その1
マカはあきれ返って、自宅の目の前に置かれたそれに見入っていた。
クマとフクロウがあわさった生き物、オウルベアである彼女は、相変わらず綺麗に整えられた橙色の毛に覆われた身体に
いつも通りのぴったりとしたチョッキを着ていた。
あきれてぽかんと開かれた口は尖った嘴になっている。
3メートル近い巨躯でありながら、遠くからみるとその風貌はとても可愛い小熊というから不思議な種族だ。
(・・・またか)
この子には驚かされ慣れている、次こそはもう驚かない。あきれない。そう心に決めてはいたのだが。
自分の間抜け顔に気付き、マカは改めて頭を抱えた。が、だからといってあきれるのを止める事も出来ない。
マカは力の抜けた顔をそのままに、目の前で自分の顔を楽しんでいる友人を見た。
「・・・やってくれたわね、ユタちゃん」
マカに睨まれ、にんまりと笑い返したのは、緑色の体毛を持った子供のオウルベア、ユタだった。
「えへへ、見ての通りだよ、マカ。どう?これ」
「どうって・・・」
逆に聞き返され、マカは再び庭に置かれたそれに目をやった。
今までこのユタには酷い目にあわされてきた。
オウルベアという種族はもともと好奇心と力が強く、興味を示した物をすべて持ってきてしまうという性質があるが、
この子はその傾向が異常に激しい。
人間の街から何故か電柱を持ってきたり、引っ越しをすると言うから手伝いに行ったら自分の家を持ち上げて歩いているところに出くわしたり
彼が何かを持っているところを見た時はろくな事が無い。一番ひどい時などはマカの家の庭にドラゴンを持ち込んだのだ。
そんなユタの奇行に慣れ、それでもそんな彼を慈しむ、心やさしいマカ。
しかし村一番の問題児のユタは、容赦なくマカに問題を吹っかけてくる。なつく故の行為であるのだが・・・。
今回のそれは今までのどの事件よりも奇妙なものだった。
「・・・え、これオバケ・・・?だよね」
誰がどう見てもオバケだった。マカの庭、レンガで綺麗に囲われた花壇の中に置かれている。
いや、厳密には置かれてはいない。浮いているのだ。
初めは白い体毛のオウルベアかとも思ったが、よく見ると色は白というレベルではなく、半透明。
腰から少し下はスカートのようにひらひらと風に舞っており、足が無い。
マカの好きなマリーゴールドの種を撒き終えたばかりで、芽も出ていない花壇にモノを持ち込まれれば、
さすがのマカも激怒するところであるが、そのモノが質量があるのかどうかも怪しいのであれば怒ることも出来ない。
(・・・いや、そんな次元の話じゃないってば)
頭の中で自分に突っ込みを入れると、マカはオバケに手を伸ばした。
触れても質感はなく、すり抜けるのでどう見てもオバケではあるが
それはオバケという言葉の持つイメージとはかけ離れた存在であった。
まったくもって怖くない。可愛いのだ。
くっきりとした丸い眼はきちんと瞳があり、短いまつ毛もどことなく品が良い。
顔も横に丸く、控えめなくちばしは同じオウルベアからして見ればうらやましいほど綺麗だ。ユタと同じチョッキまで着ている。
オスの、ユタより多少年下に見えるオウルベアのオバケだった。足は無いが。
(うーん・・・)
そもそもが真っ昼間から現れたオバケということで全く恐ろしくなく、マカは珍しく興味を持ち観察し始めた。
ユタが自然に持ってきたオバケではあるが、何故かマカには持ち上げられなかった。
当然である。手がすりぬけるのだ。
何でユタちゃん持てたのかしら・・・
ユタははっきりとオバケを持ち上げながら庭に持ち込んできていた。どうやら彼にだけ持てるらしい。
マカはぼやきながらにこにこ見下ろしているユタの前でオバケを観察していた。