その6
「あれ・・・光る看板・・・欲しいな・・・」
人間の街では以前からあったとるに足らないパチンコ屋のネオンをねだるルック。
疲労で思考力も弱まっているのか、ユタもふらふらと看板に近づき、ひっこ抜こうとしはじめた。
(わ・・・私がなんとかしないとユタちゃんが!)
マカは慌てて決心すると、つかつかとユタに近寄ると、手をしっかり握った。
「ダメよ、ユタちゃん」
ユタの手が止まり、ルックが驚いたように震える。
「嫌・・・ユタ・・・これ欲しいよ・・・」
なおもねだろうとするルックごと、ユタを引きずるようにして歩き始めるマカ。
「あ、マカさ・・・ん。あたしスフレちゃん持つよ」
ヴィックスも、迫力に多少圧されながらもマカを手伝い、ユタを街の反対側出口へと連れ出した。
「あれ、マカ。ヴィックスさんまでどうして・・・」
憔悴したような顔になっても、まだユタはネオンから目を離さない。
「ルックが欲しがってるのに・・・」
「欲しい・・・のに・・・邪魔するの、マカ・・・?」
ルックも恨めしげに非難の声をあげる。
「いいから座って・・・ユタちゃん。ほら、ルック下ろして」
人間の街から離れて、ススキの原っぱに囲まれた街道に出ると
ユタの血の気の引いた顔をタオルで拭いてやりながら、ヴィックスはユタを座らせ、マカはルックを引きはがした。
何故か最初は触れなかったが、ユタを助けなきゃという願いが通じたのか、マカが触れるとしっかりと持つ事ができた。
「マカ・・・嫌・・・ユタが・・・持ってきてくれるのに・・・」
「いい加減にして!」
なおも恨めしげにつぶやくルックに、マカはヒステリックな声を張り上げた。
「あなたが取り憑いてるから、ユタちゃんこんなに疲れちゃってるじゃない!
その上人間と仲良くしたがってるユタちゃんの邪魔して、何を考えているの!」
「マ、マカ?」
怒られている当のルックよりも、むしろユタの方が驚いたようだ。
引き離されたルックをかばうように前に立ち、マカの顔を覗き込むユタ。
「ルックが欲しがってるんだから・・・良いじゃない・・・か」
途中からマカにすさまじい形相でにらまれたためか尻すぼみになるが、ユタはまだルックをかばおうとしていた。
再びススキの野っぱらに怒号が鳴り響く。
「ユタちゃんも何考えているの!人間にあんな風に避けられてるなんて私たち知らなかったわよ。
それはまぁ良いとしても、ユタちゃんルックのいいなりになりすぎよ!
ただでさえ避けられてるのに、あんなところで看板なんかひっこ抜いたら街でのユタちゃんの立場どうなると思ってるの」
勢いのついたマカはまだ足りないとばかりに溜まっていた感情を次から次へと吐き出していた。
「ルックも!あなた自分で動けるでしょう。しゃべれなくなるのは可愛そうだと思うけれど、
あなた持ち上げててユタちゃんすごい疲れてるのに、自分ばっかり欲しいものねだっちゃダメでしょう!」
ルックにも詰め寄るマカ。
と、またしてもユタが間に入りかばいだした。
「で、でもほら・・・ルックはモノを持ち上げられないんだし、僕がやってあげないと・・・ね?」
しかしマカもここまできたら引き下がらない。
「だからって、何もかも人任せで何もしなくて許されるわけじゃないの!
ユタちゃんも、全部やってあげることがルックのためじゃないって分かって!」
「でも、マカだってスフレちゃんの事全部やってあげてるじゃない・・・」
マカの迫力に圧され、しどろもどろになりながらも反論するユタに、さらにマカはカッとなった。
「スフレは私の子供!オバケなんかと一緒にしないでよ!」
マカの言葉に、石でもぶつけられたように大きくルックが震えた。
激昂していたマカもハッと気付き慌てて口をふさぐ。
「あ・・・ごめん、ルック。言いすぎた・・・」
ルックをなだめようと近づくも、間に入っていたユタが背を向けてルックをなぐさめていた。
どうやらユタも少し怒らせてしまったらしい。
顔を真っ赤にして興奮していたマカだが、自らの失言で一気に冷めて肩をすぼめて小さくなっていった。
「ユタちゃんも・・・ごめん」
ルックを心配そうに見つめていたユタは、謝罪を背中で聞きながすとぽつりとつぶやき始めた。
「僕は・・・マカになりたくてさ。ルックが沼地で寂しそうに落っこちてるの見た時そう思ったんだ」
「・・・?」
また、良くわからない事を言い始めて・・・とマカが疑問符を浮かべていると
それまで会話に混じる事ができず、傍でおろおろしていたヴィックスが入ってきた。
「ユタちゃんは・・・お父さんになりたかったんだよね、ルックの」
指摘されて驚いたのか、ユタもちょっぴり、ルックと同じように肩を震わせた。
ゆっくりと振り向くと、小さく頷いた。
「あたしなんとなく気がついてた。マカさんとスフレちゃんがうらやましくて仕方がなかったんでしょ」
再びユタが、先ほどよりもしっかり頷く。
マカは唐突に、ユタの心情をすべて理解した。
「そう・・・か。だからだったのね・・・」
スフレをやたら気にかけるのも、スフレを欲しがるのも、すべてはユタ自身がお父さんになりたいからだった。
しかし、未だ子供のままのユタが急に親になる事はできない。
スフレに対しても過剰に丁重なだけで、育てるには程遠い扱いだった。
ルックも甘やかすだけ。
それでも。
「親になろうと思うって。すごいよ。
たとえ上手くいかなかったとしても、ユタちゃんすごいと思うよ、あたしは」
ヴィックスに言われて、ようやくユタは立ちあがり、マカの方を向いた。
まだルックをかばう位置にいるが、その眼に先ほどのような険は見えない。
「でもやっぱり、上手くはいかないね。マカのほうがもっとすごいよ。
さすがスフレちゃんのお母さん」
そして、今度はルックに向かって
「ルック、ごめんね。僕なんかがお父さんっていうのもおかしいよね。
でも、なんかルックがとても小さく見えたから・・・」
それまで黙っていたルックが、夜の闇に溶け始め見えにくくなってきた身体を精一杯震わせて、今まで無かった感謝の言葉をつぶやいた。
「ありがと・・・ユタ。お父さん・・・には見えないけれど
僕は・・・嬉しかった・・・」
その言葉は、今までになかった感情のこもった、幽かだけれど素敵な声だった。
「マカも・・・ありがと・・・。僕も ユタに・・・嫌な思いはしてほしく・・・ない・・・。ごめんね・・・」
最後の言葉はこの場にいる全員に向けられたものだった。
「・・・あれ?なんか脚と肩が軽くなったよ」
突然、ユタが元気よく跳びはねはじめた。
それまで大汗かいて、まっすぐ歩くのも怪しいほどの疲れようだったのが嘘のようだ。
ルックと和解し、うまく同調することが出来るようになったのだろうか。
「ルックがユタちゃんに気をつかってくれたのかしらね。
ちょっと道草食っちゃったけれど、入江の家に急ぎましょうか!」