その3
村を出ると、外はちょっぴり冷えた空気が吹いていた。
「わ・・・ちょーっと寒いかな。厚めのチョッキにすればよかったなぁ」
スフレが風邪をひかないように、マカが背中から腕に移動させてしっかりと抱きなおしていると、
ユタは子供らしく、寒さなど感じてもいないかのように跳び回っていた。
「そぅ?もうちょっと強く吹いてくれないと暑いくらいだよ、僕」
相変わらず元気に、ルックを頭上にかかげたり、上へ放り投げたりしている。
(・・・寒さよりも、このルックが問題なのよ、ユタちゃん)
マカがこっそり心の中で舌を出す。
それもそのはず。
オバケなのだ。白オウルベアのルック。ユタにぽんぽん投げられているが
たまに空中でぴたりと止まり、ふよふよとゆっくり降りてくる。
しかしオバケとはいえ、綺麗な毛、顔、さらに真昼間ということもあり全く怖くない。
むしろユタがほとんどこのルックを友人扱いして一緒に遊んでいるので
マカにとってはオバケ扱いしてしまっている事が申し訳ないくらいだ。
「う、うん。そうね。ルックも気持よさそうに浮いてるし。いい遠足日和かもね」
なるべくルックにも声をかけてあげられるように気をつけながら、マカも元気よく歩きだした。
「あ、でもスフレちゃんには寒い?出かけるの明日にする?」
ユタは相変わらず赤ん坊のスフレを溺愛している。
村から出て2、3歩も歩かないうちに戻ってきて、マカの腕の中を覗き込んできた。
ユタの気遣いは嬉しいが、せっかく弁当まで準備したのにここから引き返すのはなんだかもったいない。
それに仮にもオウルベアであるスフレがこの程度でまいるわけはない。
「大丈夫、なんてったって私の娘なんだから。このくらいで風邪ひいたりなんかしないわよ。
何があっても私がスフレを守っちゃうんだから」
マカがそう言って胸を張ると、何故かユタはうらやましそうにマカを見た。
「そうだね。マカは良いお母さんだなー」
スフレの頬をちょこんとつつくと、再びルックを持ち上げて歩きだした。
「ルックは大丈夫?そういえば昼間に歩き回ったりして良いのかな。気分悪くなったりしたらすぐ言いなよ?」
昼間かどうかはともかく、オバケに気分悪いも何もあるのかな・・・
とは声に出さず、マカもスフレを抱いて一緒に歩き出した。
風はあるが、空には雲一つなく、木の少ない山にある村からは綺麗な景色が広がっていた。
「良い天気ねー。遠くがよく見えるわ」
高い山がいくつも連なる険しい土地だが、
遠目に見渡すと小さな丘がぽこぽこ生えている箱庭のように見えて面白い。
「ルックはその入江の家で生まれたの?ほとんどのオウルベアは私たちの村で生まれ育って、外に出るのはほとんどいないのに」
「あんまり・・・覚えてない・・・ずっと独りだった気が・・・する」
ルックは一人で浮きながら動けるはずだが、ユタが持ち上げていないとしゃべれないためずっとユタが背負っている。
「あ、スフレ起きたね。おはよ」
「ルク、ルーックー」
「あ、ルック。スフレちゃんに気に入られたみたいだよ。良かったじゃん」
「こんなに近くに・・・人が何人も居るなんて初めて・・・嬉しいな・・・」
ユタの背中で、透明な身体を嬉しそうに震わせてルック。心なしか言葉も明瞭になってきている。
そんな風に、3人でいろいろ話しながら一つ、山を越えた時だった。
ズシン!
下の方からすさまじい音が聞こえた。
ズシン! ズシン!
だんだん近づいてくる。足音のようだ。
とてつもなく重い、何かが近づいてくる・・・。
「あーこの足音はもしかして・・・」
が、マカは慌てない。ユタもむしろ嬉しそうに岩で隔たれた坂の向こうを見ようと背伸びしている。
「そうだね。こんな大きな足音立てられるのはあの子しかいないよ!」