第6話 パンドラの箱
「私が、ひいらぎについて知りたいと思った理由なんですが‥‥ 。
みなさんのように、純粋に、ひいらぎを応援するきもちではありません。
ともだちの声に似ていると思って、その子が、
ひいらぎかもしれないと思ったわけです」
私の告白に、その場が静まり返った。
(本当のことを言ったら、楽になるかと
思っていたけれどそうでもないかもしれない)
「なんだ、そんなこと? 私も、あなたと似たようなものかなあ」
蓮さんが一番先に沈黙をやぶった。
「それはどういう意味ですか? 」
私が、蓮さんに訊ねた。
「ひいらぎは、実在しない架空のキャラクターでしょう?
私はただ、どんな人たちが
ひいらぎを作り上げたのか興味があるだけ」
蓮さんがあっけらかんとして言った。
「それって、単なる好奇心ですよね?
ひやかしと同じじゃないですか? 」
棚橋が身を乗り出すと言った。
「そういうあなたは、純粋なファンだというわけ? 」
蓮さんが、棚橋にくってかかった。
「昔は、おとなしくて、自己主張出来ないキャラでしたけれど、
外見が派手になっただけで、そこまで、変われるものなのですか? 」
棚橋が皮肉った。
「あなたの場合は、私と逆バージョンよね?
本当は、気が強くて自信家のくせに、羊の仮面をかぶっている」
蓮さんが負けじと言い返した。
「君たち、やめないか! 」
鹿さんがケンカを止めた。
「すみません」
棚橋が平謝りした。
「鹿さんやジンさんはどうなんですか? 」
蓮さんが、男2人に話を振った。
「僕は、ひいらぎのバックグランドに興味があるんだ。
バーチャルシンガーの先駆けとも言えるしね」
鹿さんが言った。
「私は、ほおずきが、他のファンたちからつるしあげられているのを
見過ごせなかったんだ」
ジンさんが咳払いすると言った。
「ジンさん。ありがとうございます」
私は、ジンさんに向かってお礼を言った。
「僕が集めたひいらぎに関する情報だ」
鹿さんが、リュックの中からファイルを取り出すと、
テーブルの上に広げた。
「ひいらぎ誕生の黒幕は
ゲームメーカーの内部の人間だったわけですね」
蓮さんはどこか、おもしろがっているようにも見えた。
「モスピグレット」専門のアーチストなのだから、
ひいらぎの生みの親が、内部の人間であることは誰でも思いつく。
しかし、音源を提供したのが誰なのかまでつきとめるのは、
素人にはむずかしいだろう。
「このモスピグレットの音楽担当だった方は
今でも、会社におられるのですか? 」
私が、鹿さんに訊ねた。
音楽担当だと断言するぐらいだから、そこまで調べているに違いない。
「すでに退職している。退職後は、フリーで活動しているらしい」
鹿さんがページをめくると言った。
めくられたページには、ひいらぎの発案者とされる
元モスピグレット社員で音楽担当だった
松田氏のインタビュー記事がスクラップされていた。
記事によると、早期退職後、フリーで活動しているという。
ひいらぎ誕生に関わったことは認めているものの、
どこで、どのようにして、音源を入手したのかは非公開にしている。
松田氏の写真を見て、THE業界人だと思った。
「退職後も、関わっているということは、
円満退職ということになりますね」
棚橋が言った。
「おそらく、ひいらぎの音源は、松田氏の娘か何かの
歌声が元になっていると思われる」
鹿さんが冷静に告げた。
「あくまでも噂なんだけれど、ひいらぎは、
私たちの母校の卒業生なんだってさ」
蓮さんが、私と棚橋に向かって言った。
「木平さんのともだちって、
もしかして、私たちの知っている人なんですか? 」
棚橋が、私に訊ねた。
「え? うん、まあ」
私は曖昧に返事した。
「どこの誰ですか? 」
棚橋が追及してきた。
「もしかして、まなのこと?
木平さん、あの子と仲が良かったじゃない。
まなは自殺したんだから、もう、この世には存在しないわけで、
ひいらぎではないことは間違えないわ」
蓮さんがつめをかむと言った。
「死んだかどうかわからないじゃない? 」
私が反論した。
「AI歌声合成技術を持ってすれば、
故人でも、歌声を再現出来る」
ジンさんが思わぬことを告げた。
「聞いたことあります。最近だと、
美空ひばりの歌声が再現されました」
鹿さんが言った。
「ちょっと、待ってください。
美空ひばりは有名歌手なんですから、
音源を集めやすいと思います。
だけど、平凡な中学生はそうはいかないのでは? 」
蓮さんが反論した。
「まなさんが歌が好きで
自分の歌を録音して残していたとして、
遺族の中に、まなさんをひいらぎとして
蘇らせたいと願う人がいれば
ありえないことではないと思います」
棚橋が神妙な面持ちで言った。
「勝手に死んだと決めつけないで」
私が告げた。自然と涙があふれてきた。
「もしかして、泣いているの? 大丈夫? 」
蓮さんが、私にティッシュを渡すと言った。
「まなさんの苗字は松田なのかい? 」
鹿さんが、私に訊ねた。私は首を横に振った。
「じゃあ。ひいらぎがまなさんだという
確率は低いわけだ。まだ、悲観するのは早いと思う」
鹿さんが、わたしをなぐさめるように告げた。
「この資料は? 」
ジンさんが、ファイルにはさまっていた書類を指摘した。
「これですか? 実は、調べている内に、
使途不明金があるのを見つけてしまいまして‥‥ 」
鹿さんが、その書類を隠すようにして言った。
「それって、大スクープじゃないですか? 」
蓮さんがなぜか飛びついた。
「そういうわけで、ひいらぎに深入りしない方が良いと思うんだ」
鹿さんが神妙な面持ちで告げた。
「まさか、使途不明金のことを告発するつもりではないだろうね? 」
ジンさんが、鹿さんを問い詰めた。
「そんなことやめてください」
私が訴えた。
「僕がしなくても、いずれ、公になることだ」
鹿さんがため息交じりに言った。
「もう、これだけで十分だ。
今後一切、ひいらぎを調べるのはやめにしよう」
ジンさんが、私たちに言い聞かせるように言った。
その後、私と棚橋は、
他の3人と店の前で別れると帰路に着いた。
「どうして、打ち明けてくれなかったんですか? 」
棚橋が私を責めた。
「何度も、話そうと思ったけれど勇気がなかった。
もし、別人だったら、はずかしいし、気まずいじゃん」
私が言い訳した。
「言われてみればそうですよね。
私も、木平さんの立場だとしたら考えます」
棚橋が言った。
その後は、試験がはじまったこともあって、
「モスピグレット」からもオフラインからも遠ざかっていた。
試験が終わり、私と棚橋は、開放的な気分になり渋谷へくり出した。
スクランブル交差点を渡っていた時だった。
まなに似た女の子とすれ違った気がした。
「今の子、まなさんにそっくりではなかったですか? 」
棚橋が言った。
「うん。まさかね」
私は気のないフリをしようとしたけれど、
気がついたら、雑踏の中を走っていた。
「たぶん、あのビルに入ったと思います」
棚橋が、鹿さんたちと初対面した
カフェが入った雑居ビルを指さすと言った。
私たちはどちらからともなく、その雑居ビルの中へ入ると、
1階から2階まで、かたっぱしからあたった。
残るは、3階となった時点で、棚橋が根を上げた。
「もう歩けません。カフェでひとやすみしませんか? 」
棚橋が肩で息をしながら訴えた。
「何言ってんの? せっかく、会えたかもしれないのにあきらめられないわ。
私はもう少し捜してみるから、あんたはひとりでカフェに行きなさいな」
私はそう言うと、返事を待たず階段を駆け上がった。
ひいらぎの正体がつかめそうになった瞬間、
まならしき人が目の前に現れるなんて‥‥
こんな奇跡って起こるのだろうか?
止まっていた時計が再び動き出した気がした。




