その7
入江にたどりついたときには、周りはすっかり暗くなっていた。
「わー・・・なかなか綺麗じゃない?」
太陽の代わりに水面に映り始めていた月は、今日は半月だった。
程よい風と、流れる雲が変わりゆく景色を演出してくれる、良い夜だ。
入江に面した砂地に、ルックの家らしき廃屋が岩場を背景に建っていた。
屋根も半分近く落ち、壁も穴だらけだが月や星を眺めるにはかえっていい場所になっている。
「懐かしい・・・変わってない・・・」
ルックが感激に震えながら穴だらけの家をあちこち飛び回り始めた。
(変わってない?もともと穴だらけだったのね)
「なかなかいい家ね。ここから綺麗な月が見えるみたい」
ヴィックスはほこりだらけの床にシートを敷き、天井に開いた大穴から月を楽しんでいた。
「あ、本当だ。僕も・・・よっこいしょ」
妙にオヤジ臭い掛け声とともにユタも寝っ転がった。
マカも(よっこいしょと言わないように気をつけながら)ユタに倣って月を見上げようとすると
「うっ・・・うっ・・・」
ルックだった。天井近くまで浮きあがり、月の見える穴から外を覗き
泣いていた。
「ルッ・・・」
ユタが手を伸ばそうとするのを、ヴィックスが止めた。首を振ると
「そっとしてあげようよ・・・」
・・・そうだね。
声には出さず頷いて応えると、ユタはスフレを抱きかかえてシートに戻った。
おぉぉぉぉ・・・・・・ぉぉぉおおお・・・・・・ぉぉぉぉぉ・・・・・・おおおおおお・・・・・・
悲しくも奇妙に美しい声が入江中に響き渡り、そして止んだのは
夜もふけ、日付が変わる間際になった頃だった。
「もう・・・いい・・・」
ルックがふわりと降りてきた。
「うん。気が晴れた?」
優しく聞くユタは、なんとなく父親らしくマカには見えた。
「うん・・・ありがと・・・マカとヴィックス、スフレも・・・」
一人ひとりにしっかりと向き直り、礼がわりに震えるルック。
「寝にくいだろうけど・・・今日は泊ってって。
明日・・・送るよ・・・街手前まで・・・」
夕方の事を気にしたのか、すまなそうにルックが提案したプランに
「送る?・・・なんで?」
ルック以外の全員が首をかしげた。
「なんで・・・って。みんな・・・明日帰る・・・でしょ」
「うん。そうだけど」
あっさり肯定するユタ。
ルックは訳がわからずぶるぶる震えた。
「え・・・?え・・・?」
「ルックも一緒に帰るのよ。人間の街なんか通らないで、ね」
今度はヴィックス。いつの間にかルックの後ろに移動して、三人で囲むような形になっている。
ルックが泣いている間に三人で相談していたのだった。
「綺麗だけど、こんな寂しい場所にルック一人置いておけないわよ。
私たちの村。どこに住めるかはまだ分からないけれど、ここや人間の街よりは断然マシなはず」
マカまでもルックを受け入れる気でいる。
「でも・・・僕、ここで・・・成仏・・・」
「今さらオバケぶった事言っても説得力無いよ。
それに、ジョーブツっていったって身体があるかないかの違いだけ。
僕らからしてみたらルックが死んじゃうのと同じなんだから。それこそほっておけないよ」
ユタらしい無理矢理な理論に苦笑しながら、マカとヴィックスも頷いた。
「カエロ・・・ウチ」
ここぞという時しか起きないスフレも、この絶妙なタイミングで声をあげた。
「みんな・・・みんな・・・」
おぉぉぉぉ・・・・・・ぉぉぉおおお・・・・・・
先ほどまでとは違う、歓喜の泣き声が入江にこだました。
「そんなわけで」
長い怪談(?)話を終えた後、マカは紅茶を飲み干し庭の一点を指差した。
「ルックはウチの庭に居る、の。
本当に知らなかったの?スフレ」
マカの綺麗に整えられ、毎年美しい花を咲かせる花壇の隅に
出会った頃には無かった微笑を浮かべルックは居た。
満足しきったのか、成仏することもやめしゃべる事もなくなったが
赤ん坊だったスフレが成長した今も、マカの庭でふわふわと浮いている。
「うん、知らなかった。ルックがあんまり自然に居るもんだから
当たり前すぎて聞こうともしてなかったよ、私」
オレンジの毛も長く綺麗に揃い、身長もとうに100cmを越えたスフレ。
相変わらず甘やかしに来るユタやヴィックスに影響され、はやくもイタズラ王の片鱗を覗かせてもいた。
「じゃあ、お父さんはどうだったの?ルックがウチに来た時なんて言ってた?」
自作のクッキーを一つまみ口に放り込みながらスフレ。
マカは噴き出すように苦笑すると、すぐさま答えた。
「お父さんも波乱万丈な人だからなぁ。
もうこんな大事件にも慣れてたのか、全然反応なかったのよ。
あぁ、また面白いのが来たなって一言言っただけ」
「うわぁ、お父さんらしい」
親子2人顔を合わせると、大笑いした。
「ユタちゃんやヴィックスちゃんだけじゃないね。
お父さんの武勇伝も大変な事件ばかりよ。
昔の話、きりがないくらいいっぱいあるわ」
笑い涙を拭きながらマカは懐かしそうな顔をした。
「また今度聞かせてね」
「うん」
そんな午後の楽しいティータイムが終わる頃、マカとスフレの耳に聞きなれた足音と声が聞こえてきた。
「スーフレちゃーん!マカー!」
ユタだ。
マカは苦笑交じりのため息をひとつつくと、ティーセットを片付けにかかった。
「さて、今日はどんな事件を持ってくるのかしらね、ユタちゃんは」
ユタの足音は、なんだか今日も重い気がする。大きい物持ってくるのかしら・・・。
何度体験しても慣れない衝撃を持ち込んでくるユタだが。
マカはその驚きを待ち望むかのように、ちょっぴりわくわくしていた。
終わり
オウルベアシリーズ第三弾「怪談」これにて完結です。
オバケを書きたい!というだけで書き始めたお話ですが、なんとなくいい話になってしまいました。
ちなみにルックのモデルは「ゼルダの伝説 夢を見る島」というゲームに登場する
オバケです。
サブイベントなのでこのゲームをプレイした人でも覚えていないかも・・・ね。