木々の暗がりの中で
「あなた……覚えているの?」
校舎の外に連れ出され、他より木々が生い茂り薄暗く人の目が入らないようなところに入ったところで彼女の単刀直入の質問を受けた。
俺はここで嘘を言っても意味が無いような気がするので正直に答える。
「ああ、覚えてる。昨日の二限目、お前は二人の生徒を殺した」
殺されるだろうな。
今、ここで。
覚悟はここに連れてこられた時に既に決めてある。
こんなところに連れてきたのは不特定人数の人に見られないためだろう。
覚悟を決めた俺の顔は多分苦悶の表情だろう。
そう思いつつ彼女の顔を見ると、落ち着いた…と言うより信じられない。嘘……。的な顔をしている。
わかりやすく言えば驚いている。冷静な顔の裏で確かに驚いているかのように俺は思えた。
「あの……」
俺はこの緊迫感に耐えきれず京佳に声を掛けた。
「……………………………………あ、ごめんなさい」
どうやら覚えているという衝撃は彼女に強すぎたのだろうか。反応が遅れていた。
しかしなぜ覚えているだけでそこまで驚くのだろうか。
「なぁ……西野さん、どうしてそこまで驚いているんだ?」
「……………………その前に貴方、去年この学校にいた?」
俺の質問は放置され、代わりに彼女から質問が突き返されてきた。
不意を突かれたため思考が少し鈍った。
……思考するほどのことは何もないのだが。
「去年か……去年俺は別の学校にいた。四月頃ここに転校してきたわけだ」
俺がそう答えると彼女は納得した、と言わんばかりの表情で口を開いた。
「なるほどね、だからあなたは覚えているのね」
「な、なるほどってどういうことだよ!」
「私は今年の初め…………一月から三月の間に彼らの体に盗聴器などを仕掛けたの」
彼ら……とは俺らのクラスの生徒のことだろう。
一月から三月にかけてって……彼女の復讐計画は去年から始まっていたのだろうか。
でも……復讐するならなぜもっと早く来なかったのか。
「本当は四月にでもこっちに転校したかった……でも家庭の事情というべきかしら、直ぐにはこっちに来れなかったのよ」
家庭の事情でこんな時期まで来れない……余程の金銭的事情で無理だったとか……かな。
「ほんと……四月に入っていきなり親が海外に出張ですもの」
わお。感嘆の声を心で漏らす。
……てことは帰国子女か。
「そう言えば西野さんって、思ったよりよく喋るんだね」
俺は今思う率直な彼女の意外な姿を述べた。
「そう?……普段はこんな感じなんだけどね。ちょっと復讐するための標的の前に立つとちょっと冷酷な感じになっているような感じだけど」
ちょっとじゃないです。かなりです。
もうその冷酷なオーラだけで人と語れそうなぐらい。
俺は引きつり笑顔を浮かべた。
へぇそうなんだ。と軽く返事をしてほかの質問も言ってみる。
「どうして皆は昨日のことを覚えてないんだ?」
「どうして?それは脳に埋め込んだ盗聴器を使って……あ」
自然に質問をしたらそれに乗せられて自然と口を動かし盗聴器の仕掛けられている場所を答えてしまった。
彼女はしまったとかおを赤らめる。
「脳に埋め込んだ盗聴器がどうしたって?」
俺はもう逃げられないぞという意を込めてさらに問い詰める。
彼女は仕方ないと諦めたのだろうか。小さく息を吐き出して答えた。
「人の脳ってのは忘れるようにできているの。私はその盗聴器を使って忘れさせたのよ。正確に言えば思い出すための経路を断ち切ったというべきかしら?」
断ち切った。ほんとにそんなことできるのだろうか。
「お前……どうやってそんなことを」
「貴方に言っても多分難しすぎてわからないと思うわ。私は盗聴器の製作者じゃないから説明しようにもできないし。とりあえずうまいこと電流を流してうまいこと忘れさせてるって訳ね」
なるほど……彼女にこれ以上質問しても無理なことがわかった。
潔くこれ以上問い詰めるのはやめ……ちょっと待った。
俺はこの後どうなるのだろうか。
殺されるのだろうか。
口止めのために。
こんな人気のないところで。
「なぁ……このあとどうするんだ?」
「ん?どうするって戻るわよ、教室に」
「え」
殺されない。
殺されずに済むかもしれない。
「えって何よ。戻らないとさすがに朝のHRに遅れるわよ。もしかしてこんな蚊の多いところに居続けるつもり?」
「いや居ないけどさ……殺さないのか?口止めのために俺を」
あ……言わなくていいことをつい言ってしまった。
生き残れるチャンスだったのにまさか自分でそれを踏みにじるとは。
「ん?殺して欲しいの?別に貴方は復讐の対象外ということがわかったからね。殺すつもりはなかったんだけど。あ、でも断ち切った記憶はきっかけで回路が接続されて思い出してしまうらしいから……それを防ぐため原因の種は取り除いておくのはいいかもしれないわね」
殺されるうううううううううううううう!
そう確信を得た俺は一歩、また一歩と後方に下がる。
彼女は不敵な笑みでこちらに近づいてきて俺の左頬に手を添えて顔を近づける。
終わった。
俺は強く目を瞑る。
だが一向にその時は来ない。
俺は恐る恐る閉じた瞼を開く。
彼女はその時を待ち構えていたかのように目で笑い。口を開く。
「冗談よ」
「え」
衝撃の言葉が彼女の口から放たれた。
それは俺に大ダメージを与えて俺はその場に力なく座り込んだ。
俺を殺す刃は飛んでこなかったが、精神を深く傷つける刃をクリーンヒットで喰らったような気分だ。
「貴方なかなか可愛いところあるのね。それじゃ私は先に戻っとくわ」
そう言うと彼女は笑顔をこちらに見せながらその場に立ち去っていった。
……こういう形ではなくまた別の形で出会っていたらもっと面白く過ごし会えただろうな。
そう思いながら俺は近くの木の枝を何気なく見つめていた。