"颓败"
掲載日:2026/09/01
忘れられた邸宅の一角
時の流れにもかろうじて滅ばなかった或る部屋の、古びた天鵞絨に覆われた床が、天井に恋をして居る事を壁は知って居た
秋の夕暮れ
紅葉色の黄昏が、壁の破け目から差す時刻
天井が微睡んだ隙に
ふと床が、永く秘められた愛についてを壁に伝えたのだった
話を聞き終えて、壁には罅が増えた
だが、誰も其れに気付く事は無かった
月日が流れ
床が寝静まった夜、天井が壁に打ち明けた事が有った
壁への恋情だった
壁は暫く考えた上で、それは、やめよう、とだけ答えた
天井から蔓が幾筋か伸びて、直ぐに枯れていく
夜の風がはらはらと、其れを外へと運んで行った
壁には罅が増えた
天井も床も、自らが美しかった時代の夢を、起きながらにして視続けて居た
壁だけが、躰の割れを通じて現実を知って居る
誰に気付かれるでもなく、人知れず壁は割れていく
屋敷が崩落する
床は天井が堕することに昏い歓喜を覚え、天井は為す術も無く失墜する
壊れた構造物の中に在って唯一壊れて居なかったものが、視る影も無く瓦礫に姿を変える
石塊の奏でる、事切れる声を聴く者は無い
砕けた天井と壁と床は、既に自らの死に対し、藻掻く術さえ無い
割れた石片がぴくぴくと、何処かへ向かおうとでも云う様に蠢いて居たが
其れもやがては静かになった
陽が堕ちていく




