二限目後
「はい、今日はここまで!礼!」
「ありがとうございました」
「解散!」
「失礼しまーす!」
「ちゃんと体拭けよー」
二時間目の水泳は着替えのために十分ほど残して終了した。皆は「○○さん凄かったよねー」や「俺の動きを見たか!」「あの足つりかけたやつ?」「ちげえよ!」などとたわいもない話をしながら更衣室に向けて足を進めている。ただ更衣室とは反対の方向には女子三人と京佳が何か話をしている。
「ねぇ、京佳?あなたも水着姿ってことわー何も武器とかないじゃん?だからー今がチャンスと思ってー」
「ふぅん」
「あー!栞夏何をするのか言っちゃったじゃーん」
「あー!いっけなーい、私とした事がー。美菜ありがとー!てへぺろ♪」
「もぅ…栞夏ったらァ」
「早く話の内容を言ってもらえません?次の授業に遅れたら困るので」
「あ、アンタねぇ!」
栞夏は京佳の肩を掴んだ。
彼女らの名前はまず、京佳の肩を掴んだ栞夏こと山本 栞夏、そして栞夏の後ろにいる二人のうち、一人目は坂口 美菜。もう一人が前田 美真である。
何を話しているのかはわからないが、多分殺るつもりなのかな…
「おい…あいつら…」
俺の隣にいた佐藤もそれに気づき、俺に話しかけてきた。
「あぁ、殺る気なんだろう」
「止めなくていいのか!」
「俺らが行ったところで栞夏に適うのかよ」
「無理」
栞夏は性格はちょっとアレなのだが柔道の腕前は凄く、去年は全国まで駒を進めたようだ。結果は聞いてないが。
「ちょっと動けるからって調子のんなよ!」
いきなり栞夏は京佳の肩をプール内に向けて押し、彼女を落とした。その時響いた京佳の落ちる水音に気づいた生徒数名がここに戻ってきた。
「おい、もしかしてあいつら…」
「頑張れ!栞夏さん!」
向こうに気づかれないように小さくだが声援が聞こえる。栞夏は水中に落ちた京佳に馬乗りするように水に飛び込んだ。
「おおっ!水中戦だ!」
「見ようぜ!見ようぜ!」
野次馬たちがゴーグルを付けてプールに飛び込む。
「瑞貴、お前は見なくていいのか?」
「ん?京佳の水での動き見ただろ?これは多分京佳の勝ちだよ」
「へぇ、なるほど」
水中にいた野次馬が水中から顔を出し、叫んだ。
「栞夏が、京佳の首を絞めてる!」
「おおっ!」
「いけー!」
なんと…
「どうする?瑞貴、お前の予想外れそうだな」
「……外れるといいんだけどな」
「ああ」
先程の情報でさらに多くの生徒が水に飛び込んでいく。たかが水中で女子がじゃれあってるみたいなものだと思うのだが……。
水中で栞夏は情報の通り京佳の首を絞めている。
栞夏は両手で京佳の首を掴み自慢の筋力で締め付けている。京佳は栞夏の手首を掴み引き剥がそうとしているがなかなか外れない。
(よし、このまま行けば殺れる!)
栞夏は行けると思い、さらに手に力を込める。
ボコボコッ
京佳の口から息が漏れる。まるで酸素を求めるかの如く口を開閉させている。
(いける!)
栞夏は首の骨を折るつもりで力を込めた。すると京佳の手首を掴んでいた両手の力が緩み、離れ、力を抜いて浮力に身を任せたかのように手は浮き上がった。そこで栞夏は殺った!っと思い手を離した。
「殺ったぞおおおおおおお!」
栞夏は勢いよく水中から飛び出し、天に向けてコブシを突き出した。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
プールから歓声が上がる。そう言えば先生は何故何も注意をしないのだろう。俺は周囲を見渡したが、既に先生は職員室に帰っていた。
「よかったな、お前の予想は外れて」
「いや、まだだ」
「えっ?」
栞夏は笑顔で水を掻き分けながらこちらに歩いてくる。
「いえーい!」
「よく殺ったぞ!栞夏!」
「今日の帰りなんか奢らして!」
まるで皆は世界の驚異を倒した英雄を迎えるが如く彼女の方に集まっていく。
「栞夏!後ろ!」
「えっ?」
いきなり後ろの美真から声をかけられた栞夏が後ろを向くと殺したはずの京佳が立ち上がっていた。
「なんで……殺したは」
京佳は彼女に向かって飛び込み首を掴んで二人でまた水中に入った。その光景を見た生徒たちはまた動きを止めた。
「なあ、佐藤。ふと思ったんだけどさ、水中で首締めようが締めまいがどうせ呼吸できないんだから別に締めなくてもいいよな」
「ああ、確かに言われてみれば。ならさっきまた首絞めて入ったけど意味ないってことだよな」
「呼吸を出来ないようにさせるためならね」
「へ?それってどういう─」
ザバン!
京佳がすぐに水中から顔を出した。そして栞夏は死体として京佳の隣に浮いた。
「えっ…」
「首の骨を折ったら窒息死する必要はないだろ」
「お前……何者」
「おい!坂口!前田!その場から離れろ!殺られるぞ!」
俺が二人に叫んだ瞬間、京佳はものすごい速さでプールサイドに上がり、目の前にいた坂口の心臓らへんを思いっきり殴った。すると彼女は胸を押さえつけて苦しみだし、その場に倒れ込み、数秒動いたあと止まった。
「あ、あいつ一体何を!」
俺が驚くと隣にいた佐藤が
「あいつ…剣状突起を折りやがった。折れた剣状突起で心臓を刺して殺したんだろうな」
「お前…良く知ってるな」
「ふっ…変態は保健の授業は真面目に聞くのさ!」
「あ、自覚あったんだ」
へぇ、保健の授業でそんなこと言ってたんだ。
「い、いやっ!」
前田は坂口が殺されるのを見てすぐに逃げようとしたが京佳のスピードには適わずに捕まり、腕で首を絞められている。
「あっ…がっ…………わたし……なに…も……して…な……」
すると京佳は絞める力を緩め、彼女を開放した。
「はぁ、はぁ……美菜…栞夏……」
「ごめんなさいね。そう言えばあなたは何もやってなかったわね。皆さん、あと五分で授業が終わりますから、着替えましょう」
その言葉を聞いた皆は
「うわああああああああ!やべえええええええ!」
「ああああああああああああ!次は鬼こと国語の久保田先生の授業だあああああ!」
生徒たちは目の前で起こったことを久保田先生への恐怖でなんとか頭の片隅に置き、ソサクサとプールサイドに上がり、逃げるようにして更衣室に入っていった。
「おい瑞貴、俺らも早く行こうぜ!」
「ああ…」
「悲しいが…今ここで落ち込んでたら殺されるよ。久保田に」
「そうだな」
俺らも更衣室に走った
三時間目、プールに残ってた俺らは遅れて久保田に怒られた。京佳はいつの間にか俺らより早く教室に戻っており怒られることはなかった。
説教は二時間目のことで落ち込んで、話を聞いてなかった奴らがまた怒られていた。俺?勿論ちゃんと聞いていたから一回だけだったよ。お陰様で十分は説教で潰れた。