その5
「おっ待たせ~!」
すさまじい勢いでヴィックスが戻ってきたのは、空がだんだん茜色に染まってくる頃だった。
村まで結構な距離があったはずだが汗ひとつかいていない。
(ユタちゃんも本来"あっち側"の子なんだけどなぁ・・・?)
ここまで歩いてきただけで大汗をかくほど体力を消耗していたユタとヴィックスを見比べ、マカは首をかしげた。
「おかえりーヴィックスさん。さっそく行こうか。入江までもうちょっとあるみたいだよ」
とはいえ、しばらく休憩していたおかげでユタはすっかり体力を取り戻し、顔色も良くなっていた。
ルックをかつぎ上げると先頭に立って歩き始めた。
「あ・・・ユタ・・・美味しそうなリンゴ・・・あれ・・・」
「ぉ、ルック目がいいねー。食べる?とってあげるよ」
ルックはユタの背中できょろきょろあたりを見回しては、気に入ったものをユタに取ってこさせている。
当然、オバケのルックにはリンゴは食べられないが。
果物だろうと石だろうと、ルックが喜ぶものは、とユタも嬉々として拾ってきている。
「いいなーユタちゃん。ちょっとルックあたしにも持たせて?」
ヴィックスはルックに興味津津のようだ。ユタの周りをぐるぐる回りながらルックを観察している。
すると、ルックはちょっぴり迷うようにいつもより少し長く震えてから答えた。
「やだ・・・ユタがいい・・・」
自分をつかみ上げているユタの手にしがみついているように見える。
「えぇ~・・・あたしヤなの・・・」
ヴィックスはすぐさま見るからに残念そうにしょんぼりと肩を落とした。
この感性の鋭い少女はいつでも感情をストレートに表すようだ。
(基本的にユタちゃんと性格そっくりだけど、この点だけ違うのよねー・・・)
ヴィックスを可愛そうに思いながら、少し遅れて歩いていたマカはまたしても寝ているスフレを起こさないように、しかし慌てて前に追い付いた。
「あ、あはは・・・ユタちゃんとルック、すっかり仲良しになったわね」
フォローするも、ヴィックスはまだ未練があるようだ。
感情ストレートとはいえ、やはりオウルベア。いつまでもへこんでいるはずはなく、
先頭を歩くユタの隣を歩き、果敢ともいえる勢いでルックに向かっていく。
「ねね、ルックはどうして死んじゃったの?」
その質問は・・・と思わないでもないが、ルックは特に気にすることもなく、のんびり答えてきた。
「あんまり・・・覚えてないけど・・・確か重いものを持ち上げようとして・・・持ちきれなくて・・・」
「ぺしゃん?」
「・・・そう・・・たぶん・・・」
(ユタちゃん、オバケになっちゃったりしないかしら)
マカはなんだか何でも持ってくるユタが心配になってきた。
そんな縁起でもない事を考えながら歩いていると、一行は山地を抜け、人間の街のある盆地にさしかかった。
「ユタちゃん、まだ人間の街に通っているの?」
マカに聞かれ、ユタは気軽にうんと答えた。
3か月ほど前、ユタがスリーピードラゴンを村に持ち込むという事件が起きた時に、成り行きで彼は人間と交流する事になり
急にオウルベア達の生活が機械化され始めるきっかけを作ったのだった。
紅茶好きのマカにとっては、電気ケトルというのは非常に便利だ。
まだ人間の道具が導入され始めて間が無いが、これからもっといろいろなモノが増えるだろう。オウルベア達は皆ユタに期待している。
「スリーピー探しあてたり、人間の街に通ったり、オバケと友達になったり、ユタちゃんは波乱万丈だねー」
ヴィックスもなんだかうらやましそうだ。
「あっ・・・ユタだ」
不意に、遠くから小さく声が聞こえた。
声のした方を見ると、いつの間にか人間の街が目の前になっていた。街の入り口で人間の子供がこちらを指差している。
(さすがユタちゃん、人気者・・・というわけでは・・・)
ないらしい。子供達は身体の大きなユタ達に若干おびえているように見えた。
そして後ろの方に手を振ると
「ユタだけじゃないよ!なんかいっぱいいる!早く交渉の人呼んできて!」
焦って大人を呼びに行ったようだ。
「・・・?」
妙な展開に街入口で立ち止まり、マカとヴィックスが疑問符を上げていると
大人の人間がにこやか(のつもりらしい)な顔を作って出てきた。
「や、やぁユタ。今日はまた大勢で何の用だい?携帯電話の件だったら確か来月じゃなかったかな・・・?」
明らかな作り笑顔。
ユタは人間の街に良く行っているはずだが、どうも歓迎されていないようだ。
マカは心配してユタの方を見やると、先ほどと同じく結構な量の汗をかきながらこちらも若干作ったような笑顔を浮かべていた。
「いやぁ、急にごめんね。今日は単に街の横通るだけなんだ。この先の海へ行きたいんだ」
その言葉を聞いて、隠しもせずにほっと息をつく交渉人(?)さん。
(そうだった・・・)
めったに見ない、このユタの作り笑顔を見て
マカは思い出していた。そっくりな性格のユタとヴィックスの唯一の違い。
(嫌な事があると、ヴィックスちゃんはストレートにしょんぼりしちゃうけれど・・・)
(ユタちゃんは我慢しちゃうのよね)
さっきから大量にかいていた汗はこのためなのかな・・・。
マカはユタの事がどんどん心配になってきた。
「うーん。人間の街ってあたし久々に来るけれど、変わっていくの超早いよねぇ?」
何故か「遠慮しないで街の中堂々と通っていきなよ」と勧められ、ショッピングモールの中を歩くオウルベア3人。
予想通り人間達は歩いておらず、しかし店の奥や二階の窓あたりから視線だけ感じる。
先導してくれている交渉人さんも自分の背後に過剰なまでの気を配っているようだ。
「と・・・ところでユタ?」
商店街を抜け、向けられる視線が少なくなってきたところで、
緊張しっぱなしで今までろくにしゃべらなかった交渉人さんが背中を向けたまま話しかけてきた。
「君が今背負っているモノって・・・もしかして・・・幽霊?」
しまった。ハッとしてマカもルックの方を見た。
ユタも同じ事を思ったらしい。一瞬息詰まったが、素直に答える。
「・・・うん、そうだよ」
ひぃぃぃ・・・!
交渉人さんの両肩が派手に跳ねる。
隠れていた人間達も気がついたようだ。
かすかに感じていた人間達の視線が一層険しくなるのを感じた。
(はやく街を出なきゃ・・・)
マカはなるべく小さくなりながら、急ぎ足で歩き始めた。
隣にいるヴィックスもどうやら同じ事を考えているようだ。
無表情でなるべく周りを見ないように速足で歩いている。
(この街に通うユタちゃんの立場を、私たちのせいでこれ以上悪くするわけにはいかない・・・)
時刻は夕方から夜へとさしかかってきていた。空の色と同じく、気分までだんだん黒くなっていくようにマカは感じた。
そんな時に限って、ユタの背中で無責任に震えるモノがあった。
「あ・・・ユタ・・・」
ルックである。今まで大人しかったのに、人間の視線などまるで気にせず上の方を指差す。
「あ、ちょっとルック・・・」
ヴィックスが慌てて止めるのもまるで無視でしゃべりだす。
「あれ・・・看板が・・・光ってる・・・面白・・・」
「わっ・・・うわぁ!!」
幽霊がしゃべりだした事で、ついに耐えきれなくなったのか交渉人が駆け出していってしまった。
たちの悪いことに、完全には逃げ出さず物陰に隠れてこちらをまだうかがっている。
「ん・・・?どうしたのルック?」
皆より遅れてルックの声に反応したユタは、いつの間にやら山を越した時よりはるかに疲れた顔をしていた。
振り向く動作も緩慢で、滝のような汗がしたたりおちている。
その姿を見て、唐突にマカは閃いた。
(ユタちゃんが疲れているのって・・・やっぱりルックを背負っていたからなんだ・・・!)
オバケであるルックに重量はないが、持ち上げるという事はすなわち取り憑かれるという事。
持ち上げられると喋り出すというのも、体力をルックに奪われるからだったのだ。




