。今のところ、感情までを伴う意思を持つのは毛虫殺しくらいですが、今後はどうなるか分かりませんねというのが私の感じるところでした。


 そうと決まれば、約束通り大鬼(オーガ)の討伐です。

 私の横まで来ていた大鬼(オーガ)も、のたりのたりと辺りの様子を眺めながらゆうるりと歩いているので、まだ横と言っていい場所に佇んでいます。

 元より鬼族の討伐は冒険者の責務の様なところが有りますけれど、一時(いっとき)なりともそれを忘れてしまったのは、ここ最近は獣ばかりを狩っていた所為でしょうか。

 食べる訳でも無くポーターに回収して貰うのでも無い獲物に、手を出すのを控える気持ちが働いてしまったのも有った様な気がします。


 私にしても、これが毛虫なら、斬捨て御免とばかりに討ち斃していったに違い有りません。どうにもすっかり鬼族では無く毛虫という意識が染みついてしまっていた為の失敗ですね。

 これからは、大鬼(オーガ)も大毛虫だと思う事にしましょう。それが毛虫なら、討伐するのに否やは有りませんからね。

 既に後ろに通してしまった大毛虫が居ますが、それは湖の冒険者が何とかしてくれるでしょうから、これから遭遇する大毛虫を相手にすれば充分です。


 そうは言っても巨大な大毛虫。通説に従うなら、足を潰した後に、位置を下げた急所を狙うというところですが、横に居る大毛虫を見上げてみれば、私が実行するにはなかなか厳しいものが有ります。

 まずは今の状況からしてみても、直ぐ目の前に一体、間を開けて木々の向こうに一体の大毛虫と複数居て、単独のはぐれという訳でも有りません。

 毛虫特有のちりちりした違和感で言うなら、私が後にしてきた木々の向こうにも一体、昏い森側の見えない場所に更に二体の大毛虫が。只の毛虫なら昏い森側に数十体の反応を感じますので、気が付かれでもしたら大変です。流石に逃げ出す他に有りません。

 今は毛虫の大発生中なのです。


 それにしても、豊穣の森側は木々で視界が遮られると言っても明らかに明るいのに、昏い森側に目を向けると、森の向こうには闇が蟠るようで、そこをグギャグギャグオグオと鬼族達が大行進しているのですから堪らないものが有ります。

 いえ、毛虫です。毛虫の大行進と思えば、早く潰して回らないといけない様な気に成りますので、やっぱり毛虫で正解です。


 そんな様子を眺めながら悠々と歩けるのも、(ひとえ)に『隠蔽』が有るが故なのでしょうけど、討伐を始めてしまえばその優位も僅かなものになるでしょう。


 ですから狙うのならば、悲鳴も上げさせない一撃必殺。

 毛虫の頃も特段(こだわ)っていた訳では有りませんが、獲物が大きくなっただけで、毛虫相手とやる事は変わりませんね。それでも今迄は『隠蔽』任せの不意討ちばかりでしたが、多少は他の人の剣遣いを目にして、ドルムさんからも両手持ち武器の基本的な取り回しを教えて貰った今の私は、多少は刀遣いも上達している筈です。瑠璃色狼を手にしての森犬競走では、問答無用で斬り捨てる経験も積んでいると思えば、何とか成る様な気がしてきました。


 心を決めたなら、後は行動に移るのみです。

 と言っても、やる事は単純です。

 軽く地面を蹴ると同時に、傍らの木の梢に伸ばした魔力の腕で、自分の体を大毛虫の頭の高さ迄引き上げました。

 木の幹を蹴って、前に大きく倒れた大毛虫の頭の上を跳び越えます。

 周りの木々に魔力の腕を伸ばして、体勢を安定させたなら、跳び越える瞬間に毛虫殺しを一振り。首が太くて毛虫殺しの長さが足りず、八割程しか刃が通りませんでしたけれど、パクリと大毛虫の首が割れて、だらんと前側に垂れ落ちました。

 大毛虫の首から、暗緑色の血が噴き出して、そのまま(くずお)れる様にして膝を付き、ひれ伏す様に前に倒れました。


 思っていたよりも、遙かに呆気なく、大毛虫は沈みました。

 やっぱり毛虫扱いで充分だったのかも知れません。


 ドスンドスンと足音も大きく駆け寄ってきた後ろの大毛虫も、やっぱり跳び越えながらさくりと斬り伏せます。大物相手だと毛虫殺しの刃も通らないかと心配は有りましたが、まるで手応えを残さず首を斬り裂くのは、やはり毛虫特化の祝福が効いているのかも知れません。

 平伏する大毛虫は二体に成りました。


 ちりちりとした違和感頼りに感じてみれば、先行していた筈の大毛虫一体と、昏い森の中を歩いていた筈の二体が、どうもこちらへ進路を変えたみたいです。

 ふらふらと急ぐ様子は見せていませんが、三方から三体が同時にやって来るのは偶然とは思えません。


(私が感じているちりちりとした違和感で、毛虫達もお互いの位置を把握してたりするのでしょうか)


 どうにもそうとしか思えませんが、普通の毛虫がそのまま昏い森の中を行くのを思えば、感知範囲はそれ程広くも無い様です。


 どうせこちらに来るのなら、と、戻ってくる大毛虫の下まで走り寄って、木を蹴り跳び上がっては首を刈ります。

 まるでこちらを認識していない大毛虫が相手ですので、三体目にもなると安定感が出てきます。

 毛虫殺しの刃渡り全てを使った甲斐有って、大毛虫の頭はぼとりと地面に落ちました。


 昏い森側から近付いて来ていた大毛虫二体が、僅かに足を止めましたけれど、こちらに方向を修正してまた近付いて来ます。

 先に斃した大毛虫の死体を見られては、視認の有無に拘わらず大暴れされたかも知れませんので僥倖です。

 こっそりと近付いて、木々に伸ばした魔力の腕を手繰って鳥の様に方向転換しながら、二体の首を一時(いちどき)に薙いでみれば、それからはもう近付いてくる毛虫達も居ませんでした。


 ……毛虫だと思わないと、やっていられませんね。魔物なら魔物で、もっと分かり易く魔物な感じでいて欲しいものです。

 む、傴僂(せむし)男では無く毛虫男ですね。上手いこと言ったつもりは有りませんよ?


 魔力を通して探ってみれば、魔石の在り処は大毛虫も毛虫も変わりが有りません。

 (つの)ばかりは鬼らしく、蔕では無い確りとした三角錐の物が額から伸びていましたけれど、他に有用と思われる素材も感じられず、(つの)と魔石を剥ぎ取って、『根源魔術』で水を出して洗ってしまえば鞄の中です。

 錬金術屋のバーナさんの所で水の魔道具を手に入れることは出来たのですけれど、それを取り出して準備をするのも面倒で、ならば湯気となって消えてしまった水を取り出せないかと試してみれば、思ったよりもどばどばと水が現れて吃驚しました。水を火で熱すれば、湯気となって消えていく。つまり、水に「活力」を与えれば消えるのなら、「活力」の逆作用で「活力」を奪うと共に、「流れ」で消えた湯気を掻き集めればと考えたのが、想像以上に嵌まってしまった様です。

 魔の森に融け込んでいた湯気なので、飲むのは尻込みしてしまいますけれど、魔石を洗うには充分でした。


 大毛虫の死体は、数日もすれば土の小山に成り果てます。なのでそれが当然と死体はそのまま放置して、私は先を急ぎました。

 百歩も行けばその内に一体は搗ち合う勢いで、大毛虫との遭遇が途切れることが有りません。そして私の後ろにその分の大毛虫の死体が、点々と残る事になるのです。


 私が探しているのも、つまりはそれと同じ様な痕跡です。

 ガズンさん達が昏い森の奥へ向かったのなら、同じ様な大毛虫の死体……いえ、大毛虫の死体が崩れた土塊(つちくれ)の山が残されている筈なのですから。

 十日も前ではまだまだ大毛虫もこの辺りには出没していなかった可能性も有りますけれど、進めば必ず痕跡は見つかる筈です。

 ……まぁ、その痕跡が見つかるまでに、数日は掛かる事を覚悟はしていますけれどね。


 大毛虫からの剥ぎ取りも、最初の五匹以降は止めています。帰りに拾えばいいのです。一々解体していては、正直切りが有りません。

 大毛虫に時々毛虫。毛虫共を(みなごろし)に進む道行きは、毛虫殺しの色艶ばかりが弥増(いやま)す様に感じられます。

 いえ、こんな騒がしい森の境界上でも、極々稀に歪豚(オーク)や、森犬を従えた奇妙な姿の恐らくは歪犬(ガルク)なんて生き物も出てきました。ですが、瑠璃色狼は毛虫殺しとは違って、生き血を啜る妖刀では無いのですよ。

 有り難い事に歪犬(ガルク)も私の『隠蔽』は見破れない様で、私は殆ど足を止める事も無く、只管(ひたすら)前に進む事が出来たのです。


 初めの内は頭を跳び越えて一匹ずつ始末していた大毛虫も、やがては木々に伸ばした魔力の腕でびょんびょん宙を飛びながらの纏め斬り。数を熟す毎に手慣れてきた感が有りました。脳筋ライラ姫に振り回された経験も、少しは役に立ったと言えるでしょう。

 移動自体も地面に足を付けなくなってしまっています。一瞬での魔力の伸展、自分の体を支えられる魔力の腕の力強さ、瞬時に歪の存在を感じ取って掻き分ける判断力。鍛冶に使っていたのは狭く細かく動きの小さい力の使い方でしたが、広く遠く伸び伸びとした動きの有る力の使い方に、見えなかった目が開いていく様な、水路の堰が開かれていく様な、そんな道が開ける感じがするのです。


 ドルムさんからは体を鍛えろと言われてしまう気がしますけれど、使い慣れた魔力の(わざ)は、それはそれで頼もしいものが有りますよね。


 そうして道を行くこと半日ばかり。当初の予定では三日掛かる筈の草原まで、一日で辿り着いてしまいました。

 ここからは、豊穣の森へ流れ込む川沿いに、昏い森へと入って行く事になるのですが、豊穣の森を知ってしまうと昏い森で食べ物を集める気にはなれません。

 結局の所、ここまで斃れた大鬼(オーガ)の痕跡は見つからず、未だにガズンさん達は行方知れずのままでしたが、ガズンさん達も昏い森に入る前にはこの辺りで野営をしている筈と思いますので、食べ物を集めがてらガズンさん達の痕跡を探してみたいと思います。


 ですけどその前に、草原を彷徨(うろつ)く大毛虫の退治です。

 色取り取りの花が咲き乱れる春の草原の景色を、陵辱するかの様な大毛虫の姿に、嫌な気持ちが沸き立ちます。地団駄を踏む様に花畑を踏み荒らすのは、毛虫に共通の様式でも有るのでしょうか。


 ですが、此処には森の中とは違って、足場にしたり魔力の腕で掴める木々が有りません。

 少し悩んで考えて、思い付いたのは次の二つの方法です。


 一つは、大毛虫自身を魔力で掴んで跳び上がる方法です。

 ですが、今迄大毛虫自身を魔力で掴んだ事が有りませんので、どういう反応を示すのか分からないのが気懸かりです。ひょっとすると、思いもしない機敏さで大暴れする事も考えられない事では無いのですから。


 もう一つは、『瞬動』で首の後ろまで跳び上がる方法です。

 気を発する分、気が付かれてしまう危険も大きいですけれど、その時には私はもう頭の上。大毛虫が暴れる前に、全ては終わっているのですから、こちらの方が良さそうです。

 但し、『瞬動』では勢いは付かないので、空中では刀を振り回すその勢いで体勢が崩れそうですけれど、そこは瞬動に入る際の姿勢で何とかするしか有りません。

 きっと大丈夫です。これまで宙を飛びながら討伐を繰り返したその中で、空中での姿勢制御も多少は物になっているのですから。


 花畑を分け入って、辿り着いた大毛虫の後ろ側。

 さっと伸ばした魔力の道に、毛虫殺しを横打ちに振り下ろす姿勢で突入します。

 次の瞬間、真下に現れた大毛虫の首に、毛虫殺しを振り下ろせば――


 …………おや? 毛虫殺しが黒い炎を上げましたよ?


 ――斬り裂いた首筋から黒い炎が噴き上がり、斬り口をぼろぼろと炭化させながら大毛虫が花畑に倒れました。

 私は倒れた大毛虫を足場に、悠々の地上への帰還です。


 手に持った毛虫殺しに視線を注いでみても、ぬらりと艶の有る他に、特に変わりは有りません。

 何となく黒い炎を上げたのには、いつも纏わせている私の魔力の他に、『瞬動』の余波として“気”も注がれたからの様には思いますけれど。


 ですけど、瑠璃色狼といい毛虫殺しといい、最近は炎を上げるのが流行(はやり)なのでしょうかね?

 今回は、お話の中で「傴僂(せむし)男」というある意味使用するのに微妙な言葉を使っています。ということで、これについて一言。

 というのは、この言葉、差別用語と取られることも有る言葉とされているからなのですが、行き過ぎた言葉狩りに物思うところもあるので、敢えて使っている物になるからです。

 この傴僂男と言う言葉、昔は虫が病を引き起こすと考えられており、その虫が背中に居る為に背中が酷く曲がった状態になっていると思われていたことから、「せむし」と言われていた物で、謂わば病状を指している物に過ぎないと私は考えています。「めくら」「つんぼ」「かたわ」といった言葉も同じですね。現代では「脊柱後湾」等の別の言葉で表されているかも知れませんが、言い換えているだけで病状を示していることに変わりは有りません。

 これを差別用語と考える人がいるのは、それらの言葉を用いて貶められた人、侮辱された人がいるから、と言うことになりますが、それを差別用語とされては、それ以外の時には日常的な言葉を用いて同様に貶められた人、侮辱されてきた人が報われないと思うのです。私などは名前をネタに謂れ無き侮辱を受けて来たもので有り、私よりも更に酷い扱いをされていそうな名前の人も知っています。ならばその名前に問題があるのかと言えば、もしそんなことを言う人が居れば、私はその人の正気をこそ疑いますね。「お前の名前は差別用語なので改名しなさい」それこそどんな侮辱なのでしょうか。

 今、差別用語とされている物には、差別的な意味合いを含む言葉(例えば特定の国を表す言葉を特定の意味合いと絡めて用いた言葉)と、差別をし貶める際に利用された言葉の二つがあると考えます。この内前者を差別用語として撤廃するのには賛成ですが、後者を差別用語として廃するのは、行き過ぎた言葉狩りだと私は考えるのです。

 何と言っても、そうやって人を貶める人は、言葉を替えようが何をしようが、別の何かを見付けてきて同じ様に貶めようとするのです。そんな特別な言葉が無くても、○○菌が移るだのなんだのと騒ぎ立てるとかね。とあるところでは、「障害者」と言う言葉を、障りがあって害があるとは言葉が悪いと、「しょうがい者」と書く様にしている何て企業も有ると聞きますが、何の解決にもならない御為倒し、臭い物に蓋をしただけのポーズとしか思えません。

 今では例えば、指輪物語が有名になった為に、エルフなんてのも一般的になってきた様ですが、それでは少し耳が尖っているからと「エルフが居るぞ」とか言われて酷いいじめを受けた人が居たとして、エルフと言う言葉は差別用語に成るのでしょうか。あるいは「スポック」でも構いませんが。「せむし」の様な言葉も、日常では使われなくなった古語に当たるのでしょうが、位置的には同じです。いえ、文学作品中では今でも目にする物ですので、口語では使われなくても、文語では現役では無いかと考えると、全く同じと考えてもいいのではと思います。

 もっと身近な例で言うなら、ゆとり教育を始まりとした「ゆとり」と言う言葉自体が、おそらくせむし何て言葉よりも現役でより広く差別用語的に用いられていると感じますが、さて、「ゆとり」なんて言葉も狩られてしまうのでしょうか。何て思えば、差別をし貶める際に利用された言葉を差別用語として廃することを行き過ぎと私が感じるのも理解頂けるのではないだろうかと思うのですが。言葉が悪いのでは無く、使う人間の問題なのです。

 「ノートルダムのせむし男」という有名な映画が有りますが、それを「ノートルダムの鐘」なんて言い換えているのは日本ぐらいだと聞きます。臭い物に蓋だとか、見て見ぬ振りだとか、日本のお家芸かも知れませんが、行き着くところは文芸作品の陳腐化、衰退ばかりに思えて成りません。それは多くの作家も作品のネタにしているところだと思います。

 そんなこんなで、私の作品では、差別に利用された言葉に対して制限は設けないことにしました。馬鹿、アホ、気が違う、気が狂う、何て言葉も、言葉自体に特定の対象が含まれていない以上、私の作品では普通に使われることに成ると思います。

 逆に、作品世界上での差別を表現する為の、差別的表現というのは、これはこれで使われることになります。本作品中では、ドルバルールという国名が、傲慢で人を見下す輩を評する言葉として用いられていたりしますね。人獣や獣人に対しても何らかの表現がその内出てくるかと思います。本作はファンタジー世界なので、現実世界の差別的意味合いを含む用語と被ることは無いですし、流石にそういう言葉をことさらに用いて広めるのは害悪だと思うので、現実世界を舞台にした作品でも用いることは無いでしょうけれど。

 文学作品として、健全で日の当たる場所だけ描いた、登場人物は皆ハッピーな文学作品? ははは、それなんてファンタジーです? なんて思ってしまうひねくれ者なので、悪しからず。それに、幼い頃に読んだ児童文学の数々ですら、苛め、戦争、スラム、社会の闇、奇人変人雨霰な中で、葛藤や挑戦や冒険やそういった物から感動を引き出していた様に思います。というか、児童文学こそ酷かった様な……。

 そんな訳で、私のスタンスは上記に記載した通り。それでも納得がいかないようでしたら、中世的世界観を考慮した表現につきご容赦願います、ということでよろしくお願いいたします。

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