(14)芋虫ですね。
初めのプロットでは、冒険者協会で初級冒険者がディジーに絡んで、毛虫殺しを奪い取ったら、呪いに当てられて気絶して、それでガズンさんが毛虫殺しを鑑定することになって、毛虫=鬼族の大量発生が発覚するという流れでした。
ふぅ。プロットを考えてみても、書いていく内に当てにならなくなりますね。
今の方が良くなっていると思うのですけれど、どうでしょう?
一投稿で、全話にばらけて読んでくれているご新規さんが10人程、最新話だけ読んでくれている人が40人程の、大体合わせて400ユニークくらいですね。
非会員も混じっていることを考えると、今のお気に入り登録してくれている人数って、結構最大値なのですね。つまりはこつこつ書いて読者を増やしていくしか無いと。
精進。精進なのですよ!
「芋虫ですね」
そう私は断じました。
これが豚なら歪豚ですが、ここまで醜く膨れ上がってると、確かに豚とも判別出来ません。
ならば、芋虫で充分です。
手応えが有る様なら、歪芋に認めてあげてもいいのですよ?
そんな私の視線を感じたのか、芋虫が「グホロ!」と鳴き声を上げました。
否、私を見付けられているとは思えません。水死体の様な首を振り乱しながら、バタバタと両腕を振り回すその様は、狂っている様にも見えますけれど、私の後ろに有るのは数十匹の毛虫の死骸。混乱してもおかしくない光景なのでしょう。
とは言っても、丸で知性の無い有様だとしても、問答無用で討伐するにはソロの私には経験が足りません。
この芋虫からは、毛虫に感じた様な違和感が感じられないのです。
それは異界から侵攻してくる鬼族に特有のもので、歪族には元々違和感など感じ得ないのかも知れませんけれど、確認しない訳にはいきません。
時折街の住人の中にも異様に太ったおじさんが居る様に、森に探索に来た人獣の中の太った一人なんて可能性が無い訳では無いのですから。
全ての人は、元は獣が進化したものだと伝えられています。
獣が知性を持ち、立ち上がって歩く様になったのが人獣。――人猫や人兎、人犬といった生き物です。
ほぼ人の姿に、獣の部位を残すのが獣人。――鳥人の様に分かり易い種族も居ますが、混血が進んで何から進化したのか判別出来ない事も少なくありません。
そして何故か、全ての進化の行き着く先に人が居るのです。瞳や耳の細かな形や寿命の長さ、中には手足の数が違う事も有りますが、多くの場合殆ど見分けは付きません。
人種族の中には、獣人や人獣を蔑視する地域も有るとは聞きますけれど、王国では非道な虐待などは許されていません。
冒険者の人獣かも知れない者を、太っているからと言う理由だけで虐殺したなんて事になれば、私はこれからその罪を負っていかなければならないのです。
今も突然駆けだして、横たわっている毛虫の死骸の上で飛び跳ねている芋虫は、魔物の存在を憎んで討伐に勤しむ冒険者の姿に…………冒険者の姿、に…………
(…………見えませんねぇ)
……ええ、どう頑張っても化け物にしか見えません。
あっ! 毛虫の死骸に噛み付きましたよ!
もぐもぐ凄い勢いで齧り付いています!!
狂った様に目が飛んでいるのに、お尻振り振りご機嫌です!!
……こういう時こそ、冒険者の先輩と共同で依頼を受けて教えを請いたいところなのですが、今は仕方が有りません。
せめて私の腰の小物入れにもいつも入れてある、冒険者協会の認識証さえ身に着けていたならばまた話は別だったのですけれど、少し期待出来る状況でも無いのです。
意識する事で、本の少し程度を調整出来る様になった『隠蔽』を、下げられるだけ下げてから声を掛けました。
「すみません、冒険者の方では、無い……ですね!?」
冒険者の筈が有りませんでした。
声を掛けた途端振り向いた化け物が、口元の牙を緑色の毛虫の血で濡らして、「ガボローッッ!!」と凄い勢いで突進してきました。
直ぐ様『隠蔽』を最大にしてササッと避けます。
擦れ違い様にといきたいところですが、毛虫と違って私より二倍は背の高い芋虫相手では、慎重にならざるを得ません。
毛虫殺しだって、芋虫には使えないのです。
行き過ぎた芋虫が、ぐるんとジャンプで振り返って、「グァボローッッ!!」と両手を振り上げ咆吼します。
どうやら、限界まで膨らんでいる為に、肘も膝も曲がらず玩具の様な奇妙な動きになってしまう様です。
しかしながら『隠蔽』を最大にした私を見失ったのでしょう。キョドキョドと周りを見渡すと、
――予兆無く再び突進して、毛虫の死体に貪りつきました。
……こういう行動が読めないのが、一番困りものです。
赤蜂の針剣の鞘を払って、尻を振る芋虫の耳の穴に突き刺しました。耳の穴を中心に持ち手をぐるりと回すと、剣先が頭蓋の中をずぶりと掻き回します。針剣を耳から引き抜くと、芋虫がドウと倒れました。草葉を幾重にも重ねて、丁寧に針剣を拭い、鞘の中に納めます。
「芋虫で充分ですね」
あの巨体の持つ力を振り絞られたなら充分に苦戦したと思うのですが、こうも頭が悪いと初めの強敵とは認められないのです。
毛虫の素材を回収して、芋虫からも魔石を回収します。芋虫の魔石は、胸の中に毛虫の物より数倍大きな魔石が一つ有るばかりで、頭の中には魔石の欠片も有りませんでした。
何だか少し納得なのです。
芋虫の上顎から伸びる牙は、根元を鉄板の入ったブーツで蹴りつけて、緩めてから引き抜きました。右と左で二本有りますけれど、回収するにも毛虫の血で汚れた牙は、酷い嫌悪感を催す物でした。水袋の水を少し出して、「流れ」も使って洗いました。
森の中で迷ったとしても、森を抜けるのは簡単です。
森から受ける違和感を、常に背中に受ける様にすれば、それが森を出る方角となるのですから。
日が沈んだ森の中を、街へと向かって歩きます。
木々の下では星明りが有っても、ぼんやりとしか見えません。
毛虫には違和感が反応するとしても、芋虫が居るとなると迂闊には進めません。
薄く広げた魔力を頼りに、ゆっくり歩いて帰るのです。
帰り道の途中には、殲滅から漏れた毛虫達も徘徊していて、序でに退治するのに、あっちへふらふらこっちへふらふら。
夜目も効いて無さそうな毛虫達は、刈り取るばかりの物でしか有りません。
そんな中、幾らゆっくり彷徨きながらでも、あと二十分も歩けば森から出るという所で、未だ毛虫退治を続けている冒険者達と出会したのです。
「クソォ! 小鬼共がまだ居やがる!」
「つーか、おっさん! 磁針無くすなんてボォケか!?」
「五月蠅いわ! 何度も同じこと抜かすな、バーカ、バーカ。悔しかったらてめぇでも磁針用意しとけや!」
「は? おっさんホンマにボケたか? 自分が持っとるからエエ言うたんは誰やねん!?」
「ハッ! それで必要な道具を人任せにするなんて、てめぇはホントに冒険者か!? え!?」
啀み合いながらも、五匹は居る毛虫達を、危な気無く討ち倒していくのは、何だかんだと言って息が合っている二人なのでしょう。
小鬼達を倒した二人は、ぐったりと肩を落とすと、疲れた様に呟きます。
「今度は俺が登るから、おっさんが下な」
「……おう」
そうして近くの大きな木に、年上の冒険者が両手を突き、若い冒険者がその肩に上り木にしがみつきます。
年上の冒険者は、昨日冒険者協会でも見掛けた、中級冒険者のゾイさんです。口調は粗くても、いつも後輩になる冒険者達の面倒を見ている、気のいい人です。私も一人で暮らし始めて苦しかった時に、ご飯を奢って貰った事が有るのでした。
若い冒険者は、私の先輩になる、初級冒険者の人です。時折私をきつく睨み付けたりしていましたので、多分嫌われてしまっているのです。ですけど、他の初級冒険者とは違って、敵意や悪意とでも言う様なものは感じません。一度だけ、声を掛けられた思い出が、尚更私にそう思わせるのです。
『ウジウジしてんなよォ! ボケがぁ! てめぇは冒険者なんやろがぁ!!』
胸座を掴まれて、激しく揺さぶられましたが、あれはきっと活を入れられたのだと思うのです。だって、冒険者だと言ってくれていたのですから。
だから、その二人の前に姿を現すことに、躊躇いは無かったのです。
「大丈夫ですか?」
二人が腰にぶら下げる光石の光の中に入ってそう声を掛けると、木にしがみついていた二人が揃ってこちらを振り向きました。
「え? ……は? え? ……ディジーリア、か?」
「は? 何でこんな所にコイツがおんねん?」
見上げる私と見下ろす二人の、視線の交錯は暫く続きましたけれど、暫くすると若い方の冒険者――名前は知りません――が、ゾイさんの肩から下りてきました。
そのままキョロキョロと辺りを見回しています。
「なぁ、仲間は何処や?」
気が抜けて戸惑っている様子で口にしていますけれど、言っている内容は酷い嫌味です。
いえ、悪気が無いのは普通に話し掛けてきてくれている事からも分かっているのですけれど、それでも、むっとしたのは確かなのです。
なら、ここは冒険者の会話というものが通じる相手なのか、試してみようではないですか、なんて思ったのは、初めての確かな冒険者仲間への期待が有ったのも一つなのに違い有りません。
軽く肩を竦めて、小さく首を横に振って、見下す様に……って、見上げる事しか出来ませんからここは軽く横を向いて顎を突き出す様にしながら横目で見て、口元だけ薄く笑いながらフッと鼻から息を抜きます。
冒険者の符丁は、言葉だけとは限らないのですよ!
……なんて思っていたら、速攻で頭を押さえ付けられて、ぐりぐりとされたのです。
「似合わねー事してんじゃねーよっ! ほら、さっさと吐け!」
「痛いですよ! ……もー、嫌味な人ですね。私とパーティを組んでくれる人なんて何処に居るのですか」
ぎょっとして手を放されましたが、今更なのです。
と言うより、頭なでなでは、もっと優しくするものだと思っていたのです。
ですが、最近は皆、凄い力を込めてくるのですよ。流石に首も頭も痛いのです。
軽く襟元を払って、乱れた髪を整えていると、若い冒険者のお兄さんが、わなわなと震え始めました。
「オイオイオイ!? 一人で森に入るなんて、何考えてんだ!? てめぇ馬鹿だろ! 馬鹿だな!? 馬鹿じゃねーのか!?!?」
酷い言われ様に言い返そうとする前に、ゾイさんが割り込みました。
「イヤイヤ待て待て!? そんなことより、磁針は持ってねーか!?」
それはさっき、ゾイさんが無くしたと言っていた物なのです。
こんなところにも、一人で冒険する弊害が有るのですね。
「……磁針って何ですか?」
「馬鹿じゃねーのかっっっ!!」
首を傾げる私に、お兄さんが金切り声を上げます。
愕然とした顔をしているので、心配してくれているのだとは分かるのですけれど、そこまで心配されることも無いと思うのです。
「待て待て、グディル、ちょお、落ち着け! ディジーリアの嬢ちゃん、磁針ってーのは、北とか南とか方角を指す、針みたいなもんだ。なんか持ってねーか!?」
……何となく、リダお姉さんの揃えてくれた道具の中に、針の様な物が有った気はしますけれど、頭に糸を掛ける凹みも無い針なんて役に立たないと、普通の裁縫セットと入れ替えてしまった様に思います。
「……それは持っていませんけど、街は向こうですよ?」
誤魔化す様に上げた指先でしたが、ゾイさんは一瞬ぽかんとした後、怖いぐらいに真剣な表情で食い付いてきました。
「ほ、本当か!? 何で分かるんだ!?」
「向こう……に、ちりちりとした違和感を感じるので、向こうが森の中心です。なので、その逆側が街ですね。あと、騒ぎ声を聞いて、向こうから三匹と、こっちから一匹、……ソレ、が集まってきてますよ?」
順番に、森の中心側、街の側、どちらとも外れた挟み撃ちする様な二方向を指差して、少しの注意を促しました。
毛虫については、まだ小鬼とは呼びたくないのですけれど、そんな事情を知らない人の前で毛虫と呼ぶのにも抵抗が有ったのです。
「何!?」
「何やと!!」
流石に森に入り慣れた冒険者なのです。
一気に表情を引き締め、得物を構えて戦闘態勢に入ったのでした。
思わず格好いいと思ってしまったのです。
これこそ憧れた冒険者の姿では無いでしょうか。
ですから、身構える二人の間に立って、私も一緒にと腰の毛虫殺しを引き抜こうとして……そのまま再び鞘に納めてしまいました。
少しばかり私の【妖刀】毛虫殺しは禍々し過ぎて、人目に晒すには微妙です。
心の中で毛虫殺しに頭を下げて、赤蜂の針剣を手にする事にしたのです。
しかし、その機会は訪れませんでした。
「余計な真似すんな。下がっとれ!」
「……つーか、ホンマにおるのかね? ――!! ……ホンマにおったな。グギャグギャ言ってんの、三匹貰うな」
「おっさんが調子に乗ると、転けるに賭けるで!」
「縁起が悪い減らず口叩くな!?」
守られお姫様に追い遣られてしまいました。
いえ、兄様達以外で、こんな立ち位置も中々有りません。
何だかどきどきしてくるのです。
「ドリャーッ!!」
「オッセェーッ!!」
姿を見せた毛虫――小鬼達に、気合いの声と共に飛び掛かっていく二人。
近くで見れば、戦い方一つ取っても、私との違いがはっきりしています。
大きな剣を叩き付ける二人は戦士。私はきっと、暗殺者寄りの狩人でしょうか。
叩き付けた長剣が、小鬼――私が相手をしている訳では無いのですから小鬼でもいいのです――の棍棒を押し退けると、そのまま剣をぐいと押し出し、空いた軌道で首に突き入れます。
叩き付けてきた棍棒を長剣で受けて、ぐいと押し退けてから首までがら空きの軌道に叩き付け返します。
殆ど同時に、最初の二匹が倒れ伏しました。
私なら避けて返すところを、受けて返すのは、長剣と刀という得物の違いも有るのかも知れません。とても勉強になるのです。
これまた同時に、残る二匹に飛び掛かっていった二人。
「何が、三匹貰うなー、じゃ! くっそ笑えるわ!」
「は! 女の子の前だからって張り切り過ぎんな、バーカ!」
一合の後には、残る二匹も打ち伏せて、得意気に振り返るのでした。
こうして見ていると、やっぱり私では真正面から魔物を倒すだけの力は無い様に思うのです。
私には、押し返すだけの力も、斬り伏せるのに必要な重さも有りません。手足の長さも足らないので、暴れる魔物の間合いの外から攻撃する事も適いません。
気が付かれない様にこっそりと近づいて、死角から急所を突くしか無いのです。
毛虫相手ならどうとでも出来るのでしょうが、歪豚相手にはリーチが足りず、岩の様な肌を持つ魔物なんかが出てきたらどうしようも有りません。
只の動物でも、虫達の様に『隠蔽』が効かない相手が居るというのに、なかなか厳しい道程なのです。
そんな気持ちも込めて、「流石ですね」と声を掛けると、殆ど同時に「当然やな」「当然だな」と二人が答え、それが気に障ったのかこれまた同時にお互いを蹴り合い始めました。
これが冒険者仲間というものなのでしょうか。間近で見るじゃれ合いがとても羨ましいのです。私も交ぜて欲しいのでした。
二人がボキリと角な蔕を折り取って回収するのを待ってから、街へと向かって歩き始めました。
そう言えば、私にはどうしても気になる事が有るのでした。
「森の中で、人獣の人に出会ったら、どうやって歪族と見分けるのでしょうか?」
つい先程出会った豚の様な歪族が、本当は歪族で無かったとしたら、下手をすると私はお尋ね者です。
まぁ、獣から人獣に至る切っ掛けが界異点の近くで歪められたからなんて説も有るくらいですので、歪族と人獣にそれ程大きな差は無いのかも知れませんが、だからこそ見分け方くらいは知っておかなければと思うのです。
「あー、初めて見た奴らは皆悩むなー。ありゃ、分からんからなー」
「つーか、俺は見た事ねーぞ?」
やっぱり、簡単に見分ける事は出来ない様です。
「森のちょっと奥にですね、ぶくぶくに太った二本足で歩く豚の様なのが居てですね、どっちなんだろうと見ていましたら、近くに在ったさっきのの死体に突進して、もぐもぐもぐーと食べ始めたのですよ」
「は? あかん! それ、アウトやっ! アカン奴やからなっ!!」
「何処で会った!? 歪豚なんて冒険者成り立てじゃ直ぐに死ぬぞ!?」
「――で、冒険者の方ですかと声を掛けて、」
「掛けんなっ! アホかぁあ!!」
「……は?」
「――声を掛けたら、ガバッと振り返って突進して来てですね、あー、これは人獣の人だとしても盗賊みたいな感じだから、大丈夫かなぁと、」
「な、何が大丈夫やねん!?」
「……」
「――ササッと避けて身を隠したら、私を見失った化け物がまた死体に齧り付いたので、」
「化け物言うてるやんか!」
「あー、ディジーリアの嬢ちゃんや?」
「――こそっと後ろから近づいて、耳の穴からこの針剣を突き刺して、ぐるっと頭の中を掻き混ぜたのですよ」
「怖いわっ!」「怖っ!」
起きた事を話してみれば、返ってくる反応が楽しくて、ついつい言わないつもりだった討伐の事まで話してしまいました。
今まで兄様達相手やコルリスの酒場以外で、ここまでお喋りをした事は有りませんでした。
しかも、これは冒険者仲間相手のお喋りなのです。楽しくない訳が有りません。
「分かった。コイツ、バカなんやろ」
「失礼ですねぇ。あなただって、出会ってみれば分かりますよ。森の中で出会ったどう見ても普通では無い人獣の姿。でも、討伐して街に戻って暫くしてから噂が聞こえてくるのです。『あら、最近太っちょのアブダさんを見掛けないわねぇ?』『そうそう、下手物喰いのアブダさん、森の食べ物を探しに出掛けたんだって』『あらまぁ、心配ねぇ』……って!」
「止めい。そんなん言われたら戦えんよーになるやろが!」
打てば響くという奴なのです。このお兄さんは、いいお喋り相手なのです。
そこに歪族の見分け方について、何となくの答えをくれたのはゾイさんでした。
「……あー、嬢ちゃんや。人獣は服を着るか、服を着ないなら身分証を見える所に掲げるかしないといけない決まりになっているから、それで見分けるしか無いかな」
「ディジーでいいですよ。――……ああっ! 身分証を無くしちゃった人獣さんが!?」
「止めや! 俺はグディルファサ。グディルでええわ。しっかし、歪豚倒したんかい、チビっこいのに」
「本当ですよ? えーと、ここに…………ほら! 牙ですよ!」
「……でけぇ!? え? ホンマにこれ倒したんか!?」
「まー、歪豚は馬鹿だがでかくて見た目以上に素早いから、初級じゃ相手にならんなぁ。小鬼が好物って噂を聞くから、付いて来たのかも知れんなぁ」
「うわ! なんやそれ、面倒な! って、何でそれをコイツが倒せんねん!?」
「あー、嬢ちゃ……ディジーは、『隠蔽』持ちって噂になってるから、『看破』も持ってない魔物なら、まー、不意打ちの仕放題なんだろーなー」
遠い目をしてゾイさんが言っていますが、正解です。
まぁ、『隠蔽』を切れないので、自分のランクも技能も分からないのですけれど。
ですが、その後の言葉は戴けません。
「にしても、いい装備使ってんなー。親父さんにでも貰ったのかね?」
これは、六歳からの汗と涙の結晶なのです。そんな言われ方をされるのは、酷く心外なのですよ。
だから、そう言ってやったのです。
「やめて欲しいです。冒険者嫌いの父様はそんな事してくれません。私が家を出たのも、父様が私が作り掛けの装備を捨てようとしたからですよ?」
ゾイさんも、本当は私の事情を知っていたのでしょう。失敗したという様な顔で、「あーうー」と唸っていました。
グディルさんも、どうやら知っていた……と言うより、よく睨み付けられていた事を考えると、直接父様に何かを言われた事が有ったのかも知れません。
乱暴に頭を撫でくられて、ぽんぽんと軽く頭を叩かれてしまいました。
でも、グディルさんに父様の事を謝ると、逆に怒られそうな気がするのです。私は、大人しく撫でられている事にしたのでした。
「あー、ホンマに森が切れてきたな。ディジー、助かった。ありがとな。礼はまた今度必ずするから。……しっかし、こっから帰るのかね」
「今日の晩飯はおっさんの奢りや。嫌とは言わせんで。ったく、昼も食うてへんのに……」
「それならいい物が有りますよ?」
お腹を空かしたグディルさんを、そう言ってしゃがませると、上を向けて開けた口の中へ、特別な水袋の中身を傾けたのです。
「ん、なんや? 甘っ! 旨っ! これ、黄蜂蜜か!」
「ちょ、俺にも、な! ――…………旨い! あー、こら最高に旨いわ!」
「ふふふふふ……赤蜂を倒したら、黄蜂達と仲良しになったのですよ」
「なんや花畑の奴らなんて、遊んでるアホ共かと思たら、こんなええもんまで食ってたんかい」
「遊んでるだけで間違いじゃ無いと思いますよ? 黄蜂達とも仲良しには見えませんでしたし、赤蜂の為の巣箱まで作るくらいですから」
ここ数日で、色々と話が出回っていたのでしょうか。グディルさんは面白くも無さげに、フンと鼻を鳴らしました。
少し元気の出た二人と、少し歩くと森の出口です。
「おー! 懐かしの我が街よー! ……暫く小鬼は見たくもねーな」
「ディジーも晩飯一緒にどうや? おっさんの奢りで豪勢にいくで?」
「む、奢りですか? なら、コルリスの酒場で待ち合わせですね」
「ゲッ!? ……まー、しゃーねーな。偶には豪勢に行くかぁ!」
「じゃあ、先に行って、着替えて場所取っておきますね!」
そう言って駆け出すと、後ろで騒ぐ声が聞こえてきます。
「マジか!? 消えやがった!?」
「かー! 目の前で見ても信じらんねーな、おい。嬢ちゃんの『隠蔽』半端無いわ」
「……く、く、くくく……ははは、ははははは!! 何やあれ!? 糞なおっさんなんて、端から勝負になってへんやないか!? くははははは、はははははははは!!」
楽しげな声を後ろに、今日は少し失敗したなと思うのです。
森の中に入り込むのなら、そこで土を掘って持って帰ってくれば良かったと思うのでした。刀を打つには、鉄に土を喰わせる必要が有るのですけれど、森の奥の土の方が、面白い物が出来る様な気がします。
でも、森の土は鉄に喰わせる土とはまた違うので、これで良かったのかも知れないとも思うのですけれど。
何れにしても、明日から数日はまた刀造りで引き籠もりです。明日は朝に冒険者協会に立ち寄って、もしも魔石を買う事が出来たなら、色んな種類の魔石を少しずつ練り込んでみるのも面白そうです。
なら、魔石で魔力の通り道を作って、それを使って魔紋や魔法陣を作れば、更に面白くなるのでは無いでしょうか。
なんて言っても、魔紋も魔法陣もまださっぱり分からないのですけどね。
明日の朝に魔石を仕入れて、五日分のご飯を手に入れて、残る時間は冒険者協会で魔紋と魔法陣の本をもう一度読み返してみましょう。
魔石を手に入れてから、何だか色々面白くなってきましたよ?
「――『『『『『我ら毛虫五人衆。今こそ愚かなる人族に鉄槌を下す時!』』』』』
その行く手を遮り現れたる影一つ。
『おっと、ここから先は行かせませんよ?』
ズザっと毛虫達が足を止めます。
『『『『『オノレ、何奴!!』』』』』――」
待ち合わせたコルリスの酒場で、二人が来るまで今日の冒険譚を披露しているところに、扉に付けた鉦がカランカランと鳴りました。
「あ、すいません。今日はここで待ち合わせをしてい……」
「てーか、何やってんねんアイツ?」
ゾイさんは、随分と緊張しているようです。
コルリスの酒場は、ガズンさんが行きつけにしている分、高ランクの客が多いですけど、お店自体は普通の酒場ですよ?
「あら? あなたたちがディジーの待ち合わせのお相手ね? じゃ、こっちの席でお願いね」
連れて来られた猫の様に、グディルさんまでがどこか大人しくしています。
「――毛虫五体の首が飛び、弾け飛んだ胴体が小山を為したその上にぼとりと落ちました。
『ふふふふふ……私こそは必殺の毛虫殺し人ディジーリア。今宵も漆黒の【妖刀】毛虫殺しがケム血に逸って大暴れ……なのですよ、ふふふふふ……』――」
報告を続ける私に、グディルさんが変わらず突っ込みを入れていますけれど、その声も内緒話の様に小声です。
「いや、毛虫って何やねん?」
「……まさかと思うが、小鬼の事か? 今日もアレとかソレとか名前で呼ばない様にしていなかったか?」
何だかゾイさんは鋭過ぎなのです。またもや正解なのですよ。
「――しかし、その行く手に待ち受けるのは、強大なる芋虫大将軍。
『ぐぼらぼらー、よくぞここまで辿り着いたわ。だがソレもここまで、儂の腹の脂にしてやるぐぼらぼらー』――」
「なぁ、それやと芋虫って……」
「歪豚、かなー?」
正解ですよ!
でも、あれは私にとっては芋虫なのです。
芋虫なのですったら!
ある日の兄と私。
「ねーねー、面白い遊びを思いついたんやけど、どう?」
「えー? どんなんー?」
「ちょっとやってみるから、そこで待っててなー?」
兄、十歩程離れる。
くるりとこっちを向く。
ニカッと顔を引き攣らせる。
腕と肘を曲げずに、バタバタと突進してくる。
どーんと衝突!
私を押し倒しながら、ずっとバタバタし続ける兄!
「ちょ、ちょっと何ー!?!?」
兄、動きを止めて顔を覗き込む。
「どう!? 面白かった!?」
「あはははは、訳わからへん、訳わからへんわー、あははははは」
ある日の兄と私でした。
嗚呼、化け物の動きにされてしまうなんて(涙。
(因みに、元ネタは、いがらしみきおの「ぼのぼの」だと兄は言い張っている。
ぼのぼのがしまりすくんやあらいぐまくんに四つ足で近付いてきて、どーんとぶつかるネタが初期の方に有るけれど、それだと言い張っている。
私は認めない。あれはどう考えても兄のオリジナルだと思うのですよ)




